異常転生排斥班
「異世界転生」と言う言葉を皆さんはご存じだろうか。
読んで字の如く死んで他の世界に生まれ変わることなのだが、こんな現象が起きるのには理由がある。
異世界転生はとある組織が統制をしている。幾重にも重なった世界のどこかに転生させるのが我々の組織の仕事だ。しかし、我々も見境なく異世界転生させているわけでは無い。別の生き物になったり急に英雄の生まれ変わりになったりするのには理由がある。我々だって生まれ変わったからにはその世界のでの生活を謳歌してもらいたいのだ。そのためできるだけ生活しやすく良い思いを出来るような世界に転生させている。彼らは前世では不憫な扱いを受けていたものが多い。そんな彼らに救いの手を差し伸べるのが我々の使命である。しかし、最近異世界転生のバランスが崩れてきている。具体的に言えば、普通の職業で不自由ない生活を送ってもらおうとしていた青年がちょっとした手違いで最難関の迷宮に送られてしまい、そこで得た運命的な出会いにより手が付けられないような化け物になってしまったり、逆に勇者として生まれ変わってもらおうとしたのに普通に穏やかな生活を営んでいる中年男性などがいる。
異世界転生というものはそれを強く願ったものでなければ起きない。我々の組織はその強い願いを頼りにターゲットの元へと向かい、異世界転生を行う。異世界転生というのは一回ごと二期消去を行うのだが、一昔前に記憶消去を施されずに異世界転生の記憶を持ったまま地球に戻った人間が自らの体験談を元に執筆した小説が爆発的に大ヒットし、多くの人間に異世界転生が知れ渡ってしまった。これにより、今までよりも多くの人間が異世界転生を強く願うようになり我々も対処に追われ、小さなミスが多発している。あまりにもミスが増えすぎたため、そのミスを帳消しにするために発足された部署がある。
僕が働くそこの名前は「異常転生排斥斑」。
業務内容は簡単に言えば異世界チート野郎どもの駆逐である。
僕の身体は今白い泡のような光に包まれている。この光が身体にまとわりついているときはほんの少し平衡感覚が狂う。何度経験しても慣れないものだ。白いもやが開けるとそこは木造で出来た一室。フローリングに同じ色合いの木材であつらえられた家具たち。その中で部屋の雰囲気に似つかわしく無い一角が嫌でも目に飛び込んでくる。それは一般家庭で使うにはあまりにも大仰なコンピュータ。三つ並んだ大きなディスプレイにそれぞれに対応したキーボード。その前に鎮座する小柄なおさげの生き物が一人。
「シュメル~今回のはどうだった~?」
その生き物がおさげを鞭のようにしならせ椅子をぐるんと回転させながらこちらに話しかけてきた。
「今回のはたいしたことなかったよ。転生先で生まれ持った魔力量が異常だっただけでそれ以外は普通。厳重注意だけですんだよ」
「なぁんだつまんないの。久しぶりにシュメルがバトってるところ見たかったのにな~」
「そう毎週毎週戦わされてたまるか」
おさげという武器を携え、自分の身体の数倍もあろうかというコンピュータを手足のように駆使する彼女の名前はナキ。僕は彼女とこの部屋に二人で暮らしている。
我々異常転排斥斑は二人一組で一つのグループを組む。内訳はオペレーターと戦闘員だ。うちのグループは僕が戦闘員でナキがオペレーターである。
業務内容は通常時は現地パトロールと10近くある異常転生排斥班とのその情報の共有。集まった情報の解析と本部への報告である。当然我々の組織には僕たち以外の班もあり、「転生者調査班」「転生実行班」「業務監査班」などが挙げられる。それぞれ業務内容は文字通りなので割愛させてもらう。
先ほどのナキの発言からも分かるように戦闘も業務の仕事に含まれている。排斥班と言う名前からも分かるように点映写がその世界に悪影響をもたらすと判断した場合その転生者を駆除するのも仕事の一つだ。相手も黙って駆除されるはずも無く、ほぼ確実に戦闘となる。駆除した後の転生者は基本的にもう一度転生実行班によって別の世界へと転生させられる。
こういった業務を毎日毎日繰り返しているわけだ。はっきり言っていつ死んでもおかしくない。それというのも、異常転生者は揃いも揃って自分の力を制御しようという観念が欠けているのだ。そいつらを実力行使で駆除しようとすると当然容赦無用の仁義なき戦いになるわけだが、それはもう天変地異の如き惨状を生み出す。時間を掛けすぎればその世界の崩壊すら招きかねない。だから僕たちに求められるのは迅速な駆除だ。しかし、中には「どうやってもこうやってもダメージが通りません」、「死にません」。「生き返ります」、「時間を遡ってやり直しが出来ます」といった訳の分からん能力を持っている奴らもいる。そういう奴らには平身低頭、誠心誠意を持って説得を試みることもある。笑いたければ笑えば良い。僕にはもうプライドなど存在しない。
椅子をぐるぐると回転させながらナキが大きく伸びをする。
「いやぁ今日もお疲れ様~。私も報告書作成終わったしそろそろ晩ご飯にしようか」
このナキという女、女子中学生のような見てくれではあるが料理が非常に上手である。僕は彼女が作るご飯を生きる糧にして働いていると言っても過言では無い。本人には言わないが。
「シュメルも手伝ってね~」
「あぁ」
ぴょんと椅子から降りキッチンへとナキが向かおうとしたそのとき、けたたましい通知音を鳴らしながらディスプレイが点滅する。
「あー!シュメル!3班から出動要請!」
こういったこともしばしばある。いつどこで阿呆どもが暴れるかもしれないこの業界では珍しいことでは無い。非常に腹立たしくはあるが。
「反応は」
「赤!」
「赤ぁ!?」
出動要請は色でパターンが決まっている。危険度が低いものから順に青、緑、黄、橙、赤、紫。今回は上から2番目の危険度というわけである。つまり何が言いたいかというと、
「ほらさっさと行きな!」
「さっき帰ってきたばっかりだぞ?そんな無体な……」
行きたくないわけである。
無言のにらみ合いが続く。
睨み合いとは言うが結局は行くことになるのである。ここでごねているのには理由がある。
数秒間のにらみ合いの後、これでどうだと言うようにビシッと僕を指さしてナキが言う。
「今日の晩ご飯はオムライス!」
「もうひとこえ!」
「オニオンスープも付けちゃう!」
「乗った!」
ごねるとナキは僕の好物を作ってくれるので毎回こうやってわがままを言うことにしている。
「よし!じゃあ早く準備して!」
「おうよ」
このように他の班から緊急の要請があった場合は問答無用で駆り出される。しかも今回は大分強めの転生者なので尚更急ぎでの出動となる。こういった出動の場合は何度も言うように戦闘になることが多いので前もって準備が必要になる。
「ナキ、今回の異世界は?」
「No48。エルフとかリザードマンとかオークとかが住んでる異世界だね~。魔法は普通に使って大丈夫。銃火器は駄目。それ以外に縛りはないよ。相手は魔法使いだから真っ向勝負になるね~」
「了解」
まず必要なのは異世界の情報。そして敵の情報だ。いくら相手が異常な力を持っていたとしても、その世界に存在しない武器の類いを使ってはいけないというルールがあるため、今回であれば魔法を思う存分使うための装備をしていく。僕は片手剣と指輪などの小さな魔道器を触媒とした装備をよく使う。今回もそのセットである。
「準備完了」
「おっけー。んじゃ転送するね」
再び僕の身体が白い泡のような光に包まれる。この間僕の身体はどこともしれない別の世界へと飛ばされるのだ。
いつまでたってもこの独特の浮遊感は慣れない。
このほんの少しの震えと皮膚の泡立つような感覚も一生消えることは無い。
白いもやが晴れ世界が開く。
「シュメル現着。ナキ、オペレートよろしく」
「あいよ~」
多い茂る木々。深い森の中には太陽の光すら入ってはこれない。白く染まった空気に乗って森の灼ける匂いがする。耳を澄ませば炎の立ち上る音、何かの動物が鳴く声。イノシシのような鳴き声からしてオークのものだろう。
不穏と憎悪の充満した空気。ここが今日の僕の職場だ。