第30話 ラストダンス
あの後、あの場では龍種の住処へゼムドが赴くという話になり、龍種はその場でグリフォンに対して龍種の秘宝の一つを使って折れた翼の骨を治してやった。
そして、龍種はグリフォンにあとでお前たちとの調停を見直す、また、それまでは暴れないでくれとグリフォンを諭し、龍はその住処へ帰って行った。
六人の魔族のうち何人かは、ゼムドに付いて人の街へ行くと言い出したが、ゼムドはこれを許さなかった。時が来れば、人の街へお前たちも入れる、と言って我慢させていた。
ただ、この際にキエティは、ゼムドにお姫様抱っこ状態で抱きかかえられていたのだが、一人の女の魔族がものすごく腹立たしそうにキエティを見ていた。
あと、鎧を被った魔族もキエティに興味があるのか? 何故か近づいてきてキエティをよく観察しているようだった。
魔族からすると人族は珍しいのだろうか?
いや、上位の魔族は人に興味が無いはずなんだけどなぁ。
ゼムドの仲間の一人は弱い者は嫌いとはっきり言っていたし、ゼムドも基本的には弱いものに興味が無いと思う。今回の事で少し変わったようだが。
一人の魔族は片腕が無くなっていて、それに関してゼムドが謝っていた。
ゼムドが何かに対して謝るのは初めて見たし、びっくりした。
ゼムドが謝るところが見れたのはかなり貴重なのでは?
キエティはゼムドに抱きかかえられて、人の街へ帰ることになった。
人族の街へ帰ると、驚いたことが二つあった。
まず一つ目は街に人がいない。いつもなら大通り沿いに人がいるが、今日に限っては人がいなかった。流石にグリフォンが攻めて来るとなって、仕事や学校に行く人はいなかったらしい。また、この世界の人にとって上位種の魔力探査からは逃げられないことは分かり切っているので、大半の人は家にいたようだが、それでも逃げようとした人もいたらしい。
一部、略奪のようなことも起こっていた。が、それに対して、軍や警察が出動して、犯人達を逮捕しているようだった。こういう時にその人の本性が出るものだと思った。
次に驚いたことは、何故か皆シーンと静まり返っている点だ。
終末思想のようなパニックが生じているのかと思って人の国へ帰ったが、意外とそうでもない。
理由が分からないので、外傷を治療してもらいながら理由を聞いてみた。
どうやら、キエティが街を離れた後、ゼムドに対して物凄い反感が国民に生じたらしい。そして、メディアも一斉にゼムドを総叩きした。
グリフォンを挑発して、キエティを妻にし(誤解だが)、挙句にグリフォンの呼び出しにはキエティだけ行かせて、ホテルのスイートルームで生活している。
〝おまえが来なければ〟となるのは当然だ。
聞いた話によると、ゼムドの部屋にまで押しかけて罵倒した人達がいたらしい。
その時の様子を聞いたが、ゼムドは全く我関せず、興味もなかったようだ。
ただ、ゼムドの様子が変わったのはある人物が発した言葉だったそうだ。
〝キエティ様どうか無事帰ってきてください〟
その言葉を聞いた瞬間、ゼムドが話しかけてきたらしい。
その言葉とは〝なんだ、まだ殺されていないのか?〟だったそうだ。
このデリカシーの無い発言で一同はさらにキレたらしいが、ゼムドが一言。
〝詳しく説明せよ〟
とのことで一人が説明、まだ死んでいないという話をしてグリフォンからの出頭命令についてゼムドに説明したらしい。
ゼムドはそれを聞くと一言だけ〝そういうことか〟と言ってその場から消えた(高速移動)ようだ。
あれだけ、キエティがグリフォンからの命令書の話をしたのに、全く話を聞いていなかったということだ。
ただ、今になってキエティにすると、それも仕方ないと思う。
本当にゼムドにとってはグリフォンなどどうでもいい存在だったのだ。
しかし人は何故滅ぶことが無くなったのに、静かにしているのか?
ゼムドはあの龍や魔族達の魔力放出から、人の地を守りつつ、グリフォン都市近辺での会話を魔法によって、人の世に流し続けたそうだ。
というか、グリフォンの支配地域全土に、この音声は流されていたようだ。
そのためこの音声を聞いて、初めてゼムドがグリフォンどころか、龍種から危険視されるほどの者であると人も気付いた。
その人物をめちゃくちゃ叩いていたわけだから、自分たちは滅ぼされるのではないかと今度は心配になっているのだった。
そこで、キエティは国民に対してゼムドはそんなことで国を亡ぼしたりはしないと、国民に正式に自らもう一度放送を使って国民に呼びかけた。
そしてキエティはその夜、死んだように眠りについた。
次にキエティが起きた時、丸二日近く経っていた。
肉体的なダメージは軽度であったが、精神面での疲れがドッと出たのだろう。
アドレナリンが出ているときはいいが、それが切れてしまうとその反動は大きい。
こんなに眠ったのは子供の時以来だった。
少しぼーっとする。
溜まっている仕事は多いだろうが、する気にならない、というか職務放棄することにした。
とりあえず、風呂に入って体を温める。
どうしようかなぁ、と考える。
三日前にあったことを、色々と思い出してしまう。
そして考えてしまう。
すると、少しだけゼムドの行動において腑に落ちない点があることに気づく。
ゼムドと話をしてみたいと思う。
それに、まず、お礼を言わなければいけない。
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キエティは夜になって、ゼムドが宿泊しているホテルを訪れた。
以前、ゼムドが滞在していたホテルは、ゼムドを罵倒した人達が暴れたせいで、現在は改装中だ。今日ゼムドが泊っているホテルは、高級ホテルではあるが高層ビルではない。10階建てのビルであり、どちらかというと高級マンションを宿泊施設に改造した感じだろうか?
このホテルはスイートルームが予約で埋まっていた。
ホテル側はゼムドのためにスイートルームの客を追い出して、部屋を確保しようとしたが、ゼムドが〝普通の部屋でいい〟そう言ったらしくて、現在は5階の一室にいるそうだ。
服装はいつもの事務用や研究用の服装ではなく、エルフ族特有のドレスを着ていた。
そしてドアをノックする。
「入れ」
声を確認してから、中に入っていった。
ゼムドはこちらを見ていない。
ここ最近のいつものように魔道板を読みこんでいる。
椅子に座り、テーブルに足を乗せている。
今日は、行儀が悪い……。
ゼムドの近くまで歩いて行って、ゼムドに話しかける。
「この度の事は本当にありがとうございました。この国を救って頂いたことも、この私の命を救って頂いたことも、本当に感謝申し上げます」
そう言って、キエティはドレスの端を両手で掴んで、片足を少し折って姿勢を下げた。
この動作は本来、舞踏会で男性と踊る時に、その申し出を女性からする際に行う動作だ。
キエティには咄嗟だったが、この動作がなんとなくこの場にふさわしいように思えてやってしまった。
しかし、ゼムドは返事をすぐにはしない――。
ゼムドはしばらくして、こちらを見上げる。
そして喋り始めた。
「最初から俺はお前にグリフォンなど放っておけと言っていたのに、お前が聞く耳を持たないからお前は命の危機に瀕したのだ。お前はもっと人の話をきちんと聞くべきだ」
キエティは、ムッっと内心不満に思う。
ゼムドは、今度は目線を下に落として続ける。
「ただ、俺もお前の話をきちんと聞いていれば、お前の命が危なくなることはなかった」
おっ! 分かってんじゃん!! とキエティは思う。
ゼムドはいつもの無表情でさらに続ける。
「結果的にだが、あそこに古龍を呼び込んで、世界の均衡を変化させることが出来たのは幸運であった。いずれやらねばいけないことになっていたはずだが、結果的にその時間を短縮することができた。俺はここにある魔道板を読みこんだら、龍族の住処へ行くつもりだ」
「龍族とともに世界を変えるのですか?」
「そう、変える。三千年前に俺がきちんと龍族と話し合いをしていれば、お前たち人族が定期的にグリフォンに人柱を捧げるようなことをする必要は無かったかもしれない。
獣族は本来闘争心が強いものだ。それを龍族が俺に対抗するために、強制的に支配下におき、戦争をしないよう制限した。結果、満たされないグリフォン生来の闘争心がお前たちを不幸にしてしまった可能性は否めない。
また、他の種族でも龍族の掟により、本来の性質を歪められた者達がいたはずだ。それらを本来あるべき形に戻す」
壮大な話だ。
キエティ程度が関われる話ではない。
キエティは腑に落ちない点について質問する。
「1つだけお聞きしたいことがあります。何故、ゼムド様は急に〝尊厳〟などという言葉をあの場で発したのでしょうか? 私はここしばらくゼムド様と行動を共にしましたが、率直に申し上げて、あなた様が尊厳などというものに興味を持たれるはずがない。知っているはずがないと思います。どうして〝尊厳〟という考え方に気づかれたのですか?」
キエティはあえて、ゼムドに質問を挟ませないように先に喋ってしまう。
「それだ」
ゼムドが、少しだけ顎をテーブルに向ってしゃくった。
キエティはテーブルを見る。
そこには政治の本があった。
「お前がいなくなってからも俺はここで様々な分野の魔道板を読んでいた。そして、たまたま〝歴史〟そして〝政治〟という順番で書籍を読んだ。この結果、古龍がこの三千間、何をしていたのか、何を恐れたのか、また、それを防ぐ解決策として、平等・権利等といったお前たち人族が築き上げてきた価値観が利用できることに気づいた。だから、あの場でその尊厳という考え方に至った。それだけの話だ。」
キエティは偶然に感謝しなければいけないと思う。
自分が図書館で、〝歴史〟と〝政治〟の本を選んでいたのも結果幸いした。
運がよかったぁ、と今になって心底思う。
なんとなく口から言葉が出る。
「だからあの時グリフォンを殺さなかったのですね?」
「そうだ。グリフォンは本来戦うことが仕事だが、それを龍族によって抑制されることで種自体に歪みが生じていたのだろうと思った。闘いたくても戦えなかったのだ。それについて俺に責任はないが、因果関係の一端を作ったのは事実だろう。
だから、あそこでグリフォンを殺すことは可能だったが、殺さなかった。それぞれの個体の強さを把握して、それぞれが死なない程度に重力を掛けた。大半の個体の翼の骨を折ったのは、まぁ、動けなくしておいた方が、後々龍種との話し合いの時に邪魔にならないと思ったからだ。あとは、俺が殺したグリフォン八体に対して申し訳ないとも思った」
キエティは凄いと思う。
あの場にいるグリフォンの個体の全てを把握して、殺さないように手加減って……、簡単に言ってるけど、なんなのこの人。
ついつい、いつもの癖でどういう記述を書けばあの場のグリフォンにそれができるか? と考えようとするが、とても人が計算できる量ではない。
う~ん……
そういえば、結局死んだグリフォンはいなかったな、結果グリフォンもよかったのかもしれない。
……
…………いや、いた。
私を殴ったグリフォンはゼムドの仲間に殺されていた。
「でも一体は死んでしまいましたね」
「あれはアザドムドが殺してしまったが、助けようと思えば助けられた。少し考えたが、助けなかった……。まぁ、お前を殴っていたからな」
「えっ、それが理由で見殺しにしたのですか?」
キエティは驚いた。
「俺は、個々の種の尊厳を認めてやろうとはしているが、俺にも個人的に優先順位はある。人の法では死罪はよほどのことが無い限り、行われないようだが、俺は魔族でずっと大量に殺してきた。今後は尊厳という考え方に基づいて思考を変えるつもりだが、まだ考え方が完全に固まったわけではない……」
キエティは〝これは!〟と思う。
ただ、せっかくだから、この際もうちょっと優しい言葉で表現してほしい。
というか〝キエティが殴られたから許せなかった〟って一言だけ言えばいいのに。
何とかして言わせてみたい。
アイデアを考えてみるが、思いつかない。私はあまり策略に向いてない……。
しょうがない、〝得意〟の直球勝負で。
「ゼムド様、お願いがあります。」
「なんだ?」
「〝キエティが殴られたから許せなかった〟と言ってください。」
「……」
ゼムドはキエティを見たままだ。
表情は相も変わらず無表情。
そして答える。
「そうだな。キエティが殴られたから許せなかった。……いや、違うか。」
ゼムドは、キエティの目を見つめている――。
そして、ゼムドはこう言い直した。
「おまえが殴られた時は何とも思わなかったが、おまえが悲しそうに泣き始めた時に、急に許せなくなった。不思議な感覚だった」
キエティはびっくりした。
まさか、ゼムドからこれほどの答えが返ってくるとは思わなかった。
完璧な〝直球〟を場外ホームランにされてしまったが、悔しくはない。
思わず、呆気に取られてしまったのだった。
*************
ゼムドはキエティの球を場外ホームランにした後、魔道板に目を落としてしまった。
また、魔道板を読み続ける。
なんとなくだが、このまま部屋を出て行くのはもったいない気がする。
もっとゼムドと話をしてみたいと思った。
部屋の隅にある冷蔵庫に近づいてみる。
ゼムドに声を掛ける。
「何か飲みませんか?」
ゼムドがゆっくり顔を上げて、聞き返す。
「何がある?」
「果実ジュースにアルコールですね」
「全部持ってこい」
あー、そうか。そうだよね。ゼムドからすればこの量なんて。
ゼムドの近くにあるテーブルと冷蔵庫を何度か往復して、瓶とグラスを準備する。
蓋を開けて、グラスに注いでゼムドに渡した。
ゼムドが飲む。
キエティも飲む。
「美味しいですか?」
キエティは、笑顔で少し首を傾げながら質問する。
「不味くはない、というか俺たち魔族はほとんど瞬間的に体内に取り込んでしまうので、味覚自体はほとんど感じない。濃いか薄いか、という感じか。ただ、魔族の作った酒よりは旨い」
会話が続かない……。
…………。
キエティは軽めのリキュールを選んだが、キエティは酒に弱かった。
少し酔ってしまう。
グラスをテーブルに置いて、そして、キエティはふと窓を見た。
星が綺麗だ。
窓を開けてベランダに出てみることにした。
直立姿勢のまま、両腕を体の後ろに回して、お尻の辺りで両手を組む。
そして、星を見ながらゼムドに話しかけることにした。
「星が綺麗ですね。あの星ってどうなっているんだろう? 行ってみたいな~」
「何もないぞ、この星のように生き物はいない。ただの真っ暗な岩山だった」
「えっ? 行ったことがあるのですか?」
思わず振り返って、聞いてしまう。
ゼムドは魔道板から顔を上げて話を始める。
「何百年か前だったか、ケリドが星に行けば強い奴がいるかもしれないとかどうとか言い出して、アザドムドが何故か妙に乗り気になって結果的に七人で一緒に行くことになった。
二つほど星を回ってみたが何もない。加えて、宇宙も、その星達にも魔素は無かった。俺たちでも魔素が無ければやがて死ぬ。ある程度で帰るしかなかった。
ただ、この人の地に来て学んだことからすると、熱量を所持してうまく光を出す星と別の星の距離がバランスした場合、俺たちのような生き物が存在した星があるかもしれない」
ゼムドの表情が変わり始めた。
「今、人の知識を得たことで、他の星にいる生命体を探すことに価値が出てきたかもしれん。龍族の協力も得られれば何かしら面白い結果に繋がるかもしれない」
……。
凄い話を聞くことができた。
誰かに自慢したい。
ゼムドは魔道板をテーブルに置いて、椅子に姿勢を正す。
さらに、前かがみの体勢で顎に手を当てて真剣に考え始めている。
これまでのゼムドのからすると、とんでもないことが出来てしまうかもしれない。
ちょっと期待してしまう。
しばらくゼムドは考え込んでいた。
********************
ずいぶん時間が経った。
ゼムドは再び魔道板に手を伸ばそうとする。
すかさず質問する。
「龍族の土地へ行って、一段落したら、こちらへはいつ頃戻ってくるのですか?」
「そうだな。300~500年程度は龍族のところに住んでみてもいいか。あそこは人の地よりは長い歴史もあるだろう。世界全体の均衡を変えながら、そこにある知識でも読ませてもらおうか」
キエティは〝えっ?〟と思った。
キエティはエルフであり、人族の中では寿命が長い。
ただ、それでも魔族に比べればはるかに命が短い。
その期間では下手するとキエティはもう死んでいるかもしれない……。
このままもう二度と会うことはないのだろうか?
ゼムドがキエティの表情の変化に気づいたようだ。
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「あ、あの、私はエルフなのですが、エルフの寿命は長くても500年程度なんです。その期間こちらへゼムド様が帰って来ないならもう会うことが出来ないので、最期の別れになってしまうのですが……」
ゼムドは顎に手を当てて返答してきた。
「――そうか。では小まめに此方と彼方を移動してみようか。」
ゼムドはそう答えて少し笑った。
そして、質問をしてきた。
「お前は生後どれくらいだ?」
「私はちょうど今年で85年目になります。ちょうど結婚適齢期ですね」
「そういえば、俺がお前と結婚しているとかどうとか何人も言っていたが、俺はお前とは結婚していないぞ」
「ええ、私も結婚したつもりはありません」
お前には魅力がない、と言われたように思い、ムカッ!! と思って言い返す。
「ゼムド様は何歳なのですか?」
「分からない。俺たちは生まれてから、しばらくして急激に成長する。そして生きるために戦い続けるようになる。俺は自分の母の腹の中にいる時には既に意識があったが、ある時、目の前が急に明るくなった。生まれたのだ。
その時に母親の顔は一度だけ見たが、俺にゼムドという名を囁いてから、すぐに母親はその場を離れた。これはお前たちからすれば理解しづらいのだろうが、俺たちからすれば当然だ。俺は母親の腹にいた時から何かに対して殺意があり、殺して食べたいと思っていた。
その場に母がいたら襲っていただろう。そしておそらく十秒後には、体が成長し始めていた。俺の場合は、多分、一時間程度である程度戦える体には成長した。この時点で魔族の下位種の上位には位置していたと思う。
すぐに近くにいる魔族の下位種を襲いに出かけていた。母はおそらく生後、俺が腹を空かせるのを、また、初めての戦闘でも勝てるような相手がいるだろう場所に、おれを産み落としたのだろう」
キエティはその話を聞いていて、少し、怖くなってきた。
自分たちとは全く違う種であり、全く合い入れない価値観だ。
ゼムドも、またゼムドを追いかけてきた魔族達も他人には欠片も興味が無いようだったが、当然だ。
あるはずがない。
自分以外は全て餌なのだ。
ただ、ここで、少し思い直す。
考えてみれば、トカゲやカエルもケースによっては自分の同族を食べたりするものがいる。
ネズミの一部にも、育児中にストレスを受けると、子を食い殺す親もいたりする。
生き物は種全体が維持されるように機能するが、一つ一つの個体を見て、そしてある時点だけを切り取って、他種がそれを観測すれば、その個体の行為がとても残酷に見てしまうかもしれないが、当該個体にとっては生きるのに必死なだけだ。ゼムドは他の種の尊厳について守ろうとしているが、ここでゼムド達魔族を怖いと思って避けてしまうのは自分達が魔族たちの尊厳を認めていないことになってしまうのではないか、そんな考えがふと頭をよぎる。
ゼムドが続ける。
「だから、俺たちは自分が何年生きているとかどうとかはほとんど気にしない。というか気にしている暇はない。くだらないことを考えていると死ぬ。
アザドムドはグリフォンに対して、自分が何万年ぶりに話しかけたとかどうとか言っていたが、あいつがそもそも一万年生きているかどうかすら分からない。逆に何十万年も生きているかもしれない。それに、あいつは下位種に話しかけたことなど覚えているわけがない。あいつは、そういう点に関しては適当だ」
ここで、ゼムドは少し考え込む。
「……だが、それにしても……あの時のアザドムドは、おかしかった。
俺たちは魔力の放出量を上げると、若干だが知能が上昇する。戦う時に相手の思考や、戦術を読み切るのは重要になる。力だけでなく、思考速度も加速するように種としてそう進化したのだろう。
それを加味すると、あいつがあの状況の把握をしようとしたとしても、あのグリフォンへの挑発の仕方は少しおかしい。
何故、奴はあのような挑発の仕方をしたのだ? あいつはたかが獣に関心など持つはずがない。直後に龍からの言葉を受けて、一気にそれまでの魔力の限界値を急に超えたが、あれは何か理由があるのだろうか? 奴があの魔力の上昇した状態で、俺が大地を守りながら、龍も含めて戦っていればそれなりに大変になっていたかもしれん」
ゼムドはアザドムドについて何か語り始めて、疑問を呈している。
キエティには何を言っているのかよく分からない話になってきた。
ただ、若干気になる点があったので聞いてみた。
「魔力の限界値をあの場で超える事などあり得ますか? 以前、ゼムド様は、魔族は魔核に魔力を溜めてそれを出し入れしていると話されていました。つまり、どこからか魔力の供給があったことになるのではないでしょうか?」
「いや、その点はおかしくない。何故なら、天然の魔石は大気中や地中の魔素濃度に影響して出来上がるものだが、俺達の魔核内部に溜めた魔力が、同様に凝集・濃縮された状態で内部に蓄積されているはずだ。通常では、出し入れ出来ないような魔核の一部があってもおかしくない。そうではなくて、俺が言いたいことは……」
そう言ってからゼムドは黙り込んでしまった。
キエティにはやっぱりよく分からない。
しかし、ゼムドにしては今日は饒舌だなぁ、と思う。
普段はボソッと、聞かれたことに対して最低限の返答しかしないが、珍しく思考の過程をキエティに見せている
私が泣いて、それを見たことでゼムドに感情の起伏が生まれたとしたら、怖い体験ではあったが、結果的に少し良かった気もする。
最初の頃はゼムドに怯えていたが、今はゼムドともっと話してみたい気もする。
冗談とか、何か少しからかってみたくなってきた。
「ゼムド様のお仲間に女性が一人いましたが、あの方はゼムド様をずいぶん慕っているようでした。お付き合いされているのですか?」
質問に答える前にゼムドはこう言ってきた。
「俺のことはゼムドと呼んでいい。別に様をつける必要はない。あいつらにもそう言っているが」
それからゼムドは足を組み直してから、質問に答える。
「エスカはいつからだったか、何故か妙に俺にすり寄ってくるようになった。
最近はほぼ毎日顔を見せる。繁殖期なのかもしれない。俺達はある時から発情期に入る。今までに魔族を観察しした感じでは、年齢に関係なく、その種においてある程度の強さを手に入れると発情し始める。
通常、下位種は年中発情しているが、中・上位種になるとあまり発情期は発生しない。単純に下位種は頻繁に死ぬので、繁殖力が高くないと、即、種が絶滅するから年中発情する必要がある。
一方で高位種になると発情が減る理由は二つあるのだろう。
一つは強い個体の子を大量に生むと下位種を殺しすぎて最終的に自らの首を絞めることになるから、あえて強い子供が大量に生まれないよう遺伝的に制限されているのだろう。
俺たち高位種は比較的長く生きるが、老衰で死ぬ者は誰一人いない。
最期は必ず誰かに殺される。
それでも強い状態で長く生きてくれれば種として、それが種の保存に繋がっているわけで、十分役割を果たしていると言える。
また、産まれた子はやがて親をこえていく。俺の母はもう生きてはいないだろう。
二つ目には弱点を減らす目的がある。
発情期は危険も付きまとう。行為中に襲われれば即死ぬ。
また発情に見せかけて異性を呼び込み、食い殺そうとする種もいる。
エスカがその手の種の可能性は、あり得ることはあり得る。
可能性とはしては除外していない。
エスカを除いた、俺も含めた六人の魔族についてだが、この三千年間一緒に暮らしているが、誰も発情していない。俺たちは、まだ種としてそれぞれ成熟しきっていないのかもしれない」
キエティは驚く。
あの龍がその力は自分たちが持つべきだとまで言い切った力をゼムドは持っているのに、まだ成熟しきっていないというのに驚いた。
あの女の人との関係を茶化してやろうと思っていたが、シリアスな話題になってきた……。
ここで聞いてみる。
「人族と獣族は交わって、ハーフが出来上がることもあります。魔族が他種族と交わってハーフが生まれることはあるのでしょうか?」
「分からない。おれは聞いたことがない。だが、おそらく仮に交雑したとしても母型は少なくとも魔族でないと、母体が耐えられないだろう。まぁ、子を孕んだ時点で、オスの魔族が相手方の母体内部を護るように魔力を使えば、他種族の母体を護れるかもしれないが、そんなことする魔族はいないだろう」
そうか。
じゃあ、人と魔族の子が生まれる可能性はないのか。
いや、別にゼムドの子が欲しいとかじゃないんだけど。
それにしても、ゼムドは随分と長く喋っている。
********************
室内に外から明かりが入ってくるのに気づいた。
夜が明けかかってきた。
ただ、ここで、ん? と気づいたことがある。
んんん??
ここホテルだよね?
夜に男がいる部屋に自ら入って、朝出て行ったら朝帰りになるのでは……。
一応、ゼムドとは男女の関係に全くないと皆に発表してあるが、この状態って結構まずいのでは……。
考える。
何か皆の誤解を招かないように、この部屋から出る方法は無いだろうか。
ここに来ることは誰にも言っていない。
それに、ここは一応、一流のホテルなので従業員も来訪者の情報を漏らさないはずだ。
まぁ、普通に出て行っても大丈夫だろう。
ふと、窓の方を見ると朝日のせいで、夜には暗くて気づかなかったが、隣のビルの屋上で複数の人が寝ているように見える。
窓に近づいてみた。
いや、屋上で人が寝ているわけではなかった。
よく見ると寝転んでカメラを構えている。
おそらくマスコミだ。ゼムドについて何かネタが欲しいのだろう。
幸いこの部屋の窓はマジックミラーになっているから中の様子は窺えないだろう。
私のことは見えないはずだ。
しかし、ここで、はたと気づいた。
「ああああああああああああああっ!!」
思わず大声を上げてしまった。
昨夜、星の話をしている時につい窓を開けてしまった。
ヤバい、あれを撮影されていたら言い訳できない……。
次の瞬間ゼムドが窓の前に高速で移動して、窓を開けた。
「どうした? 何があった?」
「ぶぅぅっっっっ!!」
変な声が出る。
マスコミが一斉にカメラのシャッターをきり始めていた。
……。
……。
……もう……死にたい……。
…………………………………………。
……………………。
キエティはその場に崩れ落ちていくのだった。




