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第三十話 俺の話を聞きたいにゃ!?

 ピンと張り詰めた空気の中、話を振られたニャーだけが、訳もわからず暢気に首をかしげた。


「あ? 本題? なんだ? なんで俺に言う?」

「『王妃の呪い』ってなにかな?」


 エドガルトの問いで、ようやく得心が言ったらしい。


「ああ! 王妃の呪いか! 王妃の呪いは王妃の呪いだぞ?」


 それ以上説明なんていらないだろうと言わんばかりに、ニャーは長い尻尾をぱったん、ぱったん、と揺らす。


「だから、それを詳しく話せと言っているんだ。僕の言ってること、わかるかな?」


 ニコニコと笑いながら、ニャーに向かってずいっと顔を近づけた。

 顔に貼り付けた笑みは完璧だが、しかし、いまにもこめかみに青筋が浮きそうな気配だ。


「にゃ、にゃ、にゃにを知りたいにゃー? ボクわかんにゃいから、アルジが質問してにゃー? ボク答えるにゃー?」


 大きな目を潤ませて、いい子アピールに余念がない。

 恐怖に対してこのくらい敏感でないと、小さな魔物は生き残れないのかもしれない。

 言い換えれば、ニャーが生き残ってこれたのは、この聡さのおかげでもあるだろう。


「そうだね。そのほうが効率がよさそうだ」


 笑みはそのままだが、エドガルトからは威圧感のみがすっかり消えた。

 乗り出していた身を戻し、彼が椅子に座り直すと、ようやくニャーは安堵のため息をついた。


「ではまず最初に。王妃って誰のこと? 現在、この国は王妃不在だけれど?」


 固唾を飲んで皆が見守る中、エドガルトの声はよく通る。


「あー。うん、そっちの姫さんに呪いをかけた王妃は人間じゃねぇからなー。昔は人間だったんだろうけどな、今は亡霊だ。俺たち魔物でも太刀打ちできねぇ、すげえ怖い怨霊」

「ひっ! おおおおおおっ、怨霊ッ!?」


 情けない悲鳴を上げたのは、怖い話も魔物も大っ嫌いなツェラだ。

 隣のユリアンにガシッとしがみついている。

 昨日、エドガルトが言った、騎士の衣装は魔を払うと言う言葉が、彼女の心にしっかりと刻み込まれているらしい。

 怖いと思うたび、ユリアンにしがみつくのが昨日からの習慣になっているようだ。

 対するユリアンは、嫌そうな、面倒くさそうな渋面を作るが、作ったはしからニヤけるので、内心でどう思っているのかはバレバレだった。

 エドガルトはちらりとその様子を見たが、からかいもせずに流した。


「その怨霊の王妃はどこにいる?」

「さぁね。俺が生まれるよりずっとずーっと昔から、どっかの城で眠りについてるってきたけどな」

「じゃあ、なんで君は、ファーナにかかった呪いが、その王妃がかけたものだとわかったんだ?」

「だって、魔物たちの間じゃあ有名な話だからな!」


 エドガルトの眉が、ぴくりと動いた。

 どうやら、確信に近づいたようだ。


「その、有名な話と言うのを聞かせてくれるかい?」


 エドガルトはテーブルに肘をつき、身を乗り出した。隣ではファーナが、会話するふたりをじっと見ている。その大きな黒い目には期待と不安が入り交じっている。


「むかし、むかーしな、遠い東の国から王女様が、この国の王様に嫁いできたんだと。それでな……」


 ニャーが語り出したのは、こんな昔話だった。


 何百年かの昔、東の国からひとりの姫が嫁いできた。結婚相手は当時のエーレヴァルト国王。

 姫の故郷は魔力を持つ者が多く、高名な魔法使いを何人も輩出している魔法使いの国。一方、エーレヴァルトには魔法使いどころか、魔力を持つ者さえ少なかった。

 美しく聡明で、しかも強大な魔法使いでもあったかの姫には、数え切れないほどの求婚者がいたが、彼女が選んだのは、特に裕福なわけでも、強国でもないエーレヴァルトの、若き国王だった。

 エーレヴァルト国王は人一倍熱烈な求婚を繰り返し、それに絆されたのだろう。魔法使いの姫はこの国に嫁いできた。

 彼女を娶った国王の本心は、いまとなってはわからない。

 愛情だったのか、それとも王家の血筋に魔力の強い家系の血を入れたかったのか、はたまた彼女の強大な魔法で国を外敵から守ってほしかったのか……。

 両国の国民から祝福を受けたふたりの未来は明るかったはずだ。

 だが、未来で待っていたのは暗雲。ボタンを掛け違えるようにふたりはすれ違い、夫婦仲は冷え切り、やがて完全に壊れた。

 王妃は、嫁いだことを後悔して泣き暮らし、王はそんな王妃を避けるかのように領土の拡大に没頭して西へ東へと馬をかり、剣を振るった。

 領土は広がり、国も富んだが、しかし、王はその戦いの最中に命を落とした。

 幸い、世継ぎは生まれており、王位の継承に問題はなかった。

 王位を継いだ息子は若いが聡明で穏やかな気性でだった。父王とは違い、領土拡大に血道を上げるのではなく、内政に力をいれた。

 臣民から慕われる息子の姿を確かめて安心したのか、王妃は病に倒れてひっそりと永遠の眠りについた。彼女が隠棲した山中の城で。

 葬儀は手厚く行われたが、なぜか彼女は亡霊としてこの世にとどまってしまった。

 穏やかだった最期とは裏腹に、苛烈な亡霊として夜ごとに前王――夫――に対する怨嗟を、国に対する呪いを吐き散らしたという。

 近寄る魔物を取り込み、彷徨う霊を喰らい、いつしか王妃は強大な怨霊へと成長していった。

 困り果てた王は、高名な僧や魔法使いを差し向け、母の霊を鎮めようと試みた。

 激しい攻防と多大な犠牲の末、ようやく怨霊となった王妃を封印するに至ったのだ。

 王妃は最後まで、この世を恨み、王を恨み、子孫を、国を、全てを恨み呪うといい眠りについた。

 だがその封印さえ彼女の力を完全に抑えきることはできず、不完全だ。

 いまでも、どこか山奥の城の片隅、彼女が封印されたその場所を訪れると、恐ろしい呪いにかかるという。

 そう。彼女の故郷に棲む蛇ともトカゲともつかぬ生物の姿に変わるという――――


「な? な? そっちの姫さんの顔、どう見てもそうだろ? 顔だけかわるってーのは予想外だったけどよぉ」

「おい、ニャー! そんな言い方ないだろっ!」


 そう食ってかかったのは驚いたことに、ユリアンだった。


「は? んだとぉ? 俺は見たまんまを言っただけだぞ! なんだよ、おまえ、偉そうに!」

「あのなぁ!!」

「まぁ、まぁ。ユリアンもニャーも落ち着いて」


 ユリアンに先を越されて、腹を立てる機会を逸したらしいエドガルトが、苦笑いを浮かべながらなだめる。


「そうよ。こんなことで喧嘩はしないで? そうねぇ、確かに私の顔は蛇でもトカゲでもないわね。昨夜エドガルト様に伺ったのだけれど、カナヘビという生き物なんですって!」


 このくらいの大きさだそうよ、と、両手をカナヘビの体長程度に開いてみんなに見せ、ファーナはふふふ、と小さく笑った。


「ファーナ様!?」


 あまりにもあっけらかんとしているので、ユリアンと、ツェラ、トーニはぎょっと目を見開いた。


「大丈夫よ。もう隠すのはやめたの。もちろん、事情を知らない民たちに見られたらいらぬ心配をかけるから避けたいけれど、協力してくださる皆さんにまで隠してるのは失礼だと思って。そんなことを気にするよりも早く真相を知って、呪いを解きたいわ」


 ファーナは驚く三人にそう言うと、ニャーに向き直った。


「話してくれてありがとう、ニャー。とても参考になったわ」

「そうだね。全部が全部、伝承通りではないだろうけれど、それでも立派な手がかりだ」

「へへっ。よせやい。照れるだろー!!」


 ファーナの言葉を裏づけるように、エドガルトも褒めれば、ニャーは嬉しそうに体をもぞもぞと動かした。


「ねぇ、ニャー。その王妃様が封印されたお城ってどこにあるのかしら?」

「それは知らねえ」


 きっぱりとした答えに、一同はむむ、と考え込んだ。


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