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第三十一話 俺にもカッコつけさせろよな!?

「東の国から嫁いだ王妃が何年前……いや、何百年前の人間かわからないけれど、王家の娘であるファーナさえ知らない話なのだから、相当に昔のことに違いない」


 魔物は争いで命を落とすことも多いが、寿命自体は人より遥かに長い。だからこそ、彼らの中では受け継がれてきたのだろう。

 言い換えれば、それほどむかしの話だということだ。


「その頃からある古い城、もしくは城跡。それは城へ戻れば、いくつあるのか、どこにあるのかがわかるだろう。それをひとつずつ、しらみつぶしに当たっていけば……」

「いいえ、エドガルト様。その必要はありませんわ。もし、ニャーの言うように王妃の封印された場所を訪れた者が呪いにかかるというのなら……ひとつだけ心当たりの城があります。ただ、その城を私が訪れたのは、顔が変化するよりずっとずっと昔のことです」


 ファーナの言葉に、エドガルトは思案げに眉を寄せた。


「決めつけるのはよくないけれど、呪いにはかかる時期と、発動する時期が異なる種類のものもあるんだ。だから、君の予測はもしかしたら的中しているかもしれない」

「時期が異なるものがある、というのは?」

「うん。あのね。例えば、なんだけど、誰かが僕に呪いをかけたとする。その呪いは『僕が二十歳になった日に蛙に変身する』という呪いだ。これなら、かかった時期と発動時期にずれが生じるだろう?」


 エドガルトのたとえに、ファーナは得心がいったと大きく頷いた。


「君が心当たりだと言ったその城は、どこ?」

忘却(フェアゲッセン)城。私が向かおうとしていた城で、深い森の中にある、半ば忘れられたような城でございます。昔はその……重篤な病に冒された王族が療養をするために使われておりました」


 他に政争に負けた王子、狂気に身を任せた王女、その他、時の王にとって都合の悪い者、国家に徒なす可能性のある者――そういう表舞台に出せない王族を幽閉するために使われていたのだが、いまは城主不在で、城を維持するのに必要最低限の使用人が雇われ、日々管理しているだけだ。

 国の恥部とも言うべき城だが、ファーナは包み隠さずに事情を話した。

 下手な隠し立ては、手がかりすらも隠してしまう可能性があるからだ。


「そんな恐ろしい城に、なぜ幼い君が?」

「あら、城の歴史は確かにおどろおどろしいですが、とても美しい城なのですよ? 城から見える景色も風光明媚で。ひいおじいさまの代あたりから、避暑地として使用しておりますの」

「……君のご家族はとても豪胆な方々ばかりのようだね」


 そんな暗い歴史のある城で、しかも今となっては本来の目的で使用することもない城を、そんなのんきな理由で使い続けていることに、エドガルトは驚いた。


「豪胆? そうなのでしょうか? これが普通かと思っておりました……」


 エーレヴァルト王家の男は堂々たる体躯の大男ばかりだが、女性陣は皆、華奢な体つきをした美女ばかりだ。

 男性陣が豪胆なのはわかるが、そんな繊細な女性たちまでがそうだとは……。

 いや、だからこそ、ファーナがこのような姿に変わっても、たいした騒ぎにならずにいるのだろう。

 そう思い至り、エドガルトは自嘲にも似た笑みを漏らした。

 守りたいと思うそばから、己の腕をするりと抜けていくような、ファーナの自立心と行動力はどうやらエーレヴァルト王家の気質らしい。


「君はそのフェアゲッセン城でなにか不思議な体験をしたのかな? だから心当たりだと?」

「いいえ。不思議な体験をした記憶はありません。覚えていないだけかもしれませんが。ただ、私が城を出る機会は少なくて、古い城と言えばフェアゲッセン城にしか行ったことがないのです」

「君が、フェアゲッセン城を訪れたのはいつ?」

「毎年夏に。今年は行きませんでしたが……」


 エドガルトは顎に手を当てて考え込むような仕草をする。


「とすると、最後に訪れたのは、去年の夏。約一年以上前の話だね」


 一年と少し前までに呪いを受けて、半年前に発動。ありえないことではない、とエドガルトは判断した。

 魔法使いは呪いの気配には敏感だが、それは呪いが発動した後のことだ。発動前、いわば休眠中の場合は、気配が薄すぎて感知できないのだ。

 それでも、修練と経験を積んだ大魔法使いなら、それを敏感に察知することもあるだろうが、いかに天才と騒がれても、エドガルトは修練も経験も乏しい新米だ。

 

 ――もし僕が、誕生祝賀会で気づいていれば……。


 そんな詮無い後悔が彼の脳裏にぽっかりと浮かんだ。

 そんなこと、無理だったのだ。祝賀会の会場は人々が入り乱れて、様々な気配、魔力に満ちていた。

 しかも、昔から決められた婚約者だとは言え、エドガルトは学生の身であり、そういった諸々の事情で正式婚約はしていないのだから、すぐそばに陣取って片時も離れないなんてことはできなかったのだ。

 普通の魔法使いでは気づかないだろう気配。それにまだ学生だったエドガルトが気づかなかったとして、誰が責められよう?

 わかるのだが、それでも後悔はこうして押し寄せる。

 いましているのは、仮定の話だ。それを基盤にして落ち込んだって意味がない。

 だが、ファーナはあの夜に変わったのだという。

 なら、エドガルトの見ていないところで、誰かが彼女を呪ったのかもしれない。

 だとしたら、目を離した自分がなおさら許せなくて……


「エドガルト様? どうしました? 急に黙り込んで……」


 黒く大きな目が、心配そうにエドガルトの顔を覗き込んでいる。

 エドガルトはハッと我に返り、慌てて笑顔を浮かべた。


「あ……ああ、ごめん。――今のところ手掛かりは、ニャーの話にあった(いにしえ)の王妃のみ。彼女の居場所は不明。だが、フォアゲッセン城の可能性あり、と。なら、行ってみようか」


 まるでちょっとそこまでお使いに……とでも言うような気軽さでのたまう。


「え!?」


 エドガルトの言葉に、護衛の五人以外は皆、驚いたが、一番大きく驚愕の声を上げたのはファーナだった。


「だって、他に手掛かりないでしょ? このまま王城に戻って、城の図書館で調べてから出直すって言うのも手だけど、せっかくここまで来たんだしさ。ファーナだってもともとフォアゲッセン城に行くために城を出たんでしょ?」

「それは……そうですけれど……、でも!」


 ファーナが城を出奔した際は、こんなことになるなんて思ってもいなかったのだ。

 まさか自分にかけられた呪いが、魔物たちを引き寄せるなんて知らなかったし、毎年行っているのだから言わば通いなれた旅路だし、追っ手に気をつけさえすればそれでいい。そんな逃避行だと思っていた。

 だが、ファーナを連れての旅は危険なのだと知ってしまった。これ以上、旅を続けたら同行者の命を危険に晒すことになりかねない。

 堅牢な護りの中にあるという王城へ取って返すほうがいい。ファーナはそう考えていたので、エドガルトの答えに驚いたのだ。


「大丈夫、大丈夫。僕が君専用の結界を作ってあげるから。昨日みたいに魔物に襲われることもなくなるし、もしすーっごい鼻の利く魔物が襲ってきたら、僕が叩き潰す。――

ね、問題ないでしょう?」


 エドガルトはにっこり笑うと、テーブルの上にまだ残っていた焼き菓子を指でつまみ、行儀悪くポイッと口に放り込んだ。

 目を細めて「本当に美味しいねぇ」と笑う彼に、ニャーとギィがくるくるとまとわりついた。


「おい! アルジ! ひとりでいいカッコすんな! 俺だって姫さん守るぞ!!」

「ギー! ギギー!!」

「あー、はいはい。そうだね、ゴメン。頼りにしてるよ、ニャー、ギィ」


 エドガルトは菓子をふたつ手にとってかがみ込み、ニャーとギィにひとつずつ渡した。

 渡された二匹は美味しそうに菓子を夢中でむさぼりはじめ、おとなしくなる。

 エドガルトは美味しそうに食べる二匹を、穏やかな、それでいて嬉しそうな眼差しで見つめている。

 慈愛の眼差し、とはいかないが、まるで小さな弟たちを見守る兄のように見えた。

 そんなひとりと二匹を見ていると、ファーナの心も温かくなった。


(エドガルト様に全てお任せしよう。きっと、彼のおっしゃることは一番正しいのだわ)


 世慣れていない自分より、ずっと博識で、大局を見渡せる目を持っている。

 なら、意地を張るより彼に頼ったほうが、きっと物事はうまく運ぶに違いない。


「あの、エドガルト様。道中、なにかとご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします」

「たとえ君がどんなことをしても、迷惑だなんて思わないよ。むしろどんどん僕を振り回してほしいな!」


 ほしいな! と言われても……。

 ファーナは困惑を胸に隠しつつ、あはは、と声を上げて笑い、誤魔化した。

 幸いなことに、表情の出にくいカナヘビ顔だ。

 昔はよく感情が顔に出やすいとからかわれたけれど、これならエドガルトにもそうそう読み取れないだろう。

 その一点についてのみカナヘビ顔で良かったかなと思うのだった。


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