つながり
あかねを送り届け、家路を辿る。
女性を送って帰るのはいつ以来だろうか…20年では足りないな。
しかも、まだ夕方だ。こんなのは高校生の頃以来だろう。青春かっ、
こんなオッサンが。
誰かに話したら、きっと何やってんだって、笑われるか、
やめろって、真面目に怒られそうだ。
疚しい気持ちはカケラもないが、法律的にも、道徳的にも、後ろめたさはある。
自分から声を掛けたわけではない。頼まれた事を完遂するために必要な打合せ。
自分にとっての、大義名分というか、免罪符。
世間的に通用するかは、大いに不安が残る。
物書きの端くれとしては、10代女性の感性を知る機会に恵まれたのは、
ありがたいことだ。
40代半ばの男には、おそらく理解どころか想像すら付かないような、
別世界の話のような物。
独特で、移ろいやすく、多岐にわたり、瞬時に変わる。
おそらくオッサンには一番描写がしづらい存在だろう。
今の理解力があっても、ついて行けない速度の感性。自分が10代だった頃、
付き合った相手を、どのくらいを理解できていただろう。
10代の頃に限った話でもないか、理解が足りていたら、
離婚なんてしていないだろうしな。
完全な理解なんてものは、出来ないんだろう。
ニュータイプに目覚めでもしないと、難しいのだろうな。
人間は逆立ちしたって神様にはなれないしな。
自宅に帰り着き、食事をしながら、あかねのSNSを確認する。
“ 小説を読み始めたよ。小説家だろうってやつね。最初はこの人にしよう ”
“『街中の直角』さん ”
思わず、米を噴き出しちまった。早速読んでるのか、いや、それは嬉しいが…
こんな所に自分のペンネームが出てくるとは…
なんだ、宣伝してくれてるつもりなのか? まだ読んでないのに?
それとも、俺へのメッセージつもりなのか…
悪い気はしない、読んでくれるのは。ただ、ちょっと恥ずかしさがあるだけさ。
“ 前からいいなと思ってたスマホケースをGET! うれしー ”
さっき、買ってあげたケースの写真が載っている。
態々ケース外して写真撮ったのか。
“ 待ち合わせって、なんか楽しい。来てるかな? まだ来てないかな? ”
お、楽しみにしていたとはな。 昔はそうだったなぁ、
女の子との待ち合わせはワクワクしたもんだ。
相手が楽しみにしてくれているってのは、分かると嬉しいもんだな。
でも、それを知ってしまうのは、なんだか、ズルをしているような気もする。
相手の気持ちを覗き見ているような感じだ。日記を読んでしまうようなもんだ。
とは言え、本人がワールドワイドに公開しているのだから、
悪い事ではない。はずだ。
“ 何着て行こう 決まんないよぉ ”
“ 髪型どうしよう! ”
うーむ、見ていて良いんだろうか…
乙女の舞台裏は人に見せない方がいいと思うのだが…
共感したり、応援したり、アドバイスをするコメントもある、
同世代の女の子なのだろう。
しかし、これが、彼女らの日常なのか。
思った事を、つぶやけば、すぐに誰かの反応が返ってくる。
自分の感性に対する他者の評価が、すぐに分かる。
相手は目の前にいないというのに。
他者との共感に安心する。女性にはかなり嬉しい事なのだと、何かで読んだな。
“ 何着て行こう 決まんないよぉ ”
服装が決まらない事より、
決められない心情に対する理解が得られるのが嬉しいのだろう。
つぶやいてはいないが、服装が決まり、それに対して、高評価な反応があれば、
それでまた喜ぶのだろう。いい効果だと思う。
味方がいる。と思えるだろうしな。
“ 帰ってきたら、メッチャ怒られた。
何してた? 誰といた? どうでもよくない? ”
いやいや、どうでもいいことではないぞ。
親の立場からすればな。心配だからだぞ。
子供側からすれば、悪いことはしていないし、問題がないと思えるのだろうが…
あぁ、俺もそうだったわ、高校生の頃は朝まで友達と遊んでいたし、
悪い事とは思ってなかったな。
大人の理屈だと思っていたし、それは自分には関係ない物だと思ってた。
親の立場で、物を考えるなんて事は、大人になったから出来るんだな。
“ みんなもう寝ちゃったのかなぁ ”
そりゃあ、午前2時だからなぁ。寝てるか、酔いつぶれてるかしてるだろうな。
あとは違うことしてるかだろうよ。
“ 夜中のファミレスって、思ってたより色んな人がいて面白い ”
これは俺の事か、俺も含めた店内の人物観察をしてたんだろうな。
それぐらいしか、見る物なんて、ないもんな。
“ こういう『ひとり』の感じ方はなんか寂しい。 ”
ひとりを淋しいと感じるなんて、俺にはもうないなぁ。
昔は感じた時期もあったけど。
この時のあかねは、何かを共有できる相手が、
いない状態を寂しいと表現しているのか、
自分はひとりなんだと、考えてしまった事を寂しいと言っているのか。
これより前のつぶやきは、歌って踊れる歌手が、なんの事について呟いたとか、
どこだかのコスメの評判がどうの、どこだかのスイーツが美味しいだのと、
そういった物が続いていた。
きっと、友達と会えていたら、その友達に話していたんだろうな。
“ ドタキャンされた! 彼氏の方が優先だとぉー!
いつか同じ事言ってやるからな! ”
“ そんなワケで、近所のファミレスに一人ボッチでーす。 ”
おうおう、乙女の結構大事な情報が記載されていますが…
大丈夫なんだろうか、こういうの。
彼氏はいません。て宣伝しちゃってるじゃないか。考えてないんだろうけど…
しかし、このつぶやきにはコメントが付いてないな。
なんてフォローしていいか、みんな困ったのかな。
反応が来ないことで、『ひとり』を強く感じて、
淋しくなったのかも知れないな。
誰かと繋がっていたい。そういう思いが最も強い時期だろう。だからこそ、
誰とも繋がっていない現状が不安にさせるということなんだろう。
裏返せば、どんな時でも友達だと思える、
親友と呼べる存在がいない。ということなのか。
親友、仲間といった心の通う存在が、
心の支えになってくれるということをまだ知らないのか。
君が僕を知ってる。てな。
だとしたら実に勿体ないな。10代後半の頃の友達が、
一生の友に成り得ることもあるというのに。
俺にとって友達と呼べる存在と、同等の存在はあかねにはいないのだろうか。
SNSを通じて、リアルタイムの繋がりを得られる代わりに、
深い繋がりが得られていない?
文字だけでは伝わらない事ってたくさんあるよな。
価値観は共有出来ているんだろうし、感情も多分わかっているんだろうが、
俺からしたら、何か足りないんじゃないかと思えてしまう。
俺の足りないと感じた部分を、感じ取れるようにしてあげるべきなんだろうか
偉そうな事を考えているが、それが実際できるのだろうか?
小説を作り上げるという、共通の目的はあるが、それを切っ掛けに出来るか…
心の拠り所になる存在がいる。
そう思える喜びや強さを知らないままなのは勿体無さ過ぎる。
若者の可能性を引き出してあげるのは、年長者の役目だろう。けどなぁ、
あんな若い娘に、こんなオッサンがそこまで関わっていいもんだろうか。
俺が親だったら、反対だな、余計なお世話だって言っちまうな。
でもなぁ、あかねの周りにそれを気付かせてやれる奴がいるとも思えない。
勿体ないもんなぁ、あの子には今しかないんだもんなぁ。
長期間、深入りしないで、気付かせてやれればいいんだよな。
“ 読み終えたよー 『僕の大好きだった先生』”
考えていた事に賛成するかのようなタイミングで、つぶやきが更新される。
一番最初に投稿した作品だ。高校の頃の担任だった先生をモデルにした短編だ。
現役高校生には入りやすかっただろうな。自画自賛だ。
こういうつぶやきを見られるのは嬉しいもんだ。
ひと昔前なら、メールで伝えていたものだが、
特定の一人以外にも、伝えられるってのは、意味合いが違うよな。
スゴイものが開発されたもんだな。本当に新しい時代のツールなんだな。
“ 読み終えたよー 『僕の大好きだった先生』”
“ こんな先生いたら嬉しいよねー”
“ 私は学校の先生と、学校の外で会ったことなんてないや。”
“ 先生だって一人の人間だもんね、趣味ぐらいあるよね。”
“ この先生は実在の人物なのかな?カクさんの先生だったの?”
立て続けに送られてくるメッセージは返事をするタイミングを与えてくれない。
だが、メールと違ってこのアプリならば、
内容を確認している事が発信者に分かるのだから、そろそろ、間を空けてくれ。
しかし、これなら直接電話する方が早いんじゃなかろうか。
相手の状況が分からないから、この方が親切というものか。
でも、なるべく早く返信しないと、『既読スルー』になってしまうんだろう?
メッセージを送った相手がそれを読んだかは、確かに気になるし、
相手の既読の知らせる表示が付く機能は便利だ。
だが、送って数分で、返事がないと決め付けるのは、
相手の都合を考えない勝手な考えだとも思う。
送信者の精神が未発達な証拠に思えてならない。
メールの頃はそんな事はなかった気がする。
“ ありがとう。モデルはいるよ。高校の時の先生だ。”
やっと返信ができた。コミュニケーションさえ高速化時代か。
“ そうなんだねー 影響を受けたんだね ”
“ 先生とはその後会ったりしてないの? ”
“ 小説に出てくるバンドにもモデルがいるのかな? ”
“ 今でもそのバンドの曲って聴けるのかな? 聴いてみたいな ”
切りが無い… そして付いていけない…
電話してしまいたい。その方が俺には早い…
クソッ、コイツにURLを張るにはどうすりゃいいんだよ。
えぇい、電話して聞いてしまうか? なら電話で伝えればいいじゃないか。
“ URLの張り方がわからん。電話してもいいか? ”
“ いいよ。 ”
速い! 光の速さで返事がくる。リアルタイムだ。
「もしもし。」
「もしもし、カクさん! 電話くれると思わなかったよ。」
「いや、恥ずかしながら、使い方がわからなくてな、
待たせるよりは電話した方が早くていいかと。」
「いや、嬉しいよ。読んだよ、カクさんの小説。なんか不思議な感じだよね。
書いた人を知ってるってさ。
人の書いた文章なんて読む事ないからさ。
あ、知ってる人が書いた文章って事だよ?
友達が書いた作文だって読む事なんてないし。
ねぇ、知り合いに読まれるってどんな感じなの?
やっぱり恥ずかしいのかな? ねぇ、カクさん!どうなの? 」
なんだ、このテンションは、なんか防戦一方なんだが…
「読んでくれてありがとうな。
小説は誰かに読んでもらう事を想定して書いてるから、
読まれる事自体は恥ずかしいというより、嬉しいな。
ただ、読んだ直後に、直接感想を言われるのは、少し照れるな。」
「ふふっ、今は、私の方が有利だね。
感想はね、なんか、優しい気持ちになれたよ。
先生と生徒の関係に、共通の趣味って入って来れるんだっていうのが、
なんか嬉しい気がした。
だって、普通は先生とそんな話しないよ? 勉強の話ばっかりだしさ。
そこに、小さな友情? みたいな関係が出来るのがいいよね。
歳の離れた同じ趣味の仲間みたいな? この先生って何歳だったの?
今のカクさんと同じくらい?」
「そうだな、同じくらいか…
俺も歳を取るわけだな。あの時の先生と同じ歳かぁ。」