表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時の楼閣、境界の色  作者: アルマチーク・イワコフ
1/7

プロローグ

この丘を登り始めてから、どれくらい時間が経っただろう。


足元に注意して登ってきた結果、青々と茂る草と、それらを踏み分ける自分の足しかまだ見られていない。例外に時折、頂上までの道のりを確かめたくらいだ。

だが、やはり実際には結構な距離があり、さっきの場所からちっとも進んだ気がしない。

やはり無理か、と諦めかけた時だった。


不意に視界が開け、はっとする。


眼下に広がるのは見知らぬ街の風景だった。

遮るものがないので風が強い。

飛ばされないよう、ぐっと両足を踏ん張る。


……うまくやらなきゃ。


胸の中で期待と不安がせめぎ合う。

これからこの街で暮らし始めるのだ。


地図を取り出し、目の前の景色と見比べる。


右手前に見えているのが最寄りの岸良(きしら)駅で、薄紫のラインが入った電車が停車しているところだ。


その先に上岸うえきし湾岸長島(わんがんながしま)芒原すすきはら神明しんめいと続き、最後は終点の碕枷さきかせに辿り着く。


線路のずっと遠くには海が見えるはずだが、この丘からはとてもそこまで見通せない。

せいぜい岸良と上岸の間が限界だ。


停車していた列車がゆっくりと動き出す。


ちょうど、風の向きも変わった。


雲の合間に漏れ出した光が、眼下の街を照らし始める。

もうすぐ太陽が顔を見せるだろう。

家々の窓が光を反射し、きらきらと輝く。

そんな光景に自然と胸が高鳴るのを感じた。


過剰になりがちな期待を振り払う。

それでも少しばかりの勇気まで消さないよう、「大丈夫」と繰り返し胸の中で唱えた。



私は大丈夫だ。


たとえこの街が、私達に優しくなくても。



目が覚めた。

懐かしい夢を見た気がする。


目の前には毛玉があった。

合間に手を滑り込ませて突き出すと、布団から転がり落ちる。


「…さむ」


それはうつ伏せになったままボソッと呟く。

何だか哀れなので、起こしてやることにした。


「起きて。もう朝」


「んんー…」


不機嫌そうな声を漏らしつつ、それは芋虫のようにのっそりと起き上がった。

寝癖のついた髪は乱れに乱れ、陽炎のようだ。

弟とはいえ、流石に擁護しかねる。


「…ごはん」


「はいはい」


目を擦りながら立ち上がる。

徐に冷蔵庫からサンドイッチを取り出し、テーブルの上に乗せた。


「はい」


「えぇー、またか」


「ぜいたく言わないの。

作る方は大変なんだから」


嘘だった。

他のものを作れないのだ。

料理は苦手だった。


「たまには違うのがいいな」


言いつつも諦めたのか、弟は顔を洗いに洗面所へと向かった。

幼いだけあって聞き分けが良い。


「卵焼きくらいならできるけど、いる?」


「いる」


洗面所から水音に混じった返答が届いた。

仕方がない。


「ちょっと待っててー」


……程なくして歪な形の卵焼きが完成した。


「顔洗った?」


「うん」


髪型は陽炎のままだが良しとしよう。


「いただきます」


「いただきます」


この街に来て暫く経った。

ここに来てからの平穏は、その前とは比べものにならないものだった。


「ねえ、じかんはいいの?」


「え?」


時計を見ると十五分を指している。

電車の時刻にぎりぎり間に合うだろうか。


「やばいっ!」


食器を片付けて制服に着替えた。

身だしなみを整え、革靴を履く。


「いってらっしゃい」


弟は呑気にそう言った。

弟はたっぷりと時間に余裕があるが、四月から六年生の私はそうはいかない。


「行って来る。留守番してて」


「わかってる。…あ、言い忘れてた」


「えっ、何?」


聞き流したい所だが、弟はこういうときに限って大切なことを言うので、それをすると後で必ず後悔することになる。


「今日、このあと降るよ」


今朝のニュースでは一日中晴れだと言っていたが、こいつが言うんだから、きっと降るのだろう。


「きをつけてね」


「行ってきます」


忠告を耳に外へ出た。

この後何が起こるかも知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ