第15話 魔族が大学へやってきた
キエティは翌日、いつもの時間に起床したが、気分が悪い。
昨日の夜は、毎日やらなければいけない魔道板のチェックもしてない。
ただ、いつまでも魔道板をチェックしないわけにもいかない。
魔力を通して、一通りチェックしようとしたら、衝撃的な記事を見つけた。
〝熱愛発覚!! 絶世のエルフ美女キエティ、お相手は今話題のイケメン魔族!!〟
各新聞一面と各週刊誌に似たようなタイトルが見受けられる。
しかも昨日のキスシーンがデカデカと一面を飾っていた。
魔道板が手からスルリと抜けて落ちて、粉々になって割れた。
しばらく、座り込んでぼーっとしてしまった。
考えてみると、これだけの一大事にマスコミが騒がないわけは無かった。
あれだけ魔族が噂になっていたのだから、そのネタなら何でもいいから欲しいに決まっている。
もしゼムドの機嫌を損ねると街そのものが滅ぶ可能性があるので、マスコミがゼムドに近づいたらその段階で極刑もありえると伝えてあったのだが、どうしてこんな写真が取られているのだろう?
いや、そうか、あの被写体の角度からすると、多分学校の生徒が撮影して、マスコミに売ったのか。
まずいなぁ。
せめて、あの火の魔法回路を太くしてもらった生徒達が、キエティを庇ってくれればいいが、多分無理だろう。マスコミとしては、事実はどうでもいいから、熱愛ネタにしたいに決まっている。
いや、参った。
どうしよう。
これは本当に困った。
頭痛が痛い、腹痛も痛い、馬から落馬しちゃった……などと下らないことを考えている場合じゃない。エルフ種代表としての責任、他の人族の代表への説明、キエティが籍を置いている大学に対してもなんと説明すればいいのか分からない……
とにかく、ゼムドの元へ向かわねばならない。
ここで、マスコミを集めて否定の記者会見をしても意味はない。
ゼムドは人の社会を見学したがっている、それを相手にしなかったら、本当に街の一つや二つが消えてしまう。
急いで風呂に入り、身支度をしてゼムドのところへ向かった。
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ゼムドはいつもと変わらない無表情だ。
車に乗ってからは、昨日と同じように窓の外を見ている。街の様子が気になるのだろう。
車に乗って、時々ゼムドの横顔をチラチラ見ていたが、何か変化があるわけでもない。
しばらくして、ゼムドから話しかけてきた。
「今日、これから行く大学に、お前は属しているのか?」
あー、もう、仕事に集中しよう。
「そうです。私はそこに所属しています。今日はそれぞれの学部と研究テーマ等についてゼムド様に見学して頂こうと思っています」
「ふむ。昨夜はお前から渡された研究テーマとやらについて一通り目を通してある。大教室での講義所というところには興味が無い。それぞれのテーマを、実際に研究しているところが見たい」
「分かりました。一応、私は大学の副学長でもありますので、今まで訪れた施設に比べれば細かいことも説明できると思います」
そういう話をしていると、ちょうど大学の前に魔道車が到着した。
大学に入って、ゼムドと一緒に並んで通路を歩いていると『ヒュー』とか『ピー』とか口笛を吹いて通り過ぎる男子学生に何人も遭遇する。
「殺したい」
ぼそっと思わずとんでもない用語が口から飛び出した。
自分の研究室に到着する。
扉を開けて部屋に入ると、皆驚いたような顔をしてこちらを見た。
驚いた皆の中で、一人の男の助教授が、ゼムドにニコニコと落ち着いて話しかけてくる。
「初めまして。ゼムド様。本日は重力科の研究室にお越しいただきまして誠にありがとうございます」
「ふむ、よい。それよりもすぐに研究テーマと実際に研究している様子、実証実験のデータを全て見せよ」
「どうぞこちらに」
助教授はそう言って、奥の扉へゼムドを案内していった。
昨夜の時点で、助教授にゼムドに研究を見せるように指示はしてあった。
キエティは近くの椅子に腰掛ける。すると、それを見て女子学生が二人ほどやってきた。
この女子学生達はキエティと同年代だ。エルフの寿命は五百歳だが、エルフ種はある程度の年齢に達すると外見は若いままであり、彼女らと見た目は変わらなかった。
「教授、今日の新聞一面は本当ですか?」
やっぱり聞かれるよなぁ。
「嘘に決まってるでしょ」
素っ気なく答える。
「本当ですか? でもこの写真が……」
そう言って、新聞の一面を取り出して見せながら、女子学生の一人がこう言ってきた。
「でも、この写真は私の経験上からすると、完全に舌が入っていると思うんですよね!」
おまえっ!! 普段、細かく観察しないから研究の失敗も多いくせに、どうしてこういう時に無駄な観察眼を発揮するんだよ!! この馬鹿たれ!! と思いながら答える。
「それはあなた達に言ってもすぐには信じてもらえないだろうけど、ああすることで私の魔力回路をゼムドに書き換えてもらったのよ」
「ええっ、もう名前で呼び合う仲なんですか?」
二人の女子学生が嬉しそうに聞いてくる。
コイツらも殺したい。
今なら連続殺人犯になれる自信がある。
「あとで、あんたたちにも見せてあげるわよ。この30年、全く進歩のなかった研究が大きく進む可能性があるわ」
まともに女子学生達の質問には答えず、事実だけを告げる。
男子生徒の1人が訊いてきた。
「魔力回路を書き換えるなんてことができるんですか?」
「さぁ、どういう仕組みなのか詳しくは分からないけど、ただ、結果的に私の重力関する魔力コントロールは著しく能力が高まっているわ。他の生徒達の魔力回路も太くすることで、魔力のコントロール精度を上げていたわよ」
男子生徒は驚いた表情をしている。
「ちょっと今やってみたいことがあるわ。その顕微鏡貸してちょうだい」
そう言って男子生徒の近くにあった顕微鏡の前の椅子に座る。そして、自分の唾液を適当に採取して顕微鏡で覗いてみる。少しずつ重力魔法で唾液に含まれる体細胞を動かしてみた。
嗚呼、と思わずため息が漏れた。
これは凄い。今まで絶対にできなかったレベルの事が簡単にできるようになっている。
新しい新薬の生成以外にも使い道が沢山あるかもしれない。
従来、人の細胞から核を取り出すには、人が開発した機器を使っていたが、これは失敗が多かった。最近になって、重力魔法によって簡単に核を取り出すことに成功するようになっていたが、それでも成功率は30%程度だった。
ただ、今のキエティの魔力コントロールならばほぼ100%の成功率だろう。
あとはこの方法を術式として体系化して、汎用性を高めればよい。
憂鬱な気分だったのが、いざ、研究テーマを目にするとだんだんと気分がよくなってくる。
今までどうしてもできずに、この30年悩んで様々なアプローチをして、それらが結局無駄になるのは少し残念ではあるが、それでも今後できることの幅が飛躍的に増えたのはやはり楽しくて、嬉しい。
まぁ、それなりの〝代償〟を払っただけのことはあるか、と思っていると、奥の部屋から助教授が慌てて飛び出してきた。
「キエティ教授、すぐに来てください」
ああ!! と思った。
ゼムドが何かやらかしたに違いない。
慌てて、奥の部屋へ走っていった。
キエティが助教授の大声に反応して部屋へ行ってみると、ゼムドが椅子に座って瓶を持っていた。
瓶の中には何かの粉が入っているようだ。ゼムドが何か問題を起こしたのかと思ったが、キエティが見る限り何かトラブルがあったようには見えない。
というか、助教授は嬉しそうにしているくらいだ。不思議に思って助教授に質問してみる。
「どうしたんですか?」
「これは、おそらくですが、私が今まで研究していたテーマの一部が成功に達していますよ」
キエティは〝んん??〟と思った。
助教授にまた質問してみる。
「どういうことですか?」
「私のテーマはご存知の通り、新しい樹脂の開発に際しての重力の応用ですが、テーマの一部にどうしても最終的に強度の面で問題があって、実用化できなかったことがあります。ただ、ゼムド様に重力を掛けて戴いたところ、この強度の問題がクリアできたようです」
ゼムドが瓶をクルクルと掌の上でもてあそんでいる。
ゼムドにも尋ねてみる。
「ゼムド様、何をされたのですか?」
「ん? よく分からないが、そいつが研究している樹脂とやらが水を吸うことである程度固くなることが求められるような物質だったらしい。ただ、現状では機能面では良くても、強度が足りないという話だった。
だから、試しに瓶に粉を入れて、キエティ、お前から昨日教わった重力魔法で、その一つ一つの粒を内部から圧力を掛けて細かく砕いて、粒をさらに細かくし、またその粒を内部から圧力を掛けて小さく、という作業を繰り返した。内部から圧力を掛ける際の熱による変質を防ぐために氷魔法も併用して温度は一定に保った。
強度を上げたいなら、単に結合する粒子のサイズを小さくすればいいだけのことではないのか? お前たちの知識にあっただろう」
「……」
キエティと助教授は目を点にして話を聞いていく。
「ただ、この方法は今のお前たちでは無理だな。力加減が少し難しいことは難しい。もちろん、粒子を細かくすることが解決に繋がる可能性について、その男も気付いていたはずだが、技術的に不可能だったのだろう。しかし、キエティは魔力コントロールが飛躍しているはずだから、それを体系化してそこの男でも使えるようにすればお前たちでも10年ほどあればできるかもしれない」
そう言ってゼムドは瓶を置いて立ち上がる。
「この研究室で何を実験しているのは大体分かった。キエティとそこの男、魔道板にこの研究室のテーマとデータを入力して俺に渡せ。いいな? キエティ、次の部屋へ案内しろ」
大学の一日では大体こんな感じで過ぎていった。部屋を回る度に、行き詰ったテーマが解決していった。ゼムドがほんの一日いただけで、おそらく100年分くらいは研究成果が早まったような気がする。
そして、日が暮れかかって帰ろうとした時だった。
ゼムドが大学の図書館に行って『魔道板を借りてこい』と言い出した。学生や教員から図書館の場所を聞いたらしい。
「いや、もう図書館が閉まる直前ですよ。あと15分切っています。今からでは間に合いませんよ」
そう言った次の瞬間だった。キエティは、気づくと図書館の入り口の前にいた。
「えええええええええええ????」
思わず声が出てしまった。
移動したことにも驚いたが、キエティはゼムドに抱きかかえられていたからだ。が、ゼムドはすぐにキエティを地面に下ろした。
「何をしたのですか?」
「単に空を飛んだだけだ。ただ、俺の早さで飛ぶと大抵、周囲は壊れる。しかし、おまえから教わった重力魔法で衝撃を消しながら飛べばこういうこともできる。普段より強く魔力を放出しても周囲を壊さずに済む。おそらく戦闘ではもっと使えるだろう」
「……」
「15分しかないのだろう。早く図書館へ行くぞ」
そう言って、ゼムドは図書館の中へ入っていく。
二人で館内に入っていくと、閉館時間を知らせるための音楽が流れていた。図書館で勉強する学生もいるが、彼らは既に荷物を纏めて出ていこうとしている。
もちろん、図書館には様々な分野の本が並んでいて、ゼムドがキョロキョロとそれらの本を眺めている。ゼムドに質問をしてみる。
「どの本を借りたいのですか?」
「適当に各分野の初歩・基礎になる魔道板を持っていく」
そう言って、ゼムドが並べられた魔道板に近づく。
「ゼムド様はIDを持っていません。私はIDを持っていますが、ただ、一日に借りられる上限があります。今は私のIDで魔道板を借りてもいいのですが、教授でも15冊までしか持ち出しできません。私が様々な分野の基礎になる魔道板を選びます。それでいいですか?」
「それでいい。お前が判断してくれ」
そう言われたので、急いで適当に本を借りていく。閉館時間まで残り時間は5分を切っていた。
急いで本を貸出所へ持っていき、魔道板に内蔵されたチップを読み込んで、キエティのIDで貸し出しの手続きを取った。
すぐに図書館を出なければいけない。二人で一緒に外へ出た。
そして、帰りはいつものように魔道車に乗って、ゼムドのホテルへ向かうことになる。
魔道車の中で、キエティは今日一日の事を思い出していた。
ゼムドは確かに凄い。魔力コントロールが優れているだけではなくて、なんというか知能が高い。辞書等にしてもそうだが、魔道板を一度読んだだけで大半の事を覚えていく。しかも、分からないところは素直に聞くのも凄い。
学生を見ていて感じるが、素直に分からないところを聞ける生徒は伸びる。尖った気性のある生徒も確かに伸びるのだが、初級から中級・上級へ向かう時に躓くことも多い。
ゼムドからすれば人など大した存在ではないはずだが、そんな存在に素直に分からないところを聞くのは好感が持てる。
なんとなく、今日、キエティをからかってきた女学生の顔が思い出される。
あの女学生よりはゼムドの方が教え甲斐がある気がする……。
女子学生が頭に手を乗せて、テヘペロしているのがイメージされる。
あのおっちょこちょい娘はダメだ……。
そんなことを考えていると、ゼムドが泊るホテルへ車が到着した。
ゼムドをホテルの部屋まで送って、自分は人族の代表がいる建物へ向かう。今日の報告と、メディアに報じられたことの言い訳をしなければいけない……。




