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「そっちに行ったぞ!!逃がすな!」
「回り込め!!追い込むんだ!!!」
周囲から聞こえる人間の声。様々なほうから響く足音。飛来する矢、様々な属性の魔法。時折被弾しながらも走るのはやめない。路地から路地へ、時には屋根伝いに逃げ惑う。自分がどこに向かっているのか、どちらに逃げて良いのか、もはやわからない。
今すべきことは一刻も早くこの地獄から抜け出すこと。銀の毛並みを持つ大きな狐は、大きく跳躍し、攻撃を躱し、また走り出した。
なるべく、なるべく、人が少ないほうへ。
城壁の上に急遽構築された作戦本部。
南門の上に設営されたそれは、天幕に机を並べただけ。さながら前哨基地だ。
軍閥の中でも過激派である彼らは、軍内部においてその影響力を増していき、ついには現政権を打倒し、軍事政権の樹立を目指した結果、現在のクーデターに繋がっている。
しかし、軍すべてを掌握したわけではないため、内乱という形で街中での戦闘が勃発していた。
戦況は優勢ではあるものの、市民や、反対派の部隊の抵抗により事態は思うように進んではいなかった。
次から次へと、伝令とみられる兵士たちが天幕を飛び出しそれぞれの部隊へ命令を伝えるべく走り出していく。
「報告します!」
「今度はなんだ!」
天幕の中では軍を動かす頭脳達が対応に追われていた。
会議とも呼べない紛糾した現場で、現状のトップである男は苛立ち紛れに顔を上げた。
刻一刻と変化する戦況の中。ひとつ指示を出せば3つや4つの報告が上がり、またそれに対応しなければいけない。
「北側の部隊との連絡が途絶えました!」
飛び込むように入ってきた伝令の言葉に、男は苦虫を嚙み潰したような顔になる。
連絡途絶。それは作戦が失敗したことを示している。
全滅した部隊の任務は、街の中央に位置する軍事施設を抑えること。
この街の要であるそこは防衛戦に際して猛威を振るう。すべての情報がそこに集約され、分析、対応策を準備したうえで全部隊の指揮を執ることができる。
味方であるうちは頼もしいが、敵に回ったときこれほど厄介なものはないだろう。
「ここまで素早いとは...」
防衛線の突破は順調との報告はあった。それが数刻もしないうちに全滅したとなれば、近衛兵の介入があったのだろう。
一部隊を壊滅に追いやるほどの戦力は近衛兵以外存在しない。
「っち!近衛の連中め......」
中央指令部が抑えられたということは、こちらの行動すべてが筒抜けになるということだ。それに、近衛兵があの場所にいるということ自体が、本来の目的である王の身柄を確保することも失敗したことを暗示している。今頃はもう街を脱出しているかもしれない。
「指令、このままでは...」
「わかっている!」
机に広げた地図には各部隊の展開位置が書き込まれており、たった今全滅したとみられる北側の部隊にバツ印が付く。
総司令部を抑えることができれば戦況を有利に進めることも、その機能を使ってハンティングも容易に行えるはずだった。
王の追跡を防ぐためにこの司令部の防衛がより強固なものになっていることも織り込み済みで、そのためにかなりの戦力を投入したが、近衛兵が出張ってくるのは想定外だ。
相手の戦力は予想以上。練度も圧倒的にあちらが上だ。この先どう動くか素早く判断しなければいけない。
「よし、東と西から部隊を半分北に送れ!南の部隊は分かれて東と西の制圧をしながら空いた穴を塞げ!」
「しかし、それでは南側は手薄になります!それに、相手は近衛兵。また全滅するようなことがあれば、著しく戦力が低下します」
「この際、近衛は後回しだ!例の魔獣討伐を先に片づける!」
近衛の目的はあくまで王の護衛だ。高い戦闘力を持つ彼らでも、その絶対数は少ない。なれば、とれる行動も限られてくる。
じりじりと戦線を下げながら遅滞戦闘に努めること。向こうから打って出てくる可能性は低い。で、あるならばこちらもそれを利用させてもらう。
「包囲した後は悟られないよう少しずつ前進しろ」
「はっ!」
普段であれば全部隊に通信用魔道具を配備できたはずで、伝令などという古い手を使わなくて済むのだが、今回のことを見越していたかのようにそのほとんどが使い物にならなくなっていた。
残る問題はあと二つ。
「追撃隊は出しますか?」
「当然だ。お前が指揮を執れ。わかっていると思うが、王の存在は後々の不安材料になる。ぬかるなよ」
「了解」
これで、残り一つ。
「南側が手薄だと気が付けばやつはここに来るだろう。そこを討つ!」
男は、参謀の一人に指示をだした後、残った部下の顔を見渡しながらにやりと笑った。
「諸君!狩りの時間だ」
城壁の上に設営された本部は、再び慌ただしくなっていった。部隊間の連絡を取り合う伝令が走り回り、武器、装備が着々と準備され、迎撃態勢が整っていく。
罠は完成間際。後は獲物を誘導するだけだ。
「目標は北ブロックから南ブロックへ移動している。所定のポイントに誘い込み攻撃を集中しろ」
城門の塔、監視所から目標の位置が逐一報告され、各部隊へ指示が飛ぶ。普段は城壁の外に向いている大砲が、今は内側のある一点に指向していた。
南門正面広場。城門の上には仕留めそこなった場合に備え、兵も配置してある。
「本当に...例の砲弾を使うつもりですか?あれは...その」
「あまりにも威力が高すぎる...か?確かにそうだ」
使用している砲弾は対魔獣、対軍団向けに開発されたもので、その威力の高さに使用制限が設けられている代物だ。
そんなものを街中で使えばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
「少なくとも南門周辺の建物は吹き飛ぶだろな。だが、相手は確実に仕留められる」
「確かにそうですが.......あれ、あの魔獣は...」
「目標接近!!」
本当にそうまでして倒さなければいけない存在なのか。
そんな彼の言葉は接近を知らせる見張りの声にかき消される。
城門の上で照準を担当する兵にも徐々に近づいてくるそれが見えてきた。
追い立てる兵士の攻撃や魔法を跳ね回りながら回避する大きな銀の狐。その姿は痛々しいながらも神秘的にすら見えた。
「来るぞ!!用意....!」
路地から屋根へ、屋根から大通りへ、意図的に開けられた包囲の穴。銀の狐は迷うことなく広場へ飛びたした。
「打てぇぇぇい!!」
部隊長の指示により一斉に大砲が火を噴く。すさまじい轟音が響き渡り、着弾地点は爆炎と大量の煙に覆いつくされた。恐ろしいほどの熱気が城門の兵士を襲う。
誰しもがその威力に圧倒され、その光景に見入り、監視塔は静かに煙が晴れるのを待っていた。
煙が晴れた後には、巻き込まれたであろう追立役の兵士の死体と、見るも無残な瓦礫となり果てた街並みが残されていた。