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野良猫のように  作者: 潜水艦7号
3/8

猫はバイト仲間と出会った


 次の日の夕方遅くに、一応それでも人目を憚るようにして、由紀はその場所に向かった。電話した感じでは“とりあえず、誰でもいい”みたいな雰囲気も無いでは無かった。

 「・・あのぉ、さっき電話した者ですが・・。」

 そこは何の変哲もない、唯の事務所のようだった。由紀はドアを開け恐る恐る中を覗いた。

 「誰?あぁ、さっき電話くれたコね。いいよ、入って。」

 責任者と思しき中年の男性が由紀を招き入れた。

 「ま、仕事の内容はさっき電話で答えた通り。要は、色んな男達のメールの相手をしてやって欲しいワケ。給料は時間給の他に相手のメールを1件引き出すについて、これだけ。」

 電話口で加護と名乗ったその男は、そう言って電卓の数字を見せた。口で言いたくないのは、この事務所で既に働いている別の女の子に聴かれたくないからだろう。つまり、成績によって単価が変わるとも言える。

 「オーケー?あぁ、そう。だったら、そこの三番目の席、使ってくれる?そこ空いてるから。キミの指定席にしておくよ。あぁ、そうだ。名前、何て呼べばいい?ユキちゃん?了解。じゃ、後は頼むよ。何か分からない事があったら、近くの人に聞いて。頑張ってね。」

 加護はそれだけ言い残すと奥に引っ込んだ。由紀は言われた通りに三番目の席に座ると、パソコンの電源を入れた。席と席の間は板で仕切られていて、座ると隣の様子は見えないようになっている。隣でも誰か小柄な女性がキーボードを打っていた。

へぇ、結構いいパソコン使ってんじゃん。

 由紀は真新しいパソコンを軽くなでた。それは少なくとも学校の講義で使う鈍行列車のような古くて“重たい”ものではなかった。

 頼むよ、ゼニを稼がにゃならんのだからさ。

 それにしても、と由紀は改めて考えた。

 どーやって相手を釣るんだ?何せ、キッカケをどうするかだなぁ・・・。

 とりあえず、過去の先人達がどういう釣り文句を書いているのか参考にしようと、由紀は他の出会い系サイトを覗いてみた。

 「げっ・・・・!何んじゃコレっ・・!」

 由紀は思わず声が出た。

 「ひぇぇ・・すげぇなぁ・・あたしゃ、よー書かんぞ。こんな恥ずかしいの・・」

 自分で自分の事を“スレている”と自覚している由紀であっても、耳が充血して真っ赤になりそうな文句の羅列に思わず絶句した。

 頭を冷やそうとして由紀は無意識にジーパンのポケットに手をやった。そして中の物を取り出した時、隣でキーボードを打っていた小柄な女性が突然手を止めて声を掛けてきた。

 「お姉ちゃん、タバコ吸うの?だったら、ベランダに出てくれる?中は禁煙だから。」

 幼なそうな声にギョッとして声のした方を見ると、その声の主はどうみても小学生の女の子だった。

 「あ・・・ゴメン。知らなかったんで・・。いいよ、別にどうしてもって程でもないから。」

 由紀は慌ててタバコを仕舞った。

 「無理しなくていいよ。タバコ吸う人、他にも居るから。煮詰まったりすると必須アイテムらしいね、タバコって。お姉ちゃん、沢山吸う人?」

 “先輩”の小学生は人懐っこそうに尋ねてきた。

 「いや、・・まぁ、どうだろ。一ヶ月に一箱位かな。無いなら無いで済んでいくけど・・って程度かな。」

 由紀は苦笑いを浮かべた。

 いや、それよりも、お前小学生だろ?こんな所に居るのは、マズイんじゃないのか・・

 心ではそう思っても、とても口には出せなかった。

 「へぇ・・珍しいね。そんな中途半端な吸い方する人。お姉ちゃん、ユキさんってゆうの?」

 その子は由紀に興味があるようだった。

 「そう。まぁ、そう呼んでくれればいいよ。あんたは?何て呼べばいい?」

 「ジュンって呼んで。」

 “ジュン”と名乗るその子はニッコリと笑った。

 「よろしく、ジュン。」

 ジュンは差し出された由紀の右手をしっかりと握り返してきた。

 事務所には、他にも一人が一番奥の席に座っていた。と、やおら、その人物は席を立ち上がるとジュンの肩をポン、と叩いて、

 「行って来るね、ジュン。」

 と声を掛けて出て行った。クドいアイシャドウにキツい香水の匂い。どう見ても、“その道のプロ”だった。

 「行ってらっしゃい、ミキさん。気をつけてね。」

 ジュンが手を振って見送った。

 「・・・今の人って・・。」

 「うん。ここでお客さんを見つけて、今から商売に行くの。」

 小声で尋ねる由紀にジュンは悪びれる様子もなく答えた。

 「そうか、そういう使い方もあるのか・・。」

 「でも、いい人だよ。ジュンにお土産買ってきてくれたりするの。」

 屈託のないジュンの笑顔を見て、由紀は思わず尋ねてしまった。

 「・・あの、・・まさか、とは思うケド・・。」

 「え?何?」

 ジュンはキョトン、とした顔をしたが、すぐに由紀の言いたいことを理解した。

 「あぁ、そーゆーコト?あはははは、大丈夫だって。ジュンはそんなコトしてないよ。ジュンじゃ無理だし。それにミキさんにも言われてるの。“トシとかじゃなくて、シロウトが手を出す仕事じゃないよ”って。」

 確かに、この国で女性が街角に立って客を引くのが違法である以上、お互いにある程度の危険と隣り合わせになるのは仕方のないことだ。カネ目当てにケガをさせられるかも知れないし、病気の事だってある。真剣に考えたら危なすぎて、とても出来るものではない。知識と経験と覚悟を持ち合わせたプロにしか、仕事として成り立たせていく事はできまい。

 「そう・・良かった。そんな事言ってくれるなんて、ホントにいい人なんだね。ミキさんて人は。」

 由紀は少し安堵した。

 「ユキさん、何か飲む?」

 ジュンが席を飛び降りて、傍にある冷蔵庫の扉を開けた。

 「有難う。お茶、ある?」

 由紀も一緒になって冷蔵庫を覗き込んだ。

 「・・ところでさ、ココって後は誰がいるの?」

 ペットボトルのお茶を飲みながら由紀が聞いた。

 「んー・・最近、バタバタっと辞めちゃったからね・・今はジュンとミキさんと、後はミッシェルってフィリピンの人と・・・そうそう、他に男の人も一人居るんだよ。」

 「えっ、オトコ?」

 何で、こんな所に男が?男のクセに女みたいなカワイイメールをギャル文字で打ったりするのか?・・気色悪りィ・・。

 いぶかしがる由紀に楽しそうに笑いながらジュンが言った。

 「そう。男の人。これがね、スゴい特技があるの。ちょっとマネできないよ。アレは。いつもなら、もうそろそろ来る頃だけど・・。」

 ジュンが玄関の方を見やるとほぼ同時に、扉がガチャっと音を立てて開いた。

 「よぉ、ジュン、元気ィ?」

 入ってきたのは男だった。どうやら、今の話の本人らしい。背は由紀と同じか、やや低いくらい。何処にでも居そうな普通の兄ィちゃんだった。

 「シマさん、今晩はぁ。」

 ジュンが明るく手を振る。

 「あれ?ジュン、この人って新人さん?」

 シマ、と呼ばれたその男は由紀の方を指差した。

 「うん。今日から。ユミさんって言うんだって。」

 「あぁ、そう。僕はシマって言うんだ。よろしくね。」

どーも、この手の馴れなれしさってゆーのは、好きになれん。由紀は思った。・・どーしてもコージとキャラがカブるし。

 「あ・・どうも。ユキです。」

 由紀はいささか、突っけんどんに返した。

 「ユキさんね。仲良くしてね。」

 シマはそう言うと、空いている席に座った。

 「・・ユキさん、しばらく黙っててね。」

 ジュンがの由紀の顔を見ながら、口に指を当てた。

 「もうすぐ、おもしろい事が起きるから。」

 そういうジュンの目は期待に輝いていた。

 由紀はそっと、シマの方を覗った。シマはおもむろに何処かに電話を掛けて、受話器を耳に当てた。

あれ?メールじゃないのか?

疑問に思う由紀をよそに、どうやら相手が電話口に出たようだった。すると、さっきまでの声とは似ても似つかぬ“可愛らしい”高音がシマの口から飛び出したのだ。

「アタシィ。ねえねえ、何してたぁ?」

由紀は思わず椅子から転げ落ちそうになった。由紀自身は本人を目の前にしているから、これが男だと分かっているが、そうでなければ電話口の向こう側でコレがオトコだとは、誰も疑うまい。これほどまでに完璧なオンナ声を出せる男性に、由紀はあった事も聞いた事も無かった。

「やだぁ~もぅ~・・タケシったらぁ・・エッチなんだからぁ・・。」

ケラケラと笑うその声と目の前の男の姿のギャップに、由紀は唯々ボーゼンとした。

 その隣ではジュンが笑い声を必死に噛み殺しながら、腹を抱えて転げ回っていた。

 な・・なるほど、こりぁ・・特技だわ・・。ってゆーか、コイツ、おカマかよ・・。

 ここにはマトモなヤツはいないのか、と由紀は少し不安になった。

電話での会話は意外に短く、5分程で終わった。ジュンはようやく、声を出して笑い始めた。

「あっはははははっ!今日も、絶好調じゃん!」

ジュンは涙を流しながら笑っていた。

「まーね。ま、あんまりやるとボロが出るから、そこそこで切り上げる必要はあるケドね。」

シマがニヤっと笑って、不審そうな目を向ける由紀の方を見た。

「えっ・・・とユキさん、だっけ?あの、心配はいらないから。僕はこれでも一応ノーマルだからさ。」

何とも説得力のないシマのセリフに由紀は呆れた。

コイツ・・コージよりタチが悪りィ・・軽薄の上におカマかよ・・

由紀は密かにコイツのことを“カマ太郎”と名づけることにした。



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