日曜日
20分程の距離を歩いて、家の最寄りのコンビニに着く。
雑誌のコーナーをちらりと見ながら通り過ぎ、ショーケースからビールを取り、
お気に入りのサンドイッチを探す。いつもの流れだ。
レジでいつものタバコの番号を告げる。
あいつもきっと俺のタバコの番号覚えてるんだろうな。
「ありがとうざいましたぁー。」
聞きなれた、気持ちの籠っていないセリフを聞きながらコンビニを出る。
接客業なんてやってれば、客が来てありがたいだなんて、思う訳がない。
よく知ってるよ。
やんなきゃいけない作業があるもんな。
邪魔して悪かったな。青年。さいとう君だったかな。
買ったばかりのタバコを開け、火を着ける。もう何万回やったことか。
このタバコとの付き合いも長いな。20年以上だもんな。
ん?スマホが鳴ってる。こんな時間になんだ?
この番号はさっきの…
「もしもし…」
「あ、カクさん。私。ミツハだけど。」
「あぁ、無事帰りついたか?」
「うん。帰ってきたよ。超おこられたけどね。」
「そりゃそうだろ。もう3時だぞ。当り前だ。」
「こんな時間まで何してたって、しつっこいの。」
「親なら当然気になるだろう… おい、俺の事は話してないだろうな?」
「さすがにね~。知らないオジサンといましたなんて言ったら、
家から出してもらえなくなっちゃう。」
「はぁ、なんで、俺が悪い事してる気分になんなきゃいけないんだよ…」
「疚しいことは、なんにもないのにね。フフッ」
「ホントだよ、どっちかと言えば被害者だぞ。俺は。」
「まぁまぁ、お金はちゃんと返すからさ。また話聞いてよ。」
「あぁ、次は昼間な。ビクビクしながら話すのは勘弁だ。
淫行容疑で職質なんてされたら、会社クビになっちまうわ。」
「そういえば、会社員だったんだね。『まちだちょっかく』さん。」
「ちょっかくじゃねぇ。『なおずみ』だ。
ガキの頃から言われてんだよ、それ。」
「カクさんって、まったくの偽名でもなかったんだね。」
ん?なんで知ってんだ? あ、名刺渡してんじゃねぇか! なんてこった!
「ああぁー! なぁ、その名刺捨ててくれないか!
忘れてくれっ。大失敗だ。」
「小説書いてくれたらねー。」
「な、なぁ、家族には絶対見られないようにしてくれよ。
高校生が会社員の名刺なんて、普通持ってないだろう。
ナンパでもして渡したとか思われたら、仕事に支障がでるかも知れないから、
おま、いや、ミツハのお父さんどこに務めてるんだ?
会社名だけでも教えてくれ。頼む。」
「だいじょうぶだよ。絶対見つからないから。」
「ホントだろうな、信じていいんだろうな?
こっちは人生掛かってんだからな?」
「大袈裟だなぁ、次会った時に、お金と一緒に返してあげるよ。」
「よしっ、約束だぞ。絶対返してくれよ。ホント頼むぞ。」
「わかったわよ。でね、カクさん、次会う日なんだけどさ、
明日というか今日でもいい?」
「おう、いいぞ、早い方がこっちも安心できるからな。どこだ?何時だ?」
「おんなじ店はどう? お昼くらい。」
「時間はいいけど、店は変えよう。
さっきモロに注目されたからな。通報されかねん。」
「あ、そーいえば、そうだった。
じゃあ、駅の反対側のロータリーで待ち合わせね。1時。」
「わかった。1時な。待ってるな。」
「う、うん。じゃあね、おやすみなさい。」
「あぁ、オヤスミ。」
あぁー、焦ったぁ、汗かいちまった。なんで名刺なんか渡すかなぁ、オレ。
しかも、携帯電話の番号書いて。娘がそんな物持ってるの見たら、
親なら絶対勘繰るよな。
渡す側にその気がなきゃぁ、手に入りっこないものな。
絶対取り返さなきゃイカンな。しかも機嫌を損ねずにだ。
名刺その物を取り返したとしても、会社の名前も電話番号も知られている。
イタズラされましたなんて言われてみろ。
無実を証明するのは、限りなく不可能に近い。
ミツハを主人公にした小説を書くしか、助かる道はないってことか…
これはある意味、モチベーションになるか… 書かねばならない。
そんなこと思ったこともないな。ただ、好きで書いてきただけだったからな。
追い込まれてから本気だす、O型! やってみますかね。と
それにしたって、寝ないとね。
寝て、リフレッシュしないと書けるものも書けないからね。
約束の時間20分前到着。完璧だろう。社会人としては当然の時間だな。
とは言っても、取引先と会うわけでなし、タバコは吸ってもいいだろう。
こういう時間の缶コーヒーとタバコは、欠かせないね。我が友よ。癒しをくれ。
2本目のタバコに火を着けた時、ピロリン、とスマホが鳴る。
‘‘ ミツハです。到着しましたよ。カクさんまだー? ‘‘
思っていたより早いじゃないか。どれどれ?
喫煙所から周りを見渡してみると、いるじゃないか。
昨日のゆったりしたジーンズから
うって変わった膝丈のスカートに、無地のパーカー。高校生らしい。のかな。
「ミツハ、お待たせ。早かったな。」
「! もう来てたんだ。見えないからまだ来てないのかと思った。」
「タバコを吸ってたんだよ。それより、いいじゃないか、
昨日の服より似合ってると思うぞ。」
女性の服装にコメント無しはNGです。当り前です。
「そ、そうかな、昨日の方が頑張ってたんだけどな…」
自分の服装を見直そうと、あちこち弄っている姿は歳相応の女の子だ。
「なんか、無理してる感があったけどな。
今日はそれがなくて、良い感じだと思うな。」
昨日じゃなくて、今日の服装を褒める。鉄則です。
反対にしようもんなら、回れ右でもおかしくない。
「本来なら、女性の希望の店に行くべきなんだろうが、
そういう店はオッサンには敷居が高いんでな、
昨日みたいにファミレスでもいいか?」
「いいよ。ドリンクバーもあるし。」
「そういう経済観念は好きだぞ。
高い小洒落た店はデートの時の取っ手置きに行くもんだ。」
「なにそれ、カクさんの必勝法とか?」
「いやいや、定番だろ。行った事ないか?」
「う~ん、ないね。話題の店っていうのはあるよ?
でも高い所なんて、ウチらの歳じゃ行けないよ。」
「小洒落た店もか?」
「そういうのって、お酒の飲める店じゃないの?
私のこと幾つだと思ってんの?」
「あぁ、そうか、そうだな、高校生だったのなんて、
30年近く前のことだから、記憶が混じってたな。」
他愛のない会話をしながら、ファミレスへ向かう。
「二名様、ご案内します。」
ミツハと変わらない歳のウエイトレスが、前を歩く。怪しまれなかったな。
きっと、親子だと思われているんだろうな。
「きっと、親子だと思われてるよね。」
席に着き、ウエイトレスが離れて行ったのを見送って、ミツハが言った。
同じ事を考えていたんだな。本当に親子みたいじゃないか…
「年齢的には、親子だもんな。そう見られた方が安心できるってもんだ。」
「カクさんはそれでいいの? なんか、プライドみたいのないの?」
「ん?プライド? どういうことだ?」
「お父さん扱いされてるんじゃない? そういうのは嫌じゃないの?」
あぁ、そういうことか…独身なのに父親にみられることに抵抗はないのかと、
独身だとも言った覚えはないんだが…
「この歳になったら、オジサン扱いもお父さん扱いも当り前なんだよ。
むしろ子供がいないって言うとそっちの方が驚かれたりするもんさ。」
「じゃあ、奥さんはいるんだ?」
これは警戒なのか、確認なのか、それを聞くための伏線だったわけね。
「いたよ。10年前に別れた。」
「そうなんだ…」
ある程度は想定していたんだろうけど、
なんと言っていいかは、この歳じゃわからんよな。
俺だって誰かがそう言ったら、不用意に触れたくない話題だ。
ま、珍しくもない話題ではあるがな。
「じゃあ、こうして私と会ってても、
誰かから、文句を言われる心配はないってことよね。」
「なんだ、心配してくれてたのか。」
「そりゃね。私が原因で離婚とかイヤじゃない。」
「俺の方から文句が出ることはないけど、
そっちのご両親から文句の方が心配なんだが?」
「まあ、だいじょうぶでしょう。昨日みたいな時間でなければ。」
「あの時はマジで焦ったわ。
職質されたら、絶対すぐには帰してもらえないと思ったし、
月曜まで留置でもされたら、人生アウトだと思ったからな。
あ、名刺!持ってきてくれたか?」
「あ、そうだ、お金返さなきゃね。はい、一万円。」
「お、おう、それよりも名刺を返してほしいんだが…」
「それは小説を書いてくれたらね。」
こういうのを悪魔の微笑みというんじゃなかろうか。なんだこの小悪魔は!