玄関先の魔方陣
家を出ようとした私の目の前にそれはあった。
普通に生活していたら殆ど見る事はないであろうそれは、私が一歩でも足を前に踏み出せば踏んでしまうであろう絶妙な位置に配置してあり、私が家を出た時に踏ませようと言う意思を読み取れる位置に描かれていた。
子供のイタズラなのだろうか?
だが、普通子供が描いたならば線は歪み、形は崩れ、何を描いたのか分からないただの落書きになってしまうであろう。
しかしそれは子供が描いたとは思えないほどに、余りにも精巧だった。
直線は真っ直ぐ書かれ、円のつなぎ目もズレがなく、さらに線と線の間をよく見れば見た事も無い文字のような物が小さく書かれていて全体を見たらそれが良い刺激になっていて、玄関先にさえ書いていなければ、むしろ美しい模様であると言えただろう。
少なくとも何かしらの道具を使わなければ描くことは出来ないだろう。
そんな素人目で見ても芸術的センスがあると思われる程の模様を子供が、しかもイタズラで書けるとは思えない。
犯人が子供では無いとしても私の友人等にはこんなイタズラをしてくるような人は居ないだろうし、恐らく私の友人がいくら頑張った所でこの模様を描くことは出来ないだろう。
何故ならその模様は……
めっちゃ光ってるからである。
そう、その模様は今も私の目の前で煌々と光りを放ちとても強い自己主張をしているのだ。
私がこの気付かずに踏んでねと言わんばかりの位置に描かれた模様に気付けたのも、この強すぎる自己主張のお陰である。
ドアを開けた瞬間に下から眩しい光が自己主張してきたら誰だって気付くだろう。
踏ませたいのか?踏ませたくないのか?どちらなのかと犯人の意図を確認したくなるが、この模様を描いた犯人が見当たらない以上それは不可能だろう。
時間があるならばここで探偵の真似事でもして犯人を探すのも良いかもしれないが、冒頭の通り今の私は家を出ようとした所であり、あまり時間があるとは言えない状況であった。
だが、家を出るには目の前のこの模様を踏まなくてはならない。
しかし私は躊躇していた。
なぜならば私から見たらこの模様は恐らく作るのに相当な金がかかってるからである。
なんたって光っているのだ、きっとこれはただの塗料とかではなく電球とかの光るものを軽く地面に埋め込んで作られているに違いない。
しかも模様まで凝ってるときた。
もし踏んでしまって何処かを壊してしまい、後で高額の請求でもされたりでもしようものなら私はショックで3日は寝込んでしまうであろう。
そういうリスクは侵さないに限る、それが私の生き方なのだ。
しかし私はどうやって家から出るべきだろうか?
大きさは概ね1メートル程なので飛び越えられない位では無いが、そうすると家の鍵が閉められなくなってしまいそれはこの物騒な世の中でそれはあまりにも危険すぎる為、どうしようもない時の最終手段として取っておくのが良いだろう。
あまり考えていても仕方が無いので私はある秘密兵器を使うことにした。
現代科学の叡智だ。
私は鞄から携帯電話を取り出し、カメラモードを起動し煌々と光る模様の写真を収めた。
心地よい音と共に保存が完了されたのを確認したあと私はブラウザを起動し、ブックマークに登録してあったお馴染みのサイトを開いた。
そう、『質問箱』である。
数ある質問掲示板の中でトップを誇るサイトである『質問箱』は全国ユーザー数5000万人を超え、どの時間帯であっても80万人以上がログインしていると言われており、ほとんどの質問に対し5分以内で返事が来るというなんとも凄まじいサイトである。
そんな『質問箱』に私は模様の写真と共にこう質問した。
【玄関先にこんなイタズラをされてしまい家から出れず困っています。何か模様を踏まずに家から出れる方法は無いでしょうか?】
これで少し待てば良い返事が来る事だろう、それまで少しこの模様を眺めていよう。
ーー10分後ーー
住所が特定された。
「なんでだよ!」
誰も居ないにも関わらず私の口からはそう言葉が漏れてしまっていた。
私の投稿した質問はすぐさま拡散され数多くの人の目に止まり、投稿した写真や過去の質問からあっという間に住所まで特定されてしまった。
親切な人の返信によると、どうやら玄関先の模様は『魔法陣』と呼ばれている物の様で、最近になって世界各地で突発的に発生する珍しい自然現象との事だった。
どうやらその『魔法陣』は『異世界』と言われるこの地球ではない何処か遠い場所に繋がっているらしく、触れると周辺を10メートル程巻き込みながら異世界に飛ばされてしまうらしい。
そして、このままでは異世界に強い憧れを抱く変人達が大挙して押し寄せてくるらしく、急いでどこか遠くへ避難する事を勧められてしまった。
だがしかし、10メートルも巻き込まれたら私の家がめちゃくちゃになってしまうではないか。
ここは私が生まれ育った家であり、色々な思い出の詰まった大切な場所でもあるのだ。
何故異世界に行きたいのかは知らないが、ここは私の家なのだ。
誰にも奪わせてなるものか!
幸いな事に『魔法陣』は1日経てば自然と消滅するらしい、私は色々教えてくれた親切な人に御礼の300質問ポイントを渡し、もうすぐ来るであろう襲撃に備えることにした。
私は玄関内に置いてある『竹箒』を手に持ちいつでも『魔法』が使えるように魔力を込める。
掃除しても良し杖にしても良しで長年付き添って来た私の相棒である、多少の無理は答えてくれるだろう。
次に私は友人に助力を求める事にした。
今日も待ち合わせしている友人の事だ、事情を話せば防衛に協力してくれるだろう。
事情を話し協力を願い出たところ、友人はこう反応した。
『魔法陣出たんだって!?イヤッホォォォ!!今から向かうから!俺が来るまで魔法陣踏むんじゃないぞ!!』
友人よ、お前もか……!
クソッタレの友人が役に立たなそうなので私は我が家の最終兵器を起動する事にした。
住宅防衛システム『みまもり君』である。
『みまもり君』は敷地内に入ろうとする人物を自動で攻撃する凄いシステムなのだが、電気レーザーを使うので電気代が凄まじいのとセールスや配達で来た人まで無差別に攻撃して怪我をさせてしまうので普段は封印しているのだが、今回ばかりは起動しても問題は無いだろう。
「防衛システム!みまもり君、起動!!」
『生体認証確認しました。みまもり君、起動します。』
玄関に無機質な声が鳴り響く、みまもり君である。
「警戒レベルを最大に設定!敷地内に虫1匹入れるな!」
『了解、警戒レベルを最大に設定しました。』
今日は愛しい我が家を守る為の戦いだ、私にとっては聖戦と言っても過言ではないのだ。
今回ばかりは全力で防衛させてもらおう。
そうこうしている内に家の門の前にはゾロゾロと人が集まってきた。
私の目の前の『魔法陣』は未だ強い自己主張を続けている。
敵は大人数で一気に畳み掛けて一瞬で片をつけるつもりだろう。
何しろ誰かがこの『魔方陣』に触れさえすればそこから10メートル以内の物は全て異世界に送られるのだから。
だが、絶対にやらせはしない!
やらせてなるものか!
私と『みまもり君』で絶対に守り切って見せる!
私は『竹箒』に込めた魔力を解放して大量の『魔力弾』を周囲に浮かべた。
それが合図となったのか、門の前の敵も一斉に動き出す。
戦いの火蓋は切って落とされたのだ。