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オレンジ

「詳しくは言わないが、被害にあった女性を知っている。

 だから女性が襲われる事件が、どこか遠くの話じゃなくて、

 自分にも起り得るって事を、知っていて欲しい。」


「うん。分かった。忘れないようにする。ありがとうね、カクさん。」


「どういたしまして。でもな、男と女がいなきゃ、普通は恋愛は無いわけだ。

 だから、必要以上に拒絶しなくて済むように、

 人を見る目を養うのがいいんだよ。感性や、感情じゃなくて、理論的にね。」


「その理論の所が、今の私に足りないってわけね。」


「お、鋭いな。あかねの理解力はかなりのもんだ。いいぞ。それ。」


「その褒め方は嬉しいな。本音って気がする。」


「ほう、じゃあ、もうひとつ褒めておこう。

 あのな、これは俺の推測で、学術的な根拠はないが、人間の男女合わせて、

 何かを感じる力が一番、強いのは10代後半の女性だと思う。

 ただ、非常に残念な事に、感じ取れる情報量に比べて、

 理解する為の判断材料が圧倒的に足りない。」


「なにそれ。結局、褒めてないじゃん。ぶーぶー。」


「でも、俺の言いたい事は分かるだろ?」


「わかるよ、判断材料を増やせってことなんでしょ?」


「さすがだ。あかね。ヒロインはこうでなくちゃな。

 頭の悪いヒロインは見ていてイライラするからな。」


「う、うん、イライラさせるヒロインているよね、空気読まない子。

 なんでも自分の感情を優先して、主人公を困らせたりするんだよ。

 で、好かれていることにも気付かないの!」


「そういうヒロインにはならないでくれよ、我らのヒロインさん。」


「て、照れるから、そういうの言わないでよね、もうっ。」


「顔真っ赤にして照れてるあかねは、かなり可愛いぞ。」


「…………」


「と、褒められ続けた後に、何か頼まれると、少しくらいならいいかなって、

 思ってしまうのが、最大のピンチだ。忘れないでくれな。」

 

「なんか、ムカツク。なんなのよ、もーっ、カクさんのバカっ!」


「すまんな。こんな意地悪なこと言って。でも許してくれ、

 これも、あかねのためを思ってだから。」


「それはわかってるんだけどさぁっ、

 なんかさっ、イライラする!納得いかない!」


「よし、じゃあ、お詫びに、なんか買ってやろう。そろそろいい時間だし、

 今日はお開きにしよう。送っていくから。そのついでに買い物しよう。」


「あー、ほんとだぁ、いつの間にかこんな時間だ。

 けど、物で釣ろうってのが、なんかハラタツ。」


「何言ってんだ、女性の機嫌を取るための贈り物ってのは、

 昔からの常套手段だぞ。」


「わかったわよ。あのね、カクさん、プレゼントはいらないから、

 その代わりにお願いがあるの。」


「あまりいい予感はしないが、聞こうか。」


「私がやってるSNS、同じ所にアカウント作って欲しいの。ダメかな?」


「そう来たかっ! はぁ、これは断れないだろう…。

 わかった、いいよ。どうすればいいんだ?」


「やったっ!任せてっ。スマホ貸してっ。

 カクさんはアカウント名考えておいてね。」


「カクさん、カクカクさん。そんなんでどうだ?」


「分かり易いけど、カッコよくないよぉ。

 もっとないの? なんかかっこいいの。」


「そんなこと言ってもな。あかねしか見ないアカウントなんだぞ?」


「! じゃ、じゃあ、なおさらじゃんっ、

 カクさんはともかく、カクカクさんは却下です。」


「んー、直角はやだしなぁ、角刈り、角煮、角材…。」


「あ、カクさんは使われていますって。角刈りもなし、

 角煮はおいしいけどなし、カクザイってなによ。

 他になんかないのぉ、かっこいいのとか、綺麗なの。」


「綺麗なのか、じゃあ、

 あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る。」


「なに?なんの呪文?」


「和歌だよ。万葉集。人麻呂? 額田王だったか? 

 あかねさす、君が袖ふる。でどうだ?」


「あかねさすって、刺さないでよ? 

 あぁ、どっちもダメ。繋げてもダメ。どうする?」


「うーん、茜染めはどうだ?」


「あ、いけたよ。茜染め@、両方のアカウントこれでいい?」


「構わないよ、あかねのためのアカウントだし。」


「っふふふっ、でーきた。使い方はわかる?」


「あぁ、どっちも使ったことはあるんだ。

 でも、返信は早くは出来ないからな。」


「オッケーオッケー、そんなのいいよ。

 あとで、私のつぶやき見てね。フォローしてあるから。」


「帰ったらゆっくり見させてもらうよ。さぁ、ぼちぼち出よう。」


「はぁ~い。」


こんなことで、とは言うまい。

俺の方から、あかねのフィールドに歩み寄ったってことだもんな。

自分の好きな物を勧めて、受け入れられたら、嬉しいもんだよな。

安いもんだ。実質タダで済んだし。

しかし、これで済ませては、大人としてちょっとカッコ悪いな。

やっぱりなんか買うか…


「さて、ここからあかねの家まで、歩いたらどのくらいなんだ?」


「30分くらいだよ。 国道の方。」


「よし、じゃあ、帰る前にあそこの家電屋に付き合ってくれ。

 SNSデビュー記念にスマホケースを変えることにする。」


「あ、いいなぁ、私も変えたい!」


「よし、一緒に買ってやる。だから、良いの選んでくれ。」


「やったぁ、私が良いの選んであげるから、任せてよ。」


これで、負い目なく買ってやれるな。ちょろいもんだ。




「前からいいなと思ってたケースがあったんだよねー。

 あ、これこれ、カクさん、これどう? 何色がいい?」


「お、いいじゃないか、それにしなよ。」


「え? これはカクさんのだよ? 何色がいいって聞いたじゃん!」


「あ、俺のか、OK。それにするよ、色は…白かな。」


「じゃあ。私はオレンジにしよっと。はい、これお願いします。」


「え、同じのなのね。」


「そうだよ? 良いの選ぶっていったよね。

 私が良いなと思っていた物だから、これを選ぶ。

 当然、カクさんにも、良い物を勧める。

 結果、お揃いになるのはこれまた当然。」


なんだよ、ちょろかったのは俺の方か… 

オウンゴールアシストした気分だ。 ま、いっか。


「まぁ、パートナーみたいなもんだしな。悪くないか。」


「!、ぱーとなーね、そうそう、パートナーだよ。

 うん。パートナーならおかしくない。」


「じゃ、これ買ってくるな。」


「よろしく~。」


で、当然と言わんばかりに、買った側からケースを変えるんだね。俺のも。


「カクさん、ありがとう。大事にするね。」

なんていい笑顔するんだ。この子は。

同級生の男がこれくらったら、一撃で撃沈だろうな。


「あぁ、俺も大事にするよ。」


ま、あかねの機嫌が急上昇したことだし、買いに来てよかったな。

若い子の純粋な笑顔ってのは、こんなオッサンさえ、気分よくさせるんだから、

大したもんだな。


家電屋を出てからというもの、あかねのお喋りが止まらない。

クラスメートの話に、学校の先生の話、好きな歌手に、

好きなスイーツ、SNSのフォロワーの話。

まあ、続く続く。さっきまでは、俺の方が多く喋ってたから、

その分取り返そうとしているのか。


「ねぇ、カクさん、次はいつ空いてる? 

 私は夕方ならいつでも大丈夫だけど、平日は難しいかな?」


「そうだなぁ、平日は残業が発生することもあるし、

 予定するのは難しいな。週末の方が確実だな。」


「じゃあ、日曜日にしようよ。朝から!」


「おいおい、朝って何時だよ? せめて8時までは寝かせてくれよ?」


「じゃあ、10時にしよう。場所は考えとくから。」


「わかった、日曜の10時な。」


「それとさ、カクさんの小説読んでみたい。本とか出てるの?」


「いやぁ、書籍化なんて、夢のまた夢だ。今は小説投稿サイトに投稿してる。」


「どこのサイト? 『小説家だろう』ってやつ?」


「それそれ、街中の直角ってペンネームで探して。」


「なんか、安易なペンネームだなぁ。本名には繋がらないか。」


「自分でも安直だとは思ってるんだよ。そこはつっこまないでくれ。」


「ふふ、どんな小説なんだろうなぁ~。楽しみだなぁ~。」


「クソっ、なんか悔しいが、読者には何も言えん…」


「ふふっ、やり返せた気がする。嬉しいな~と。

 あ、もうここで大丈夫、曲がったらすぐだから。」


「そうか、今日はお疲れ様。ありがとな。」


「こちらこそ、ためになる話を聞かせてくれてありがとう。

じゃあ、またね、カクさん。」


「あぁ、またな。」


あかねと別れ、来た道を戻る。

ふと振り返れば、あかねが見送っている。

振り返った俺に気付いたあかねは、小さく手を振っている。

こちらが手を振り返すと、あかねの手を振る勢いが増す。また歩き出す。

角を曲がる時に見ると、今度は頭上で大きく手を振っている。

まるで、映画のワンシーンの様だ。

あれを素面で出来るのは、やっぱり若さなんだろうか。

一度、手を上げてから角を曲がる。こんな見送りされるなんて、

いつ以来だろうか。悪い気はしない。


帰ったら、あかねのつぶやきを確認しよう。

タバコに火を着けながら、そう思った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >「カクさん、ありがとう。大事にするね。」 なんていい笑顔するんだ。この子は。 セリフとともにあかねの嬉しさなんかがよく伝わる、こういう描写、良い。 [一言] スマホケースのペアルック(…
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