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4月3日

ついに、待ちに待った日がやって来た。この日をどれだけ待ったことか。

今日のこの日の為に、運転免許も取った。車はまだ無いけど。

一か月で教習所を卒業して、免許証を手にするために、超がんばった。

混んでる時期だったらしいけど、

かなり無理を言って、どんどん進めた甲斐があった。


貯金だけじゃ足りなくて、お父さんにも出してもらった。

全部ぜんぶ、話した。お父さんとお母さんに。

どうして19歳の誕生日までに免許証が必要なのかを、

なんのために欲しいのかを。


お父さんは猛反対してムッとしていた。その日は口聞いてくれなかった。

聞いてた通りの反応だ。

お母さんは驚きながらも、とりあえずは反対しないでいてくれた。


この計画を思いつく前にも、

19歳になったら、なんとかなるんじゃないかと思ってた。

でも、待っているだけじゃ何にも変わらない。

だから、何か出来ないかって考えた。


もっと知りたい。何を考えているのか。どういう基準で判断するのか、

何を感じて生きてきたのか。どんな時代を生きてきたのか。


最初は音楽だった。誰だって音楽は聴く。

同じ物を聴けば、同じ感覚が分かるかも知れない。

前に聞いたバンドの曲を聴きまくった。

カラオケでも歌った。友達にも好評だった。

やっぱり歌詞がかっこいい曲が多かった。

ハマった曲もあった。カバーされてた曲もあった。


次は小説を読みまくった。

聞いてた作品、聞いてた作家の本は見つけ次第、借りて来て読んだ。

文庫本も、小説投稿サイトも、たくさん読んだ。

もちろんあの人の作品も。全部5周した。

特に男性が主人公の物をひたすらに読んだ。

友達には驚かれた。見かけるといつも本読んでるって言われた。


息抜きは雑学の動画やサイトにした。新しい事を知るのは面白かった。

授業では習わないことばかり。

知らないでいた時と、知ってからでは、目に入る情報が変わった。

あの人はこんな風に世界を見ていたのか。そう思えて近づけた気がした。

視線の事も、女性と甘い物の関係も読んだ。創作の基本なんてのも読んだ。

家庭内でのトラブルを経験した人達の話なんかも読んだ。

男女のすれ違いの一番の原因は、脳の働き方が違うかららしい。と知った。

それまでの私は、ホント、なんにも知らなかったんだと、知った。


すべてはあの日、絶望して泣きながら帰った、

あの日に言われたことが始まりだった。



家族には物凄く驚かれて、心配された。その時は全部は話せなかった。

ただ失恋したとしか。

あの日に全部話していたら、お父さんは何をしたか、わからない。


しばらくは何もできなかった。SNSも見なかった。

もしかしてメッセージが来てるかもって、

期待している自分が、なんか淋しかった。

小説投稿サイトも見なかった。何か書かれているかもって思ってしまうから。

何日か経って、こんな姿は見せたくないって、見せたら嫌われるって思った。

私は嫌われたわけじゃないんだ。そう思えた時、

目の前が急に明るくなったように感じた。


私の想いは届いていた。確かにそう言っていた。ただ受け入れられないと。

それなら、受け入れてもらえるように、すればいい。なればいい。

あの人ならきっと、そうしろと、いや、そういう言い方はしない。

受け入れてもらえるように、何かをするべきじゃないか。って、

きっとそう言うはず。


そこからは迷わなかった。何をすればいいかすぐに分かったから。

相手を知ること。理解すること。



『君という人物が、どんな時に喜び、どんな事で悲しみ、怒るのか、

 どんな事を楽しいと思うのか、何を見て美しいと思うのか、

 何に感動するのか、何が好きで、何が嫌いなのか、

 家族をどう思っているのか、どんな男に惚れるのか、

 どんな女性に憧れるのか、それこそ、挙げたらキリがないよな。

 でも、なるべくたくさんの君を知りたい。』


あぁ、この言葉を聞いた時、すごく嬉しかったなぁ、感動したんだ。

こんな事、言われたのは初めてだった。

こんなに一生懸命、私の事を知ろうとしてくれるなんて。って。

うわべの情報じゃなくて、私自身を、私の本質を知ろうとしてくれるなんて。



 『理解している』は予測できるということ、つまり未来だ、

 君なら、こうする、こう考える、こう受け止める、こう言う、

 こういうの好きだろう、これは嫌いだろう、

 まだ、確定していない君の選択が予想できるのが『理解』だ。」


あの人は私を理解していた。直感した。

だからあの日、あんな言葉を私に言ったんだ。

私がどう行動するか、わかっていたから。

じゃあ、あの人が本当に望んでいることって…

うれしい! うれしすぎる! なんで気付かなかったんだろう。

嬉しくて涙が出た、あの日とは全然違う涙。


絶対、あの人の隣にいられるようになる。

これは決意。これは覚悟。絶対負けない。


なんだか、他にいい男がいるとか言われたような気がするけど、

そんなのいらない。

実際、落ち込んでる私を見て、なにやら言葉をかけてきた男の子もいたけど、

きっと、慰めるような事や、励ますような事を言われたんだろうけど、

まるで響いてこなかった。遠くでカラスが鳴いてるみたいだった。

ペラペラの言葉。どこかで聞いたような軽い言葉は全く伝わって来なかった。

あの人の言葉みたいに心に響くことはなかった。


そりゃそうだ。男として、人としてのキャリアが違うもの。レベルが違う。

経験値がまるで違う。それこそ桁違いだもの。敵うワケがない。


あの人は私に全力でぶつかれないと言った。

それは私に受け止める力が足りなかったから。

なら、受け止められるようになればいいんだ。

それに、私が全力でぶつかって行けば、絶対に全力で受け止めてくれる。

なぜか、それだけは分かる。確信できる。理解できているのかな。



そんな事を考えながら、失望されないように、

受験勉強もがんばった。志望校に合格した。

あと少し、何か他に出来ることはないか探しているうちに、

卒業式がもう来週だった。


「あかねが高校生でいるうちに、届けるよ。」


そう言っていた。約束を破るような人じゃない。きっと今週には会える……

2月の始めからは、あの人のSNSも覗いていた。

もしかしたら小説が完成したよって書いてあるかもって、思いながら。


そして、2月の終わり。小説が届いた。郵送されて… 

あの人は来てはくれなかった。

小説は綺麗に製本された新書の装丁だった。タイトルは『あかねに染まる』

なんてタイトルを付けたんだ。嬉しいけど、恥ずかしい…


ドキドキしながら表紙をめくる。手紙が挟まっていた。

封筒には『先に読んで欲しい』だけ。


封筒を開け、便箋を取り出す。

いったい何を書いてきたんだろう。読むのが怖い。


拝啓

陽春の候、いかがお過ごしでしょうか、

もう、大学の入学試験も終わり、一息つかれている頃でしょうか。

さて、以前に頼まれていた、貴女を主人公にした小説が、

この程完成しましたので、お手元にお届けいたします。

ただ、物語としては未完成で脱稿しております。

どうしても、ラストシーンが決められませんでした。力不足をお詫び致します。

つきましては、主人公である貴女に物語の最後を決めて、

加筆していただければ幸いです。


貴女の今後の人生が眩いものでありますよう、お祈り申し上げます。

                              敬具


令和三年二月二十五日 今村 茜 様             町田 直角



最後が決められないって…

私は小説を読み始める。涙があふれてくる。下を向いては読めない。

涙で汚してしまう。それは絶対嫌だ。

だってこれはノンフィクション小説。私とあの人の過ごした時間の記憶。

最初の一行を読んだだけでわかってしまった。


こんな事を思っていたんだ。こんな風に伝わっていたんだ。

こんな風に思われていたんだ。

記憶が蘇ってくる。ただ楽しくて、嬉しくて大切だった日々。


ページが進むに連れ、私の言葉が変わっていく。

あの人の思っている事が変わっていく。

共通の話題が増えていく。価値観が近付いていく。心が近付いていく。


そしてあの日、泣きながら歩く私。思い出すと辛い。

でも、あの人も辛かったんだ。それは思わなかった。胸が痛い…


あぁ、やっぱり、あの人は私の事を理解していてくれた! 

あぁ、やっぱり、私は間違っていなかった!


だって、小説の中の私は、現実の私と同じことをしているもの!


もっと理解するために考えた。 うん。考えたよね。

同じ音楽を聴いた。      うん。聴いたよね。歌ったよね。

同じ文章を読んだ       うん。読んだよね。足りないけどね。

あの人の書いた作品を読んだ  うん。全部読んだよね。

感想を送った         うん。送ったね。全部は送れなかったけどね。

受験頑張った。        うん。頑張ったね。失望されたくないもんね。

小説を受け取った。      うん。受け取ったよ。今、読んでるよ。


次のページは白紙だった。その次のページも…


ここから先の行動は自分で決める。そういうことなのね。

今すぐにでも会いに行きたい。

今日は土曜日。きっとあの店にあの人は来る。

頭を掻きながら、PCとにらめっこをするはず。

でもだめだ。今の私は、初めて会った時と変わらない。まだ傍にはいられない。

あと、一か月と少し。準備をしよう。それまで我慢だ。

感想も希望も伝えるのは、その時まで待つんだ。

いるものはなんだろう。年齢を証明できるもの。

運転免許だ!調べなきゃ。必要な費用、時間、書類。

あとは、味方だ。まずお母さん。これを読んでもらおう。それできっと大丈夫。

きっと援護をしてくれるはず。これを読んで、そうならないはずがない。


お母さんに、あの人の手紙と小説を渡し、

とりあえず読んでもらう。説明はあとでするから。

よかった。わかってくれた。怪しい人なんかじゃないよ。

会話は、本当にあった通りだよ。


次はお父さんだ、頭を下げて、小説を読んでもらうしかない。

真剣に頼めば聞いてくれる。と思う。

最大の壁を壊せなくても、潜り抜ける穴くらいはきっと空けて突破する。

お母さんの援護射撃に助けられた。

読んでもらえたけど、そのあとが大変だった。

先のことは言えなかった。あの人が大好きなこと。会いに行きたいこと、

そのために19歳になってから会いに行く。

年齢を証明するのに、免許証が欲しいこと。

費用を用立てて欲しいこと。全部話した。

全部反対された。予想出来た事だ。感情的にならずに済んだ。


来月、4月3日、私の19歳の誕生日。

法律的にあの人の隣にいても許されるようになる日。

この日を1年半ずっと待っていたこと。この日の為にずっと頑張ってきたこと。

なるべく冷静にと心がけて説明する。心配を掛けないよう行動すると約束する。


渋々ながら、お父さんは了承してくれた。ありがとう。 お父さん、お母さん。




家族での夕食を終え、出かける準備を整える。

今日は土曜日。目的地は決まっている。

夕方に降った雨はもうあがっていた。

午後8時に着けるように家をでる。お母さんは応援してくれた。

お父さんは不機嫌そうだ。でも見送ってくれている。

行ってきます。私の小説の理想のラストシーンのために。



家を出たのはいいけれど、本当にうまくいくのかわからない。

約束なんてしていない。連絡すらしてないのに。

持ってきたのは、免許証、お財布、スマホ、

そして私の小説。これだけあれば大丈夫。

ドキドキする…会えるかな… うまく言えるかな…。

顔を見ちゃったら、うまく話せる自信がない… 

少しは成長したつもりなんだけどな…


ようやく、あの店が見えてきた。久しぶりだ。

いるかな、まだ来てないかな。来るかもわからないのに。

窓の外から見える席には、あの人の姿はない。いいのか悪いのか。

入店した時に年齢確認されるかと思っていたけど、

されなかったのは、服装のおかげかな。子供っぽさは全力で排除してきた。

この大事な日に、最初から躓きたくないしね。


席について、ドリンクを注ぎに行く振りをして店内を見回す、やっぱりいない。

今日は12時まで。それで会えなければ、今日は帰る。自分で決めた。

あの人が来るまで、小説を読み返す。それだけでずっと待てる気がする。


心が逸る… 目が滑る… 読んでいるようで読めていない…


来たっ! やっと会えた! 泣きそう… 少し痩せたみたい…

随分離れた席になった。落ち着け私。シュミレーションしたじゃない。

落ち着いて、荷物を纏めて、店員さんにこう伝えるの。

知り合いが来たのでそちらに相席したいって。


よし、言えた。伝票もちゃんと持ったことを店員さんに見せたし、OK。

最初のセリフは決まってる。大丈夫、ちゃんと言える。

夢にまで見た瞬間! さぁ、行こう!




「ねぇ、私が主人公の小説書いてよ。」




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