第二十四話 俺たち、偉いか? 偉いよな!?
「失礼いたします」
答えて入ってきたトーニの手には大きな銀の盆がひとつ。
続いて入ってきたシュタールは二弾になったワゴンを押している。ワゴンの下段にはなぜか、ニャーとギィが乗っていた。
「よう! 人間! 俺も手伝ってんだぞ、偉いか? 偉いだろ!」
「ギー! ギー!!」
「ほら、香辛料と塩、持ってきてやった。ありがたいと思えよ! ところで人間、おまえ、香辛料とか塩って知ってっか? すげえんだぞ! これかけると美味えんだぞ!」
奇妙な踊りをくねくねと踊っている二匹が手に持っているのは、どうやら香辛料か何かの入れ物のようだ。
「んー。まぁ、僕はこれでも十八年は人間やってるから、一応、香辛料と塩は知ってるよ。でも食事の用意の手伝いをしたのはふたりとも偉いぞ」
エドガルトが褒めると、二匹は嬉しそうに目を細めた。
そんな二匹を眺めるトーニがフルフルと震えていたが、たぶん「可愛い!」と叫んで身悶えたいところをじっと我慢しているのだろう。
「しかし、その『人間』て呼ぶの、そろそろやめてくれないかな、ニャー。ここにいるのニャーとギィ以外みんな人間なんだけど」
「俺、無理矢理使い魔にされたんだし、御主人さまぁとか呼ぶのヤだかんな!」
ニャーは鼻にしわを寄せ、気分を害したとでも言いたげに腕組みをした。
「えー」
「そんな不満そうな顔しても呼ばないかんな!」
「えー」
「呼ばないって言ってるだろ!」
「えー」
「しつこいぞ人間!」
主従が喧嘩ともつかない言い争いをしている間に、トーニはてきぱきと食事の支度を整え、シュタールは大柄な体を窮屈そうに折り曲げながらトーニの指示に従って手伝っている。
「あの……」
おずおずとファーナが割って入ると
「なんだにゃー?」
「どうしたの、ファーナ?」
猫なで声が重なった。次の瞬間、返事をしたエドガルトとニャーが睨み合う。
「おい、ニャー。なんだい、その語尾。今さら可愛い子ぶるなとさっきも言ったろう?」
「うるさい! 女性には優しくするもんだ! おまえこそなんだよ、俺に対する口調と全然違うじゃねぇか! 猫なで声ってやつだろ? 不気味! 不気味!」
「君に言われたくないね」
「こっちのセリフだ!」
ファーナはオロオロと、ふたり……いや、ひとりと一匹の言い争いを見ていたが、話がそれている上に終わりそうもないので、勇気をだしてもう一度割って入った。
「あの、エドガルト様、ニャー、呼び方なのですが……」
途端に口論が止んだ。
「呼び方?」
「はい。ニャーがエドガルト様を呼ぶときの名称です。『ご主人様』がだめなら『あるじ』はいかがでしょう? それも嫌なら『エドガルト様』と名前で呼ぶのは?」
と提案を受けて、ようやくエドガルトとニャーはなんで言い争いを始めたのかを思いだした。
「おっ。それいいな、俺、アルジって呼ぶ!」
「――ニャー、主の意味、分からないで言ってるだろ?」
主もご主人様も似たようなものだろうに、とエドガルトは思うが、ニャーはなんだかうれしそうだ。
「おい、アルジ! アルジってば!」
と楽しそうに呼ぶ。
「はいはい。なんだい、ニャー」
「呼んだだけだ、アルジ」
「それはそれは」
ぞんざいに答えるが、ニャーは気にも留めない。
「なぁなぁアルジ」
「んー?」
「名前、嬉しいか? 新しい名前、嬉しいか? 俺はお前に名前もらえて嬉しかったぞ。もう俺はただの小さな道化じゃないんだ、ニャーなんだって」
ニャーの言葉に同意するように、ギィもぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「俺、名前嬉しかった。ギィもきっと嬉しかった。だから、おまえも嬉しいだろ、アルジ!」
香辛料と塩の入れ物を持ったまま、二匹がエドガルトとファーナの周りをクルクル回る。
エドガルトはそんな二匹を、あっけにとられたように眺めていたが、やがて幸せそうな温かい笑みを口元に浮かべた。
「ああ、そうだね。新しい名前は嬉しいね。ニャーとギィだけが僕をアルジと呼ぶんだ。たくさん呼んでおくれ。そうしたら、そのたびに僕は嬉しい。僕もたくさんニャーとギィを呼ぶからね」
エドガルトは腰をかがめ、ニャーの頭を撫で、ギィの幹を撫でた。二匹は心地よさそうに目を細める。
「ニャー、ギィ。そろそろ、雑談は終わりよ。ここに香辛料と塩を置いてちょうだい。それでお手伝い完了」
トーニが抑揚の乏しい声で呼びかけると、二匹は喜び勇んで指定された場所に入れ物を置く。
「お手伝いかんりょー!」
「ギー!」
トーニとシュタールにも褒めてほしいらしく、キラキラした眼差しでふたりの顔を交互に眺める。
「ふたりとも偉いわ。お手伝いありがとう」
「ああ、ふたりともよくやった。おかげで作業が捗ったぞ」
はじめにトーニが、次いでシュタールが褒めると、ふたりは照れているのかもじもじと体をくねらせた。
「それでは、後ほど下げに参りますので、どうぞごゆっくり」
「ありがとう、トーニ。それからシュタールも、ニャーもギィもご苦労だったね」
「いいってことよ、アルジ!」
「ギー!」
給仕の一行は来た時よりも少し陽気な気分で下がっていった。
「さて。じゃあ食事にしようか。――次の食事はみんなと一緒にとろうか?」
エドガルトの質問は、ファーナがフードを被らずにシュタールと接したことから導き出されたものだ。ファーナの心境の変化はすでにエドガルトも察していたが、確認の意味を込めての質問だった。
「はい。明日は皆さんと!」
「そっか。じゃあ、しばらくは君とふたりきり食事はお預けか。よし、今のうちにしっかり堪能しておかないとね?」
「堪能……」
なにやら色気の含まれた笑みを向けられて、ファーナは目のやり場に困った。
どうしていいかわからなくなるので、こういう話の振り方はやめてほしい。
でもなんだかんだ言いつつ、エドガルトのペースに慣れ始めていることに気づき、なんとなく可笑しくなってしまった。
「ツェラの作る料理はとてもおいしいので、じっくり堪能なさってくださいね」
はぐらかせば、エドガルトは小さく唇をとがらせた。
「そういう意味じゃないのに」
「食事で堪能するのは料理と決まっております」
ファーナが切り返すと、彼は降参だと言うように肩をすくめた。
「それにしても、美味しそうな料理だ。君の言うとおり、まずはこちらを堪能させてもらおうかな。今日は少し運動したから空腹でね。――さぁ、ファーナも座って」
エドガルトは椅子を引き、優雅な仕草でファーナをエスコートする。対するファーナも、彼に勧められるまま椅子へと腰を下ろす。
目の前にはあり合わせとは思えない品数の料理。しかも美味しそうな匂いが漂っている。ニャーに襲われた際に焼き菓子を食べているのに、空腹で胃のあたりがギューッと縮んだ。部屋に引きこもるようになってから、こんなに空腹を覚えたのは初めてだ。