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第三話 そう簡単には騙されない。

此度(こたび)のこと、快くお受け願えませんでしょうか? わたくしのような者では到底エドガルト様の伴侶など務まりません。どうか婚約の解消を……」

「うん。そうだね。君では僕の伴侶など務まらないだろうね」


 遮るようににこやかに告げられて、アンネリーは絶句し、アザールは目をむいた。

 砕けた口調を咎める余裕どころか、不快だと思う間さえない。

 

「だいたい、君と婚約した覚えもないしね」

「な、なにを……?」


 虚を突かれ、アンネリーは口ごもった。なんとか取り繕わねばと思うけれど、美味い言葉が見つからず唇を噛んだ。

 エドガルトから注がれる視線は鋭く、薄いベールは彼女を守ってくれない。


「――で、ファーナ姫はどこ? 教えてくれないかな、偽物のお姫様?」

「なっ! し、失礼なことを言わな……」

「僕を甘く見ないでほしいなぁ」


 明るい声色に似つかわしくない怒気が、彼の全身から吹きあがった。


「ファーナと君では全然違う。匂いも、纏う雰囲気も、全部」


 明るい緑の目は、全てを見通しているかのように濁りがない。

 アザールは、ふたりのやり取り――主にエドガルトの様子を観察していたが、彼の言葉と態度には揺らぎがない。どうやらはったりではなさそうだと判じた。 

 常人には見えない何かを感じているのかもしれない。

 底光りのする目でじっとエドガルトを眺めながら、王は頬杖をついた。

 魔力を有する子どもたちが集められ、その力の使い方を学ぶ魔術学院。そこを首席で卒業したというのは伊達ではないということか。

 髭に覆われたアザールの唇に、何とも言えない笑みが浮かんだ。


(彼ならファーナをもとに戻せるのではないか? 諸刃の剣かもしれないが、賭けてみる価値はありそうだ)


 これだけ婚約解消を拒むのだから、エドガルトのファーナに対する思い入れは疑わなくていいだろう。

 今はまだ秘密は外部に漏れていないが、漏れるのは時間の問題。しかも、思いつく治療法は全て出尽くして、今や八方ふさがりなのだ。

 駄目でもともと、もし最悪な結果になったとしても、今のまま手をこまねいた果てに訪れる結果と大差ないだろう。


 ――打ち明けてみるか。


 アザールは決めた。

 目の前の青年がどんな反応をし、またどんな行動に出るのか、見物ではないか。

 迷いを断ち切り腹を括れば、愉快な心持ちになってくる。


「わ、私は……」

「無理しなくていいよ。ほら、手が震えているじゃないか。君は人を騙すには向いていないようだから、もうそろそろお芝居は終わりにしなさい。いくら温厚な僕でも、大事な人の名前を騙る偽物を目の前にしてるんだから、そう長く笑ってはいられないよ?」


 これ以上怒らせるな――そういう意味だ。

 アンネリーはびくりと肩を跳ねさせた。

 力の強い魔法使いを怒らせて滅んだという国の伝説を思い出し、ベールの下の顔を青ざめさせる。


「く……くくく……」


 緊迫した空間に、突然、笑い声が響いた。

 くつくつと、さもおかしそうな忍び笑いは、間もなく哄笑に変わった。

 場違いともいえる笑い声に、エドガルトとアンネリーは同時にアザールへ顔を向ける。


「いやはや、これは参った」


 参ったと思ってもいないような口調で一言こぼし、アザールは椅子の背もたれへと体を投げ出した。


「それは儂とファーナに頼まれて断れなかった可哀想な娘だ。そう苛めないでやってくれ」

「僕がそうするように仕向けたのは、他ならぬ陛下ではありませんか」


 これ以上巻き込むのは可哀想だと思ってか、王はファーナに扮したアンネリーを、手振りで下がらせた。

 エドガルトに見とがめられるかと思ったが、彼はもう偽物には興味がないようで、一瞥すらくれない。

 答えはアザールのほうにあると言わんばかりに、王の顔をじっと見つめる。


「まさかこんなに早く見破られるとは思わなんだ。参った、参った」


「参ったと言いたいのはこちらです、陛下。ファーナ姫との結婚を心待ちにしていたというのに、直前になって婚約解消、しかもはるばる会いに来たというのに出迎えてくれたのは偽物。これはいったいどういうことなのですか。まさか両国の仲違いでも目論んでおられるのですか?」


 本気で仲違いをするつもりなら、こんなまどろっこしいことをせず、宣戦布告するなり不意打ちを賭ければいいだけのことだ。

 本気でアザールが仲違いを目論んだと思ったわけではないが、そう取られても仕方のない行為をしたのだと、エドガルトは釘を刺す。


「いや、すまん。そういうわけではないのだ」


 アザールは手元のテーブルからグラスを取り上げると、冷えた果実水を一気に飲み干した。

 冷たい水が乾いた喉を通る心地よさに、彼は目を閉じ、そしてゆっくりと瞼を開けた。


「真実を告げねば、そなたはどうあっても引き下がらんのだろうな」


 問いとも独り言ともつかぬ言葉をもらす顔に、少しばかり疲れが見えたような気がした。


「ええ、お願いします」

「儂の話を聞いてどうするかはそなたの自由だ。しかしな、できることなら口外しないでほしい。ファーナ(あれ)のためを思うなら、な」

「誓います。ファーナ姫の不利益となることを、どうして私がいたしましょう」


 エドガルトの口調がかしこまったそれに戻ったことに気づき、アザールは小さく笑った。どうやら一難は去ったようだ。

 激昂した魔法使いが狭い部屋の中で大暴れなんて事態になっていたら、笑えないところだった。


「よかろう。そなたを信頼して話そう。今から半年前のことだ」


 アザールは身を乗り出し、少しばかり声を潜めて話し始めた。


「半年前? というと、彼女の誕生祝賀会の頃でしょうか」


 聞く側のエドガルトも、一言も聞き漏らさぬようにと身を乗り出した。


「そうだ。その祝賀会の翌日だ。原因はわからんのだが……」


 ファーナの誕生祝賀会にはエドガルトも参加していた。もっとも卒業試験の準備に忙しく、慌ただしくとんぼ返りしてしまったのだ。

 その翌日、彼女に何かが起きたというのだ。もう一日、帰院を伸ばせばよかった。握りしめた拳が後悔で軋んだ。


「顔が、な。面妖な顔に変わってしまったのだ」

「面妖な、とは?」


『面妖』と一言に言われても、面妖も千差万別、色々あるだろう。どんなふうに面妖なのかと重ねて問えば、王は何とも言い難そうに歯切れの悪い答えを返す。


「人というより、その……爬虫類に似た顔に変わってしまったのだ」

「爬虫類、ですか。それはその、蜥蜴だの蛇だのと……」

「ああ、そうだ。病のせいなのか、魔術や呪いのせいなのか分からん。とにかく八方手を尽くしたのだが、直す術はいまだに見つかっておらぬ。ただ、人の顔が一晩で他の生き物の顔に変容する病はいまだ報告されておらぬ。だからおそらく、魔術か呪いのせいだと思われる。我が城の魔法使いたちも力を尽くしてくれているのだが……」


 解決の糸口すら見つけられないのが現状だ。

 アザールはファーナの姿を思い浮かべ、目頭を押さえた。

 人のものとはかけ離れてしまった顔から表情を読み取ることはできないが、しかし大きな目は苦悩と悲しみをたたえて潤み、元から華奢だった体は儚いとしか言いようがないほどに細っている。

 いつか消えてしまうのではないか、そんな危機感が父王の胸をかきむしるのだ。

 自棄になり暴れるでも、誰を責めるでもなく、それどころか自分のために尽力する者に事あるごとに感謝し、また気遣う優しい娘だ。

 だからこそ、容貌が変わっても周りの者は逃げ出しもせず、今まで通りに接しているのだ。

 人は余裕があれば誰しも他人に優しくなれる。だが、自分が切羽詰まった時にそれでも人を思いやれる人間はそう多くはない。どうやらファーナはその稀有な部類に属する者のようだ。

 なんであんなに優しい娘がこんな目に遭わねばならないのか。理不尽さに腹が立つ。

 早くなんとかしてやりたい。例え倫理に背いても、例え誰かを騙そうとも。

 それが親心と言うものだ。


「なんでこんなことになったのだろうな……。あれもそなたとの結婚を心待ちにしていたというに、どうしてこんな……。もしかしたら、ファーナの変容は、私に恨みを持つ者の犯行かもしれない。そう思うと矢も盾もたまらず叫びだしたくなるのだ。誰にも恥じるような統治はしていない。それは胸を張って言える。しかし怨嗟の矛先が愛娘へ向くのは、耐えがたい」

 

 切々と語り、それきり王は口を閉ざし、俯いた。


エドガルト「ファーナと君では全然違う。匂いも、纏う雰囲気も、全部」

アザール&アンネリー「(匂い!?)」

アンネリー「(この距離で匂いがわかるの!?)」

アザール「(嗅覚すごくね!?)」

アザール&アンネリー「(コイツもしかしてヘンタ……いや、アブナ……いや、ちょっと変わった系の人? いやいやいやいや深く考えたらダメだ。うん、聞かなかったことにしようそうしよう)」


……という一幕を入れたかったのですが本文にうまく入らなかったので、ここで吐き出し。


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