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聞きたいこと


「ねぇ、私が主人公の小説書いてよ。」


きっとこの瞬間をずっと待っていたんだろう。

無意識に待っていた。望んでいた。

いや、待っている自分を否定していただけだ。

心が震えた。嬉しくて、心が歓喜している。体中が沸騰するようだ。


振り返ると、泣きそうな笑顔のあかねが立っていた。

一言でも声をかけたら泣き出しそうだ。

きっと俺も同じような顔をしているんだろうな…


前よりも綺麗になってるじゃないか。

隣に座られたら、きっと抱きしめてしまう。


あの時はなんて言ったっけ。

「とりあえず、座ってくれって言ったような気がする。」


「それはもう少しあとだったよ。最初はね、

『突然そんなこと言われれば、吃驚するのも仕方ないだろう。』

 って言ってたよ。」


あかねは俺の正面に座った。まだ、泣きそうな笑顔だ。落ち着かせたいな。


「水でも飲んで、落ち着いてくれ。って言ったかな。」


「うん。うん。言ってたよ。

 カクさん… 会いたかった… ずっと会いたかったよぉ…」


また泣かせちまった…


あかねの隣に移り、抱き寄せる。これしか方法を思いつかなかった。

肩を抱き、頭を撫でる、手触りの良さがシルクのようだ、

こんなに綺麗な髪してたんだな。

落ち着くまでは、こうしていよう。

あかねはずっと小さな声で俺の名を呼んでいる。

まるで、夢と現実の区別を付けようとしているようだ。


「カクさん… カクさん… カクさん…」


「あぁ、あかね。ここにいるよ。

 俺の手が、頭と肩に触れているのがわかるか?」


「うん、うん、わかるよ。カクさんに初めて抱きしめてもらったんだもん。」


「そうだったか。泣いてる子を放っておくわけにもいかないしな。」


「うそ。最後に会った日は泣いてる私をほったらかしたもん。」


「う、それは、だな、ごめんよ。俺も一杯一杯だったんだよ。」


「知ってるよ。カクさんも辛かったんだよね、あの時…」


「あぁ、罪悪感と喪失感で、ぐちゃぐちゃだった。」


「私のためを思って、そんな辛い思いをしてくれたんだよね。

 それ読んで、嬉しくて、ありがたくて、

 申し訳なくて、胸が痛かったよ。

 カクさんがそんな思いでいたの知らなかったから…」


「いいんだよ、今は知っていてくれてるだろう? 報われた気分だよ。それに、

 カッコ付けた言い方するなら、男は女のために、我慢するもんだ。」


「バカ、かっこ良過ぎだよ。バカ。」


「2回も言わなくてもいいだろ?」


「うるさい!ばかばか、カクさんのバカ! 泣かすな! ばか。」


「私があれから、今日が来るのをどれだけ待ってたか知らないクセに。」


「今日のために、どんなことをしてきたか、は、多分知ってる。と思うぞ。」


「ホントにさ、

 カクさんはどれだけ私を感動させれば気が済むのよ、まったくさ。

 おかげで、ますます好きになったんだからね、責任取ってよね!」


「なっ、責任て、ちょっと待て、いやいや、待てまて、

 落ち着こう、話が飛び過ぎだ。

 一旦、整理して、順序立てて話そう。な。」


周りに聞かれていないだろうな。聞かれていたら、

ろくでなしの犯罪者だと思われかねん。

大丈夫だ、誰もこっちを見ていない。とりあえずこの体勢はよくないな。


「周囲にあらぬ疑いを掛けられるのはゴメンなんだが…。」

あかねから手を放し、元いた席に戻ろうとしたが、

逃がさんと言わんばかりに腕に抱き着かれた。


「あぁ。それね、大丈夫だよ。カクさん、

 なんで私が今日という日を待っていたと思う?」


あかねは荷物を漁りだした。そして、財布からなにやらカードを取り出す。


「ふふん。これを見て、カクさん。」


誇らしげにあかねが見せてきたのは、運転免許だ。


「おぉ、免許取ったんだ。忙しかっただろうに。」


「よく見て、誕生日のところ。」


「ん、4月3日、今日じゃないか! あかね、今日、誕生日か!」


「そうなんだよ。今日が私の誕生日。

 19歳の誕生日なんだよ。この意味がわかる?」


「あぁ、もう子供扱いするなって、言いたいんだろう。悪かったよ。」


「ばか。そうだけど、そうじゃない! 

 19歳の私は、青少年保護育成条例の適用を受けないの!」


「あ!そうかっ、そうだな。いや、そこじゃない。

 あかね、19歳の誕生日おめでとう。」


「あぁ、もう! なんではぐらかすのっ! 

 嬉しいけど、今言いたいのはそれじゃないの!

 今の私は、カクさんの隣にいても誰にも咎められることはないの。

 何時だろうと!

 カクさんに迷惑を掛けたくないから、だから今日まで、ずっと待ってたんだよ。

 あれからずっと、今日が来るのを待ってたんだよ…

 会いたかったけど、我慢してたんだよ…」


「それなのにっ、やっと会えたのにっ! 

 カクさんのばかばかばか。乙女心が全然わかってない!」


「そうか、俺のために、ずっと我慢して、がんばってくれてたんだな。

 ありがとな。あかね。」


「おそいよ… もっとはやく、言ってよね… ばか…。」


あぁ、折角泣き止んでいたのに、また泣き出してしまった… 可愛い泣き顔だ。


「それから小説! 完成してないんだから、続き書いてよね!

 あーそうだっ、大体ねぇ、

 私があれから、どうやって過ごしていたかを、

 見て来たかのように書いてたでしょ!

 どれだけ嬉しかったか、分かってんのっ!? 

 惚れるなっていう方が無理なのよ。バカ!

 なんで、私の考える事が、そんなに正確に判るのよ。

 どれだけ私の事理解してんのよ。

 もう愛なんでしょ、私のこと、愛してるんでしょう。

 愛してるって言え! ばか…」


泣いて、怒って、笑って、喜んで、感情の洪水だ。

濁流、いや、濁ってないな。山の清流だ。

雪解けの感情という水が、勢いよく俺に向かって流れてくる。

この流れに身を任せてしまいたい。


だが、ここはファミレスの店内だ。

こんな場所は、ふさわしくないな。いくら初めて会った場所でもだ。


「なぁ、あかね。 これから俺の家に来ないか。

 もっとゆっくり話したい。周りを気にせずに。」


「! いいのっ!? 行くっ! じゃあ、さっそく行こう!」


「せめて、コーヒーの一杯くらい飲んじゃだめか?」


「むっ、言ったそばから、止めますか。まったく。一杯だけね。」


やっと俺の腕は解放された。ドリンクサーバーから、

コーヒーとアイスミルクティーを持って戻る。


「ほらまたぁ。なんで、わかってるのよぉ。もぉ~。」


主語も述語もあったもんじゃない。でも通じる。嬉しい顔してるじゃないか。


「愛ゆえにだろう。」


「まだ泣かすんだ。」


「あぁ、楽しいなぁ。あかね。すっごく楽しいなぁ。」


「うん。たのしいね。すっごく楽しい!」


「会いたかった、あかね。」


俺たちは店を出る。俺の左手にあかねの手が触れる。

どちらからともなく手をつないで歩く。

国道沿いを二人で歩く。雲の切れ間に星が煌めく、あぁ、ダイヤモンドだな。

あの店で懐かしいスローバラードが聴こえたせいかな。

大好きだった声が聞こえた気がした。


「あぁ、清志郎の声が聞こえる。」


「知ってるよ。今、カクさんに聞こえてる声も。」


「お! じゃあちょうどいい。あかねに聞きたいことがあるんだ。」

これは必要な確認であり、大事なプロセスだ。


「私もカクさんに聞きたいことがあるんだ。」

大丈夫。あかねはちゃんと知っている。わかってくれている。

二人で顔を見合わせ、呼吸を合わせる。


「せぇーのっ!」


「「 愛しあってるかぁーい!」」


「「イエーッ!」」

ふたりでJUMPする。


あなたの言いたかったこと、聞きたかったこと。わかった気がするよ。


「はい、そこの愛し合ってるおふたり、あまり叫ばないで下さいね。」


車道から声が掛かる。慌てて声の主を確認すると、警察車両と制服警官。

スピーカーからの声でなく、肉声だったことが、

ほんの少しだけ、よかったと思えた。


「一応、職務なので、お話聞かせてもらえますか。」

俺と同世代と思しき、おそらく巡査部長が降りてきた。

運転していた若い巡査も来た。


きっと、職務質問の研修を兼ねているんだろうなぁ。

なんて考えながら、ピンチかもと少し焦る。


「あなた、お名前は? 免許証とかお持ちでしたら、拝見できますか?」


清志郎ですって言ったら、笑ってくれないかな。


免許証を取り出しながら、二人の警察官を観察する。

巡査部長(仮)はあかねを注視している。

巡査(確)は俺の免許証を確認している。


「お二人のご関係は?」


「あー、えー、説明が難しいんですよね、未定というか…」

怪しすぎるぞ、俺、ピンチを拡大しているじゃないかっ


「恋人予定です。婚約者予定?」


免許証を巡査部長(仮)に手渡しながら、あかねが爆弾発言をする。


「な! 何勝手に話進めてんだよ。そこまで言ってないだろうがっ。」


「正式な夫婦の方が証明しやすいって、カクさんが言ってたんじゃん。」


「それはこういう場面で説明しやすいって話をしただけであって

 俺達の予定の話じゃないだろ?」


「ちなみに、今夜会ってるのは、両親公認だからね。」


「オイ、聞いてないぞ。それ。どういうことだよ。」


「だからぁ、全部話したの! あ、おまわりさんも聞いて下さい。

 今日、誕生日で、19歳になれたら、法律に違反することもなく、

 会いに行けるようになる。

 だから、年齢確認しやすいように、免許も取って携帯してる。

 ちゃんと両親の許可もあれば、誰に憚ることなく、

 好きな人に会える。そうですよね?」


「まぁ、そうですねぇ。」


「だから、誰にも迷惑を掛けずにカクさんに会うために、

 この1年半、ずっと会いたいの我慢して、

 今日のために頑張ってきたの。それをウチの両親は認めてくれたの。」

 

「やっとの思いで、今日、会いに来てみれば、そんな私を褒めもしない。

 好きだとも言ってくれない。

 でも私の事は、誰よりも詳しく理解してる。

 私の望みを知ってるクセに大事なことは言ってくれない!

 そんなのヒドイと思いませんか?おまわりさん!」


「いや、だから、続きを話すのには、騒がしいから、

 場所を変えようって、そう言ったろ?

 言わないんじゃなくて、まだ言ってないだけだ。

 これから、落ち着いて話すんだろう?」


「聞きました?おまわりさん。

 恋人予定とか婚約者予定っていうのはそういうことです。

 なので、ふたりの関係に違法性はありません。騒いだのはごめんなさい。」


「お嬢さんはお酒飲んでないですね?」


「はい、飲んでません。ほら。」

あかねは目を瞑ると、片足立ちになった。まったく揺れない。

こういう時の為の対策も考えてたんだな。


「はい、分かりました。結構ですよ。騒ぐのだけは止めて下さいね。」


「はい。お手数かけました。」

警官たちに頭を下げる。


「あ、もうひとつ聞きたいことがありました。」

車に戻った巡査部長(仮)が声をかけてくる。


「愛し合ってるかい?」


三人は大笑いした。


国立の産んだスーパースターに捧ぐ

ずっと夢 見させてくれて ありがとう


拙い文章を読んでくださった方もありがとうございました。

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[良い点] 読みきりましたー! こういう、最初のシーンに帰結していく感じ、大好物です笑 同じセリフなのに、最初とは重みも意味もだいぶ違ってきますよね。 そのギャップに、とてもジーンとさせられます。 あ…
[良い点] 聴こえた歌はRCサクセションですか? 途中カクさんならきっと、こうなるだろうなぁ という展開通りだったので、辛かったですが ハッピーエンドで終わって良かったです。 [一言] 先が気になっ…
2020/03/04 21:06 退会済み
管理
[良い点] リアルな心理描写で感情移入しながら読みました。 特に茜ちゃんの「こういう『ひとり』の感じ方はなんか寂しい。 」 というツイートの部分は、わかります。 「一人」よりも「独り」の方がより寂しく…
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