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第29話 世界の均衡が変わる時

 キエティは〝その瞬間〟を見ていた。


 ゼムドの瞳孔がやや細くなり、瞳の色が黒色から黄金色に変化した。


 次の瞬間、ゼムドの左目の下にあった幾何学的な模様が、ゼムドの皮膚から空中へと浮かび上がった。そして、それは一度だけ光り輝くと同時に消えていってしまった。


 その直後だった。

 ゼムド本体から物凄い量の魔力が放出され始めていく。

 自分は何故か結界で守らている。


 ゼムドの髪の色は黒から完全な白へ、また皮膚の色も人族の肌色から白色に変化していく。普段着ているコートのような服装も、何かの司教のような白を基調としたローブ姿にその形を変えていった。


 なんとなく神を思わせる。


 辺り一帯をゼムドの魔力が包んでいく。

 ゼムドの魔力の色は黒だ。

 太陽が出ている時間なのに、ゼムドの魔力のせいで辺りが暗くなっていく。

 まるで、日食が起きているようだ。


 ゼムドがキエティを優しく抱きあげた。


 そして、言葉を発した。


『者どもよ、(かしず)け』


 囁いた瞬間、辺り一帯に物凄い重力が掛かる。

 グリフォンの兵士達はゼムドの魔力を見てから、千体ほどカルサーン上空に飛翔し、都市の護衛をしようとしていた。

 が、急に重力を受けたせいで、どの個体も空中で翼の骨が折られ、地面に落ちていく。

 何千本もの翼の骨の折れる気色の悪い音が、辺り一面に木霊(こだま)する。

 それと同時に、落とされたグリフォン達はカルサーン都市建物に衝突して、まるで爆弾のように建造物を毀損・損壊していった。破壊を目的とした流星群が降り注いだみたいな光景だった。


 キエティは驚いていた。


 ゼムドは本当に強かったんだ……


 だったら、何でもっと……


 ゼムドはグリフォンではない方角をずっと見ている。


 何を見ているのだろう?


********************


 シェルドミルはこの段階に至って初めて、目の前にいる魔族が異常個体であることに気づいた。


 分からなかった。


 何故だ? これほどの魔力を持ちながら、さっき見た時は何も魔力を纏っていなかった。


 あの段階でこの魔族を即殺していれば、こんな失態を演じることはなかった。


 完全に自分の判断ミスだ。


 まずい、王を守らねば。


 信号を送って、王の安否を確認する。


 異常個体が使った魔法のせいで、シェルドミルの羽の骨は折られ、また、その後も強い力で地面に体を押さえつけられていた。


 おそらく大半のグリフォンの翼の骨は折られたはずだ。


 しかし、この上から強烈に押さえつけられる力は確かに凄いが、王はこの程度では致命傷を受けてはいないはずだ。


 だが、ここで、この個体と戦えるグリフォンがどれだけいる?


 外部から別の者にさらに襲われたら、都市も壊滅的な打撃を受けることになる。


 何ができるか、急いで考える。


********************


 ゼムドはじっと遠くを見ていた。


 ここへ来るのは龍が三体、魔が六体。


 後方で龍が十四体魔力を放出している。


 これらの目的はおそらく……。


 さて、世界の均衡を変えるか、そう思う。


 このまま、あの魔力を持つ者達がここへ到着するとなると、魔力汚染が発生する。


 結界の魔法陣を多重起動して、人の地だけでなく、グリフォン兵やその都市も含めて護っていく。


 ……。


 到着まで、あと、3、2、1――。


 物凄い速度で、龍が三体、魔族が六体ここへ到着した。


 本来なら物凄い衝撃音が響き渡るのだろうが、ゼムドの重力魔法でそれを中和していく。


********************


 キエティがゼムドの見据えている方向を同じように眺めていると、何か遠くから近づいてくるのが分かった。


 そして遠くに点があると思った次の瞬間、いきなり目の前に大きい龍が三匹と、魔族が六人現れた。


 物凄い速度で飛んできたのだろう。


 魔族六人はこちらを見ることなく、上空で周囲をキョロキョロ見渡している。


 何かを探しているのだろうか?


 龍もだ。こちらを見ずに何かを探している。


 何を探しているのだろう? と思っていると、一人の魔族がこっちを見下ろして、喋りかけてきた。


「おい、ゼムド、お前と戦っている奴は誰だ? どこにいる?」


 ゼムドは答えない。


 女の子の魔族が喋り出す。


「あれぇ、なんもいなくない? なんでぇ?? もしかして、もうゼムドが殺しちゃったの?」


 侍のような恰好をした魔族も喋る。


「拙者はそれは無いと思うでござる。ゼムド殿がこれほど魔力を放出する相手なのに、全く気配を感じられないなんてことはあり得ないでござる」


 最初の魔族が喋り始める。


「ゼムド、お前なんでこの辺り一帯護ってるんだ?? てか、お前の抱きかかえてるそれ何だ? まさかそれ人族か?」


 ゼムドが最初に質問してきた魔族を、見上げながら答える。


『この者は、余が人の地を訪れた際に世話になった者だ。愚弄は許さぬ』


「いや、意味わかんねーって。これどう云う状況だよ。お前、何かと戦おうとしてたんじゃないのか?」


 質問をされたが、ゼムドは黙っている。アザドム達と龍を見上げるだけだ。


 何も答えない。


 時間だけが過ぎていく――。


 しかし、古龍ファルデザードはこの段階で何が起こっているか大体理解していた。


 これは〝使える〟


 まさかこういう状況が訪れるとは思わなかった。


〝この魔族六体は使える〟


 そう思って、古龍ファルデザードは喋り始めることにした。


「フン、教えてやろう、六人の魔族達よ。ゼムドの敵が何であるかを」


 その言葉を聞いて、六人の魔族が龍を一斉に見る。


「ゼムドはな、人の世界に情が湧いたのだ。そして弱い種が受ける不平等を敵とみなしたのだ」


 龍はゼムドを見下ろし、見据えた。


「ゼムドよ、悲しいほどに哀れな者だ、貴様は。それほどの力を持って生まれながら、普通の種なら誰しも気づくことに、その年月を経てやっと気づいたか」


 ゼムドは黙っている。


「大方、お前が人の地に下りて生活している時に、そのグリフォン達が人の世界にちょっかいを出して、それで揉めたのであろう。そして今お前が抱きかかえている者を護るためだけに、これほどの力を放出するとは」


 アザドムドがゼムドに話しかける


「護るってなんだ? おまえそんなことして何か面白いのか??」


 ミホも言う。


「龍の言ってること全然分かんないんですけどー」


「拙者も全く意味が分からないでござる。龍ではなく、ゼムド殿の言葉で説明して頂きたい」


 この段階で、ゼムドはグリフォンに対して掛けてある重力魔法を解いた。


 するとグリフォン達が一斉に立ち上がった。


 グリフォン達が立ち上がると同時に、アザドムドがグリフォンを見下ろして喋りかけた。


「おい、そこの一番大きい鳥、おまえだおまえ、これまでの状況を説明しろ」


 ガルマハザードが怒鳴る。


「グリフォンに対して鳥だと――」


 ――瞬間。ボン、という強烈な炸裂音がした。


 ガルマハザードが一気に弾け飛んだ。

 アザドムドの魔力放出で肉片も残らない程バラバラされて、ガルマハザードは死んだ。


 殺そうと思っている相手の魔核に外部から魔力を送り込んで、強制的に魔核を暴走させて殺す方法は圧倒的な魔力差がないとできない。しかも、この方法は普通魔力を口から強制的に押し込む。本来、力の源であるはずの魔力は獣にとっても栄養素なわけで、注ぎ込まれた魔力は自らの魔核に余裕があれば吸収できるが、吸収しきれなければ体が破裂する。力の差を強烈に見せつけられる最も屈辱的な殺し方の一つだ。


 アザドムドは涼しい顔をして話を始めた。


「鳥ども。よく聞け。俺の嫌いなことを教えてやろう。俺が下位種を見ること、下位種と会話すること、下位種に触れること、下位種を殺すこと。俺は弱い者が嫌いなのだ」


 そう言いながら、アザドムドはニコニコして天を仰ぎながら、両手を上げる。

 何かを抱き留めようとする姿に見えるが、その表情や動作に対して喋っている内容は滅茶苦茶だ。


「そんな俺が、何万年ぶりに最下位の下位種に質問を#賜__たま__#わしたのだ。光栄なことだぞ。お前たちの種が未来永劫語り継ぐ程の価値のあることだ。そして、もう一度お前たちに幸福を与えてやろう」


 アザドムドは再び、グリフォン達を見下ろした。


「そこの鳥」


 そう言って、アザドムドはシェルドミルを指指さす。


「何があったのか、俺に敬意をもって説明していいぞ。もちろんお前が言い間違えてしまうこともあるだろう。チャンスは二度だ」


 そう言ってアザドムドが二本の指を立てて見せる。アザドムドの顔には血管のような模様が浮かび上がり、爬虫類と肉食獣を混ぜたような雰囲気を醸し出す。


 「お前が一度目に言い間違えれば、お前以外の鳥をこの世からすべて消す。二度目のチャンスの失敗で、お前も消える。さあ、答えろ」


 これほどの屈辱は無いほどの侮辱をされたが、シェルドミルはこれには素直に答えざるを得ないと思った。


 この魔族はおそらくかなり強い。


 その証拠にあの異常個体に全く臆せず話しかけている。もし、この魔族の機嫌を損ねたら都市を攻撃される可能性がある。


 ……。


 あれだけ気性の荒いグリフォン兵達が、ガルマハザードが一瞬で消し飛んだのを見て、黙り込んでしまっている。流石に末端兵でも、ここで騒ぐほど愚かではないか……。現在の状況では都市も王も守り切れない……。


「グリフォン軍の兵士八体が何者かに殺されました。そして、その犯人と思しき者が人族と結託してグリフォン国に攻め入ろうとしたのです。そのため、グリフォン国は自らの自衛のために、戦おうとしただけです」


 この瞬間、アザドムドは極大の魔法陣を瞬時に展開して、シェルドミルとその後ろにある都市に向けて魔法を発動した。

 シェルドミルはこの瞬間、目の前が真っ白になって〝あ、自分たちは滅ぶんだ〟という考えがゆっくり頭に流れた。走馬灯だった。


 が、シェルドミルは死んでいなかった。


 ゼムドがグリフォン達を結界魔法で護った。


 アザドムドは不思議そうな顔をする。


「おい、おい、ゼムド、おまえ一体どうしちまったんだ? なんでこんな鳥を庇ってやるんだ?」


 本当にアザドムドは不思議そうにしている。


 というか、ゼムドを除く他の魔族達も本当に不思議そうだ。


 古龍ファルデザードはここで〝場の主導権を握れる〟と判断して、画策し始めた。


「六人の優れた魔族たちよ。お前たちにいいことを教えてやろう。お前たちは今日ここでゼムドを倒せるぞ」


 この言葉を聞いた瞬間、六人の雰囲気が変わるのが分かった。


「お前たち個々では、ゼムドは倒せまい。が、今見た通り、ゼムドは自分以外のものも護ろうとしている。今から、我ら龍種が人族の国を全力で攻撃しよう。ゼムドは人族を護ろうと魔力を放出し続けるはずだ。その間にお前たちはゼムドに挑み続けよ。さすれば、お前たちのいずれか一人が、この世で最も強いものとして降臨することができるだろう」


 この言葉を聞いた瞬間、アザドムドの表情が一瞬にして険しくなった。


 そして、空中で向きを変え、龍の方を直視し――両手を握り締めた。


 次の瞬間、アザドムドの魔力放出量が爆発的に増加した。


********************


 ゼムドは驚いた。アザドムドを除く、六人の魔族も驚いている。


 アザドムドはこの千年近く、ゼムドと戦ってもそれほど魔力の絶対量の増大はしなくなっていた。


 ゼムドはアザドムドの普段の言動から、アザドムドは全力で戦っていると思っていたが、今放出している魔力量はそれを遥かに上回っていた。


 よく分からないが、何かがきっかけでアザドムドの限界点が突破されたようだ。


 アザドムドが空中から降りてくる。


 そして、ゼムドの目の前に立った。



 ――好ましくない――



 このレベルの魔力量を放出され続けたら、ゼムドが今大地を護っている魔力を突き破って、大陸に魔力汚染が広がる。


 ……。


 魔が六……。


 龍が十七…………。


 それに、この地とそこに住まう者…………。


 自分もこれ以上の力を出すと、力が暴発するかもしれない。


 ――いや、今なら問題はないだろう。


 複数の理由からそう判断して慣行する。

 

 ゼムドもまた魔力量の放出を上げ始めた。


********************


 それを見て、古龍ファルデザードは驚いた。


 ゼムドはまだ最大の魔力を放出していなかったのか。


 信じられん。が、あの魔力量の上がった魔族がこれからゼムドにぶつかれば、何とかなるかもしれない。


 もうこの段階なら、いいだろう。信号で龍種の住処に残った龍達にこちらへ来るように指示を出そうとした瞬間だった。何故かアザドムドが魔力を急に抑え始めた。


 急速に、場の空気が変わっていく……。


 この場にいるすべての種、龍・魔族・獣・人、それら大勢の視線がゼムドとアザドムドに向けられている。


 少し時間が経った。


 そして、アザドムドが言葉を発した。


「やめだ。つまらん」


 ミホも一言。


「わたしもいーや。なんか面白くない」


 魔力の放出を下げ始める。


「拙者も興味ないでござる」


 ワダルマも魔力の放出を下げ始めていた。


 古龍ファルデザードにとっては理解できない状況になっていた。


 どういうことだ?


 何故奴らは戦わない?


 三千年前もゼムドの首を取るために、龍種との闘いのおこぼれを狙うためにあの戦いの立ち合いをしていたではないか……。


 ゼムドが尋ねた。


『エスカ、お前はどうする?』


「私は最初からゼムド様と戦う気は全くありませんことよ。ただ、状況が未だに全く分からないのと、どこかに敵がいて奇襲を掛けてくるならゼムド様の盾になってでも守ろうと見張っていただけですよ」


 そう言って、エスカも魔力の放出を解く。


 これに合わせて、ケリドとガルドロストもその魔力の放出を下げていく。


 ゼムドはゆっくりと古龍ファルデザードを見据える。


『龍の主よ。余は三千年前にお前達の仲間と戦った後、ずっと、大陸の端で過ごしていた。そのため世界情勢には疎かった。そして、今さっきお前がアザドムド達を誘導しようとした言葉と、余が人の里に下りて書物を読んだことで、この三千年間、お前たち龍種が何をしたかったのかを今になって完全に把握できる。

 三千年前、お前たちは魔族の一部に、世界的な均衡を崩すほどの者が現れたことに脅威を抱いた。そして、それを危惧して獣族を統べ、龍種の配下に置き、魔力研究を加速させるようになった。万が一に備えるため世界を統べた。

 お前たち龍種は長くは生きるが、個体数が少ない。たしかにそれなりの研究はできるが、研究内容に多様性が生まれない。だから他の種族を使って魔力コントロールの研究を加速させようとした。

 お前たちの魔力量は確かに凄いが、その巨躯ゆえ、細かい魔力コントロールを苦手とする。

 広範囲魔法を得意とはするが、それでは世界を滅ぼすだけだ。

 そして魔力コントロールの研究結果次第で、俺たちに対抗しようとした、違うか?』


 古龍ファルデザードはフン、と鼻を鳴らして答える。


「その通りよ。お前の持つその力は本来、我が龍族のような者が持つのが相応しい。何故、天がそのような力をお前達のような無法者に与えたのか、いや、〝お前〟に与えたのか理解に苦しむ。

 三千年前にお前が古龍に事実上勝利した後、我らはこの問題に対処する必要に迫られた。ただ、まさか一番力を持つお前が、ここにきて人の理を知るとは驚いた。たしかに三千年前のお前は、あの時点で既に、他の魔族上位種とは異なる価値観を持っていたようだが、あの時のお前は、我らから見るとあまりにも不安定すぎた。最終的にどう転ぶか予測できなかった」


 古龍ファルデザードは一度言葉を区切って、横にいるアザドムド達を一度見てから喋り続けた。


「それに、今ここにいる残りの魔族とお前たちの関係も以前とは変化しているようだな。まさか貴様に勝てる可能性のある局面で、お前に勝負を挑まないとは、これ誤算であったわ」


 ゼムドは黙って古龍の話をずっと聞いていた。


 聞いていたが、ここで最後の提案をする。


『龍の主よ。世界全体のバランスを強者による力の支配で為そうとすることが悪いとは余は思わない。現在、この世に存在する種族はあまりにも力の差が大きいからだ。平等にはなりえない。しかし、一つ一つの命が生きるに際して、個としての尊厳を保てるような世界にしたい。どうかそのように協力してくれないだろうか?』


 古龍ファルデザードはしばらく黙っていた。


 しかし次のように答えた。


「いいだろう。龍種当代ファルデザードの名において、世界で最も力を持つ者、魔族ゼムドが提唱する〝個々の尊厳のある世界づくり〟に協力してやることを誓おう。」

 

そう言ったのだった。

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