第14話 魔族が学校を見学してみる
ゼムドが人の国へ来て七日目になった。
そして、その日の朝にゼムドの元へキエティが訪れ、一礼してから話し掛けた。
「おはようございます。今日はどちらを見学されたいのですか?」
「教育というものに興味がある。おまえたちは親や周囲の者から知識の授受を行うようだが、それが種全体としてどう行われているのか見たい。具体的に行く場所は教育所・ハイスクール・大学の三つだ。行く場所については魔道板に示してある」
そう言ってゼムドは魔道板をキエティに渡した。
キエティはそれを確認する。
「では、こちらへ行くことにしましょう。どうやって行きますか?」
一応、キエティは豪華な魔道車を準備させていた。
ゼムドはそれを見て、〝飛んで行くよりは、それに乗って行くか〟そう答えた。
二人は魔道車に乗って走っている、もちろん運転手付きだ。しばらくして、キエティは魔道車の構造や人々が車を買う際にこだわるポイントの説明をした。ゼムドは説明を聞いていたが、キエティの方を見ることは無く、窓の外の風景を見ていた。
大勢の人が歩いている。
昨日ゼムドがこの都市に現れた時には、一時的に喧騒がすごかったが、今日はそういうこともない。メディア対応がうまくいっていた。
それに人は多少の事なら、自分の日常をこなさなければいけないのだ。止まることはできない。
ゼムドは〝いつも人族はこれくらい歩き回っているのか?〟と質問してきた。
キエティにそれについて、〝若干、いつもよりは人が少ないかもしれませんが、概ねこれが人の街の日常です〟と説明した。人の世はそれぞれに役割があり、明日死ぬかもしれなくても、それを放棄することなく毎日同じことを繰り返す、そう説明した。
そういう話をしていたら、教育所に魔道車は到着した。車から2人は降りる。
ゼムドが中に入ろうとすると、キエティが呼び止めた。
「ゼムド様お願いがあります」
「なんだ?」
「私たちは昨日指示された通り、いつも通りの生活をあなた様にご覧いただこうと思っています。ですから、どうか、何かお気に召されないことがあっても我慢して頂けないでしょうか? もし、あなた様が人族を傷つけてしまうと、その話はあっという間に広がってしまいます。そうすると、今後ゼムド様がありのままの人間の生活を見学するのに支障が出ると思われます。それに、同族が傷つけられるのを見るのは私個人としてつらいのです。どうか暴力だけは控えて戴けないでしょうか?」
キエティは真剣な表情でゼムドを見据えて懇願している。
キエティの話の通り、騒ぎを起こすと、今後において人の生活を観察する際に、うまくいかなくなるのはゼムドも想像できた。ゼムドからすると同族が傷つけられるのがつらいという感覚がよく分からないが。
「いいだろう。お前の云う通りにしてやる。ただ、虚偽や偽証は許さぬ。それが分かった場合は、即、街を消す」
そう言って、ゼムドは教育所に入っていった。
教育所の建物に二人で入って、廊下を歩き、それぞれの教室を見て回る。
中にいる子供の身長はキエティの半分以下だ。どの部屋からもワーワー、と騒ぐ声が聞こえる。
「こいつらは生後どのくらいだ?」
「人は五年、ドワーフは七年、エルフは四年程度です」
「いずれもうるさいな。お前たちの幼少期はこんなものなのか」
「はい、最初このような年齢の時は自我が弱く、自然界では単独で生きることができません。そのため、ある程度の年齢になるまで親や周囲の人間がその世話をします」
「おい、この部屋にとりあえず入ってみるぞ」
そう言っていきなりゼムドは扉を開けた。
キエティは 〝あっ!〟と思ったがもう遅い。
扉を開けると、子供たちが一気に静まる。子供たちはゼムドを見上げている。担当の育児員の二人も驚いた顔をして見上げていた。
ゼムドが部屋に入っていく。
そして子供の近くに行き、一人の女の子の服を片手で掴んで持ち上げて、子供の顔を覗き込んだ。
その瞬間、子供は大きい声で泣き始めた。
そして次の瞬間、周りにいた子供たちが一斉に保育員に向かって逃げ始めた。
キエティは、〝あー、やってしまった〟と思った。
慌ててゼムドに話しかける。
「どうか子供をゆっくり下ろしてください。泣いてしまっています」
ゼムドはそう言われると、ゆっくりと子供を地面に下ろした。
ゼムドに掴みあげられた子供は泣きじゃくっている。
キエティは子供に近づいて行って、子供を抱きしめながら〝もう大丈夫だからね〟と言ってなだめ始めた。
ゼムドはその様子を見ている。
ゼムドは面白くはないな、と思った。
キエティに話しかける。
「もうよい。ここではなく、次のハイスクールに行くぞ」
キエティは育児所の所長と保育員に、ひたすら謝ってから魔道車に戻ってきた。
魔道車を覗き込むと、ゼムドは腕を組んで車の中で座って待っていた。
キエティは魔道車に乗り込んで、ゼムドに話しかける。
「どうして約束を守ってくださらなかったのですか?」
「守ったではないか。誰も傷つけていない」
ゼムドは窓の外を見たままで、キエティの方など見ない。
「いえ、人族は弱いのです。あの年齢の子供は服を掴んで持ち上げられたとしても場合によったら、どこかケガをしてしまうかもしれません。それに、人を傷つけないというのは、内面を含めての話になります。恐怖で人を委縮させない、他人の気持ちを思いやって欲しいのです。あなたが、子供を掴み上げて子供が泣いた時、周りの子供達も泣き始め、また保育員も怯えていたじゃないですか。あのようなことをされては困ります」
ゼムドにとっては意味が分からない。人の子供が持ち上げただけで、けがをするというほど弱いとは思っていなかったから次から注意しようとは思ったが、相手の気持ちを考えるというのがよく分からない。
ただ、目の前でキエティが怒っている表情をしているのを見ると、おそらく自分が知りたいことの1つはここにあるのだろうと思った。
「ふむ、分かった。単純に身体を傷つけないようにするだけでなくて、お前たちの云う人の気持ちというのを、今後は想像してみるようにしよう」
キエティは、はぁ、とため息を付きながら、運転手に車を次のハイスクールの場所に向かわせた。
次のハイスクールに到着した。キエティと共に、また建物に入っていく。
ゼムドはキョロキョロしながらキエティに尋ねた。
「ここは何を教えているのだ?」
「ここにいる者達は生後一〇~一八歳くらいまでの者です。人族はこの年齢に達すると自我が発達し、自ら考えて行動できるようになります。そして、このハイスクールでは魔力の素質が高かった者のみ通うことが許され、魔法の習得に関する教育を受ける事になります」
ゼムドはまた一つ一つの教室を見て回る。
育児所の時とは違い、教師以外の生徒達は誰もしゃべっていない。黒板に記された文字を、自らの手元にある魔道板に指を使ってその情報を入力しているようだ。
あれが勉強か。
そういえば、ゼムドは一度も文字を書いたことがないな、と思う。魔族と通信する時は水晶体を使うし、魔力コントロールで意思疎通もできるので活字自体、使う場面が今までは無かった。
ただ、人の街へ来て、もし魔道板が無ければ、今まで得た人の知識であっても、その吸収には相当時間が掛かったかもしれないと思う。たしかに、識字というのは人の文明においては大きい役割を果たしているのだろう。
部屋をいくつも通り過ぎ、建物の裏側に歩いて行ってみる。すると、屋外の開けた場所に30人ほどの男女の生徒と、男の教官が一人いた。
「あいつらは何をしているのだ?」
「あれはおそらく魔力の屋外実習ですね。先ほど見たように、文字で魔力を勉強した上で、あのように実際に魔力を出す訓練をするのです」
「あれを見る」
そう言って、ゼムドが学生の集団に近づいていく。
キエティはそれを見て慌てて、走り出すことにした。
ゼムドより先にキエティが小走りに担当の教師に近づいて事情を説明することにする。
担当の教師の表情には緊張の様子が窺える。生徒達に問題があっては困るからだろう。責任感を感じているはずだ。
教師と話し終えた後、キエティがゼムドの近くにやってきた。
「どうか今度は何もしないで見ているだけにして下さいね」
ゼムドは返答をせず、じっと生徒たちの様子を見ている。
ゼムドは三十分ほど黙って様子を見ていたが、教師の手本をベースにそれぞれの生徒が手元に火の魔法を発動させているようだ。掌の上にはそれなりに、強い火力の火の玉が高速で回転している。
「全員、火の魔法を使うのか?」
「そうですね。最初にどの系統の魔法に適性があるか検査して、その適正がある分野の魔法を主に習得していくことになります。このクラスは火の魔法が得意な者が集められているようですね」
「火の魔法は何に使う?」
「火の魔法は現在では日常生活では使われなくなっていますね。魔石から火力を起こすことができる装置を人が開発したので、格別、火の魔法を使えること自体に意味があるわけではありません。冒険者になり、国外へ出て、魔石の採取をする者などにとっては、外敵と戦うために火の魔法は有利になりますが、日常生活ではあまり使いません。
火の魔法を使えるようになる、というのはその術式を理解して実践ができるという基礎であって、彼らのうち一部は、さらに大学へ進学してそれぞれの専門分野の魔術研究に勤しむようになります。そのための基礎の勉強という感じですね」
「お前の魔法の適性は何だ?」
「私ですか?」
一瞬、キエティは嘘の答えをした方がいいのかと思ったが、こんなところで嘘をついて街を壊されたら困ると思ったので、正直に答える。
「私はどの魔法も満遍なくこなせるタイプだったのですが、今専門家として研究している分野は重力になります」
「重力?」
「はい、私たちがこうして地面に立っていられるのはこの星の中心に引っ張られる性質があるからです。この引っ張られる性質は星の大きさに依存しますが、これを任意に操れるようにしよう、というのが私の専門分野です」
「そう言えば確かに星から離れていくにつれて、体が軽くなったな。今思えば、あれが、重力が届かなくなる瞬間だったのか」
キエティはゼムドが何か言っているが、生徒の声のせいで、よく聞き取れなかった。
そんなことを思っていたが、ゼムドが質問をしてきた。
「お前の重力の研究は何を目的に始めたものだ?」
「うーん、研究というものはそもそも何かを目的として始めるものではありません。ただ、何か不思議なものがある、その原理を探求してみたい、それを追求しようとして何かが産み落とされる。そしてそれが目的と繋がっていく、という感じでしょうか。私が大学に通っていた時、専門課程で指導に当たっていた教授が重力をテーマとしていまして、それを私が引き継いで今も研究している感じです。
ただ、この重力に関する研究はかなり難しくて、普通の人は学びたくても学ぶことができません。私は、努力を続けたことで重力魔法を使えるようになり、また、私が重力科の教授になってからかなり大きくこの分野が開けた面があるのですが、今、行き詰っている問題もあります。具体的な例を上げますが、新しい分子や原子を、重力を使って作り出すことができれば、新しい医薬品の開発に役立つ可能性はあるのですが、この魔力コントロールの術式が難しいのです。偶発的に成功することもあるのですが、発生確率は〇・〇〇一%を切っています」
キエティは、自分の専門分野について聞かれたのでやや饒舌になっていた。
先端の研究分野というのは研究者同士の競争が厳しい。しかし、キエティの分野は難易度が高く、また設備にもそれなりに金が掛かるので、競争相手は少ないと言えば少ない。
そのため、キエティは大学で自分の趣味の様に研究をしていた。ただ、研究職というのは予算を与えられ、それに応じた成果を上げなければ、自分の居場所がなくなることはあり得る。しかし、〝自分のやりたいように研究をやれる〟というのは、キエティにとって幸せだった。
しかし、自分の研究分野について一般人から尋ねられることはない。何故なら、大半の人にとっては研究などどうでもいい事だからだ。
そんな中で、ゼムドから自らの専門分野に訊かれたので、得意げになって答えてしまっていた。
ゼムドはキエティの研究の話をずっと黙って聞いていたが、キエティが話し終えると、無表情のままにキエティに話し掛けてきた。
「重力とやらを見せてみろ」
「え?」
「重力魔法に興味がある。やってみせろ」
キエティは驚く。
うーん。どうしよう。
見せるのは良いけど、どうせ見せるならこの魔族にギャフンと言わせてみたい。
私の専門分野だし、これは負けられない。
〝あっ!〟と思った。
いいことを思いついた。
ゼムドに『ちょっと待ってくださいね』と言い残して、三十メートルほど離れた教師と生徒の方に向かっていくことにする。
ゼムドに重力魔法を見せるため、担当官と生徒に頼み事をしてみることにした。すると、担当官はこれを受け入れてくれた。
そして、しばらくして、キエティと担当官の指示により、キエティを中心として生徒達が円形に彼女の周りを囲んだ。生徒達とキエティの距離は10メートルほどか。生徒たちの円の中で、キエティは両手を上げている。
一方、生徒たちは、キエティの頭上に向かって両手を差し出す。
そしてキエティの合図で、生徒たちはキエティの頭上に向けて一斉に火の塊を打ち込んだ。火魔法だ。
三十人分の火の塊がキエティの頭上に向かって飛んで行く。
通常このような火の魔法をぶつけ合うと、その場で爆発を起こす、あるいは火は消えてしまう。ところが、今回はそんなことになっていない。それどころか、キエティの両手の上でそれぞれの生徒たちから打ち込まれた炎が集まってさらに大きい一つの炎になっていた。要は三十人分の火の塊を爆発させることなく、一つに集めてさらに大きい火の塊にしたようだ。
キエティが遠くからゼムドに向かって大声で叫ぶ。
『どーでーすー。すーごーいーでーしょー』
これはこの世界の者にとっては、凄いことだった。
重力魔法でそれぞれの炎がぶつかる際に、個々の炎を減速して温度差、空気の燃焼速度等を調整し、30人分の火の玉をゆっくり融合したのだ。
この火の玉は、魔法で火を起こしているので魔力による影響を受ける。自然界で火が燃えるのと異なり、酸素と魔力の両方をうまくコントロールしてやらないと、火の魔法はそれなりに危険なものであった。それを重力魔法でうまく操ってみせたのだった。
ゼムドは一足飛びでキエティの近くへ行く。
生徒たちはそれに驚き、慌ててゼムドとキエティから離れる。
ゼムドはやや表情を和らげてからキエティに感想を述べる。
「面白いな」
「でしょう?」
キエティはニコニコしている。
「それで、その炎はどうする?」
キエティは〝あっ!〟と言って驚いた顔をする。
どうしよう。どうしたらいいのだろう。
正直、火の塊がゆっくり燃え尽きるまで待てばいいと思っていたが、さすがに三十人分の魔力を合成したのはやりすぎだった。
単純にこの火を消したいなら、火が弱るまで重力魔法で現状を維持して待てばいい。しかし、急に火を消そうとすると、酸素だけでなくて魔力も燃焼理由の一つなので、単に酸素を送らなければ火が消えるわけではない。下手に火を消すと、魔力が外部へ漏れて汚染につながる。燃やし続けて、火の玉を鎮火する必要がある。
だだ、それには問題がある。両手を上げ続けているのが思ったより大変だ。両手で重力魔法をコントロールしていて、またキエティの魔力残量にも問題は無いが、キエティはデスクワークメインだったので腕は細い。
多分、この火力だとあと30分は燃え続けるだろうが、そんなに両手を上げ続けられないと思い始めた。
「すいません。ゼムド様この炎を何とかして頂けないでしょうか? ちょっと私の方に問題が出てきまして……」
「では、お前はそのまま重力魔法を使って炎を維持せよ」
そう言い終わると、ゼムドは火の塊の中に飛び込んだ。
さすがに周囲にいた生徒達からも悲鳴が上がった。
キエティも驚いた、が、次の瞬間、炎が小さくなっていく。
炎が小さくなって分かったが、ゼムドが全ての炎を吸い込んだようだ。
生徒から、パチパチという拍手が聞こえてくる。
キエティは肩で息をしながら、ゼムドに話し掛けた。
「ゼムド様、ありがとうございます。助かりました」
「いや、いい。確かに面白いものを見せてもらった。褒美をやろう。おまえに先ほど人の気持ちを考えろ、とも言われた。人族には礼をする習慣があると辞書に書いてあった」
そう言って、ゼムドはキエティに近づいてきた。
ゼムドが褒美をやると言って目の前にまで来る。
ゼムドはキエティを抱き寄せて、キスをした。
キエティは一瞬、頭が真っ白になった。
しかも口の中でゼムドの舌がキエティの舌に絡んでくる。
次の瞬間、思わずゼムドを突き飛ばしていた。
ゼムドは女性が押したくらいで、動くわけがないので、キエティがゼムドから逃げたようになる。
「何をするんですか!!」
顔を真っ赤にしてキエティは怒る。
男子生徒は『ピィー』と口笛を吹いて、女生徒は『キャー』と黄色い悲鳴を上げている。
「何ではない。先ほどお前が細かい魔力コントロールの術式が出来ないと言っていたから、できるようにしてやった」
「えっ?」
「もう一度掌で小さく重力魔法を使ってみろ」
キエティはコイツの言っていることの意味が分からない。
この魔族、門外漢のフリをして、実はとんでもないスケベなのではないかと思い始めた。
「いいからやってみろ」
無表情でゼムドは命令してくる。
キエティは不貞腐れた表情で、手を出して重力魔法の魔力コントロールをしてみる。
〝あれ?〟と思った。いつもと感覚が違う。何故か重力魔法の発動がスムーズにいく、しかも物凄く小さく発動出来ている。
「なんで……」
キエティは茫然としている。
ゼムドが話しかける。
「今、炎と重力の魔法を同時に吸い込んだからな。重力の魔法についての使い方の基本は分かった。後はそれを少し高度化して、おれの体液に重力魔法を掛けてお前の体内に送り込んだ。お前の体は俺の体液を吸収すると同時に、多少の痛みを感じたはずだ。多少体内にダメージはあるが、今まで持っていた魔力回路の一部が新たに加えられたはずだ。
だから、今は先ほどよりも重力魔法コントロールがスムーズに出来ている。さきほど魔力コントロールが難しいとか言っていたが、今のお前ならそれができるはずだ」
「――では、あなたは今、重力魔法を吸い込んだだけで、重力魔法が使えるようになったということですか?」
「当然だ。魔族は相手と戦って、相手の能力が高ければそれをすぐに吸収して上回ろうとする。それが出来ないとあっという間に死ぬ。ただ、今他人を書き換えた技は、全ての魔族が出来るわけではない。過去にそのようなことをする魔族に会ったことがあるからだ。そいつは俺の魔力回路を弱め、俺の力を弱体化することが目的だったわけだが」
「……」
物凄くなんとも言えない気分だ。今までできなかったことが出来るのは嬉しいのだが……。
キエティは右手で唇を触りながら、感想を述べた。
「初めてだったのに……」
「何がだ?」
「いえ、なんでもありません」
キエティは思いっきり目を逸らす。まともにコイツの顔を見る気にはならない。
「よし、俺は今機嫌がいい。まさか、たかが人から魔法を教わることになるとは思わなかった。しかもこの魔法は使い方次第では、相当有用だ。あの生徒たちにも少しだけ礼をしてやろう」
「ちょっっと、待ったああああああああああああ!!」
キエティは両手を大きく広げて、仁王立ち状態だ。
「なんだ?」
「生徒達にもあんなことするつもりですか?」
「いや、あいつらに同じことをしても、重力魔法は使えないだろう。全く回路が無いからだ。俺のような者ならば別だが、新規の高度な魔法を覚えさせることはおそらくできない。ただ、おそらく俺が外部から、それぞれの生徒に合わせて火魔法の回路を太くしてやれば、もっと短時間での魔法の発動と、火力の向上が見込めるだろう。火魔法は、確かに単純だからな。それなら単に頭に手を乗せて、少し魔力を流すだけでいい。生徒の訓練の様子を見ていたが、それぞれの生徒にどういう魔力の癖があるかは見ていた。少しいじるだけで、簡単に能力が向上するだろう」
そう言って、ゼムドは生徒に近づいていく。
本当はここで先に走って行って、教官と生徒に事情を説明しなければいけないのだが、行く気にならない……。
結局ゼムドはそこにいた生徒と教官全員の魔力回路を太くしてやったようだ。とりわけ男子生徒は強くなった自分の火魔法に驚いて、大声を上げていた。キエティも見ていたが、かなり大幅に能力が上がっていた。正直、キエティでもかなり集中しないと、出せないレベルの火の球を作り上げていた。
そう言えば、魔力回路自体に適正な外部刺激を与えると、短期間で魔法コントロール能力が上がるのではないか、そんな研究論文を見たことがあるような気もする。ゼムドは簡単に行っていたが、多分人がそうそうできることではないのだとは思う。
そういう意味では今日、ここにいた生徒は幸運だ。
ただ、私は幸運だったのか不幸だったのかよく分からない……。
気づくと、もう日が落ちかかっていた。
大学には明日行くことにして、今日はもう帰ることになった。
魔道車に二人は乗り込んで、帰ることにする。
車中でキエティは何も喋らなかった。
喋る気にならない。
本当はこのゼムドの機嫌を取って、暴れるのを防ぐような行動をするのが自分の責務だとは思ったが、それをする気にならない。
はぁ~、と思う。
ゼムドは、本当にやらしい目的があったわけではないのだとは思う。
率直に見て、ゼムドは美形だ。
かなり整った顔立ちだ。
体もたくましい。
しかしなぁ~、と思う。
正直、異性としては全く興味が湧かない。
そんな男に……と思うと何とも言えない気持ちになった。
その日はゼムドをホテルにホテルに届けて、明日への指示を各所に行った。
それから家に帰り、すぐにベッドへ潜って寝てしまった。
就寝時間はいつもより早かった。




