幼馴染の勇者はわがままで横暴
「さっさと歩きなさいよこのドクズ! 荷物持ちしか役に立たないのに、それすらも満足にできないの!?」
今日もエリーの罵声が飛ぶ。
ここは上級ダンジョンの下層、地下25階だ。
この辺りまで来るとモンスターのレベルは人類の限界である100を超えてくる。
普通の冒険者でもレベルが30あれば高い方と言われるくらいだ。
ここは、並の冒険者ではまず太刀打ちできない、いわゆる「地獄」と呼ばれる階層だった。
10人規模のパーティーを組んだ熟練の冒険者たちだけが立ち入ることを許可されるのだが、今はこの俺イクスと、幼馴染であるエリーの二人だけしかいなかった。
もちろんそれには理由があるのだが……。
「エリー、後ろ!」
俺はとっさに声をあげた。
エリーの後ろに黒いモヤのようなものが漂っている。
モヤの中にはうっすらと目と口のようなものも浮かんでいた。
幽霊属性のアンデッドモンスター、レイスだ。
死霊王とも呼ばれるそれはほとんどの魔法攻撃に耐性を持ち、あらゆる物理攻撃を無効化する。
かなり厄介なモンスターだ。
レベルは225。この辺りの平均レベルの倍近い。
正直ここよりもさらに下、最下層と呼ばれる場所で出現するはずのモンスターだ。
それがどうしてこんなところに。
なんて思う暇もなかった。
「は。知ってたし」
エリーが後ろに向けて腕を振る。
武器すら抜いていない、無造作に腕を振るっただけの一撃。
たったそれだけで、物理攻撃無効のレイスが消滅した。
俺は急いでエリーのそばまで走る。
「大丈夫か!? レイスにはドレインタッチが……」
「生意気!」
言葉の途中で足を蹴られた。
あまりの衝撃に俺はその場に倒れる。
エリーは軽く蹴っただけかもしれないが、俺にとっては致命的な一撃だった。
そんな俺に構うことなく、エリーは見下ろしながら罵声を浴びせてくる。
「イクスのくせにアタシに命令するなんて何様のつもりなの!!」
さらに蹴られる。
「後ろにゴーストがいることくらい気付いてたし! 大したことないから放置してただけだし!」
さらに蹴られる。
ちなみに後ろにいたのはゴーストじゃなくてレイスだ。
似てるようで全然違う。
つまり気がついていなかったんだろう。
なんて言ったらさらに蹴りが飛んでくるのは目に見えていたので、床に這いつくばりながら俺は愛想笑いを浮かべた。
てか、レイスと気付いていないのに一撃で倒したのか……。
その規格外の力にあらためて戦慄する。
さすがは天才と呼ばれるだけのことはある。
生まれた頃からの光の勇者。それが俺の幼馴染みであるエリーだった。
「ん」
エリーが手を差し伸べる。
いつものをよこせ、ということだろう。
痛む体をこらえて起き上がると、俺は背中の荷物からポーションを取り出して手渡した。
受け取ったエリーはそれを一息で飲み干す。
「……っぷはーっ! やっぱ戦闘後のポーションは格別ね!」
ちなみにこれもただのポーションではなく、神官の力が込められた上級ポーション。
これひとつで金貨10枚はする代物だが、エリーにとってはドリンク程度のものらしい。
いつもなら空の容器を持ち帰るのも俺の役目なのだが、エリーはそれを素手で握り潰した。
それなりに強度のある素材で作られたそれは、彼女の手の中で砂のように粉々になる。
どうやら今日は機嫌がいいらしい。
多分俺を3回も蹴ったからだろう。
ちなみにこの世界には「アイテムボックス」という便利なスキルがあり、エリーはそれを習得しているのだが、なぜか俺に荷物持ちをやらせている。
俺はアイテムボックスなんて持っていないため、こうして大きな荷物を背負う羽目になっているんだ。
俺なんて雇う必要もないのだが、それでも無理やり連れてくる。
たぶんサンドバッグの代わりなんだろう。
「イクスなんて荷物持ちの役にしか立たないんだから、そんなアンタをこうして使ってあげてるアタシの優しさに感謝しなさいよね」
「あ、ああ。そうだな。いつもありがとう……」
「ふふ、そうそう。ちゃんと感謝しなさいよ。アンタは一生アタシの奴隷なんだからね。あ、レベルが上がったみたい」
エリーが呟き、空中に自分のステータスを表示させた。
この「ステータスを他人に見せる」ということも普通の人間にはできない超高度な魔法だが、エリーは当然のように使っている。
本来なら10人は必要なるこの場所で、俺とエリーの二人しかいない理由。
それはほとんどの人が説明しなくてもわかる。
横暴。傲慢。我儘。短気。
およそ人が持ちうる悪徳は大体兼ね備えているんじゃないかというエリーの性格の悪さが一番の原因と思われがちだが、最大の原因は他にある。
それはエリーのレベルだ。
ちなみに俺のレベルは50。
上級冒険者といっても差し支えない。ちなみにステータスはこうだ。
イクス=ガーランド
レベル50
職業:戦士
攻撃:23
魔力:12
防御:21
精神:35
素早:21
幸運:14
同レベル帯の戦士としてはまあまあ強い方だと思う。
なにせエリーにしごきにしごかれてるからな。
対して、空中に表示された、レベルが上がったばかりのエリーのステータスはこうだった。
エリー=クローゼナイツ
レベル10163
職業:光の勇者
攻撃:3690
魔力:3507
防御:2815
精神:1998
素早:2714
幸運:9999
れべるいちまんひゃくろくじゅうさん。
人類限界のレベル100をはるかに超え、魔王の推定レベル1000のさらに10倍もある。
運なんて表示がカンストしてるだけで、実際はその何倍もあると言われてるからな。
文字通り世界最強の光の勇者。
それが俺の幼馴染のエリーだ。
つまり、あまりにも強すぎて仲間なんて必要ないんだ。
だから荷物持ち兼サンドバッグの俺なんかを引き連れている。
いや、逆かな。
サンドバッグに荷物を持たせてると言ったほうが正しいか。
俺だってそれなりに上級の冒険者と言ってもいいのだが、エリーと並べば比較にもならない。
この階層でも、エリーがいなければ即座に殺されるだろう。
そのとき、奥から新たなモンスターが現れた。
巨大な肉体に牛の頭を持つ怪物、ミノタウロスだ。レベルは150。
俺なんかじゃ相手にもならないが、エリーなら目を瞑ってても勝てる相手だ。
だが、そこで彼女は俺を見てニヤリと笑った。
「ちょうどよかったわ。最近のイクスは生意気だし、この辺りで一度わからせてあげないといけないわね」
いきなりそんなことを言い出した。
「は? どういう意味だ?」
「ミノタウロスはあんたが倒して。そうすればアタシのありがたみがわかるでしょ」
「いやちょっと待て、俺なんかで倒せるわけが──」
なにしろレベル差が100もあるのだ。
倒せるものなら俺だって倒したい。
「ロックオン」
エリーがスキルを俺に使った。
敵の注目を自分に引きつけるスキルだが、それを俺に使ったのだ。
「ブモモモモモモモッ!!」
ミノタウロスが怒り狂ったように雄叫びを上げ、猛烈な勢いで突進してくる。
と思った次の瞬間には、もう奴は目の前にきていた。
頭部に生えた鋭いツノが俺の腹部を貫く。
「がっ……はっ……!」
一撃だった。
倒すどころじゃない。
反応すらできなかった。
血がドクドクとあふれて赤い水たまりを作る。
体が冷たくなり、目の前が暗くなっていく。
気がつくと俺は自分の血だまりの中に倒れていた。
「あははははは! 本当に死んでるんですけど! マジ受けるー!!」
エリーの笑う声が聞こえたが、すでに俺の意識は薄れはじめていた。
久しぶりの投稿なので流行に乗って書いてみました。
展開が思いつく限りは毎日投稿してみようと思います。
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