表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/34

第二十三話 そばにいます。

「思い違い……?」

「はい。エドガルト様が私に親切にしてくださるのは、親同士の決めた婚約者だからだと思っておりました。一生をともに過ごす相手です。できれば快適な関係が築ければそれに超したことはありません。だから、気を遣ってくださるのだと思っていましたし、今回婚約解消を受けてくださらなかったのは、国益に反すると判断なさったから。そう考えておりました」


 半分は本当だが、半分は嘘だ。

 彼がなぜ、取るに足らない――それこそ取り柄と言えば王女という身分だけという自分を気に入ってくれているのかはわからなかったし、いまでもわからないが、それでも彼の態度から義務的なものを感じたことはない。

 一人の女性として愛されているかどうかは不明だが、少なくとも親愛の情は向けられていたと知っている。

 だから、少しだけ嘘をつく。彼が自分の告白を負担に思わないように。


「そんなふうに……思っていたの?」


 隠し事はたくさんしてきたが、まさか愛情が通じていなかったとは思ってもいなかったエドガルトは、驚きに目を見開いた。


「はい。私だけがエドガルト様に片思いをしていると思っていました。それでもいいと諦めておりました。ですから、エドガルト様のお気持ちを知ることができて、私はいまとても幸せです。それ以外のことはどうでもいいのです」


 ファーナは微笑む代わりに、ゆっくりと瞬きをした。


「私はとても単純で、そしてわがままなのです。難しいことなどわかりません。エドガルト様が好きです。それだけです。――それでいいのです」


 呆然とした翡翠色の目に、徐々に明るさが戻っていく。


「君って……子は……」


 エドガルトのつぶやきに力はないが、なにかを吹っ切ろうとする意思はこもっていた。

 ファーナは自分をまるごと受け入れるという。

 それがなにを意味するのかわかっていないのかもしれない。

 知らないからこそ言えるだけで、もし自分が暴走したら怯え、嫌うかもしれない。

 そう思ったけれど……

 それでもエドガルトは――救われた。


「自分の思い込みで逃げ出してみたり、好きだから一緒にいさせてほしいと詰め寄ったり、こんなわがままで、コロコロ意見を変えるような私では、おそばにいる資格はありませんか? もし資格がなくても、あらかじめ定められた婚約者として居座る覚悟を決めてしまいましたけれど……」


 ファーナの言葉は、先ほどエドガルトが言った言葉をなぞったものだ。

 同じ思いでいるのだと、そう知らせるために。


「君は、本当に、全く……とびきり厄介な姫だね!」


 エドガルトは高らかに笑った。片手で額を覆い、してやられたと声を上げて笑う。


(ファーナを救うつもりでいたのに、いつの間にか自分が救われているなんてね。この上もなく滑稽だ!)


「厄介……ですか」

「やだな、そんなにむくれないで。褒め言葉なんだから!」

「褒められている気がしません」


 笑いの合間で弁解するが、ファーナは信用できないといわんばかりに、黒い目を半眼にしてエドガルトを見上げている。

 そのジト目が可愛らしくて、ますます笑いが止まらない。


「ああ、もう、ファーナ大好き。可愛い。たまらない」


 そう言って、ベッドへ寝そべったままのファーナの腰を抱き、自分もベッドに横になる。

 ファーナは体を半回転させられ、いつの間にかエドガルトを下敷きにする姿勢になっていた。


「エドガルト様!?」


 慌てて飛び退こうとするが、腰に回っている手が強くてうまくいかない。


「だめだめ。離れないで。恥じらう君も可愛いけれど、いまはキューってさせてよ」


 言うなり彼は片手を腰から外し、その手を背に回した。そうして上半身が密着するように、ファーナを抱きすくめる。


「じっとして、ファーナ。ほんの少しの時間でいい。君と一緒にいていいんだって信じさせて?」


 そんなふうに切なげに言われたら、断れない。

 重くはないだろうか? 痛くはないだろうか? そんなことを頭の片隅で思いながら、ファーナは抵抗するのをやめた。

 力を抜いてエドガルトの胸に頬を寄せれば、彼の心臓の音が聞こえた。

 トクトクトクと規則的なその音は、ファーナの心を落ち着かせ、幸せを感じさせる。

 心音は人のもの。彼から感じる熱もまた人のもの。

 だれとも同じその音を、熱をもつ彼が、どうして化け物と言えようか。

 きっと彼はグランツヤーデの王宮の中で、言い表せぬ孤独を感じて育ってきたのだろう。

 一方では、彼の周囲の人々は、彼が持つ魔力を恐れてきた。人とは保守的なものだ。自分にないもの、未知のものを恐れる気持ちは理性で抑えられるものではないし、隠していたって漏れてしまうものだ。

 エドガルトが悪いわけではない。周りが悪いわけでもない。そうわかるからこそ、ファーナは余計にやりきれなさを覚えた。

 会えば快活な笑みを浮かべ、ともに遊び、時には一緒にいたずらをして乳母を困らせたりしていた。あの朗らかな笑顔の下に悲しみを隠していたなんて。


(もっと早くに教えていただきたかった。そうしたらもっと早く心の憂いを取り除いて差し上げられたのに……でも……)


 ファーナは心の中でため息をついた。

 

(いまこんな状態だからこそ、通じ合ったのかもしれないわね)


 彼は自分を化け物だというが、ファーナだって化け物だ。

 自虐を抜きに考える。

 そんなふうにお互い自分自身を化け物を思い合っていた今日だからこそできた話かもしれないのだ。

 顔がカナヘビに変化してからの半年、彼女は初めて自分がこの顔でよかった、と。

 初めてそう思ったのだった。

 そう思えたからか、自分の顔に対する認識が一瞬にしてがらりと変わった。

 人に見られるのは確かに嫌だ。特になにも知らない民に見られてしまえば、いらぬ混乱を招くだろう。

 だが、呪いを解くのを手伝ってくれる皆に隠し立てするのはやめよう、そう思えたのだ。

 明日の食事からはみんなと一緒に取りたい。

 そう言おうとして顔を上げた途端――

 トントン、と控えめなノックが響いた。


「あっ、トーニかしら。エドガルト様、手を……手を離してください!」


 慌てて飛び退こうとするが、エドガルトはなかなか腕を解いてくれない。


「――いいところだったのに。無粋だなぁ」


 エドガルトは舌打ちとともにそう言うと、ようやくファーナを離した――訳ではなく、自分の体を起こしがてら、ファーナのことも器用に立ち上がらせた。その間、一瞬たりともファーナから手を離していない。

 その密着欲とも言うべき執念は見上げたものだが、ファーナにとっては恥ずかしすぎてあまり嬉しくない。体から手をどけてくれと言うべきかどうか、あたふたと迷ううち、立ち上がったエドガルトにしっかり腰を抱かれてしまった。

 彼は傍らに脱ぎ捨ててあったファーナの外套を持ち上げて、彼女にかけようとした。

 が、ファーナはふるふると首を横にふって拒絶した。


「いいの?」

「はい。エドガルト様が大丈夫だとおっしゃってくださいましたので、もう隠さないことにしました」


 ファーナの答えを聞くと、エドガルトは「そっか」と小さく笑い、手にした外套をベッドへと放り投げた。

 ――トントン。

 返事が遅いのを不振に思ったのか、再度ノックの音が響く。


「入れ」


 今度は間髪を入れずに答えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ