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第三十二話 心配は拭えない。

「そうと決まれば、早速出立の準備に取りかかろう。僕はファーナ用に結界を仕上げるから、シュタールたちは地図で道の確認と食料や物資の調達を頼む。それから町の人にも話を聞いておいて。噂話は役に立つからね」

「了解いたしました。すぐに取りかかります」


 シュタールが指示を出せば四人の部下たちはすぐに散り、ユリアンと侍女もシュタールと何やら相談したあと、早足で食堂を出て行った。

 皆が準備に取りかかったのを確認したシュタールも、エドガルトとファーナに一礼すると姿を消した。


「ね、ファーナ。君や王が城を出るとき、必ず身につけるようにと言われてるものってある?」

「必ず、ですか?」


 ファーナは視線を泳がせながら記憶をたぐり寄せる。

 城を出るとき? 避暑に行くときや、慈善活動で孤児院や病院を見舞うとき……必ず持って出るものは……


「たぶん、あるはずだよ。思い出してみて。近衛騎士たちは制服に聖なる加護を宿しているみたいだ。近衛騎士に加護があるのに、君たち王族にないわけがない」


 近衛騎士が制服を身につけるように、王族が身につけるもの……?


「あ! 扇! 私、いつも必ず扇を持って外出します。その扇には特別な刺繍が施されていて、王族の証であるから、必ず持つようにと、父から」

「それは今回、持ってきてないよね?」


 問いの形をした確認に、ファーナはこくこくと頷いた。

 なにせお忍びの旅だったのだ。王家の者だとバレそうなものは極力置いてきたのだ。


「だよねぇ。んー、じゃあ、どんな結界作ろうかなぁ。加護との競合は考えなくていいから、思いっきり自由に作れる。でも、自由すぎるとあれこれ迷っちゃうよね?」


 ね? と聞かれても、魔法に関して門外漢のファーナではなんと頷いたらいいのかわからない。

 けれど、エドガルトが自分のためにあれこれ悩み、結界を作ってくれるということは、純粋に嬉しい。


「ありがとうございます。エドガルト様が作ってくださるなら、どんなものでも私は嬉しいです」

「――! ああ、もうっ! 可愛いこと言うんだから」

「エドガルト様!?」


 いきなりぎゅむっと抱きしめられて、ファーナは手足をばたつかせた。エドガルトは慌てる彼女にお構いなしに、ぎゅうぎゅうと腕に力をこめた。


「エドガルト様っ! ちょっと、くる……苦し……」

「あ、ごめん! 嬉しくて、つい……。ごめんね? じゃあ、結界の媒介にするアクセサリー、急いで探しに行こう! ここはそこそこ大きな町だから、きっといいお店があるはずだ」


 ぱっと手を離すや否や、今度はファーナの手を握って、ぐいぐいと引っ張る。


「え? 買い物ですか!?」


 急な話に驚くが、エドガルトはにこにこ笑うだけだ。


「大丈夫! とりあえず簡易結界張るから危なくないよ! 何だったら、結界に幻視の魔法も織り込むから、顔隠さなくていいよ!」


 魔法の大盤振る舞いだ。


「姫だってばれると厄介だから、他の顔に見えるようにしようね。髪色と目の色と肌の色、どんな感じにしてみる? 僕としては銀の髪と紫の目が好みだけれど、それだとファーナの元の色だもんなぁ」


 顎に手を当てて真剣に悩みはじめるエドガルト。

 ファーナは彼の強引さにはじめは驚いたが、やがて、ふふっと忍び笑いを漏らした。


「では、エドガルト様とおそろいで、金の髪に緑の目は……」

「ダメ! 兄妹だと思われたら、耐えられないっ! お忍びで恋人と出かけるのに兄妹なんて言われたら、僕、ショックで魔力暴走させちゃうかもしれない」


 エドガルトが言うと冗談に聞こえないから困るのだ。


「じゃ、じゃあ、茶色の髪に茶色の目はいかがです? この国にも多い組み合わせですから」

「わかった。それ、採用。――ん。これでよし。完璧。あんまり遅くなると、出発も遅れてしまう。早く行こう」


 エドガルトはファーナの額をちょんと小突くと、きょとんとしている彼女の手を引いて玄関へと歩き出した。

 まるでこのまま家を出て、町へ向かうようなそぶりだが……


「待ってください! あの、結界と魔法は?」

「もうかけたよ」


 こともなげに言うから、ファーナは目を丸くした。

 そう言えば、いま「これでよし。完璧」と言っていたっけ。

 しかし、あまりにもあっさりしすぎていて、本当にかかったのか不安だ。エドガルトの腕を疑うわけではないのだが……。


「シュタールとトーニが馬車のところで作業してるね。君がどう見えるかふたりに確認してもらおうか。そうしたら君の不安も解消されるだろう」


 心の中を見透かされたようで、ファーナはドキリとした。


「なにを驚いてるの、ファーナ? 君は人の顔をしていると本当にわかりやすいね」


 楽しげに腹を抱えて笑う彼の隣で、ファーナは複雑そうな顔をした。


「ほら、行こう!」


 そう言って差し出された手を、おずおずと取った。その途端、手を力強く握られる。

 ファーナはその強さに驚きとともに安堵を覚えたのだった。

 エドガルトの術は完璧なようで、シュタールとトーニに声をかけた際は大層驚かれた。


「そんな魔法があるのでしたら、ずっとかけていれば……」


 わざわざ危険を冒して呪いを解きに行かずとも、時間をかけてのんびりと、もっと安全に解く方法を見つければいいのではないか。トーニの言葉にはエドガルトを非難するような、そんな気持ちが透けていた。

 エドガルトはそんな彼女に「ごめんね」と寂しげな笑顔を返す。


「この術は長くは保たないんだ。せいぜい半日。しかもこの術は、何度も重ねているとだんだんかかりにくくなってしまう性質のものなんだ」

「そうでしたか……。出過ぎたことを申し上げてしまい、大変失礼いたしました」


 身を縮めて頭を垂れるトーニに向かい気にするなと言い置いて、エドガルトはファーナを連れてその場を離れた。

 彼は、トーニの言ったことに腹を立てたりはしていなかった。彼女の言葉はファーナの事を案じたが故に出たものだ。

 我が身が不興を買うかもしれないと知りながら、主を思う心が彼女を駆り立て、自分への非難を口に乗せたのだ。

 それを誰が責められよう?

 むしろ、そこまでファーナを思ってくれる侍女がそばにいてくれるのは、エドガルトにとってもありがたいことだ。


「さて。じゃあ、ふたりっきりの逢瀬を楽しもうか! こんな機会、滅多にないよ」


 嬉しさを隠さずにエドガルトが笑えば、トー二と彼とのやりとりを案じて顔を青ざめさせていたファーナの頬が、ぽっと赤く染まった。






 町に出たふたりは大通りをぶらぶらと歩き、比較的大きな店構えの宝飾店で大ぶりのアメジストを買い求めた。

 今となってはみることもできない、ファーナの目にそっくりな紫色。

 ずしりと重く感じるほど大きなそれは内包物も少なく、色鮮やかだ。

 一目見てエドガルトはその石を気に入り、またファーナも気に入ったようで即決となった。

 アメジストにしては結構な値段で、ファーナが及び腰になったものの、


「こういうのはね、一目惚れしたものが一番いいんだ。術者である僕との相性って大事でね。しかもこの石は君の本来の目と同じ色だ。親和性が高いから威力は高いうえに、なんの違和感もなく君になじむよ」


 そう説明されて、彼女はあっさり頷いたのだ。

 王女という立場にありながら、やけに庶民的な金銭感覚を持つファーナを、エドガルトは微笑ましそうな目で見下ろした。

 出立の準備をしているであろう皆のもとへ戻る道すがら、ファーナは幾度となく胸に下げたアメジストを撫でる。

 既に魔除けの魔術をかけたそれは静謐な透明さをたたえて、静かに彼女の胸元で揺れている。

 チョーカーとして細工されていたものを、わざわざ銀の長い鎖に付け替えてペンダントにしたのはファーナのたっての希望だ。


「せっかくエドガルト様にいただいたものなので、いつも眺めていたいんです」


 恥ずかしそうな顔でそんなことを言われたら、たとえ容姿が違っていたって惚れ直すに決まってる!

 というわけで、エドガルトは現在すこぶる上機嫌なのだ。

 

「本当に綺麗な色……。まるで秋の夕暮れ空のよう」


 ため息混じりのファーナの独り言をエドガルトの耳はしっかりと拾った。


「でも、ファーナの目のほうがずっと綺麗だよ」

「またそんなお世辞をおっしゃって」


 お世辞ばかりで困った人だ。そんなふうに微笑めば、エドガルトはまるでわかっていないと肩をすくめて首を振る。


「お世辞なんかじゃないさ! ああ、早く君の紫の瞳を見たいよ。カナヘビの顔も可愛いんだけれど、やっぱりありのままのファーナが一番好き」


 にこやかに臆面もなくそう言い放つ。

 だが、一瞬の後には苛立ちをあらわにして眉をつり上げた。


「カナヘビの姿は、僕以外の誰かが作ったものだ。僕の大事なファーナにそんなことをするなんて許せるわけない。ねぇ、そうだろう!?」

「え? あ、は、はい!」


 同意を求められ、ファーナはよくわからないまま頷いた。


「――でもね、悔しいけれど、君がカナヘビの顔をしていることに僕はちょっと安心してしてる」

「安心、ですか?」


 オウム返しに問い、ファーナは隣を歩く男の顔を仰ぎ見た。

 彼女の視線に気づいているだろうに、エドガルトは真っ直ぐ前を見たまま口を開いた。


「そう。認めたくないけれど、僕は安心してる。だって、君がカナヘビの顔をしていれば、悪い虫はそうそう付かないじゃないか!」

「それは……確かにそうですけれど……」


 ファーナと親しい者たちは彼女のカナヘビ顔を見ても、これまで通りに付き合ってくれているが、皆が皆そうとは限らない。

 民にも貴族にも彼女の容姿を気味悪がり、あれこれと言い立てるに違いない。自分一人が言われるのならまだいいが、そのせいで父王や兄弟たちに迷惑がかかるのは避けたい。

 呪いが解けない間は、この半年同様、ひっそりと自室に引きこもり、公式行事だってあれこれと理由をつけて欠席することになるだろう。

 悪い虫なんて付きようがない。


「そうなんだよ! 君はとても綺麗だから僕は心配で心配で仕方がないんだ。僕たちが結婚したとしても、それでも四六時中一緒にいることはできないだろう? 僕の留守中、君になにかあったらどうしようと思うと、もう矢も盾もたまらないんだ!!」

「あの、それは取り越し苦労……」

「そんなことない! ああ、もう、ファーナはぜんっぜんわかってない!」


 結婚なんて先の先の話だし、いまからそんな心配をされても困る。そう思って、やんわりと諫めようとしたファーナを、エドガルトが思い切り遮った。


「男はみんな危険生物なんだよ! 魔物なんだよ! 頼むからわかって!」


 エドガルトは立ち止まると、ファーナの肩をがしっと掴んで顔をのぞき込んだ。


「君は優しくて、人を疑うことを知らないから心配なんだ。――僕がいないときはカナヘビ顔でいてくれればいいのに、なんてひどいことまで考えちゃうんだ。ごめんね、君はあの顔のせいでたくさん苦しんでるのに」


 泣きそうな顔で謝るエドガルトの頬を、ファーナはそっと指で撫でた。


「そんな悲しそうな顔をなさらないでください。確かに呪いを受けてから、たくさん悩みました。どうしたらいいのかわからなくて怖くて、それにエドガルト様にお会いできないと思っていたので悲しくて。でも、いまはそんなに辛くありません」

「ファーナ?」

「だって今はエドガルト様がそばにいてくださるし、こうして一緒にお忍びの旅をしています。私の顔が元のままだったら、絶対にこんな旅できなかったでしょう? 実は私、わくわくしてるんです」


 そう言って、ファーナは心底楽しそうに、ふふ、と声を上げて笑った。


「エドガルト様。私が小さい頃、どんな物語が好きだったか覚えてらっしゃいますか?」

「うん。騎士が竜を退治したり、冒険家が古代の遺跡を探検したり、そんな話が好きだったね」


 エドガルトの脳裏に、幼い頃、一緒に絵本を読んだ記憶がよみがえる。今でも色あせない懐かしい思い出。


「はい! 現実は物語のように上手くはいかないでしょう。――でも、エドガルト様と一緒なら全てがなんとかなる気がするのです。たとえどんな怖いことが待っていたとしても、後悔なんてしません」


 フェアゲッセン城に向かうと聞いて驚いたが、しかし彼について行こうと心に決めたのと同時に、ためらいは消えたのだ。

 それどころか、ファーナの胸には妙な高揚感が芽生えた。


「だから、ひどいことを考えてしまうなんて、そんな自虐的なことは考えないでくださいね」


 そう言って、彼女はにっこりと笑った。

 見慣れない茶色い目で。仮の姿で。

 それでもエドガルトを魅了するには充分だった。

 彼は呆然と彼女の笑顔を見つめた後、さも愉快そうに笑い声を上げた。


「君は、本当に……なんて強くて優しいんだろう。大好きだよ、ファーナ。また惚れ直した!」

「エドガルト様! ちょっと、ま、ま、待ってくださいっ、こここここっ、こんな往来でっ」


 突然抱きすくめられて、ファーナは大慌てだが、エドガルトは「大丈夫、大丈夫」と笑うだけで取り合ってくれない。

 何が大丈夫だと言うの! 心の中で突っ込むが、動揺が酷すぎて言葉が喉に詰まる。

 通りすがりの男性が、ふたりを見て、ひゅーと口笛を吹いたものだから、ファーナはますますいたたまれない。

 そんな彼女の耳に、甘い囁きが忍び込む。


「僕は一生で何度、君に恋をするんだろう? きっと数え切れないくらい何度も何度も恋に落ちるんだ」


 羞恥とときめきで、ファーナはくらりと目眩を起こした。

 卒倒しないのが奇跡だ、と感心しながら、彼女は混乱した頭の片隅で、どうやって彼に離れて貰おうとあれこれと考えをめぐらせた。



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