警戒心
「そうか、カクさんは安心とか、安らぎを与えられる人なんだねっ、
やっとわかった!」
満面の笑みというか、花が咲いたようと言うか、
とにかく、凄く嬉しそうだ。手が慌ただしいな。
「解ってくれて嬉しいが、手を止めような。パフェひっくり返すからっ。」
「むふ~、わかっちゃいましたよ~。ワタシはっ! ふふんだ。」
何やら勝ち誇っているのか、得意げなのか、ご機嫌だな。
これ絶対、聞きたい?ってくるパターンだ。
「謎が解けたようだね、名探偵あかね君。
君の推理とやらを聞かせてもらおうじゃないかね。」
「ふふっ、聞きたい?」
「是非、聞きたいね、どんな真実に辿り着いたんだ?」
「あのね、カクさんは人に、安心感とか、安らぎを与えられる空気というか、
なんか、そういうのを持っているわけですよ。ここまではいいですか?」
「ハイ、センセイ。ワカリマス。」
「むぅ、でね、それは誰にでもあげられるわけじゃないの。
波長が合う人だけなの。」
「ふむふむ、続けて下さい。」
「その波長はね、誰かに傍に居て欲しいって、思ってる人の波長なの。
そう思ってる人の心に、スって、入ってくるのよ。
そう思ってない人には、きっと届いてないの。」
「それに気付いたってことで、OK?」
「YES! これ気付いた人いた? たぶん居なかったんじゃないかなぁ~。」
「波長がっていうのは、初めて言われたね。
それが分かったあかねにも、届いたってことなのかな?」
「まぁね、ゆうべはさ、本当は友達と一緒に遊ぶ約束してたんだけど、
その子が彼氏を優先して、ドタキャンされて、ほったらかしにされたの。
そのまま帰るのもシャクでさ、SNSしてたの。」
「何時から、あの店にいたんだ?」
「8時から。」
「そんなにかっ、俺に声掛ける迄、6時間も一人でいたのか?」
「SNSで話してたから、一人とは思わなかったし。」
「そういうモンなのか、
なぁ、その話してた相手って、どんな奴だ、男か、女か?」
「両方いたよ。同じくらいの子も、大学生も、社会人もいた。土曜だったし。」
「一人で居るって言ったりしたか? 何処にいるかとか。」
「言ったよ。近所のファミレスで、一人ボッチでーす。って。」
「あのなぁ、それで、お前をどうにかしようって、
善からぬ事を考える奴が来ちまったら、危なかったかも知れないんだぞ、
一人で居るなんて、言わない方がいい。気を付けなきゃダメだ。」
「あ、心配してくれてるんだ。ちょっと、嬉しいね。それ。
でもさ、カクさん。SNSって個人が発信するんだよ? 基本ひとりだよ。」
「むっ、確かにそうだな。いや、でもな、
この場合は、一人を主張するのは、やっぱり危ないぞ。
男の欲望を甘く見ない方がいい。
さも、親切ぶって、心配してますって顔して、近付いてきて、
騙そうとしてくる奴がいるんだからな。用心だけはしといた方がいいぞ。」
「あれあれ? 今、目の前に心配してますって、男がいるんだけど、
用心した方がいいのかなぁ~。」
「ぐっ、なんか悔しいが、その通りだ。それでいい。
会って一日も経ってない男を、完全に信用するような事は、しちゃいけない。
自分を守る用心だけは持っててくれ。」
「なにそれっ! 正論言ってんのかも知れないけどさ、
カクさん、自分を信じるなっていってるワケ?」
「今の時点ではそうだ。俺みたいな歳の男が、
あかねくらいの歳の女の子を騙すなんて簡単なんだよ。」
「私を騙してるってこと?」
視線にも声にも怒りの感情が籠っているな。当然だな。
でも、それでいいんだよ、あかね。
「いや、俺は、あかねに、何も嘘はついていないし、騙すつもりはないよ。
だけど、それを証明する方法はないよな。
あかねには確認する方法もない。ここまでいいか?」
まだ、怒りは収まっていないが、何を言おうとしているかは、
ちゃんと察してくれているようだな。
「あかねが、警戒せずに俺を信用してくれるのは、正直嬉しいよ。とってもな。
それは、俺の言葉、態度、その他の俺自身を見て、
信用できると、危ない奴じゃないって、そう判断して、いや違うな、
そう感じたからだろう。それは、俺にとって嬉しい事だ。」
「でも、自分の身を守るってことに関しては、
感情や感性と切り離して、持ってた方がいい。
完全に信用できる情報を得るまでは。
俺からしたら、あかねが、俺を信用するには、
まだ材料が足りないと思えるんだよ。」
「隠してることがあるってこと?」
「隠すも何も、まだ、何も知らないだろ? 人間は一面だけじゃないんだぞ。
裏も表も、右も左も、上も下もある。年齢が行けば過去だってある。
若い奴より、歳食ってる奴の方が複雑だしな。
あかねが、今知ってる俺の情報だけで判断するなら、
俺なら、まだ完全には信用しない。」
眉が寄っている。感情は納得していないようだな。
「俺自身も、あかねのことも、否定しているわけじゃなないんだよ。
ただ、もう少し、警戒心を持ってほしいだけなんだよ。
それがないままで、あかねが騙されたり、傷付いたりしないようにって、
そういうことが言いたいんだよ。解ってくれるか?」
「言ってることは分かる… けど、なんだろ、なんかスッキリしない…。」
眉の角度は少しだけ緩やかになってきたな。
「そうだなぁ、もうちょっと、多くの事を見てから判断する。ってことかな?
彼の有名な名探偵君のアニメとか観るか?」
「前は観てた。ていうか、カクさんも観るんだ? オタク?」
「アニメを観るからオタクって、どんだけ小さい判断材料なんだか。
観た事があるなら、分かると思うけど、彼はとにかく色んな物を見ていて、
それをヒントに事件に気付いたり、解決しているだろ?
隣に立ってるお姉さんが、よく気付いたねーって、いつも言ってるだろ。」
「言ってる! 毎回のように言ってるね。逆にオジサンは何にも気付かないの!」
「あそこまでとは言わないが、色んな事を見て判断して欲しいのさ。
10代じゃあ、まだ、持ってる判断材料がまだ少ないんだよ。
それを増やそうって事だよ。」
「具体的には何を見ればいいの?」
「社会人としてなら、所属、立場、責任、礼儀、常識、実績、能力、人間性、
てところなんだが、これは仕事上での付き合いをする時の判断基準だしなぁ、
本質、願望、夢、視線…気配り、友人…」
「説明無さすぎで、わかんないんですけどっ!」
怒られても困るんですけど! 全部説明すんのも長くなるし、大変なんだよな。
「んー。じゃあ、あかねが人を見て、何を気にするかを挙げてもらって、
それを補足していく感じでいくか。」
「なら、先に視線の話してよ。聞いてて気になった。」
「お、そこ食い付くか! センスいいな。
あのな、人間て、考えてることが視線というか、
目の動きに出るんだよ。聞いたことないか?」
「目は口ほどに物を言う。なら知ってるよ。
だから、相手の目を見て話せって、言われてきたし。」
「おう、ちゃんとした教育をしてくれたご両親に感謝だな。その通りなんだよ。
で、その理由を説明するからな。
視神経ってのは、脳との繋がりがダイレクトなんだと思っておけな。
だから、脳で考えてる事も、無意識に目にフィードバックされてくるんだ。
一番大事な事、はぁい、ここテストにでまーす。アンダーラインなー。
視線が左上、本人にとって右上を向いてる時は、想像をしている。
嘘をついている。ことが多い。」
「そうなんだ、カクさん、嘘ついてみてよ。実験しよう!」
「嘘ついてみてって、初めて言われてわ。
実は俺、改造人間でな、悪の組織と戦っているんだよ。」
「まっすぐじゃん! 嘘言ってるけど、嘘になってないからってこと?」
「まぁそうだな。俺のオヤジな、特務機関の指令をしていてな、」
「あー!今、左上向いた!嘘だっ お父さんの話は嘘だね!」
「そう。分かった? 嘘を考えてる時に、視線が左上を向くんだよ。
言葉が出るタイミングじゃない。」
「わかったよ。面白いね、コレ。ねぇ、他にはっ?」
「右上、本人の左上を向いてる時は、
過去の記憶を探したり、経験を思い出したりしてる時。
つまり、上を向いた視線が、左右に動いてるとしたら、
ほぼ嘘をついてると思っていい。瞬きが多かったら完璧だな。」
「まばたきが多いのはどんな意味なの?」
「不安だったり、緊張だったり、心が安定してない時だな。」
「言われてみれば、挙動不審なやつそのものだね。わかりやすっ。」
「しかも、これは無意識にしてしまうから、誤魔化せないんだよ。」
「ねぇねぇ、他には?」
「あとは検索して調べてくれよ。これの話だけで日が暮れちまう。」
「え~、面白いのにぃ。」
「あのな、あかねさんや、本来の目的を忘れちゃあいませんか?」
「あっ! 忘れてなんかいませんよ? ちょっと脱線しただけです。」
「はい、嘘です。目が泳いでます。今、なんの話をしてたと思ってんだよ!」
「はい、ゴメンナサイ。カクさんの話が面白くって、つい忘れてた。てへっ」
「てへっ、じゃないんだよ。全く、話題にすっかり騙されてるじゃないか。」
「えっ、ウソっ! 騙されてんのっ? わたし?」
「警戒心があるようには見えないが?」
「う…ん。 警戒はしてない…ね。」
「確かに、いきなり警戒心を持てって言われても難しいよな。
じゃあ、これだけは覚えておいてくれ。
10代の女性には、警戒心が育っていない事が多いんだ。
だから、自分にはまだ、警戒心が足りない。と。」
「私には、警戒心が、足りない…。」
「ダメ出ししてるんじゃないぞ。大抵の人がそうだ。特に女性はな。
だから、警戒心の薄い若い女性を狙った犯罪が、
後を絶たないんだ。」
「都心に遊びに来た、若い女の子を騙す犯罪なんて、聞いたことあるだろう?
大学に入学したばかりの子を、言葉巧みに、サークルに勧誘して、
新歓コンパとか言って、
酒の席に誘って乱暴するってのも聞いた事があるだろう。」
「女性が悪いわけじゃない。欲望で騙す男が悪い。けどな、
警戒心と、雰囲気に流されない意思、
つまりは自分を守る用心があれば、騙されないで済むんだ。」
「騙されてしまってからじゃ、遅いんだ。女性が失うものが大き過ぎる。
もっと警戒しておけばよかったって、後から思ってもどうにもならない。
騙すばかりじゃない。力に物を言わせる事だってある。」
「だから、自分に警戒心が足りないと認識したうえで、警戒心を育てて、
自分で危険を回避できる女性になって欲しいんだ。あかねには。」
「なんか、重いね… すっごく。実際に、身近にあったの? そういう事が…」