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森の番人

 焼け焦げた木々がそこら中に横たわっていた。それは道のように森を切り開いており、その先に目的地があることを告げていた。

 焼けた木と肉の匂い。森を開いて作られたオークの住処であったことが窺えるこの一帯は、もはや焼け野原と言ってもいい様相を呈している。 

「もうドンパチ始まってるみたいだな」

「だね~」

 目的に向かって歩を進めようとしたとき、喉元に鈍く光る殺気が突き立てられた。行く手を阻むように差し込まれたその刃の主が声を発する。

「止まれ」

 空気の震えが目に見えるような低い声。鼻をつく獣臭。おそらくこの森に住んでいたオークに生き残りだろう。

「お前もあの男の仲間か」

「あの男っていうのは?」

「この森を焼いた男だ」

 大きな体躯をぐらりと揺らしオークはシュメルの前に立ちはだかる。

「どう答えたところで俺のやることは変わらないがな」

 オークは木の柄に鉄の穂であつらえられた簡素な槍を手にしている。ただ一つ異様なのは、シュメルの身長の二倍はあろうかというその長さ。そしてそれを軽々と振るうオークの膂力だろう。

「俺の名はベルガ。オークの次期族長だ」

「ナキ、どうやら倒さなきゃ通してくれないみたい」

「オッケー。んじゃ、なるはやでよっろしくー!」

 陽気なナキの声がこの場では静寂や緊張といったものをより浮き彫りにさせる。

 お互い無言で見つめ合う。筋の一本の動きすら見逃さないように、ごく微細な衣擦れの音さえも聞き逃さないように。感覚はすべて目の前のオークに集中している。

「ところでそんな武器でいいのかい?」

 会話でタイミングを見定める。

「オークの強さは武器の強さではないのでな」

「なるほどね。中々硬派なこって」

 相手はおそらく自分の力に自信がある。こういう相手には後手に回るのが吉だ。相手の攻撃を完封し意気消沈させてからじっくりと料理をする。いくらオークの次期族長とはいえ結局は獣だ。聡明さには欠けるだろう。直線的な攻撃であればどれだけ膂力が優れていたところで幾らでもいなしようがある。

「そんな無駄口も利けなくしてやる。我らが槍術、とくと味わえ」

 ベルガが上体を捻じる。半身の状態で力を溜める。槍の切っ先はまっすぐにシュメルを見据えている。誰が見てもこのまま槍を突き出すだろうという体勢。

 来た。予想通りだ。この突きを完封すれば勝勢はこっちのものだ。そうシュメルは感じていた。

 しかし、予想通りだったのは攻撃が放たれる瞬間までだった。撃ち込まれた槍の突きは肉眼で追うことができんかった。ただそれは恐ろしい速度でシュメルの喉と食い破ろうをしていることだけは理屈で分かっていた。「見えない」という情報を得たシュメルは自分の体が反応できる最速の速さで後ろへと跳躍をした。

「今のを避けるか。中々やるじゃないか」

「ちゃんと当たってるよ」

 喉元を生温かいものが伝う。あと一瞬でもタイミングが遅れていれば今頃、シュメルの形を成していたものは二つに分断されていたことだろう。シュメルもそれを首の切り傷とともに強く実感していた。

「馬鹿言え。今のは首を飛ばすつもりだった。その程度の傷では当たっている内に入らん」

「ずいぶんと言ってくれるじゃないか」

 涼しい顔で言い放つベルガにシュメルは苦く笑うしかなかった。

 いくら格の違いを見せつけられたとはいえベルガを倒さないことには先へは進めない。

「それじゃあ次はこっちからいくよ」

 剣を両手で握りなおす。

 やられたらやり返すのが男というものだ。ベルガに習ってシュメルも真っ直ぐに突進する。

「ほう、その体躯にしては中々の膂力」

 全身全霊の突進を受けてもベルガは眉一つ動かさない。

「まだまだいくよ」

 地面を蹴る。跳躍とともに刃を振る。

 なんてことなくベルガは受け太刀をする。

 さらに宙で一回転。落下しながら刃を振り下ろす。

 これもまた受け太刀。

 落下した勢いが死なないうちに低い姿勢のまま右脇、背後、左脇と回りこむように剣を振るいながら立ち回る。

 ベルガはこれも振り向くことすらなくすべて受け切る。

 かくなる上はと回り込みのステップと跳躍を組み合わせランダムにベルガの前後左右上空から刃を浴びせるがこれも完封。

「その程度の体術で俺を出し抜けると思ったか?」

 ベルガは息一つ乱さず言ってのけた。 

「思ったより手強いな」

「さっさと魔法で倒しちゃいなよシュメル~」

 ナキが茶々を入れる。少し癇に障ったがナキが言っていることはもっともだ。ベルガはどうせ槍しか使えない。一瞬、一瞬で良い。一瞬距離を離せればベルガに魔法を打ち込んでやれる。それをしないのには当然理由がある。

「相手が魔法使ってないのに使えるかよバカ」

「まーたそうやって意固地になる~」

「じゃないと面白くないだろうが」

 そう、ただの意地だ。槍を生業とするベルガに対して魔法を使わない。勝ち負け、有利不利の話ではないのだ。

「誰と話しているのか知らんが聞こえたぞ。お前も魔法が使えるのか」

「あぁ使える」

 にやりとベルガが笑う。はじめてこの男の感情を垣間見た気がする。

「それでも白兵戦を挑んでくる心意気は認めてやろう。だが……」

 ベルガがぐっと槍を握りしめた。柄が折れるのではないかとさえ思うほどの力が加えられているを目で感じ取ることができる。そしてベルガが槍を大きく振りかぶった。

 目に見えない速度で槍が薙ぎ払われる。

 後ろへと跳躍し避けようと試みるがリーチを存分に生かした横薙ぎは無情にもシュメルを巻き込んでいった。

 槍の柄がシュメルの横っ腹に打ち付けられる。肋骨が軋む。内臓が破裂するような気さえするほどの衝撃。周囲の景色がとんでもない速度で流れていく。気が付いた時には壁のような巨木にぶつかった。叩きつけられた衝撃で肺から空気が抜ける。立ち上がることもできずにいると、またあの獣臭が漂ってきた。

「全力を出さずに倒せるほど俺は甘くはないぞ」

「クソが……」


 同時刻、同じ森の奥深く

 眩しいほど煌々と燃える炎の中で一人の青年が高らかに笑っていた。

 その前方に筋骨隆々の男がうずくまっている。その男は衣服のあちこちが黒く焦げていて、軽いながらも火傷を負っている

「シュメル……こいつぁやべえぞ……」

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