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野良猫のように  作者: 潜水艦7号
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猫はバイトを探していた

 金曜日の午後の喫茶店はどこか週末の和やかな雰囲気を醸し出していた。由紀達三人は窓際の席をもう小一時間もの間、コーヒーとパフェだけで占拠している。

 「あ~ぁ、どっかにいいバイトないかなぁ~。」

 由美は求人情報誌を斜め読みしながら呟いた。

 「バイトって・・アンタ、え・・っとガソリンスタンドはもう辞めたんだったっけ?」

 横に座っていた和美が言う。

 「えっ、?あんた何時の話してんのさ。ありゃ、一年も前よ?」

 呆れたように、由美が返す。

 「そうだっけ?アンタ、コロコロバイト先を代えるじゃん?」

 「何言ってんのよ、和美。由美がスタンド辞めたのくらい、私でも覚えてるよ。」

 二人の前に陣取っていた真紀が和美に突っ込みを入れる。

 「最初は威勢良かったわよねぇ、由美。“健気な苦学生に見えるかも”とか言っちゃってさ。給油に来るカッコイイ外車に乗った医大生か何かをゲットするってガンバってたじゃん。」

 「あれねぇ・・・。」

 ため息をついて、由美を遠くを見るような目付きをした。

 「見た目より大変なのよ。手はガソリン臭くなるしさぁ。絶対素手しかいけないって、店長がウルサイ訳よ。大声で応対しろ、とかさぁ。お約束が多すぎるのよねぇ。それに夏は暑いし、冬はトンデモ無く寒いしさぁ。」

「で、肝心のオトコの方はどうだったの?そのためにワザワザ医大の近くのスタンド選んだんでしょ?」

 真紀の興味は専らそっちの方らしかった。

 「それがねぇ・・。ほら、すぐ近くの丘の上に、エスカレータ式のお嬢様高校があるじゃん?」

 「あぁ・・確かにあるわね。・・で?」

 「金持ちの医大生とかは、皆、そっちに行っちゃうのよ。これが。」

 「ぎゃははははは!下心丸出しじゃん!」

 二人は声を上げて笑った。

 「・・お嬢様高校の脇にある坂道って見たコトない?凄いよ?デカい外車がズラっと並んでさ。そんなの同級生の筈がないわよね。それに勤め人だったら、そんな学校が終わる四時とかに居る筈もないし。どう考えても講義サボってる大学生なわけよ。皆さ。それもボンボンばっかり。」

 「成る程ねぇ~・・。タイを釣るにはそれなりの餌が要るって訳ね。」

 和美がハンカチを出して目頭を押さえた。笑いすぎて涙が出たらしい。“人の不幸を笑いものにしおって・・”由美は少し腹が立った。

 「・・で、その後は何してたんだっけ?えっ・・とチョット待ってよ、確か・・。」

 必死に記憶を繰る和美を待たずに由美が答えた。

 「ホテルの結婚式場!あんた、ホントに入試はまともな手段で入ったの?記憶力無さ過ぎよ。」

 「てへへ・・アタシも良く通ったなぁって。」

 照れ笑いを浮かべる和美を放っておいて、真紀が尋ねた。

 「そういえば、アレを辞めた理由は聞いたことが無かったわよねぇ。・・・何かあったの?」

 真紀の目は明らかに何かを期待していた。つまり、由美の失敗談を、だ。

 「・・・感じ悪っ!・・まぁ、いいケドさ。」

 一呼吸置いた後、由美はストローでパフェのグラスをかき混ぜた。

 「・・結婚式場の時はあたしは主に巫女の役をやってたわけよ。ま、早い話が議事進行役ってことかな。“頭をお下げください”とか“こちらへお進みください”とか・・。ま、そんな感じ。でさ、その日は日曜日だってのに、風邪で休んでるコが多くてさ。てんてこ舞いだったのよ。あたしも午前中は巫女をやって、午後からはクローゼットに廻ったのよ。・・普通はね、しないのよ。そんなイイ加減なコト。でもそん時には人手不足だったからね。」

 「うんうん、それで?」

 後の二人は手を止めて由美の話に聞き入っていた。

 「・・ところが、そーゆー時に限ってミョーなヤツが居てさぁ。運悪く、午前中に式をしたばっかりの新婦とクローゼットで鉢合わせになっちゃって・・“あーっ!このコ、さっきの巫女だぁ!”・・って騒ぎ出されてさぁ・・。も、大変。」

 「あっはははははっ!ニセモンだってバレちゃったワケね!」

 「・・ニセモノって言ったってさ・・当ったり前じゃん、そんなの。ホントの神社ならともかく、ホテルだよ?ホテル。一体全体、全国にいくつのホテルがあると思ってんのさ。・・全てホンモノの筈がないじゃん。ウチのホテルじゃ、チャペルに居る神父様だって英会話教室のセンセーがバイトしてたんだし。それでも人手が足りない時には、ボーイが代役してたコトだってあったよ。」

 「あっはははははっ・・“それは言わない約束だろ?”っヤツね。」

 真紀はやはり、失敗談さえ聞ければokのようだった。

 「じゃぁ、それで居づらくなった、ってコト?」

 「・・ま、そういうコト。」

 由美はそう言って話を打ち切った。確かに今の話は事実あった事だが、それがバイトを辞めた理由ではなかった。その場は支配人が上手く切り抜けてくれたのだ。本当の理由は当時のバイト仲間だった、というより彼氏だったコージの浮気が原因だったのだ。由美はそれを知って、しばらくは何食わぬ顔をしておき、辞表を出しておいてから思いっ切りコージの顔にツメを立てて引っかいてやったのだ。翌日早朝からの神父の代役をコージがどう乗り切ったのか、由美は知りたい気もするし、どうでもいいような気もしていた。

 「・・・ま、それはいとしても、そろそろ金欠なのよねぇ、あたし。欲しいバックもあるし。割りのいいバイトないかしらねぇ・・。」

 バイトの情報誌を由美は再びめくった。

と、ふと、目に留まった求人案内があった。

「ん・・?何、コレ・・パソコンのオペレーターで・・時間は自由・・出勤日も都合でok・・時給は・・・へぇ、結構イイじゃん。」

 「どれ、ちょっいと見せて。」

 嬉しそうな顔をする由美の手から情報誌を真紀がかっさらった。

 「・・あんたさぁ、コレ、出会い系サイトだよ?」

 「げっ!・・何、ソレ!・・・って・・出会い系サイトってケータイとかでお互い勝手にやるんじゃないの?」

 「何言ってんのよ。出会い系なんてね、九割が男なんだよ。本物の女なんて一割以下。でもそれじゃぁ出会いが成り立たないじゃん?だから、サイトの運営者がオペレーターを雇ってスケベな男共を引き付ける役をやるワケ。」

 「へぇ・・成るほど・・。」

 由美は改めて、情報誌の案内を眺めた。

 「妙なトコで感心してないの、ホラ、そろそろ行くわよ。三時二十分からでしょ?次の講義。間に合わなくなるわよ。」

 レシートを手に、真紀が二人をせかした。


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