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第8話 キリとギルドマスター

 キリはグリフォンを倒したという魔族の対応をするように中央政府からの指示を受けていた。


 中央からの指示で魔族が行きたいと言った場所を〝ギルドに錯覚させて満足させろ〟との指令があった。この街には、当然図書館はあったが、民間人が行くような場所に、あのような魔族を近づけさせるわけにはいかない。


 魔族がキウェーン街に滞在して、一日目には住民に対して部屋に閉じこもるよう指示もした。時間があれば、中央へ避難指示を出すのが正しいのは分かっていたが、間に合わない。下手に逃げ惑う人を見て、魔族が面白がって、殺しでもしたら大変だ。


 中央の判断は正しかったと思う。


 オリバがうまく最初にギルドの名前を出して、ついでに興味無さそうな銀行や裁判所の名前を出した。まさか魔族が銀行を選ぶとは思わなかったが……

 あの魔族はなんで銀行など知りたいのだろう?

 魔族が銀行のATMに並んで、金を引き出す姿をイメージするがシュールだ。


 キリとオリバ、そしてあの魔族との会合の後、魔族が魔道板の情報が欲しいと言い出したので、ギルドにあった魔道板の辞書を手渡してホテルへ帰らせた。もちろん宿の住人は全員避難させて、ギルドの職員があの魔族の世話をしている。


 魔族が街を訪れて一日目には、食べ物は一応それなりのものを出してみたが、あの魔族は無表情だったらしい。ただ、酒に関しては若干だが、うまかったようでどうやって作っているのか質問してきたそうだ。ただ、現在は食べ物については何も要求してこない。ホテルで泊まって魔道板を読んでいるだけだ。


 魔族が人に興味を持っているということで、何か女性でも差し出さなけばいけないのかと思ったが、魔族に体を差し出したい女などいるはずない。最悪、自分が行かなければいけないのだろうか、とか頭をよぎったが、特にそういうこともなかった。


 まぁ、見た目は悪くない魔族ではあったが。というか、もし人ならば、かなりモテるかもしれない。ちょっとないくらい美形だったとは思った。


 今夜は部屋で辞書の魔道板を読んでいるだろう。魔族が人の辞書を読んでいるとか、変な話だ。


 そんなことを考えていると目の前のギルドマスター、カイザーが話しかけてくる。

 ちなみにカイザーという名前は偽名だ。本人がカッコイイからという理由でそう呼ぶように、皆に強制している。ただ、キリはいつも〝ギルマス〟と呼んでいる。バカに付き合う気はなかった。


「キリちゃんさー、あの魔族との会話で、最後に俺のことバカにしてなかった?」


 ギルマスの戦闘能力は高い、ピカイチだ。魔族と会っている向かいの部屋で、自分の魔力を広げてこちらの会話を盗聴していた。この辺境の街で、外敵から街を守れるだけの力があり、ギルドマスターを任されるほどの魔力の持ち主ではあった。

 ただ、残念ながら頭が……。


「いえ、脳筋という言葉について聞かれたので詳しく説明しただけです」


「いやいや、おかしいでしょ。〝力があるけど、ちょっと抜けたところがある〟って言えばいいだけじゃん。あれじゃ、キリちゃんの俺に対する不満ぶちまけただけじゃない?」


「考えすぎです。そんなことはありませんよ」


「それに俺、足臭くないぞ」


 ギルマスが不満そうな顔をしている。

 下らない話をしていてもしょうがないので、話題を変える。


「それより今日、実際にあの魔族を見てどう感じましたか?」


「うーん。個人的にはギルドへあの魔族が来る前から、俺にはそんなに悪いイメージはないけどね。俺は、キリちゃんも知ってる通り、魔石を取るために都市外へ出た経験が何度もあるけど、本当に危険なら、あの手の生き物はすぐに相手を殺しにくる。あの魔族が本当にヤバイなら、どうこう以前に人の街なんてもう滅んでんだよ。どうにかなる相手じゃない。グリフォンに勝つってのはそれくらい凄い」


 キリもその点については同意だ。


「では、今後あの魔族が何を要求してくると思いますか?」


「そりゃ、友達になろう、でしょ。そんなことも分からないの?」


「いやいや、ありえませんよ。なんで魔族が人と友達になる必要があるんですか?」


「キリちゃん、深く考えすぎなんだって。目の前に面白そうな奴がいて、会話して気が合えばそいつとつるみたくなるじゃん。ただ、それだけの話でしょ」


 ギルマスはバカだが、結果的にその通りになることも多かった。

 ギルマスの直感は確かに当たるときは多い。しかし、外れた時の一回のダメージは、それまでの当たりを全て打ち消すほどのダメージが出ることも多数だった。そして、その尻拭いはいつもキリがする羽目になっていた。

 今回、ギルマスの直感が外れる後者になってしまうなら、人が滅ぶことになる。


「とにかく、あの魔族がキウェーン街に、また何か要求してくるなら私がその対処に当たります。ギルマスには後方支援をお願いします」


「あー、俺があの魔族と話した方が、話が進むと思うけどね。中央もキリちゃんも難しく考えすぎだと思うけど」


 ギルマスは興味無さそうにそう言う。

 ギルマスは立ち上がって帰り支度をしている。

 ギルマスは結婚している。ギルド受付嬢で、可愛くて男たちに人気のあった女性が、何故かこの脳筋と結婚していた。


 ギルマスは遊ぶのが好きだが、家庭は大事にする。忙しい時は、ギルドに籠って仕事することになるが、基本的にはすぐに家へ帰る。これは街に何かあった時、自分が命を賭してでも、ギルドマスターとして街を守らなければいけないわけで、いつ死んでもおかしくないから家族を大事にしているのだと思う。そういう話題について、ギルマスと会話をしたことは無かったが、都市外で魔石を探す時に死んでいく仲間を見て〝自分もいつ死ぬか分からない〟という危機感を絶えず持っているからこそ、早く家へ帰るのだと思っている。

 家族との時間を少しでも多く過ごしておいた方が、自分に何かあった時に、家族に思い出を残せると思っているのだと思う……。


 キリも帰り自宅をし始める。


 魔族が泊っているホテルの関係者には何かあったら、すぐ連絡するように指示してある。ただ、自分がここで焦ってもしょうがないので、帰宅して体を休め、次の事態に備えなければならない。あの魔族には〝動揺が無い〟と言われたが、さすがに魔族に会うのは怖かった。

 どういう会話をするか何度もシミュレーションして、部屋に入る前に心臓を落ち着かせてからあの魔族に初めて会った。聞かれたことを説明していると、余計なことを考えなくてよかったが、それでも心理的に疲れたのを今になって感じる。


 早めに家に帰って寝たくなった。


***************


 ギルドマスター、自称カイザーは帰宅していた。


 そして、彼の若い年下の妻は、彼から荷物を受け取った。

 彼女は、今日はカイザーを早く休ませてあげたいとは思っていた。

 しかし、どうしても聞きたいことがある。

 そこで質問してみた。


「カイザー、噂の魔族はどうでした?」


 アリサは帰ってきたばかりのカイザーに尋ねる。自分は妻なのに、なんで本名で呼んではいけないのがよく分からないが、それでも、そういうところがこの人の良いところだと思う。


「うーん。結局、俺はその魔族と会話はしてないんだよね。チラッと見ただけ。キリちゃんが俺には絶対会わせない、って言うんだもん。会ってみたかったけど、キリちゃんたちの部屋の向こうで、話を聞いてただけ。まぁ、そんなに悪い奴じゃないんじゃない」


「何を話したのですか?」


「キリちゃんからは、家族にも話を漏らしちゃいけない、って言われてるけど、まぁ、いいか。銀行について知りたいんだと」


「え? 銀行? 魔族がですか?」


「そう、で、ずっと銀行の仕組みについて話してただけ。最後は金利の計算式についてまで話をしてた。何が面白いのかねぇ」


 意味が分からないので、思わずキョトンとした顔をしてしまう。


「ああ!! あの魔族もしかして自分で銀行作って、魔族に金貸して儲けるつもりなのかもしれない。グリフォンに勝てるなら、金を貸した魔族が金を払わないって言い出しても、脅せばすぐに回収できそうだ。明日、キリちゃんに話してみよう」


 いや、それは無いでしょう!! だったら最初から魔族を襲って金を脅し取ればいいよ! 別に貸す必要が無いよぉ!! 


「いやー、疲れた疲れた。風呂入ってすぐ寝るわ」


 こういう時は、この人でも結構気を使った時だ。それなりに大変な思いをしたのかぁ。

 もっと詳しい話を聞いてみたいと思ったが、カイザーが早く寝れるように準備をしてやらないと……。


********************


 カイザーはベッドに入って、考え事をしていた。


 疲れているから、早く寝ようと思ったが、ベッドに入ってみると思ったより寝れない。

 何か考えてみる。


 キリは心配性だ。

 いちいち起こるかどうか分からないような可能性まで考えて行動する。

 これは、自分も魔石を取りに行くときは、限界まで最悪の状況を想定して行動していたが、はっきり言って対人関係でそんなことを気にしても意味ない、というのが自分の考えだ。


 あの魔族の会話を聞いていたが、重要なことは何だろう?


 適当に会話を思い出していくが、何の話をしていたか全然覚えていない。

 というか、銀行の話についていろいろ聞いていたが、自分の知らない話も多かった。

 俺はもしかするとバカなのかもしれない。


 それなりに色々と考えてみたが、やっぱ単純に人に興味があるとしか思えない。


 普通に仲間になればいいんじゃないのか、と思う。

 次にもし会うことがあればフレンドリーに会話してみよう。


 魔族の下位種に出会うのは魔石探し中にたまにある。魔族は縄張りを持って住むが、極まれにその縄張りから外れた者に魔石探しの途中で遭遇することがある。そういう魔族は会話できるような者じゃない。

 目が合った瞬間に襲ってくる。皮膚や目の色も人とは違うのですぐ分かる。火の魔法を使う魔族は赤く、土の魔法を使うのは茶色い、風は緑、といった感じだろうか。


 そういえば、今日の魔族は黒っぽい色をしていたと思う。黒い魔法を使う種類の魔族など聞いたことがない。仲間になれたら聞いてみようかと思う。


 そんなことを考えていると、眠くなってきた。

 もう寝ることにする。


 アリサは隣のベッドで寝ているが、今朝、俺を送り出す時、泣きそうな顔をしていた。

 出会った頃に、危険な地域に魔石を取りに行く時などは、俺を見ていつも泣きそうな顔をしていた。最近はそんな顔をしなくなっていたが、今朝出掛ける時は、久しぶりにそんな顔を俺にして見せた。


 ただ、あえて言葉では〝絶対帰ってきてほしい〟とかは言わない。


 そういうことを言って出掛け合う奴らは緊張感が高まり過ぎて、いざ、現場でピンチになった時、冷静な判断が出来ずに死ぬ奴がいる。いつも通りを繰り返す方が一番いい。そんな話をして以来アリサは俺が出かける時、いつも通りの言葉で自分を見送るようになった。


 ちなみにこの話は嘘だ。

 アリサが悲しそうな顔をするのが見たくないので、適当に嘘を付いた。


 しかし、今日は違っていた。


〝心配させたくないんだけどなぁ~〟そう思いながらカイザーは眠りに落ちていくのだった。

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