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 この大陸を南北に分断するように存在する王制を敷く国、アルフィア王国。その首都であるベルルク。

 大陸において一位、二位を争うほどの経済の中心であり、広大な土地に広がった街の周囲を、ぐるりと囲う壁を有す。街一つが城であり、要塞であるここは、過去一度も落とされたことはない。

 しかしながら、これといった厳しい制約もないため人の流れは活発だ。

 昼の大通りは多くの人々で賑わい、夜は繫華街から酔っぱらいの笑い声が聞こえてくる。商人や旅人、また、何か一芸を持つものなど様々な人が訪れては何かを残していくため、流行の最先端を走っているといってもいいだろう。


 そんな国の中心が、今や蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


 本来であれば皆が寝静まり穏やかな夜が訪れる。

 しかし、街は正反対の夜を迎えていた。

 城下の至る所から上がる炎。鳴りやまぬ怒号。飛び交う色とりどりの魔法は、冷たく冷えた夜空を彩る。

 道端に目を向ければ、現実を否定したくなるような光景が広がっている。

 壁にもたれ、苦しそうなうめき声を漏らすものもいれば、地面に倒れ、息を引き取ったものもいる。服装も、鎧を着こんでいる人や、みすぼらしい恰好をした人まで様々だ。

 そこかしこで戦闘が繰り広げられ、無差別な攻撃が人々を襲っている。

 そんな中、路地裏を城に向かって走る少女がいた。

 息を荒げながら、僅かな光源を頼りにでこぼこした道を駆け抜ける。表通りの争いの声がこだましていつまでも響いている。少女は、まるで後ろから追いかけられているかのように感じていた。

 さながら迷路のような路地は教えられた道順通りに進めているのかわからなくなってくる。十字路などで足を止めようものなら自分がどちらから来たのか一瞬で見失ってしまうだろう。


「次の角を......右!」


 この角を曲がってしまえばあとは直線のみ。そして突き当りが目的地のはずである。直線とは言っても曲がりくねった道。道中一つでも道を間違えていたならば目的地にたどり着くことは叶わない。

 一向に終わらない直線の道を少女は先の見えない不安に苛まれながらひた走る。


 ''どこかで間違えていませんように....!!


 少女は願いながら走り続けた。




 たどり着いたのは廃屋。人が住まなくなってどれほど経過したのかわからないほどボロボロだ。

 窓は割れ、窓枠には内側から木材が打ち付けられている。至る所が朽ち落ちて壁は穴だらけ。今にも崩れそうな様相である。しかし、扉だけは今なおその存在感を示しており、重厚なそれは異様な雰囲気を醸し出していた。


「...ここで.....いいんだよね......」


 少女は荒れた息を整えながら目の前にある廃屋を見上げた。少女の持つ光源が廃屋を暗闇から浮かび上がらせ、より一層不気味に感じられる。

 城のすぐ足元にあるそれは、目立たないように表通りから離れた所に位置していた。

 少女は首から下げた鍵を丁寧に取り出し、鍵穴に差し込む。

 古びた鍵ながら、それに施された装飾は今も形を保っていて、とても大事に保管されていたことがうかがえる。

 “ガチャン”という低い音とともに少女は扉を開けた。

 暗闇が支配する室内に少女の持つ光源からの光が差し込みその内装が明らかとなる。

 家具等は一切ないが、部屋の奥に異様な存在感を放つ時計がある。壁際にあるそれは大きな振り子時計だが、その振り子は動いていなかった。

 少女は恐る恐るその振り子時計まで足を進める。一歩踏み出すごとに床板がギシギシ音を立てた。


「確か...この辺りだって..」

 振り子をよくよく見れば、カギと同じような形をした窪みがある。しかしその窪みは巧妙な細工により、まるで窪んでいないかのように見えた。


「あった...!」


 少女は扉を開け、鍵をはめ込む。

 かちり、と見事に同化したそれはしばらく何も起こらなかったが、ゆっくり、ゆっくりと動き出した。

 長い間動いていなかった振り子時計が息を吹き返し、年月を感じさせない滑らかな動きを見せた。

 振り子時計が時を刻む音だけが部屋に響く。


「これ...だけ.....?」


 少女に教えられたことはここまでだった。

 城のすぐ下、表通りからは狭い路地を正しい手順で通り、古い振り子時計の腕に施された窪みに鍵をはめること。

 そうすれば秘密の入り口が開く、と。


「噓つきっ....何も...起きない....よ...」


 これを教えてくれたのは彼女にとって、とても大事な人。親代わりで、兄の代わり。


 ここに来れば、絶対に俺はいる。でもいいか?本当にどうしようもなくなった時だけだ。ここにきていいのは...。


 この鍵を預かった時、その人はそういっていた。だから街が滅茶苦茶になって敵も味方もわかんなくなって、どうしていいか本当にわかんなくなったから、ここに来た。

 でも、あるのは古い時計だけ。あの人の痕跡すら無かった。


「噓つき.....」


 少女は、堪えていた涙が頬を伝うようにズルズル、と時計に寄り添う形でしゃがみ込んでしまう。

 そして、あの人の顔と共に、なぜここに導いたのか一つの仮説が思い浮かんだ。

 なんで、本当にどうしようもなくなった時だけなのか。

 なんで、表通りから離れているのか。

 なんで、分かりにくい道を通らないといけなかったのか。

 これらを統合すると見えてくる。

 ここは自分に何かあった時のために用意されていた避難場所なのかもしれないと。

 あの人に何かあっても自分だけは助かるように。


「そんなのって....意味ないよ....」


 時計の音と少女のすすり泣く音がこの空間を支配する。

 時計の針は進んでいき、短針と長針が真上を指して重なった時だった。


「えっ....なに!」


 背後の時計が微かに振動し始めた。振動は段々と大きくなっていき、これに驚いた少女は慌てて飛び退く。

 時計の文字盤から青白い光が漏れ、暗闇を照らした。

 光は少しずつ下方へ移動していき、それに従って文字盤から発せられる光も弱まっていく。


「これ...は...?」


 やがて光は振り子の錘に集約し、まるで一滴の水滴が落ちるように台座に落ちた。

 その途端台座を中心に、半円の魔法陣が青白い光を発しながら展開した。


「これは...転送術...式?」

 そのコードには一部わからないものがあったものの、指定された区間を飛ぶことができるのは間違いない。


「この先に.....今、行くから....!」


 少女は時計の前に歩み出る。


 飛んだ先がどこに繋がっているかは判らない。

 でも、あの人がここに来いって言っていた。

 不安は残るものの、あの人の言葉は信じることができる。絶対に意味があるはずだ。


 魔法陣はより一層激しく光だし、少女の姿をその光の中へ、飲み込んでいった。


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