第4話 人族の困惑
人族の首都では、ある高層ビルの頂上階に、人族の代表達が集まっていた。
集まった理由は、もちろん人の国を訪れた魔族の対処法を話し合うためだ。
人族の建物は近代的であり、側面はガラスと鉄材で作られていて、階層は四十階建て、ビルの上層階に近づくほど、尖っていく構造をしていた。ピラミッドを細長くしたような形状であった。
人族は三種族で構成されている。
人・ドワーフ・エルフの三つの種族がこの世界での〝人族〟であった。
それぞれの種族の代表である三人が話を始めた。
「大変なことになったな」
「本当じゃわい」
「では、現在その魔族はキウェーン街に滞在しているということで宜しいでしょうか?」
エルフの代表で、ほっそりとした体型の女性であるキエティが尋ねた。
キエティの服装は、キャリアウーマンのような装いで、黒いスカートを履いている。スカートはぴっちりと足に巻き付き、その長さは膝くらいまでだ。また、上半身はフリルの付いた白いシャツを着ている。
人の男がキエティの方を見ながら答える。
「そうだ。キウェーン街の街長がその魔族の監視・付き添いを行うようにしている。グリフォン七体の首に関しては、人・ドワーフ・エルフの三種族からの使者によって殺害が間違いなく確認されている。通信板による画像の転送からして間違いない。他に一体倒したというのは人のみの目撃証言になるが、状況から考えて嘘はついていないだろう。そして、問題はグリフォンに対して現状をどう申し開きするのかだ」
キエティがそれを受けて、首を傾げながら質問した。
「グリフォン側から事態の説明について、人族への質問はないのでしょうか?」
これにもまた、人の男が答える。
「グリフォンからの質問はないな。時系列から考えて、おそらく最初の一体が殺された直後にグリフォンの本拠地カルサーンではすぐに異変を察知したのだろう。即座に迎撃部隊を差し向けたが、それは現場に到着するどころか僅か三十分で首七個に変えられたわけだ。カルサーンでも現在相当揉めているのではないか? グリフォン八体の損失なんて種全体の恥であるし、いくらグリフォンでも何かしらの状況を掴むまでは新規での部隊を送り込めない、というのが現状なのだろう」
「正直、ざまーみろ、というのが本心じゃわ。三千年にも渡って、人族から搾取し続けていた連中に天罰が下ったんじゃわ」
ドワーフの男は嬉しそうにそう言ったが、これに対して人の男は困惑した表情で返答する。
「いや、それどころの話ではないでしょう。現在、その犯人の魔族を滞在させているのは人族なのですから。グリフォンがそのことを知ったらどう人族に賠償を求めるか分かりませんぞ。もし、総人口の九割以上を差し出しせなどと言われたら……」
キエティには、この可能性は〝ない〟と思う根拠があったが、それを説明せずに話題を変えた。
「しかし、その魔族一体何を考えているのでしょうか? 上位の魔族はそもそも同族であっても群れるということはしません。繁殖期になった時だけ同族を求めますが、基本的には常時単独で戦いを求め続けるだけの種です。単純に自身の強さを向上させること、強い相手と戦うことだけを楽しみにする種であって、弱い者、まして他者の文化に興味を示すというような話は聞いたことがありません」
人の男もこれに答える。
「そう。そこが一番よく分からないところだ。外見が魔族であっても、実際は獣族であったりするのではないだろうか? 何かしら偽装することで、獣族同士の争いを魔族との争いに誤認させたいのではないだろうか? そして、人はその争いに巻き込まれている」
「……そういう可能性はあるかもしれないですね」
「魔族がいくら強いといっても、グリフォン七体を単独で倒せるほどの力を持った魔族など本当に存在するのか分からん。複数の強い何者達かがグリフォンに打ち勝ったというのが真相だろう」
「で、グリフォンから説明を求められたらどう返答するつもりじゃ?」
ドワーフの男が人に尋ねた。
「現状ではグリフォンを倒した魔族から脅迫されて街に滞在させるしかなかった、グリフォンに対して人族は永世従属を求め続ける、といった内容の返答をするしかないだろう」
キエティはここで今後の人族のために提案をした。
「あの、グリフォンは獣族の下位種に現状を探らせているのではないでしょうか? もしそうだとして、魔族を街に匿ったとなると、後々申し開きが出来ない可能性があるように思えます。今の段階で、こちらからグリフォンに対して使者を派遣して現状を説明するのが一番いいかと思いますが」
人の男はキエティの話を聞いて納得したように返答し始めた。
「たしかにこちら側からグリフォンへ状況説明をしておいた方が良さそうではあるな。キウェーン街周辺にいる獣族の下位種を見つけ出して、グリフォンの本拠地へ状況を伝えた方がいいだろう。今はちょうど、人族とグリフォンの通信板が機能しない時期であるのが幸いしているか。こちからもあちらからも情報の伝達は遅れる時期であるのは運が良いと言える。グリフォンが気づく前に、魔族は早めに追い出すことにしよう。」
「今、キウェーン街に滞在させている現在の魔族についてはどう対処するつもりじゃ?」
「現段階では自由に街を見学させてやるように指示はした。グリフォン七体を本当に一人で倒したかは確認が取れていないが、現場の兵士の話からすれば一体を倒したのは間違いなくその魔族であるはずだ。
単純な戦力だけでみれば、人族全体で立ち向かっても勝てる相手だとは思えない。キウェーン街にのみ滞在させて様子を見るしかないだろう。それに、本当に魔族なら知能は高くないはずで、適当にやりたいように機嫌を取ってやれば街を破壊したりすることはないとは思うのだが……。しかし、もし何かしら他の獣族が策を弄するために送り込んだ個体ならば、グリフォンからあらぬ疑いを掛けられないよう、キウェーン街内に留めて置きたいところだ」
その後も色々と魔族の対応について協議された。
会議が終わった後、エルフ代表の女性、キエティは一人しばらく考え事をしていた。
キエティは美人だ。だが、エルフの代表は美人だからなれるわけではない。
キエティのそれまでの業績が認められて、エルフ代表になれたのだ。
また、彼女は同時に大学の教授でもあった。
キエティは努力家であった。
キエティは考える。
異常に強い魔力を持った魔族が人族の領域に侵入した。
そして、その魔族は人族の文化に興味を示している、という話。
キエティの知識からするとありえない類の話だと思った。
キエティからすると、この魔族の言い分は真実でないと思う根拠がある。
そして彼女はそれについて考察していく――