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第12話 魔族からの要求

 ゼムドは、キリやオリバに会った後、二日ほどホテルに(こも)った。

 そして、辞書とやらの魔道板を(いじ)っていた。


 様々な情報が辞書には記されていた。それぞれの情報は簡単に説明されたもので、現物を見てみないとイメージが湧かないものも多かったが、知識を増やしていくことで、今まで自分の頭の中で、もやっとしていたことを秩序立って考えられるようになっていた。


 本当に驚く。

 今まで生きてきて、その大半を強さの追求に当ててきたし、それ以外のことに何か意味があるとは思えなかったが、こうして知識を得てみると、力による強さ以外のことにも価値があるのかもしれないと思い始めていた。


 これらの知識に関しては仲間の連中にも伝えてみたいと思った。


 あいつらの大半はそれほど興味を示さない気もするが、おそらくケリドとエスカは興味を示すだろう。ケリドは一番仲間内では若いが、あいつは魔族にしては妙に他種族の真似事を好む傾向がある。この辞書を渡せばおそらく喜んで読み込むだろう。

 エスカは何か知らんが俺の気を引こうと必死だから、〝これを理解したら結婚してやる〟と言えば目の色を変えて飛びつくだろう。もちろん結婚する気はないので、この場合、覚えた諺で云えば〝嘘も方便〟と云ったところか。


 一方で、ここまで案内してくれた人が、自分のことを、腫れ物を扱うような感じで、対処に困っているのは分かっていた。俺に言われたまま、従っているような振る舞いをしているが、実際のところは自分とグリフォンの間に挟まれて困惑しているのが本心なのだろう。

 今までの自分からすると、人とグリフォンにどのような力関係があるのか興味はなかったが、そのうち人とグリフォンの関係についても調べてみようと思う。いや、それだけでなく世界全体で、それぞれの種族がどのような役割を担い、また、力関係にあるのか調べてみようと思った。

 

 ――ゼムドには過去に一度だけ、他種族に対して強い感情を抱いたことがあった――

 

 オリバやキリは中央に逐一、俺の様子を報告しているようだ。

 オリバのポケットからは微弱ながら魔力の波が一定レベル放出されていた。オリバは気づかれてないと思っているようだが、オリバのポケットには何かしらの魔道具が入っていて、おそらく俺の状況をどこかへ定期的に伝えているのだろうと思った。


 ギルドで銀行についての説明を受けたが、あの時、ギルドマスターとやらもおそらくあの部屋の真向かいで、何らかの魔道具を使っていたのだろう。おそらく俺を警戒して何かあった場合は対処するつもりだったのだろうと思われる。

 そういうのを含めて面白いと感じる。弱いが知恵があるため、道具を使い、困難な状況に対処しようとする。単純に力比べだけでなく、そのような駆け引きをこの人族は長い年月の間で繰り返してきたのだろう。


 とりあえず――辞書を読み込んでみよう。完全に読み込むにはあと数日掛かるか。


********************


 結局、辞書を一通り読み込むのに五日ほど掛かった。重要そうではない箇所は省いた。

 人の言葉の意味は大体理解できたが、実際に自分の目で見てみないとどういうものか想像できないものが大半だった。とりあえず自分が当面どうしたいかを人族に伝える必要があると思った。


 そのため、もう一度オリバにギルドへ案内させた。そして、キリとギルドマスターも呼び出した。五日前にキリとオリバから説明を受けた部屋で、四人が対峙することになった。


 辞書を読んで分かったことだが、人族には〝人〟〝エルフ〟〝ドワーフ〟の三種類がある。目の前の三人は全員〝人〟だ。この街で見た人族は全て〝人〟のようで、エルフとドワーフはまだ見たことが無い。


 ギルドマスターは大柄な男で坊主頭、ゼムドから見ても今までに見た人間の中でもやはりずばぬけて魔力が高い。


「いやー、あんたが噂の魔族さんか? おれさぁ、一応中央からおまえのことを監視しろ、って言われてんだけど、それよりグリフォン潰してくれてありがとな!!」


 キリとオリバがギョッとした表情をする。

 次にキリの顔が真っ赤になっていく。そして怒りを押し殺しながら言葉を吐き出す。

「ギルマスは黙ってください」


 ギルドマスターはニコニコしながら話を続ける。


「キリちゃん、そんなに怒らなくてもいいじゃん。そんなんだから行き遅れるんだよ。もっと笑顔を大事にした方が良いって」


 キリがギルドマスターの足を蹴り飛ばした。


「いてぇ! 何も蹴るこたぁねだろ!」


 オリバは、はぁ、とため息をついている。

 ゼムドがギルドマスターに尋ねる。


「グリフォンはお前たちにとっては、都合のいい面もあったのではないか?」


 ギルドマスターが答える。

「確かに、グリフォンのおかげで人が上位の獣族や中位以上の魔族に襲われることはなくなったな。一撃で全滅ってことないのは事実ではあるが、それでも負担がそれなりに大きいんだよ。献上するものはいくつもあるが、酒だけでも国家予算の一〇分の一近く必要だ。税として庶民の生活に響いている。

 それに、それよりも問題は〝人柱〟だ。人族の〇・一%を毎年献上することになっていて、人・ドワーフ・エルフの人口割合に応じてそれぞれがそれなりの人数を差し出している。

 これが一番つらい。

 龍族が世界を統一する3000年前までは人族は世界各地にいたんだが、その頃だってもちろん人は他の種に襲われて死ぬことはあった。ただ、自分たちの手で同族を差し出すのはもっとつらい」


 ニコニコしていたギルドマスターだったが、話の最後になるにつれて顔が真面目になる。

 キリとオリバの顔も暗い。


 「何故辛いのだ? お前たち種族が滅ばないようグリフォンは警護しているのだろう?」


 「何故って、おまえさん、そんなことも分からないのか? 仲間が死ぬんだぞ? 嫌だろ?」


 自分にはよく分からない。

 魔族は生を受けて、しばらくしたらすぐに同族を殺して食べるようになるので、同族が死ぬのが辛いというのが何を意味するのか分からない。いつも一緒にいるあいつらが死んでもしょうがないとは感じるだろうが、辛くはないだろう。やはり、もう少し人の価値観を理解する必要があるか。ここでもまた、昨夜考えていたことと同じ結論に至る。


「お前たちに中央で指示を与えている者に会わせろ」


 キリとオリバが驚いたような顔をして、オリバが答えた。


「どのような理由から中央の者達にお会いしたいのでしょうか? 私たちでは何か不満なのでしょうか?」


「お前たちは中央からの指示だろうが、俺に対して全ての情報を開示しようとしないな。それでは俺は知りたいことを知れない。直に中央の者に会って、俺が知りたい情報を出させる。オリバ、貴様はポケットに何かの通信機器を入れているな。それを今ここで出せ、俺が中央の者と話をする」


 オリバはしぶしぶポケットから小さい板状のものを取り出した。


「これは位置情報を発信する装置です。ゼムド様がどの辺の位置にいるか、中央の者は大体これで把握しております。また、中央の者とは通信板で連絡を取ることになります」


「では、中央と繋がっているその通信板を出せ」


 キリは自分の通信板(マジックフォン)をポケットから取り出した。

 通信板(マジックフォン)とは七×一〇センチメートルくらいの厚さが殆どない板で、通信・画像撮影機能等が搭載された透明な板とのこであった。


 キリはこれを起動させて、話し始めた。


「キエティ様いらっしゃいますか? キリです。ゼムド様がお話をしたいそうです」


 そう言ってゼムドに通信板(マジックフォン)を渡す。


「初めまして、キエティと申します。この度は……」


 キエティからの通信がそう伝えられた瞬間、ゼムドは立ち上がった。


 ギルドマスター、キリ、オリバがギョッとしてどうするのかと見ていると、ゼムドは窓を開け、そこから物凄い速度で飛んで行ってしまった。


********************


 キエティが通信板に話しかけていると、急に通信板(マジックフォン)の音声・映像が乱れた。

 一瞬、向こうで何かあったのだろうか、と思ったが、次の瞬間、何かがこちらへ向かって飛んでくるのが視界に入った。

 物凄い速度で何かがこの建物へ突っ込んできたので、キエティは思わず魔力で建物を覆ってしまった。しかし、その〝何か〟は建物にぶつかることはなく急激に止まった。その際の衝撃波が周辺に音となってこだまする。


「おい、魔力を解いて窓を開けよ」


 目の前にいる魔族はそう言った。


 キエティは初めてその魔族の風貌を見た。

 背は人に比べてやや大きい。恰好は人族が着るものとはだいぶ異なっている。


 背は人に比べてやや大きく、体型はスラッとしている。一方、恰好は人族が着るものとはだいぶ異なっており、黒くて長いコートのような服装だ。また、腕や足にいくつかの装飾品が付いている。皮膚の色は人族と同じで、目と髪の色は黒だ。ただ、左目の下に黒い幾何学的な模様がある。その模様を除けば、なんとなくだが知的な印象があり、若い学者のようにも見えるし、整髪料でも使ってオールバックにすればバーテンダーとして映えるかもしれない。 

 パッと見れば人のように見えるが、ただ、今のように早い速度で人は飛ぶことが出来ない。キウェーン街にいた兵士たちも、同じ理由で魔族だと判断できたのだろう。


最近の生物学の学説では、人と魔族の祖先は同じであり、魔素で汚染されてより進化したのが魔族という学説になっているが、目の前の魔族を見ているとそれが事実かもしれないと感じる。


 しかし、それより不思議なことがある。通常の生き物は、大抵は魔力を身に纏っている。ところが、この魔族は全く魔力を身に纏っていない。しかし、先ほど空を飛んでいるわけで、魔力を放出したはずだ。不思議だ。

 この魔族は魔力以外の力で空を飛んだのだろうか?


 ゼムドは既に室内に入ってきて、キエティの前に座っている。

 そして、ゼムドが尋ねてきた。


「お前が人の代表か?」


「私はエルフの代表を務めさせていただいております。名をキエティ=サメワイドフルと申します。宜しくお願い致します。人族はエルフ、人、ドワーフの三種類からなっております。そして、それぞれの代表によって議会によって得られた結論が人族としての総意になります」


「残りの二種の代表はどこだ?」


「現在、近くの建物におりまして、至急こちらへ向かうように今手配したところです。しばらくお待ちください」


「そうか、では待とう」


 ゼムドは素っ気なく答える。

 キエティは聞きたいことが山のようにあったが、とりあえず一つ質問する。


「あの、何故この場所に私がいると分かったのでしょうか?」


通信板(マジックフォン)からの魔力がここまで繋がっているではないか」


 ゼムドがつまらなそうに答えた。しかし、キエティは驚いてしまった。

 そんなに微弱な魔力の周波数をこの魔族は感知できるのだろうか?

 いや、魔道板(マジックタブレット)に触れただけで情報引き出せるわけだからあり得ないわけではないか。


「気分を害されないであれば、他にも質問をしてよろしいでしょうか?」


「よい」


「先ほどこちらへ飛んでこられましたが、魔力がゼムド様の体からは感じられません。魔族は魔力を使わずとも空を飛べるのでしょうか?」


「魔力は使った。魔族でも羽がある種でなければ、魔力を使わずに空を飛べる者はいない」


「しかし、魔力が放出されていません」


「いや、放出している。単に必要な量だけを無駄なく放出しているだけだ。今も俺は魔力を放出している。極端に魔力の層が薄いから、お前たちには見えないのだろう。加えて、俺の場合は多少魔力が周囲に飛び散っても、即座に体内へ吸い込んで吸収することができる。その動きはとても早い。お前たちには何をしているかすら分からない。結果的に魔力が無いように見える。それに今はいくつかの理由であまり魔力の放出をしないようにしている……」


 キエティがさらに質問しようとした瞬間、扉がノックされた。

 キエティが『どうぞ』と声を掛けた。

 二人の男が入ってくる。一人は人の中年の男、もう一人はドワーフの老人だ。

 二人は入ってくるなりゼムドに頭を下げ、それぞれテーブルの席に着いた。

 キエティが話を始める。


「まずゼムド様に自己紹介をお願い致します」


「人の首領を務めております、カズマサ=フェゼラーと申します。宜しくお願い致します」


「ドワーフの統領となるガルドマド=ギンザバフロスと申す者じゃ」


 二人の自己紹介をほぼ無視して、ゼムドが話を始めた。


「お前たちが、俺が先ほどまでいた町の人族達に、指示を与えていたのは最初の日にすぐ気づいた。あの町で俺の知りたいことが全て手に入るようならば、すぐに出ていこうと思っていたが、結局よく分からなかった。あの町は人族の街としては小さく、文明が発達していない。あの町に長く滞在しても意味がないから、ここへ来た。

 お前達は俺が知りたいことに対して十分な情報を与えよ。邪魔や虚偽は許さぬ。先ほどの街では偽証があっても許したが、次は無い。偽証を一つするたび街を一つ破壊する」


 このセリフを聞いた瞬間三人の表情が強張った。三人からすれば、人族の支配種であるグリフォンを殺したというのは、ある種、味方が増えたのかもしれないという期待があった。ただ、このセリフはその希望を明確に打ち崩すものだった。


 キエティが質問する。

「ゼムド様は何を知りたいのでしょうか?」


「お前たちが何を考え、何を基準に行動し、何を発明し、どう他者と交渉してきたのか、どう生き残ってきたのか。それが知りたい」


 人族三人は沈黙する。


 意味が分からない。


 三人が事前に相談した所では〝グリフォンの弱点を教えて欲しい、グリフォンの本拠地の地図や兵士の人数が知りたい〟そういう話をしてくる可能性については検討していた。ところが、そんなこととは全く関係ないことが知りたいと言い出している。


 この魔族は何を考えているのだろうか?


「あの、それは具体的にどうすればいいのでしょうか?」


「そうだな、ならば今から俺が人族の活動を一つずつ見ていく。ただ、人族は、前の街でもそうだったが、俺を見ると怯えて隠れる。それでは意味がない。俺が街を動き回っても、人がいつも通り活動するように命じよ」


 先ほどから屋外は騒がしくなっていた。それはそうだ。この都市の一番高く、国の命運を決める建物に魔族が侵入したのだから。都市は軽めのパニックに陥っていた。

 キエティは考えてから答えた。


「分かりました。仰る通りに致します。ただ、現在既に音が聞こえますように人族は皆怯えています。これから、皆を落ち着かせるように致しますので、ゼムド様の見学は明日から、ということにしていただけないでしょうか?」


「それでよい」


 その場は散会になった。


 そして、キエティ達は魔族への対応をその日の内に、やらなければいけなくなるのだった――。


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