発覚
目覚めると、女性の顔が目の前にあった。女性は僕のほほをツンツンとつついた。
僕は起き上がろうとして、身体が思うように動かないことに気が付いた。
女性は僕をやわらかな毛布につつんで、ゆりかごに乗せた。それから奥の部屋に歩いて行った。
ボーっとした頭がしだいに冴えてくる。
よし、転生に成功した。生まれ変わったんだ。
「アランが全然泣かないけど、大丈夫かな?」
「まあそういう子供もいるだろ。先生も問題ないといっていたし、心配するな」
奥から男女の会話が聞こえる。おそらくさっきの女性が母親だ。そして父と会話をしている。
部屋を見回す。
ずいぶん小さな家だ。それにぼろい。前世では屋敷に住んでいたから、それとは大違いだ。
1時間後には歩けるようになった。前世の記憶のおかげだろうか。成長が早い。
生まれてまだ一週間も経っていないだろう。それなのにもう歩ける!
しかし奇妙なのが、この異常な成長の早さを親が疑問に思っていないことだ。
歩いているところを見られても、喜びはしたが驚きはしていなかった。
ゆりかごがある部屋を探索した。
前世の屋敷には大量の蔵書があり、そこには魔術に関するものも多くあった。
僕はバカだったので一冊も読んでいない。しかし、それを学ぶために転生したのだ。
しかしこの家には書斎もなければ本棚もないようだ。数冊だけ娯楽のための本が置かれているだけだ。
母の化粧台だろうか。大きな鏡があった。椅子から机にあがり自分の姿を見た。
自分は獣人に生まれ変わっていた。
絶望した。
獣人は魔術が使えない。それが常識だ。
使えたとしても、弱い。何もできないのとおなじ。
転生の意味が無い!
窓の外の風景は、知っているものとは全然違っていた。雪が降っている。季節は冬だ。
森や草原ではなく、家々が密集していて、人の往来が激しい。
魔人も、人間も、獣人も、同じ道を歩いている。
前世から何年後なのだろうか。
前世の常識で考えるならば、獣人は奴隷だった。
獣人は魔力が極端に弱く、魔術を使用してもほとんど威力はでない。
学校に通う獣人などいない。そもそも獣人のほとんどは字がよめないはずだ。
すぐ歩けるのも納得がいく。これは前世うんぬんではなく、単純に獣人であるから身体が強いというだけのはなしだ。
それも魔法、魔術で身体強化された相手には遠く及ばない。
僕はなんのために転生したのか。
それは自分がバカだからだ。大量の魔力をもっていてもバカだと使い道が少ない。
しかし、獣人であったならば、それ以前に魔法も魔術も使えないかもしれない。
だけど、バカだったから、マナ語で「魔力そのままで頭よくなる転生」とか、「記憶、魔力、そのまま魔人族長の家に転生」とかは書けなかった。
「あたまがいいひとでうまれかわる」
が精一杯だった。
そしたら獣人に転生してしまった。
だけど、魔力は引き継いだかもしれない。
そこらへんにあった紙に魔術陣を描き始めた。マナ語で「ほのお」と描いた。
普通にすると半径100メートルが火の海だから、ほんのすこしだけ魔力をこめる。
反応がない。
すこしずつ、すこしずつ魔力をこめる力を強くする。
一向に反応しない。イライラがつのる。
さらに強く、前世でもこれほど力をこめることはなかった。
しかしなにも起きない。
僕はイライラした。
そして、前世では、一度も出したことのない全魔力を魔術陣にこめた。
その瞬間、やってしまった!!と悔いた。
家族が、多くの人が、燃え尽きて死んでしまう。
目を閉じる。
無音。
目を開けると、なにも変化していなかった。
母親が部屋にはいってきた。たしかに母はネコの獣人だった。
「おとうさん!おとうさん! アランがすごいわよ!!」
「どうした? そんなに興奮して」
父もやってきた。父はバッファローの獣人だろうか。角が生えている。顔が赤く、酒の匂いが漂う。
「この子、もうペンを持ってなにか書いているわ」
「ほんとだなー。ん? これどこかで見たことあるぞ。
あれだ。人間が使うやつだ。ほら、そこのストーブに同じ絵があるだろ」
父が指さしたストーブの、燃える火の底に、しっかりと魔術陣が書いてあった。
「この子、人間の知識をもう覚えたのね!天才だわ!」
母はすっかり興奮している。
「ふん、意味がない。こいつはすぐにでも工場で働かせるんだから、身体を鍛えなきゃならん。
人間の知識なんで覚えても金にはならん」
「でもこんなに頭が良いなら、ほかにも道があるかもしれないわ」
「学校か?そんな金があるか?
こいつは兄たちと同じように、1歳になれば出稼ぎにいかせるよ。そうでなきゃ野垂れ死んじまう。
それにな、これには魔力が必要なんだよ。
こいつは獣人だ。
それに俺たち家族はこれっぽっち魔力もないだろ。ストーブの火だって高い金だして人間にきてもらわなきゃ付かない。
いくら頭が良くても使い道がないさ」
転生はまったくの無意味だった。