津波
「そうだな、同じくらいか…
俺も歳を取るわけだな。あの時の先生と同じ歳かぁ。」
「そうなんだ! カクさんは何年生だったの?」
「2年生の時の話だよ。」
「! やっぱりね、そうじゃないかと思ってたんだっ。」
「あの頃は物凄い年上だと思ってたけど、
自分がその歳なのかと思うと感慨深いなぁ。」
「カクさんは若いよっ。うん、だいじょうぶだよ。」
「それさぁ、言葉通りに受け取れ無いんだけど…
実際オッサンだからいいんだけどさ。」
「オッサン発言は禁止っていったよね! 罰金制にしとけばよかったかな。
カクさんは気持ちというか、考えとか、
ウチの学校の先生達なんかよりずっと若いよ。中身だよ、中身が若いんだよ。
話とかも、変に真面目ぶってないしさ、わかりやすいし。」
「まぁ、教師なんてやってる奴らほど、クソ真面目には生きてないからな。」
「あぁ、ゴメン、カクさん、夕飯だって。また電話していい?」
「ああ、今日か?」
「忙しい?」
「今書いてる小説の続きをやろうかと思ってたんだけど…」
「そっか、わかった。ありがとね。また連絡するね。」
「あぁ、じゃあな。」
あ、バンドの事、伝え損ねた。なんの為に電話したんだか…
仕方がない、検索してみるか、
そもそも動画のリンクを送らなくてもいいんじゃないか。
CDのタイトル教えておけば、検索できるんだからそれで済むんだしな。
次会う時にCD貸してあげれば何も問題ないな。
さて、執筆しますかね、
どうせだから、BGMはこのCD掛けようか、武道館のライブだ。
“ メッセ見たよ。探してみる。 ”
お、自室に戻ったのか。家族との夕飯は大事にしろよ。
“ 動画見たよ、カッコイイね! ”
そうだろう? 俺の大好きなライブ盤だからな。
“ 他の動画も探してみた。CD持ってるなら貸して! ”
一応、遠慮をしてくれているんだろうが、
数分おきにメッセージが来るのは、集中できん。
“ 次会う時に持っていくよ。 ”
“ やったね! よろしく~。 ”
察してもらおうかと思ったが、即返事が返ってくるとは、
これは、終わらないかもしれないな。
かといって、無視をするのも大人気ないしなぁ、どうするか、
“ 小説を読む事にするね~。 ”
助かった。もしかして気付いてくれたのかな。なんにせよ、これで書けるな。
それからは毎晩、この時間帯は同じようなメッセージの津波が発生した。
小説の感想と、俺の聴く音楽の話、俺の読んだ小説の話などが殆どだった。
若い子にありがちな自分の話ばかり、というわけではなかった。
そして土曜日、この日俺は出勤しており、しかも残業が発生し、
これまでのようには、あかねとやりとりが出来ずにいた。
何件ものメッセージを読むことすら出来ずにいた。
そもそもが、通信機器の持ち込みが出来ない客先での作業だった為に、
気付いてすらいなかった。
ようやく、その状態から解放され、
スマホが手元に戻った時、電源を入れて驚いた。
あらゆる手段でのあかねからの連絡が一気に通知された。
これは…さぞや、心配させてしまっただろうな。
まさか、こんな時間まで掛かると思っていなかったから、
スマホの電源を切ることを伝えてなかった俺が悪い。
先にメッセージの一つも送っていれば、
それだけで済んだのにな。長年ひとりで生きてきた弊害とでもいうべきか。
この時間なら、今村家の夕食は済んでいるはずだ。
俺はあかねに電話をかける。
「カクさんっ!」
ワンコールもせずに繋がった。あかねの声はかなり緊張しているように思えた。
「あぁ、あかね、心配させて悪かった。仕事の都合で電源切ってたんだが、
残業になっちまってな。先に伝えておかなくてごめんな。」
「よかったよぉぉ。なんにもなくてぇぇ。怖かったよぉ、
カクさんに何かあったんじゃないかってぇ。」
泣かれるとは思わなかった。
「本当にごめんな。なんともないから。大丈夫だから、安心してくれ。な。」
「うん… うん… 安心する… でも、こういうのはもう、ヤだからね。」
「あぁ、気を付けるよ。電源切る時は必ず先に知らせるから。」
「ぜったいだからね! またやったら許さないから!」
「あぁ、約束する。埋め合わせもする。
あ、そうだ、明日はあかねの行きたい所に行こう。
どこでもいいぞ。それでどうだ?」
「ホントにっ!? じゃあ、武道館に行きたい!」
「武道館て、日本武道館か? 九段下の?」
「そう。ライブハウスの武道館。」
「そういう事か…舞浜とか、多摩とか、原宿でもいいんだぞ?」
「いいのっ。そういうのは誰とでも行けるから。
カクさんと行くなら武道館がいいのっ!」
「わかったよ。じゃあ、ついでに日比谷公園の野外音楽堂も行くか。」
「いいね、ヤオンだね! 行こう、行こう。」
なんとか機嫌は持ち直してくれたようだ。
こんな事で喜んでくれるなんて、嬉しい気もする。
「じゃあ、待ち合わせは駅の改札でいいか? 」
「そうだね、そうしよう。10時で平気?」
「大丈夫だ。ちょっと歩くことになるから、歩きやすい靴でおいで。」
「…わかった。スニーカーにする。」
駅に着いたら、喫煙所で、一服しよう。いつもの缶コーヒーで。
3本目を吸いながら、コーヒーを飲み終えようとしている所に、あかねが現れた。
上半身を横に傾けて覗いてくる姿には、ピョコっと効果音が付いていそうだ。
「やっぱりここにいた。カクさんおはよ。」
一目見て思ったのは、足が綺麗。だ。
黒のホットパンツから伸びた真っ白な足は、かなり眩しい。
白いTシャツに鍔の広めの帽子。
「ああ、おはよう。」
「どうかな? 歩きやすいコーデにしてみたんだけど…」
見惚れてしまって、コメントが出てこなかった。
オッサンには眩し過ぎるんだが…
「あかねの足が綺麗すぎて、見惚れてしまったじゃないか。眩しいぞ。オイ。」
「あ、足のことは聞いてないのっ! 服のことを聞いてるんだってば!」
「可愛らしいアクティブって感じかな。帽子がかっこよさになってると思うぞ。
今はそういう帽子はなんて呼ぶんだ? テンガロン?」
「テンガロンともサファリハットとも言うよ。似合う?」
「あぁ、よく似合ってるよ。写真とってやろうか?」
「うん! 撮って! えっとね、あ、あそこの壁の前がいい!」
あかねは俺の手を取って走り出す。そこまではしゃぐ事なのか?
「ちょっと待ってね、変じゃない? だいじょうぶ?」
急いで髪をいじって、不安そうに聞いてくる。
「あぁ、大丈夫だ、かっこかわいいってやつだな。撮るぞ。」
足を交差させたり、手の位置を変えたり、忙しいな。
撮影会になってしまったが、まあ良しとしよう。
「写真の確認は電車に乗ってからな。いくぞ。」
「あー、見せてよぉ~。」
俺は止まらずに改札を目指す、そのまま通りそうになるが、
ふと思い立ち、停止する。
あかねは交通系のICカードは持っているのか? チャージはしてあるのか?
気になって振り返ると、真後ろに立っていたあかねは、
不思議そうな顔で、首を傾げる。
「ん?」
クソッ、なんだこのカワイイ生き物は!
素でやってるのか! それとも狙ってやってるのか?
わずか数十センチの距離で、しかも上目使いでこんな仕草されたら、
ドキッっとしちゃうじゃないか!
「あ、あかね、チャ、チャージは大丈夫か?」
「ふふんっ、2千円入ってるからだいじょうぶ!」
誇らしげな表情で、Vサインを突き出してくる。あ、『2』の意味もあるのか。
高校の教師やってる奴らってのは、毎日こんな姿を見てるんだよな?
よく平然と仕事できるな。鈍感なのか? それとも悟りでも開いてるのか…
俺にはきっと無理だ。
「そ、そうか、なら帰りも足りるな。ならいいんだ。」
改札を抜け、ホームへ向かう。小走り気味に隣に来たあかねが尋ねてくる。
「ねぇねぇ、カクさん、今さ、普段通りに改札を通ろうとしたよね?
電車に乗り慣れてる人の習慣だよね。」
「ああ、そうだな。」
何を聞こうとしている?
「でも、改札を通る瞬間にいつもと違うことに気が付いたワケだ。
私と一緒だってことに。」
「ICカードは持ってるのか? すぐに出るのか? チャージは足りてるのか?
と私のことを心配したワケだ。」
「もし、そうでなければ、改札の向こうに残して来ちゃうから。
そうなったら、私が慌てるから。」
「全部正解デス。」
「よくぞ、気付いてくれました!、
今日、私達は初めて一緒に電車に乗るんだよ。」