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時の楼閣、境界の色  作者: アルマチーク・イワコフ
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第三章

 モニター越しに「あの人」を見ているとどうやら小柄な人と一緒に歩いているらしい。身長差からして姉妹だろうか、二人はダンボール箱を重たそうに抱えながらホームを小刻みな歩調で歩いている。監視カメラの視界から二人が消えかけたその時、



「相変わらず磯場は早いなあ」


 背後、かつ近距離から突如現れた声に驚いたが、なんのことはない。



「磯場か。びっくりしたじゃあないか、せめてノックくらいしてから入室してくれよ、頼むから。」


 それ以前に、入室の挨拶は規則として社内で取り決められていることなのだが、そんなことをヤツに言っても聞かまい。


「まあまあ、先輩なんだからそうカッカしないでよ、ね?あ、コーヒー淹れてきたから飲んで。ホラ、磯場が好きなブルー・マウンテンだぜ。部長の(さかき)さんに頼んで仕入れてもらったんだ。」


 先ほどから芳しい香りがすると思えば、コーヒーの差し入れにきたらしい。しかも部長に頼み込むとは...。彼は自身の立場を理解しているのだろうか、正直不安しか感じない。


「これはどうもご丁寧に...って、水曜のこの時間はお前の当番じゃないじゃあないか。モニター室は当番以外立ち入り禁止だって入社当時から――」


「あ、ソレなんだけど、」



  刈畝は腰掛けカバンのポケットの中をもそもそと探ると、さっと四角い銀色の名刺入れを取り出し、その中の一枚を僕に渡してみせた。思わず目を見張る。


「これはこれは...」


「刈畝 冬吾」と書かれた名刺の上の役職欄には、今までの「総務部 監視機器管理課 第二管理係」に加えて新しく「兼 モニター室管理代行人」の文字列が追加されていた。


「どうだね、磯場くん。どうやら僕も出世の波に乗れてきたようだよ」


 正直、参った。いや、決して出世についてではなく、刈畝がモニター室を自由に出入りできることに関して、だ。誤解なきよう。朝のささやかな、一人きりの時間がこんなくだらない後輩に潰されてしまうかと思うと一気に脱力してしまった。


「刈畝、自らの職務を務めるのも大切だが、せめてノックくらいは――」


「はいはい、人が出世したからといってくだらないことで人を攻撃しないの。長いものには巻かれろ、という言葉があるだろう?そういうことさ。じゃあな。」

  一方的に話を遮られ、ヤツはさっさと行ってしまった。


 ――不愉快だ。



 季節はいよいよ梅雨の盛りとなり、外に出るとなまぬるい大粒の雨が住宅街の細い路地に降り注いでいた。コンビニでサンドウィッチとお茶を買い、最寄りの哉原川(かなはらがわ)駅から市営鉄道の先土羽(さきとば)線に乗り、那釋(なえき)駅まで20分弱の道程だ。濡れた靴が車内の床に擦れるイヤな音を耐え抜き、職場へ向かう。15分も余裕のある出社は久しぶりだった。


 この日は事務作業の量も少なく、いつもより早くモニター室に入ることができた。これなら刈畝が来るまで時間の余裕もある。


 ペットボトル入りの緑茶を飲みながら芒原駅の様子をしばらく監視していると、例の女学生が、いつぞやの小柄な後輩らしき人と歩いて来るのが見えた。視界から切れそうであったので別角度から連れを確認しようとしたその時、突然画面に白いノイズが現れた後暗転した。



「おいおい...故障でもしたのか」


 思わず独り言が漏れる。しかし、どう復旧したものか。刈畝なら分かるかもしれないが、今ヤツは会議中だ。画面が暗転したくらいで上司達の前で呼び出すというのも気がひける。しばらく迷いあぐねていると、デスクの下に入社時に渡されたモニターのマニュアルがしまってあるのを思い出し、モニター室を飛び出した。


 デスクの引き出しからペーパーバックの分厚いそれを取り出してきて、モニターとマニュアルを交互に見ながら復旧作業を行う。手近に設置してあるタブレット型端末に映し出されたモニター映像を芒原駅の監視カメラの電力供給状況を示すものに切り替えると、ホームのカメラへの回路が途中で暗く表示されており、電力が供給されていないことが判った。予備電源から伸びるケーブルなら機能するかもしれない。咄嗟の判断で予備電源を遠隔操作し、スイッチをオンにすると、回路が明るくなった。これで応急処置は完了だ。



 もうとっくに例の女学生は行ってしまっただろうが、芒原駅構内の映像をモニター室前面の中央に位置する大きなメインモニターに映し出した。


 ――そこには、無数のコンクリート片と鉄骨...瓦礫の山と、一際大きなコンクリートの板状の塊が見える。何が起きているのか、思考が追いつかない。地震か、竜巻か、落雷か、事故か、もしかするとテロかもしれないーー様々な憶測が脳裏を駆け巡る。


 監視カメラには、もう誰も映っていない。皆、逃げてしまったのだろう。その時、何かが動いたのを確かに見たのだが、録画には何も映っていなかった。しかし、こんなことを人に言えばモニターする人間としての素質を問われかねない。


 この件に関しては門外不出の他言無用、心の内に留めておくことにした。


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