合格発表
帰り道は足が重かった。
とぼとぼとテクステの住む部屋に向けて歩いていく。
僕はこれからどのように過ごせば良いのだろうか。
考えが堂々巡りするだけで、思考は一歩も前に進まなかった。
実技試験は三つの会場にわかれて行われた。
入学前の生徒たちによる戦いは一瞬で終わる。
魔術に対する体系的な知識が不足しているだけ、才能による力の差が如実に現れるのだ。
僕の模擬戦は試験の終盤に開始された。
相手は黒髪で、鼻の大きな男だった。いかにも金持ちそうな服装をしている。
バロンという名前で呼ばれ、前にでてきた。
終盤だからだろうか。観客が多かった。特に女子が多い。
僕の名前が呼ばれ、前に出ていくと小さな歓声が沸いた。
審判を行う魔術学校の教師が開始の合図をする。
「お前みたいなやつが嫌いなんだよ」
とバロンが言うと、身体強化の魔術陣をすばやく構成し、僕に向かって飛び込んできた。
スムーズな動きだ。すでに相当な訓練を受けてきたみたいだ。
それに魔力の量もそれなりに多い。
僕も応戦の構えをした。
ひさしぶりの戦いだったからだろうか。
すっかり今の自分を忘れていた。
魔術が全く使えないにもかかわらず、いつものように魔術を繰り出そうとしてしまった。
気が付くと、吹き飛ばされていた。
一瞬のできごとだ。
失望のため息が観客から漏れる。
「勝者、バロン!」
と審判の声が響く。
テクステが意気揚々と帰ってくる。
「試験はどうだった!?」
とすぐに訊いてきた。
僕は浮かない顔をしている。しかし兄にはそれが気が付かないみたいだ。
「ダメだ。特待生には絶対になれない」
「どうして?」
「模擬戦で負けたんだ。特待生は実技試験の結果できまる。負けたやつが受かるわけないよ」
「そんなのわからないだろ。アランはすごい高度な魔術を使えるじゃないか。
魔術学校の教師ならそれを見抜けたんじゃないか?」
「僕には魔術は使えないんだよ。いくら高度な魔術陣を描けたからと言って、それを発動させる魔力が無ければ宝の持ち腐れさ」
「あきらめるにはまだ早いじゃないか。結果もでてないんだ。
発表は一週間後だろ? それまで期待して待とうじゃないか」
期待しても無駄だよ、と思いながら僕はなにも返事をしなかった。
それから一週間、起き上がるのさえ億劫な日々が続いた。
テクステは毎日僕をはげました。それでも結果が変わるわけではない。
テクステは仕事に行く前に寝ている僕を叩き起こした。
「結果発表は今日だろ?
見に行かないのか?」
「いいよ、どうせ特待生にはなれない。
合格だろうと不合格だろうと関係ないんだ」
そういうと兄はすこし黙った。それから発した声には怒りが込められていた。
「アラン、いつまでふてくされているつもりだ?
たしかに無謀な挑戦だったかもしれない。でも十分に頑張ったじゃないか。
たとえ特待生でなくても、努力の結果を見なければ、次につながることもない。
ここであきらめるのか、それとも自分を見つめなおして、また立ち上がって前に進むのか。いま試されているのはそういうことなんだ。
ただダメだったからと言って、ふてくされているだけでは、何も成し遂げないまま死んでいくだけだ」
それから優しい声にもどって言った。
「それに短い期間かもしれないが、俺だってアランのことを見守ってきたんだ。
弟が頑張っている姿を見てきたんだ。
自分勝手かもしれないが、結果だけでも教えてくれたっていいだろ?」
そう言われた僕は、兄に対して申し訳ない気持ちになった。
そして前世の自分自身に対しても情けないと思った。
たとえ試験がどうなろうとも、魔術を極め、世界をより良いものにするために転生したんだ。
お兄ちゃんのためにも、自分自身の力を直視して、前に進もう。
魔術学校では歓声があちこちから聞こえてくる。そのあいだを肩を落とした人がゆっくりと立ち去っていく。
僕は合格していた。
しかし、特待生ではない。
必要以上に落ち込むこともなかった。家に帰ってお兄ちゃんに報告しよう。
それから仕事をみつけて、生活しながら魔術を学んでいけばいいんだ。
不思議とすがすがしい気持ちだった。
帰り道に、筆記試験のときに僕が話しかけた女の子がいた。
小さく飛び跳ねている。
きっと合格したんだろう。
ふと彼女と目が合う。
しばらく見つめあったあと、彼女は僕のもとに歩いてくる。
「あの・・・」
彼女はまた顔を赤くしていた。
「熱?」
「違う!これは熱が出ているわけじゃなくて、うれしくて」
「うれしくて? ああ、合格したんだね。おめでとう」
「うん、ありがとう。でもうれしいのはそのことじゃなくて・・・」
「ん? 違うの?」
「い、いや、なんでもない!」
彼女はうつむいてしまった。
それからしばらく間があったあと、彼女は口をひらいた。
「あ、あの・・・。こんなこと聞いていいのかわからないんだけど・・・。き、きみはどうだったのかな?」
「合格したよ」
すると彼女はぱっと表情が明るくなった。
「ほんとっ!? よかったー!!」
でも、と言いかけて止めた。せっかく喜んでいるのに、入学しないと言って変な空気にするのも良くない。
きっと入学するころには僕のことなんて忘れているだろう。
「ありがとね」
と彼女は僕を見つめながら言った。
「きみが試験前にくれた魔術陣、はじめて見たものだったけど、魔力を込めてみたらほんとうに落ち着いたよ」
「そうか。よかった」
「名前、なんて言うの?」
「アラン」
アラン、と彼女は小さくつぶやく。
「いい名前だね」
「きみは?」
「マリー、だよ」
いい名前だ。
「じゃあね」
と言って別れた。
彼女はしばらく手を振っていた。
「合格してた。けど、やっぱり特待生じゃなかったよ」
と僕はテクステに言った。
お兄ちゃんは仕事を終え、真っ先に帰ってきたようだ。
そしてそれを聞いて嬉しそうな顔をした。
「そうか、やっぱりアランはすごいな。
魔術学校は入学するにも相当な壁があるんだろ?
それに合格できるだけでも立派だよ。
まさかうちの家族からこんな優秀な人がでてくるとはな」
「ありがとう。
明日からは仕事を探すことにするよ。
魔術は学校じゃなくても学べるし、いつまでもお兄ちゃんに世話になっているわけにはいかないからね」
テクステは首を振っていた。
「なに言っているんだ? 合格したんだから学校に行けよ」
「だって高い学費なんて払えないよ」
「アランはまだ1歳だろ? 俺なんて父ちゃんと母ちゃんに4歳まで育ててもらったんだ」
「どういうこと?」
「俺が学費を払ってやるよ」
「えっ? 本当に!?」
「ああ。ずっと考えていたんだ。アランにはやりたいことがあって、それに相応の実力もある。それなのにお金の問題であきらめるなんてつまらない話だ。
だったら俺が助けてやるよ」
驚きのあまり声がでなかった。
「でも正直な話、俺だけの稼ぎじゃ無理だ。
だから、お父ちゃんとお母ちゃんに手紙を出したんだ。それにほかの兄弟全員に手紙をだした。
そしたら、全員がアランを助けると言ってくれたよ。良かったなアラン。お前は家族に愛されてるぞ」
嬉しくて、涙が出そうだった。
お父さん、お母さん、アラン、そしてまだ会ったこともないお兄ちゃんとお姉ちゃんが僕を応援してくれるんだ。
「だから学校にいって、俺たち家族の誇りになってくれ。
がんばれよ!アラン!」