主人公を決めて下さい
「よ、よし、じゃあ、その小説の話をしようじゃないか。色々聞いて行くぞ。」
「よっしゃぁー! なんでも来い!」
鞄から手帳を取り出す。
「あれ、パソコンじゃないんだ?」
「あれは本文書いてるやつ。今日は本文書かないからな。持ってはきてるけど。
先ずは構想を練るために、ネタ帳ってやつだよ。」
「ふぅん、まぁいいわ。で、何を聞きたいの?」
「先ずは主人公が決まらないと、どうにもならない。これはわかるよな?」
「うん。私でしょ?」
「そうなんだが、君の言う主人公は、君そのものなのか、君の名前の別人か、
君の容姿で、中身が違う誰かなのか、君が別の姿になるのか、色々ある。」
「う~ん、よくわからないや。例を挙げてもらえない?」
「最初のは、君そのものだ。ミツハという17歳の少女が、
今の世界で、生きていく。昔から誰かが捜しているかもな。」
「うん、それ分かる、知ってるし。」
「そうだったな。で、次、架空のミツハがどこかの世界で生きてる。
一緒なのは名前だけ。」
「次、君の容姿を使ったキャラクターが出てくる。
これは一緒なのは外見だけ。」
「次は中身は君。転生とかで外見が変わったり、違う生き物になったり。」
「君自身がタイムスリップするとか、
キャラは君そのままで、別世界、別の国。とか」
「ますますわかんないんですけど…」
「最初のやつはいいよな? 君自身が日常にいて、
何かが起きてとか、誰かと恋をしてとかだな。」
「うん。それはだいじょうぶ。」
「名前だけ一緒のミツハが出てくるのは想像つくよな。
何かの作品のキャラの名前がミツハになる。」
「ミツハがかるたをしたり、バスケをしたりと。」
「そうそう、次は、君がアリスだったり、スライムだったり、するわけだ。」
「知ってる。アニメ観たよ。」
「次な、ミツハはある日タイムスリップして、
江戸の町にいましたとか、知らない世界にいました。
帰る方法は分かりません。頑張って生きます。とかだな。」
「う~ん、やっぱり、今のこの世界で私が生きていくのがいい。」
「性格とかも君自身のままがいいのか?」
「そうだね、それが一番楽しめそうだもん。」
「それだとだな、ふたつばかり、問題があるんだがいいか?」
「なにが問題だっていうのっ? 私じゃダメだとでも言いたいのっ?」
「そう、怒るな、いいか、君そのものを書くとしたら、
俺が君の事を知らないと書けない。
想像で書いたんじゃ、それは君じゃない。これは分かるよな。」
「うん… そうだよね…」
「でだ、想像でない君を書く為には、君をもっとよく知る必要がある。
これがどういうことか、分かるか?」
「時間が掛かるって、そういうこと?」
「そうだ、たかだか数日の付き合いで、人を理解することなんて、出来ない。
理解したつもりになられるのも、嫌だろう?」
「うん、そうだね。」
何かを考えている様子だな。何か思い当たる事があるのかもな。
「君という人物が、どんな時に喜び、どんな事で悲しみ、怒るのか、
どんな事を楽しいと思うのか、何を見て美しいと思うのか、
何に感動するのか、何が好きで、何が嫌いなのか、
家族をどう思っているのか、どんな男に惚れるのか、
どんな女性に憧れるのか、それこそ、挙げたらキリがないよな。
でも、なるべくたくさんの君を知りたい。」
「えっと、あの… な、何項目あるのかなっ」
「単に、質問形式で答えてもらっても、キャラのデータにはなるけど、
それは違うと思うんだ。
感情が動いた時に、君がどんな表情を見せるのか、
どんな態度になるのか、声のトーンはどうか、
そこまで知って、ようやく、
君を『知っている』と言っていいんじゃないかな。」
「人を理解するのって、結構大変だね…」
「揚げ足を取る言い方をするけど、『知っている』のと『理解する』のは違う。
特に人に関してはね。」
「国語の授業みたい…その違いってなに?」
「難しい言い方をするなら、『知っている』のは情報だ。つまり過去。
君の名前、生年月日、血液型、学校、考え方、
といってもこれは過去のパターンだ。
今までこんな時はこうした、こう言った。というね。
『理解している』は予測できるということ、つまり未来だ、
君なら、こうする、こう考える、こう受け止める、こう言う、
こういうの好きだろう、これは嫌いだろう、
まだ、確定していない君の選択が予想できるのが『理解』だ。」
「なんとなく分かった。『知ってる』より『理解してる』方が
より『知ってる』って感じかな?」
「お、そうだよ、そう言おうと思ってたんだよ。」
「どうよ? これでも現国は5なんだからね!」
「でまぁ、どうせ人物を書いてみるなら、なるべく理解して書きたいなと。
そう思うわけですよ。物書きの端くれとしましては。」
「どうせ? 今、どうせっていったよね? 酷くない?」
「あぁ、ごめん、失言だ。『せっかく』だ。折角なら、主人公のモデルに、
自分がそこにいると、そう思ってもらえる物を書きたいなと。」
「い、いいんじゃないの? それ。物語の中に、自分がいる。
それってどんな気分かなっ?」
「あー、経験から言わせてもらうと、かなり恥ずかしいと思うよ。」
「へぇ~、カクさん書いたことあるんだ? ぷぷっ」
「認めたくないものだな、若さ故の過ちを… だってよ、想像してみろよっ
物語の中で、自分が誰かに告白したり、されたりするんだぞっ
しかもそれに答えるんだぞっ!」
「うわ~、ないわー。超はずかしいじゃん! ぜっったい読めないっ、
そういうシーンは無しで!」
「よし、採用だな。わかった。告白シーンあり。と、決定と。」
「やめてよぉ~。絶対なしだからね! 書いたら怒るからねっ!」
「フリだろ? それはフリなんだろ?」
「本気で怒るよっ!」
顔が真っ赤だ。本当に怒っていらっしゃるようだな、
揶揄うのはこのくらいにしないとな。
「ゴメン、調子に乗りました。書かないようにするよ。展開によっては。」
「まだ言うんだ?」
「まぁ、ちょっと冷静に考えて欲しいんだけどさ、
10代のヒロインがいて、恋愛要素なし。そんな作品ほぼ無いと思わないか?」
「う、確かに知らないかも… 学園モノはほとんど恋愛モノだし、
スポーツでも、先輩とか…」
「海外のアクション映画なんて、無理やりにでも恋愛要素入れてくるだろ?」
「あー、あるね、そのシチュエーションでは無いわっていう場面があった。」
「だろう? ということはだ、
恋愛と無関係な女性キャラは盛り上がらないってことだ。
それにさ、主人公は君なんだぜ?
17歳なのに、恋愛要素なしじゃ、可哀そうだと思わないか?」
「そういわれると、自分がモテナイキャラみたいに思えてくるね、
それはイヤかも…
でも恥ずかしいのは読みたくないなぁ、なんとかしてよ、カクさん!」
「じゃあ、君は、すごく人気で、ラブレターなんて毎日届く。
でも、どいつもイマイチで、好きになれた男はいない。
自分が好きになれるくらいの、いい男はいないのかと凹む。
そんな時に奇跡の出会いがっ!とかどうよ?」
「えー、なんか感じ悪いじゃん。女子から嫌われるタイプだよ。それ。」
「じゃあ、さっきのパターンで、昔に引っ越して行ってしまった
幼馴染をずっと思っていて、そいつを超える奴が現れない。」
「で、その幼馴染が帰ってくるんでしょ?
その展開は読める、簡単すぎ。却下。」
「恋多き女は?」
「ヤダ。イメージ悪すぎ。
もっとさ、グっとくるような、キュンとするようなのがいい!」
「それだと、恥ずかしいって言ったじゃないか。いいのかよ?」
「恥ずかしいのはヤだけど、恋をするなら、キュンキュンするのがいいの!」
「王道展開でいうなら、なんでも言い合えて、
しょっちゅう喧嘩するような関係だったのが、
実は好きだった事に気付いちゃって、
それまで通りに話せなくなっちゃって、ドギマギ。
一大決心をして、思いを伝えたら、両想い、カップル成立。とか?」
「途中で、モヤモヤするのもいいかも!
自分の気持ちに気付いちゃってからが大変よね、それ。」
「ずっと好きな相手がいるんだけど、相手は超イケメンで、
自分は釣り合わないとか思って、 伝えようとも思っていない所に、
親友から、その彼を好きだと相談される。
駄目だとも言えず、応援することに。そのあとは色んなパターンがある。」
「え~、それ絶対修羅場になるやつじゃん。
ダメだよそんなの。友情にヒビ入りまくりじゃない。
折角だから、みんなに祝福されたいなぁ。」
「じゃあ、恋愛ヘタレ女子。好きなんだけど、
伝える勇気がなくて、モジモジ。まわりはヤキモキ。で、なんか、
ハプニングが起きて、思わずポロって言っちゃって相手に好きな事伝わって、
なんとか必死に誤魔化しちゃうの。で、
相手がすこーしショックを受けちゃったりして、
アレ?これってどういうことですか?
で、今度は誤魔化しちゃったのをどうひっくり返そうか。」
「誤魔化しちゃうの分かるわ~。
つい言っちゃったら、慌てて誤魔化しちゃいそう。で、その日に
メチャクチャ後悔して、友達に相談して、怒られるんでしょ。ありそ~。」
「どこかで聞いたような話だけど、ちょっと、共感しただろ?
結局、好きって感情が少しずつ積もっていって、気持ちが強くなっていって、
伝えたい、でも伝えたら、関係が変わるかもって
不安をどう乗り越えて想いを伝えるか、
そして、告白シーンをどれだけ盛り上げるか。が恋愛を描く基本なわけだ。
さて、我らが主人公はどんな恋愛が好みなんだろうね?」
「むむむ、ですよコレは。
だんだん好きになっていって、伝えたいけど、勇気が出せない。
でも好きな想いを伝えたい。ここが一番いいよね!
そう思わない? カクさん!」
「そういう時が、相手といて、一番楽しい時なんだよなぁ。
あぁ、今、恋してるなぁって。」
「きゃあ、キャア、きぃやぁぁぁ。モゾモゾする。なんかぞわぞわするよぅ。」
「なんか酷い表現だな。あんまり可愛くないぞ、それ。」
「なっ!、そっちこそ酷くない? 乙女心をなんだと思ってるのよ!
けなす様なことばっか言ってさ、
もう少し褒めるとか、持ち上げるとかしてもいいんじゃないですかぁー。」
「表現の話をしているんであって、君の感情を否定しているわけじゃないぞ。」
「君っていうな! それなんかヤダ。名前で呼んでよ。」
「名前…ミツハか?」
「あかね… 今村 茜… 私の名前。」