第6話 グリフォン国の対応
グリフォンが八体殺された、という情報をグリフォン国は既に把握していた。
この情報はグリフォン軍の〝情報局主任〟であるシェルドミルに報告されていた。
そして、シェルドミルは今回の事件の概要について、これからグリフォン国の議会で説明しなければいけなかった。
グリフォンという種族はとても誇り高い。
グリフォン国には王がいて、グリフォン国民にとってこの王は憧れの存在であった。
王はグリフォン国の都市中心に王宮を構え住んでいる。偉大なるグリフォン王は、どれだけ強い相手であっても戦争先には赴かず、王宮にて優雅に戦況を眺めていなければいけない。それは国民から求められる義務であり、責任であった。
グリフォンの戦闘欲求は、他の獣族と同様に高く、絶えず他国との戦争するのを好むような国であった。しかし、現在は龍族の命令で他国との戦争が禁止されている。だが、いつ大戦が再開されてもいいように、グリフォン国は絶えず軍事力を強化していた。
グリフォン国において、王は〝その特性から〟現地へ行くことができないので、情報局主任シェルドミルは軍の指揮権のほぼすべてを任されていた。事実上、この国の軍事判断は全てシェルドミルが握っていた。
グリフォン国議会の建物は大理石で出来ており、そこに大勢の議員が集まっていた。そして、シェルドミルは議員達に事態の経緯の説明を行っていく。
シェルドミルに一人の議員が質問をしてきた。
「人族の領地を管轄していたエドワード兵が殺された? しかもその直後、殺されたのを察知して、当該場所へ向かおうとした七体のグリフォンも殺された。しかも七体の首は見つかっておらず、七体のグリフォンの殺害方法は、魔力を使ったのではなく単なる力業で殺されたとしか思えないと?」
「はい、事実からするとそう考えるしかないかと」
シェルドミルは落ち着いた口調で答える。
グリフォン国の議会で報告された内容は、議員たちにとってはにわかには信じられないような話であった。別の場所から声が上がる。
「もっと具体的に説明をしろ、意味が分からん」
シェルドミルは手元の書類に目を落としながら、もう一度説明する。
「申し訳ありません。説明し直させていただきます。
昨日午後に、エドワード兵から人族の領域に魔族が侵入したとの報告がありました。〝人族の領域に侵入した魔族が一体いる。飛行速度は早いが、魔力自体は大したことない。すぐに魔族を処分する〟との報告があったようです。しかし、その報告の直後にエドワード兵が殺されたようです。そして、それを察知したワルエルド隊長が部下を纏めて現場に向かおうとしたようです。
グリフォンが殺されるということは千年ほど起こっておりませんが、ワルエルド隊長は過去の大戦時に、グリフォンが殺される時に発した信号ノイズに聞き覚えがあり、今回もそれを探知したそうです。そのため、万が一を考えて、その段階で出撃できるメンバーを集めて現場へ向かおうとしたようです。そして、向かっている最中に何者かによって殺されたようです。
しかも殺された場所ですが、グリフォン国を出て、ほとんどすぐ殺されているようです。昨日の午後に、大きい衝撃音を皆さま聞かれたと思いますが、おそらくその際に、ワルエルド隊は全滅したと考えられます。そして、現場の地形は敵が技を使った際の衝撃のためか、相当に変化、傷んでいます。
また、現場の状況からするとほぼ七体同時に瞬殺されているとしか思えません。そして、首七個については現在捜索中です」
「どういうことだ? それは、敵は複数いるということか? グリフォンを八体倒すなど相当の戦力が無ければあり得ない話だが……それに魔力ではなく力業ということはどういうことだ? グリフォンを魔力ではなくて力で殴って殺したということか? それも七体同時に?」
「敵の人数については現在調査中です。今後、配下の獣族の下位種をほぼ総動員して現場を調査させるつもりです。報告にはしばらく掛かると思われます。
またワルエルド隊長の首の切断面から、敵が使った魔力の欠片は全く検出されませんでした。加えて、我らグリフォンの領地では、魔力侵入があった場合には、それを検知し警告を発する魔道具はもちろん常時稼働させてあります。しかし、今回はこの魔道具が領域内では全く作動しておりません。つまり、〝力業による切断〟以外は考えられないと思われます」
シェルドミルの返答を受けて、議員が吐き捨てるように発言する。
「バカな。考えられない。ワルエルドは歴戦の戦士の中でも飛び級に優れた者だぞ。その首を力で切り落とすなど、できるものはいない」
「そうだ。ワルエルドはグリフォンの中でも魔力障壁に関しては比類なかった、その障壁を魔力以外で切り落とすなど、そんなことができるのはいたとしても闘神くらいだろう」
別の議員からもワルエルドの強さに関する話が出る。そして、さらに別の議員が喋り始める。
「闘神は実在するのか? あれは魔族が作り上げた虚像ではないのか? 数千年前に古龍の一匹が闘神を名乗るものに殺されたことがあったが、あれは古龍達からすると魔族の上位種が総出で倒したのではないか、という話だった。今回の件も、闘神が実在するというよりは魔族が総出陣でグリフォンに対して宣戦布告してきたと解釈するのが正しいのでは?」
「フン、魔族のバカどもが徒党を組んでグリフォンに戦いを挑むなどということがあるか?奴らの上位種はそれなりの驚異ではあるが、徒党を組むような連中ではない。勝手に戦い合っては死ぬのを永遠繰り返しているだけだ。あれほどバカな種は他に存在しない」
「……しかし、この数千年間、魔族は妙に大人しい。奴らの戦いは大地を変えることもしばしばだったが、この数千年ほとんどそれらしい戦いを聞かなくなった。魔族側で何か異変が起こっているのではないだろうか」
一同は黙りこくっている。
情報局主任シェルドミルは、その空気を読んで、話を続ける。
「現状では〝エドワード兵の死骸の回収〟と、〝七つの首の捜索〟が最優先事項になります。
エドワード兵が殺害されたのは人族の領域近辺であるのは間違いないので、ここに獣の下位種を重点的に送って探らせてみます。
グリフォン自体を飛ばしたいところですが、さすがに七体のグリフォンが瞬殺されているとなると、簡単にグリフォン軍の兵士を送るわけにはいきません。グリフォン国は過去の大戦時に他国を蹂躙しているので、恨みを買っています。もしかすると、何かしらの国がグリフォン国に暗殺部隊を送っている可能性もあります。この手の暗殺部隊は、いつものことですが王宮から動かない〝王〟を狙ってくる可能性があります。
人族の街に連絡が取れるならば、人族を総動員して、エドワード兵の死骸を探すこともできるのですが、現在あの地域は魔力障害が発生しています。通信板で連絡を取ることができません。
しかも、さらに運の悪いことに、現在、人族の領域には、配下の獣族はいません。獣族の同種のみで通信できる能力を持つ種族が、あの地域にいてくれれば良かったのですが、人族の国は重要性が低いので、下位種ですらあの地域には常駐させていません。
そのため、カルサーンから新規に下位種を派遣することになりますので、状況を把握するだけで一週間以上掛かるでしょう」
「王の警護はどうなっている?」
「王の警護についてですが、グリフォン王は古来グリフォン族の心理的な支えであり、これが傷つけられた、となったら現在の国民感情は相当悪化するでしょう。そういう意味で王の警護だけは絶対に軽んじることはできません。犯人が特定できていない以上、グリフォン王が狙われる可能性を排除できないため、王の警護は事件直後に相当強化してあります。
また、皆さま方においても単独での外出を控えるようにお願い致します」
この後も、シェルドミルは議員達から、結果も分かっていない質問を色々と受け続けた。何か情報を引き出して、国民の支持を得られやすいように行動したいのだろう。
シェルドミルは内心〝説明するよりは、早く状況分析に時間を使わねばならないのに〟そう思い続けていた。
議会が閉幕したのは夕方になってからだった。