夜の襲撃者
いつの間にかこの部屋は敵に囲まれているようだった。
<敵感知>のスキルの反応が悪いのは敵意を抑えているからだろうか。
それとも人間相手にはもともと効きが悪いのかもしれない。
どちらなのかはわからないが、とりあえずすぐに襲ってくるような気配はなかった。
多分俺たちが寝静まるのを待っているのだろう。
それ自体はまあ、普通のことというか、誰かを奇襲しようと思えば誰だってそうするだろうという方法だから驚くようなことじゃない。
問題なのは、相手はずっと部屋の中の様子を探っているということだ。
「どいつもこいつも、勝手に人の部屋を覗きやがって……」
エリーが静かに殺意を燃やしている。
服もまだ着ていないのに、手にはすでに聖剣が握られていた。
なによりも真っ先に武器を優先したあたり、相当怒っているらしい。
人間相手でも容赦するつもりがないようだ。
とはいえ、エリーが本気を出したら宿屋の部屋なんて跡形も残らないのではないだろうか。
弁償するだけの金額は多分あると思うが、そういう問題でもないだろう。
さすがに宿の人に申し訳ない。
「できれば戦わずにすませたいんだが」
とはいえここは高さ5階もある宿屋の最上階だ。
ここから逃げ道を探すのは難しい。
エリーは鋭い視線を俺へと向けた。
「なんで逃げないといけないのよ。こんな奴らアタシの敵じゃないんだけど」
「俺だってエリーが負けると思ってるわけじゃないが……」
「人間を滅ぼす手伝いならいくらでもするぞ」
エリーの言葉にダンジョンマスターのシェイドも同意した。
「あら、アンタ意外と話がわかるじゃない」
「貴様も滅ぼすべき人間の1人だ」
「ますます話が合うわね。アタシもアンタのことは滅すべきモンスターの1匹だと思ってたところよ」
仲がいいな、と思った次の瞬間にはもういがみあっていた。
もっとも殺意を剥き出しにしているのはエリーだけで、シェイドは涼しい表情のままだが。
怒っているのか気にしていないのか、見た目からじゃ全然わからない。
「とにかく、この場はうまく逃げ出したい。なにかいい方法はないかな」
「ならば私のダンジョンに退避するといいだろう」
そういってシェイドがタンスを開く。
そこはついさっき彼が突然出てきた場所だった。
扉を開くと、その先は階段になっていて、石造りのダンジョンにつながっていた。
どう考えてもタンスの後ろにこんなスペースがあるわけない。
「さすがダンジョンマスターなんだナ」
パンドラも興味深そうに覗き込んでいる。
「元々、私のダンジョンは空間を超えてつながっている。地上から離れたこの場所につなげるには、少し準備が必要だったが……」
そういえば俺たちがご飯を食べているあいだ、なにか調べることがあるといってこの部屋で留守番していたんだっけ。
「もしかしてあのときにダンジョンに繋げていたのか?」
「そうだ。この街は様子がおかしかったのでな」
てっきりタンスの中にずっと隠れていたのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
ずっと潜んでいたのだとしたらただの変態だしな。
「なんだ、ただの変態じゃなかったのね」
やっぱりエリーにもそう思われていたらしい。
とにかく他に逃げ道もない。
俺たちは荷物を持ってダンジョンの中に入った。
入り口をわずかに開けて、隙間から部屋の様子を観察する。
それからしばらくして、部屋の扉が静かに開く。
そこから数人の者たちが音もなく忍び込んできた。
その動きだけで訓練されているのがわかる。
金で雇われただけの冒険者ではないだろう。
この道のプロに違いない。
忍び込んできた男たちは部屋の中に誰もいないのを確認すると、すぐに足を止めた。
「……逃げられたか」
「逃げ道はないはず。一体どこへ」
「わからん。いずれにしろ計画は失敗だ。撤退するぞ」
静かにうなずき合うと、男たちは来たときと同様、音もなく部屋を出て行った。
自分たちの想定と違う事態になると一瞬の迷いもなく撤退する。
相当に慣れた動きだ。
チャンスがあったら一人くらい捕らえたかったんだが、そんな暇もなかった。
この街に暗殺者ギルドがあるという話は聞いたことがないが、まあ、そんなものが一般に知られてるわけもないか。
「ちっ、運のいい奴らね」
エリーが悔しそうに舌打ちをする。
パンドラが窓から外を見下ろす。
「ご主人、あいつらが逃げていくゾ」
「夜なのによく見えるな」
「夜デモ見えるように目を変えたからナ」
擬態能力というのは便利なんだな。
「どのみち、ここからじゃ追いつけないだろう。どこに逃げていくのか確認したかったが」
「ダッタらオイラが追いかけてやろうカ」
「できるのか?」
「朝飯前だゾ。今は夜だけどナ」
そういうと、窓を開いて外に飛び出した。
「あ、おい!」
止めようとしたときにはもうその姿は空中にあり、その姿が黒い1匹の猫に変わった。
「ご褒美はまた夜にくれればいいからナー!」
そう言い残して夜の闇に溶けて消えてしまった。
「あの雌猫、やはり帰ってきたら処分しないといけないわね……」
エリーがぼそりとつぶやく。
それにしても、あんなプロに狙われる理由なんて思いつかないんだけどな。
こっちにはシェイドもいるけど、さすがに正体がバレたわけはないだろう。
となると……。
「……なによ」
「いや、なんでも」
とりあえず、パンドラが帰ってくるのを待つことにしよう。
襲撃者の正体はその後で考えればいいはずだ。
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