旅立ち
父も母も家にあまりいない。ふたりとも働きにでているみたいだ。
暇な時間で僕は現代のことを調べ始めた
現在は紀元1280年。
紀元はアスマニアが崩壊し、3つの国に別れた年をさす。
アスマニアは魔人が支配し僕が生まれた国。
実は僕が転生するために隠匿していた時期に、アスマニアは崩壊し、分裂していたのだ。
つまりこの国は僕のせいでうまれた。
それから1280年経った。
そしてこの国の名前はベルンガルム。意味はベルモンドの国。首都はベルモンドルム。意味はベルモンドの地。
僕が転生魔術を使った場所を中心にして建国されていたのだ。
まったく僕づくしの国だ。首都には銅像でも経っているんじゃないか。
ほかの2つの国はそれぞれサラジーヌとロラバルト。
ベルンガルムとサラジーヌは強国で、境界地では絶えず紛争が起きている。ロラバルトは常にふたつの国家のあいだで翻弄されている。
ベルンガルムは冬の国だ。年中雪が降っている。前世の頃はそうではなかった。
詳しくはわからないが、いろいろ読んでみた結果、おそらく僕の転生が異常気象の原因みたいだ。
魔術関係の本はほとんど出回ってなかった。
街中にある機械を見ると、動力の多くに魔術が使われている。
魔人と人間には問題がない。
しかし獣人には魔力がほとんどないので、人間の専門職に魔力を供給してもらうシステムがある。非常に高価で、獣人は貧困を免れない。
しかし街中の機械は非常に単純な魔術しか無い。前世にあったような複雑な魔術陣はひとつも発見できなかった。
現代では魔術は秘匿されているのだろうか。それとも退化したか。
どちらにせよ前世の僕に毛がはえた程度の魔術だ。
そして前世での魔術界の知の巨人エルムスレウの名がどこにもなかった。
エルムスレウはマナ語編み出した研究者だ。彼がいなければ魔術は存在しない。
それなのに忘れ去られているのはおかしい。
外に出ると、隣に住んでいる老人が暇そうに座っている。
ここらへんは獣人街だが、どうしてかこの老人は人間だ。
耄碌しているのかもしれない。しかし獣人では無理でも、人間にならアクセスできる情報があるかもしれない。
「魔術できる?」
僕が老人に声をかけるとちらっとこっちを見るとすぐに目をつむった。
「無視しないでよ!」
老人はうなってこっちを見つめた。
「なんじゃ?」
「魔術できる?って聞いたの」
「ああできるよ」
「エルムスレウしってる?」
「え? なんじゃ?」
「エルムスレウって人間しってる?」
「え?」
老人の耳の口を近づけて絶叫した。
「エルムスレウ知ってるって聞いてんの!」
老人はしばらく考えた後
「あー、エルムスレウな。知っとるよ」
なんだ、人間なら知っているのか。なら人間が魔術を隠してるんだな。
「あいつはいいやつじゃった」
「えっ? 知り合い?」
「ああ、戦友だよ」
「違う!!マナ語を発明したエルムスレウ!!」
「え? なんじゃ?」
だめだ。ループした。
あきらめて町に出た。
エルムスレウは知られていない。ボケた老人が耄碌しているだけでないのなら、きっと魔術はどこかで忘れ去られた部分がある。
1歳の誕生日の前日。
「なあ、エマ」
と父親が母に声をかける。エマは母の名だ。
「なあに、コジン?」
コジンは父の名。
「アランは明日には1歳だが、もう勝手に外にでかけるし、言葉も話せる。
明日に誕生日も迎えるが、そしたら出稼ぎにいってもらおう。
テクステがいるベルモンドルムなら、安心だろう」
「そうねー。さみしいけど、もうアランは大人ね」
テクステは僕の兄で長男だ。首都のベルモンドルムで仕事をしている。
獣人は大家族が多い。しばらくしてわかったがうちは6人家族だった。まだ誰にも会っていないが4兄弟だ。
そしてみんな3,4歳になると出稼ぎにいってしまう。だから家には両親しかいない。
そして僕は明日に出発することになった。
その日の夜、両親が妙にいちゃいちゃしはじめたのが、不思議だった。
魔術機関車の獣人車両に乗り込む。
父と母は手をつなぎながら僕を見送っている。窓からそれを眺める。
首都にいけることになったのは好都合だ。
首都にはこの国最大の魔術学校がある。
問題は魔術学校は人間しか入れないことだが、魔術を学ぶにはどうにか無理やりにでも入るしかない。
頭が良くなって魔術を学びなおす。転生したのはそのためだ。
そしてもうひとつ、僕が転生したときに住んでいた家があるはずだ。
だれにも転生の研究を邪魔されないように、当時としては最高の硬度をもった素材でつくられている。
そして入り方も僕しか知らない。だから荒らされずに残っているはずだ。
だけど、この1年間休まずに鍛えても魔力はまったく増えなかった。
自分で描いた魔術陣は発動する気配すら無い。
父と母と比べても、ほかの獣人を見ても、格段に僕の魔力は弱いみたいだ。
このまま魔術を学んでもどのように生かせるだろうか。
ただ無意味に終わるだけかもしれない。
でもすこしの希望も見えた。
お父さんとお母さんで試したが、僕の特性の魔術陣なら、獣人の魔力でも十分な威力を出すことができる。
まあ、とりあえず兄のテクステに会おう。話はそれからだ。
機関室では3人体制で、人間の魔術師が魔術陣に魔力を込めている。
雪は降りやむ気配がない。窓にひらひらと当たる。
僕は眠りについた。