勇者の力を剥奪された幼馴染
エリーの体から光が抜け、女神様の手に集まっていく。
それはほんの数秒だった。
やがてエリーの体ががくりと崩れる。
「え? 嘘、でしょ……?」
自分の身に起こっていることが信じられないといった様子のエリー。
女神様が悲しげな様子のままつぶやく。
「光の勇者の資格を剥奪しました。今のあなたは普通の人間──いえ、普通以下の人間です。これからはどうか慎ましく生きてください」
「は、はぁあぁあぁぁぁぁ!?」
エリーの絶叫がダンジョン中に響き渡った。
「なに勝手なことをしてるのよ! さっさと返しなさいよ!」
「……そのような性格に育ってしまったのも、私が安易に力を与えてしまったからなのでしょうね。罪深い私をどうかお許しください。そして、これからはどうか、心を入れ替えて真っ当な人生を歩むことを願っております……」
そう告げると、女神様は突然いなくなった。
まるで最初からそこにはいなかったかのようだった。
「は? ふ、ふざけんなコラぁ!! 人のもの勝手に盗んで行くんじゃないわよ! 返しやがれクソ女神!!」
エリーの罵倒が響くが、女神様が現れる気配はない。
「くそっ、くそっ! 意味わかんない! なんなのアイツ! 次あったら絶対ぶっ殺してやる!」
女神様をぶっ殺したら世界が滅んでしまうはずだが……。
エリーは立ち上がろうとしたが、なぜか体が動かない様だった。
俺に向けて鋭い視線を突き刺してくる。
「ちょっとイクス、アタシにステータスを使って」
いきなりそんなことを命令してきた。
「えっ? 自分で使えばいいのでは」
「できないから言ってるんじゃない! そんなの自分で使えたら自分で使うに決まってるでしょ! そんな簡単なことくらい言われないでも分かりなさいよバカ!」
よくわからないが、エリーはステータスを使うこともできないらしい。
それはどんな人間でも最初に使えるようになる、初歩中の初歩のスキルなのだが……。
とにかく、言われた通りにステータスをエリーに向けて使った。
エリー=クローゼナイツ
レベル1
職業:なし
攻撃:0
魔力:0
防御:0
精神:0
素早:0
幸運:0
表示されたステータスを見て愕然とする。
「ちょっと、なにぼーっとしてんのよ!」
エリーの罵倒で我に返る。
俺はエリーの様にステータスを人に見せることはできない。
だから見たままの数字を伝えたのだが……。
「れ、れべる1!!??」
驚きの声が上がる。
当然だ。
なにしろ低すぎる。
いや、低すぎるなんてものじゃない。
生まれたばかりの赤子でさえレベル5はあるのが普通なんだ。
今のエリーは生まれたての子供以下。
まさしく人類最弱のステータスにされていた。
「嘘ついてるんじゃないわよ!」
エリーがそういうのもわかる。
俺だって自分が見たものを信じられない。それくらいにありえないことなんだ。
しかし。
俺は目の前で倒れたままのエリーを見ていた。
光の勇者の力を剥奪された瞬間、エリーは床に倒れて動けなくなった。
俺はてっきり、力を取られた反動で倒れたのだと思っていたのだが……。
もしも本当にレベルが1だったとしたら、その理由も想像がつく。
自分の装備が重すぎて動けないのだ。
「……エリー、ちょっと立ってみてくれないか」
試しに尋ねてみると、ギリッとした鋭い目で睨み付けてきた。
「うっさいわね、動けないのよ! あのクソ女神が何かしやがったんだわ!!」
どうやらまだ自分の身に起こっていることがわからないらしい。
「いいからさっさと起こしなさいよ! ほんとに気が利かない奴隷ね!」
「はいはい」
エリーの罵倒には慣れている。
今更この程度で腹を立てたりはしない。
だけどその時、俺はあることに気がついた。
手の甲に紋章が残っている。
絶対服従のスキル、<ギアス>の効果がまだ残っていたのだ。
本来なら契約を交わしたことでそれを守らせるスキルだが、まだその契約をしていないので、効果が発揮される前の契約段階で残っていた。
エリーは光の勇者を剥奪されてしまったが、すでにスキルについては効果が消える様なことはなかったらしい。
これを使えば……。
俺はエリーに向けて告げる。
「エリー、俺と契約をしないか」
「はあ? アンタこんな時になに言ってるの」
「<ギアス>のスキルを使おうとしただろう。その効果がまだ途中で残ってるんだ」
言われてようやくエリーも自分の手に残されている紋章に気がついた。
「そんなにアタシの奴隷になりたいの? まあどうしてもっていうなら、奴隷にしてあげてもいいけど」
どうやらまだ自分の立場がわかっていないらしい。
だから俺は教えてやった。
「逆だよ。エリーが俺の奴隷になるんだ」