女神様の決断
ああ、これは死んだな。
血だまりの中で俺はそんなことを思った。
それにしても、死ぬときは随分とあっけないものだな。
まあ冒険者なんてそんなものか。
これで俺の人生が終わりかと思うと少しだけ寂しいが、それと同時に、ようやく解放されたという安堵もあった。
ようやく奴隷の様な生活ともおさらばできる──
「リザレクション」
そんな声が聞こえ、俺の視界がまばゆく光り輝く。
目を開くと、首を切断されて絶命したミノタウロスがまず目に入り、その次に、神々しい存在が視界に写った。
美しい女性だが、もはや美しいという言葉すら不敬に思えるほどの上位存在。
初めて見るにもかかわらず、それが誰なのかを本能で理解してしまった。
「女神様……」
それは紛れもなく、この世界を作ったとされる創造主だった。
それがどうしてこんなダンジョンの下層なんかに……。
気がつくと、エリーがふふんと得意げな笑みで俺を見下ろしている。
……まさか。
俺はその可能性に気がついてしまう。
復活魔法のおかげで俺は生き返った。
俺の腹にでかい穴を開けられたにもかかわらず、すっかり完治している。
だけど、いくらエリーでも復活魔法は覚えていなかったはず。
というか、これまでの歴史の中でも死者の復活を起こした者はいないはずだ。
人間に死者復活の魔法を使うことは出来ない。
だとするならば……。
まさか、こいつ、女神様を召喚したのか……?
俺にリザレクションを使わせる、ただそれだけのために……?
当の女神様は目を伏せたままその場に存在している。
なにを思っているのかは、その表情から読み取ることは出来ない。
呆然とする俺をエリーがニヤニヤとしながら見下ろした。
「アタシがいなかったら死んでたわね」
「あ、ああ……。そうだな……」
俺はどこかボーッとしながら答えた。
上手く頭が回らない。
ひょっとしたら一度心臓が止まったせいで、まだ頭に血が回ってないのかもしれなかった。
「アタシに感謝しなさいよ」
「そうだな……ありがとう……」
「命を救ってくれた恩人には、命をかけてお礼をするのが当然よね」
「ああ……もちろんだ……」
「つまりあんたは一生アタシの奴隷ってこと。いいわね」
「わかった……」
「そうよ。そうやっていつも素直にしてればいいの。アンタはアタシの奴隷なんだからね。フフフ……」
エリーが邪悪な笑い声をこぼす。
なにかとんでもない約束をしてしまった気がしたが、今はまだ頭がうまく働かない。
言われるがままに頷くしかできなかった。
「あ、そうだ。念のため<ギアス>も使いましょうか」
<ギアス>とは約束を守らせる神聖魔法の一つだ。
これによって交わされた約束は、どんなことがあっても絶対に破れない。
神聖魔法の上位に位置づけられているが、エリーは光の勇者であるため、当然全ての種類の神聖魔法を扱えるんだ。
「<ギアス>」
エリーの声に合わせて、俺とエリーの手の甲に、複雑な紋章が浮かび上がった。
「さあ、紋章に向けて誓いなさい。アンタはアタシの奴隷になるって」
「ああ……。俺はエリーの奴隷に……」
この紋章に向けて誓った約束は死ぬまで消えることがない。
文字通り、一生奴隷となってしまう。
だけど蘇ったばかりで頭の回らない俺は、エリーの言いなりになって……。
そのとき、どこかでため息が聞こえた。
ここには俺とエリーしかいないはず。
そう思って声の聞こえた方をみると、そこにはリザレクションの際に召喚した女神様がまだ残っていた。
エリーが鋭い視線を向ける。
「なんでアンタまだいるの。もう用は終わったんだから帰りなさいよ」
命令口調で言い放った。
女神様相手にこんなこと言えるのもエリーしかいないだろう。
女神様は残念そうな表情でもう一度ため息をついた。
「リザレクションは世界の法則を歪める神聖な魔法。それを、この様なことに使うとは……」
「はあ? アタシの力なんだからアタシの好きに使ってなにが悪いのよ。だいたいアンタ、アタシより弱いでしょ。つまりアタシの下僕ってこと。文句言う資格なんかないのよ」
こいつとんでもねえな。
もう何から突っ込めばいいのかわからない。
女神様は小さく頭を振った。
「復活の対象となるのは、勇者が心から助けたいと願った者のみ。発動したということはそれなりの理由があったということなのでしょうが……」
「はぁあ!? アンタなに言ってるのよ! アタシがイクスの心配なんかするわけないでしょ! こいつはアタシの奴隷、荷物持ちなのよ! アタシの許可なく死ぬなんて許されないの。わかる? だから生き返らせたの。他に理由なんてあるわけないでしょ」
「……あなたの才能は、それは素晴らしいものでした。それに生まれたばかりの頃は純粋で、正義感に溢れ、人々のためにその力を使える、まさに勇者となるために生まれた様な子供だったのですが、どうしてこのようなことに……。
人の才能を測ることはできても、心までは測れない。それが神の限界なのかもしれませんね……」
「さっきからなにブツブツ言ってるのよ。目障りだからさっさと消えてくれない?」
女神様が悲しげに目を伏せる。
「これは私の過ちです。前例はありませんが、あなたに授けた「光の勇者」の資格を剥奪します」
「は?」
意味がわからない、といった表情をエリーが浮かべた。