第19話 二人のグリフォン兵
シェルドミルは、議会に提出する書類、議員への対応、及び国の警備体制構築等の激務に追われていた。
ただ、シェルドミルがこの職に就いてから、これほどに事態が動くのは少し面白かった。
龍種からは、何か大きいトラブルがあった場合には報告することが求めらていている。また、種族間の諍いで大戦になりそうな時は、龍種が仲裁に入るとは云われている。
しかし、獣族の上位種、その中でも特に上位10種の中で、龍種に協力を仰ぐ種族はいないだろう。自分達にけしかけられた争いには、自らによって報復すること以外考えられないからだ。
この三千年間、龍種の支配下に下ってから対外的な戦争が禁じられ、魔道研究に力を割くことを強要された。
魔道研究そのものは種の繁栄に役に立つ。
ただ、これはグリフォンの戦闘種族として、強い軍事力を構築するのに役立つような魔道研究ならば、という意味だ。強い武力は他種の領土を奪うことができ、結果、種の繁栄に役立つ。
しかし、龍族に強制された魔道研究はほとんどが魔力コントロールに関するもので、一体何に役に立つのかが分からない。
魔力コントロールは大規模な広範囲攻撃魔法ではなく、指先で魔力を細かく動かすような技術だ。それに無駄な研究費が割かれていた。
しかも他国との戦争を禁じられたことでこの三千年、本来あるべき高い戦闘能力を生かす機会は全く無くなっていた。
もちろん、細かいところでは小競り合いはある。
グリフォンの歴史は他種族から恨みを買っている面も多い。グリフォン国への暗殺部隊が他国から送られてきたのは一度や二度ではなかった。そしてその狙いとなるのはグリフォン王だ。
グリフォン王はかなり強い。単純な戦闘能力の高さは国民にとって憧れの的になる。しかし、今回の事件が起きてからシェルドミルは王を説得し、王宮に王を閉じ込めている。
流石にグリフォン八体が殺されていて、特に七体は瞬殺、ワルエルド隊はそれなりの腕であったのに殺さていることから考えると、王を表に出すわけにはいかなかった。
可能なら複数の犯人を生け捕り、王と戦わせて見せ物にした方が王も国民も喜ぶような気がする。ただ、今回の敵はかなり強力な可能性があるので、基本的には殺害を前提に考えるべきなのかもしれない。
しかし、この数日色々分析してみたが、やはり犯人については目星がつかない。
魔力を使わずにグリフォン七体を瞬殺出来ている点が解せない。
首は鋭利に切断されている。また、切断面に魔力痕はない。だから、何かしらの力業で殺害を実行したとしか思えない。
魔力には使う者の性質が現れる。魔力の性質から、犯人の種族を特定されてないように、魔力を使わなかったのかもしれない。
現場の殺害検分からすると、まずワルエルド隊長が瞬時に首を切り落とされて、その後、残りの兵も同様に首を刈られれたはずだ。一部の兵士は逃げようと向きを変えようとしたようだが、その瞬間に首を切り落とされている形跡があった。
おそらく複数の敵に待ち伏せされていて、不意を突かれてワルエルド隊長が殺された。そして、それを見た部下が引き返そうとして同様に殺された、と考えるのが妥当だろう。
しかし、相当数の戦力でグリフォン七体を殺害したにしては、グリフォン国への侵入経路が分からない。
これが問題なのだ。
おそらく複数の敵は、現在もグリフォン国周辺のどこかに隠れているはずだ。
配下の下位種・中位種を総動員して、敵が隠れている可能性のある場所を探っているが、結局、犯人の居場所が分からない。
また、グリフォンの首が人族の街の入口にあるということ、加えて、人族の地域周辺は荒野で見渡しがいいことを考えると、そこへ首を取りに行けば、敵は待ち伏せをしていて攻撃してくる可能性が高い。
敵達は人族の国周辺に隠れているのだろうか?
現在、人族の国と通信板で連絡を取れるなら、敵の情報がもっと得られる可能性があるが、よりにもよってこの時期に通信障害とは運が悪い。
ただ、国民感情を考えると、もうこれ以上長引かすことはできない。首のある場所が特定されている以上、部隊を向かわせるしかない。これについては悩んだが、現場へ行きたい兵士を募集するとかなりの人数から応募があった。
その中から能力の高い者を選抜して五十体ほど選んだ。この部隊で首の回収に向かわせることにする。
グリフォン軍は約千二百体いるが、都市の警護機能を考えると、現状では大半を国内に残さざる得ない。相手が相当強いのは分かるが、それでも過去の大戦での戦術資料等から考えて、優秀なグリフォン兵五十体ならば、急襲にあっても全滅はないと判断した。
全滅したワルエルド隊の兵士には、それほど強い個体で無い者もいた。一方、今回の五十体はいずれも優れているし、敵から襲われることを前提に行動するわけで、ワルエルド隊のように瞬時に全滅という事はあり得ない。
ただ、今回の任務は首の回収が主な任務だ。戦いは後にする。
グリフォンの魔力を表面上抑える薬を兵士たちに飲ませることにした。これは大戦時に隠密部隊を送り込むときに飲ませるものだ。今夜中に首を回収して戻ってくる手はずになっている。
加えて、人族の街の様子を詳しく観察する必要がある。
犯人の一味と考えられる魔族がいるからだ。
密偵を送るしかないが、グリフォンはその巨体ゆえ無理なため、別の方法を取らねばいけない。
その方法についても作戦に組み込んである。
今回は、人の街の外周に配下の下位種を放って、人族の通信回線にアクセスさせることにした。街の外周に獣族の下位種を送り込み、そこで内部の様子を獣の下位種が傍受して、獣族特有の信号で本国の同種に情報を送る。
戦時下における通信板の傍受技術について、グリフォン国はそれなりの研究費を割いていた。これは大戦下では戦略に影響するからだ。勝敗を分けると言ってもいい。
しかし、現在、人の国周辺では魔力障害のため、通信板の遠方への通信機能は使えない。故に、グリフォンの本拠地カルサーンからでは通信を傍受できない。
そのため、人の街の周囲へ送り込む下位種も、今回の首回収部隊に同行させるつもりだ。時間が無い。
――さて、これがどう出るか――
シェルドミルには気の休まらない時間が続いた。が、同時にこの緊張感を楽しんでいたのだった。
*************
グリフォン兵の一人、ガルマハザードは発見された首の回収部隊において、副隊長に任命された。
ガルマハザードはグリフォンの兵の中でも一番大きい。単に力だけなら、殺されたワルエルドを超えていたかもしれない程だった。
ただ、副長に任命された。
理由は単純だ。ガルマハザードには人望が無かった。
いつもイライラして周囲のグリフォンや獣族の下位種や中位種に八つ当たりしていた。何かと戦いたいが、それができる場所が無い。力があるのに生かせないのにいつも腹が立っていた。
しかし、今回は面白い事件が起こった。ワルエルドが殺されたのだ。
正直、〝ざまぁみろ〟と思った。
自分より弱いかもしれないような奴が何故か国民から慕われ、龍種と直に会ったことがあるのも気に食わなかった。
ワルエルドが死んで、これで俺がグリフォン軍のトップになれる。そう思った。何者か知らないが、今回ワルエルドを殺してくれたものに、感謝しなければいけないのかもしれない。
是非ともと思い、回収部隊に志願した。しかし、一度目は回収部隊の選別から落とされた。
激怒して、情報局主任シェルドミルの部屋に怒鳴り込むと、シェルドミルは涼しい顔をしてこう答えた。
「今回の作戦は隠密作戦になります。敵の目的についてですが、グリフォン軍の戦力の分離にあると思われます。あなたのその力は、もし万が一、本国が襲われた場合に備えて温存しておきたいのです」
「バカな! 七体のグリフォンが殺されているような敵なら、五十体の部隊を送っても襲われれば、何人かは死ぬことになるだろう。俺の戦力があれば、その死者を減らせるかもしれないではないか!!」
そう言って、怒鳴る。
この時二人はお互いに嘘を付いていた。
情報局主任シェルドミルは〝温存しておきたい〟という表現を使ったが、これは嘘で、協調性が無く問題行動を起こすガルマハザードは、今回の任務から外すべきだと思ったのが理由だった。
また、ガルマハザードの〝死者を減らせる〟とはただの出まかせで、敵からの奇襲があった場合、そこで活躍して自分の武功を立てたいと思っていただけであった。
二人は睨み合う。
「今回の任務は極めて重要な任務になります。失敗は許されません。はっきり言いましょう。あなたのこれまでの軍部での行為から、今回の作戦にあなたは適していないと思い、作戦部隊から外させていただきました」
「何?」
「あなた自身、思い当たる節はあるでしょう。これまでの問題行動を。あなたの起こした不始末は軍法会議ものばかりですよ。私がどれだけ苦労したと思っています?」
「……」
さすがにガルマハザードも言い返せない。
それなりのことはしてしまっている。
しかし、どうしても作戦に参加したい――。
ガルマハザードなりにしばらく考えていた。
そして、結論を出す。
「――済まなかった。これまでのことは謝罪しよう。今後、軍規をを乱すようなことはしないことを、ここに誓う。だからどうか、今回の回収作戦に参加させてくれ」
情報局主任シェルドミルは少し驚く。
あのガルマハザードが、これほど素直に謝るとは思わなかったのだ。
少し考え直してみる。
確かに、あの五十体の中にこのガルマハザードがいれば、万が一戦闘になっても死者が減らせる可能性は高い。協調性は無いが、単騎での戦力は相当のものだ。
それに敵の目的が軍事力の分散であるならば、小さい方を狙ってくることは予想できる。その点を考慮すると、ガルマハザードを部隊に加えるのはメリットがあることはあった。
そう判断して、もう一度ガルマハーザドに問いかける。
「今回の作戦は隠密行動が求められます。あなた一人が仮に先走ってしまうと、全滅の可能性もあります。本当に問題行動を起こしませんか?」
ガルマハザードは目を閉じながら返答した。
「ああ、その点に関しては誓おう。俺は敵が出てきたら戦いたいだけだ、兵士同士で戦いたいわけじゃない。作戦に同行させてくれ」
情報局主任シェルドミルはじっとガルマハザードを見ていて、やや時間を置いてから、こう返答した。
「分かりました。今回の作戦にはあなたも同行してもらいます。ただ、あなたは隊長ではなく、副隊長として隊長命令に従って行動してもらいます。もし、今回勝手な行動が見られた場合には、内容次第では極刑に処せられる場合があると思ってください」
「分かった。隊長に従う。兵士の足並みは乱さない」
そういってガルマハザードはシェルドミルのいる部屋を出て行った。
情報局主任シェルドミルはガルマハザードの素直な態度に驚いた。
――やはり戦闘種は戦闘種か――
そう思った。




