とりどりなれば
近親相姦の要素が含まれます。倫理道徳上、架空の物語上でも認められないという方はこの先は読まないほうがよいかと思います。
昨日榊と飲んだ量が多かったのか、ずきずきと痛む頭を抱えて低く唸る。
結局榊の妹には会わずにすんだ。それが良かったのか悪かったのか、この頭痛を考えると微妙なところだ。
夢見が悪かったと参内を断って、午前中一杯は家で誰にも会わずに過ごした。
この国では事の外占いや神のお告げといったものが尊ばれる。はじめはいちいち何の根拠も無いと反発していたが、慣れてしまえばこんなに楽な言い訳は無い。
そんなことを考えながら、いつしかまどろんでいたらしい。控えめにかけられた声にゆっくりと瞼を持ち上げた。
「…どうした?」
「お休みのところ申し訳ありません、殿下。リュミシャールよりお手紙が」
「入れ」
失礼しますと言って引き戸を開け、侍従が御簾の内に手紙を滑り込ませた。
ざっと斜め読みして内容を確認する。毎度のことではあるが、内容に大きな変化は無い。始めの頃は国恋しさもあってたまには返事を出していたが、最近ではそれも無い。
もはや国の空も覚えていない。どんなに言葉を取り繕ったところで、自分はもしものときの捨て駒として扱われたことに変わりは無いのだから、こちらに忠誠を求められても応える義理は無いと考えるようになっていった。
「帝やお歴々は内容を確認しているな?」
それは聞くまでも無いことではあった。毎度の事ながら封蝋が壊されている。ここまであからさまにやられれば、いっそ信書の秘密なんてものもどうでもいいような気がしてくる。
――――こんなに分かりやすく、国家機密が送られてくるはずが無いものを。
「ならばこのまま処分しろ。下手に保存しておいて不必要な疑いをもたれるのもつまらないからな」
言い含めるように聞かせると、従者はそのまま手紙を持って下がっていった。おそらくこれから手紙の中に暗号や何かを示すような記号が書かれていないか、頭を寄せ合って探すのだろう。
ご苦労なことだ。そんなものはあるはずが無い。
政治から切り離されて皇族らしい教育を殆ど受けずに育った自分に、リュミシャールが国家機密など漏らすはずも無い。
しかしそれを口にすれば、こちらでの立場が悪くなるだけだ。利用価値が無いと知られれば切り捨てられる。ユウコからもっと遠くへ追いやられる。
嘘をついた覚えは無い。真実を口にしないだけだ。
「……詭弁だな…」
しかし。
何が悪い?
何が悪かったのだろうか。
何をどこで間違ったのだろうか。
答えなんて出るはずが無い。常にその時々で最良の選択してきた結果が現在だ。仮に現在から振り返って過去の選択が間違っているとしても、それは結果論でしかない。
結果論が語れるのは現在があるからだ。
もしあのとき別の選択をしていたら。当然現在は変化する。つまり結果論を語る今この時この状況は存在しない。
だから人生は結果論で語ることなど出来ないのだ。
「ユウコです。ただ今まかりこしました」
御簾の内、紫煙たなびくその先で人影が揺れる。
「お体の具合はいかがでしょうか?本日は閣議もご欠席と伺いましたが、それほどまでにお体が優れないのなら私はお暇いたしましょうか」
ユウコが吐き出す毒に、周囲は顔を青ざめる。しかしユウコを呼び出した御簾の内の人物はあからさまな嫌味にも全く反応を示さない。
いつものことだ。
口で何を言ってもユウコが自分に抗いきれないことを知っている。
そう思っていること自体、優しさの現われだ。いつでも自分を加害者と考える人は、きっと優しい人なのだ。
鼻を突く匂いが部屋中に充満し、それが益々ユウコの苛立ちを助長する。
――――私は優しくはない。むしろ貴方にとても残酷なだけなのに。
「下がりなさい」
「はっ!しかし……」
「下がれ!これは斎宮の命令です」
斎宮の名にはじかれるように部屋を出て行った者たちの足音が遠ざかるのを確認し、ユウコは御簾の内へ踏み込んだ。
「怒っているのか?」
紫煙を燻らせ、僅かにかすれた低い声が問いかける。
「私が何を思おうと考えようと、それを慮ってくださったことがありますか?」
「……無いな」
くつくつと喉の奥を震わせ、ゆっくりとユウコを手招く。
「近う、ユウコ。……我が妹よ」
その言葉に抗うことは出来ない。
それはこの大国を統べる唯一の人、帝の言葉なのだから。
「政をおろそかになさらないでください。帝は兄上なのですから」
「それは斎宮としての言葉か?」
ユウコの頬を撫でながら、揶揄するような笑いを含んだ声が届く。
「……私には斎宮たる資格はありません。それは兄上が一番良くご存知でしょう?
よしんばあったとしても、斎宮とて帝の臣下です。ですから私は兄上にお願いするよりほかにありません」
「そうだな、ユウコ」
頤に手をかけられ、強制的に視線を合わせられる。互いの吐息がかかる距離で自分と良く似た兄が笑う。
極めて残酷に。
「お前の純潔を奪ったのは、この私だ」
それはまるで所有の宣言。
返す無言は帰属の証か。
寄せられる唇を拒むことも無く、ユウコは自ら舌を絡めた。
神に捧げるべき純潔をなくした自分に、斎宮たる資格は無い。あの男の妻たる資格も。
それ以前に同母の兄と肉の関わりを持つ獣以下の浅ましさには、きっといつか天罰が下るのだろう。
濡れた唇をひどく優しい手つきでなぞられる。
瞼に、こめかみに、額に。次々と落とされる唇を甘受して。
「兄、上……」
吐息とともに呼びかければ、するりと衣服が滑り落ちていく。
「ユウコ…。お前は……」
露にされた胸元が、外気に触れて粟立った。それを慰めるように大きな手が身体を撫でる。
「私が憎いだろうな」
毎回繰り返される断定にも似た問いかけに答えることは出来ず、首を振ることも頷くこともしない代わりに肩口に顔を埋めた。
その間も愛撫の手は休むことなく、確実にユウコの身体に快感を流し込む。
もどかしい動きに耐え切れず、さらなる行為をねだるように体が動いた。
正気では兄弟で睦み合うことなど出来ない。後で吐き気を伴うような罪悪感に蝕まれようとどんなに厭世的な気分になろうとも、ただこの時ばかりは肉の欲求に従って獣のように。
「何故お前は私の呼びかけに応じるのだ。毎回、毎回。意に沿わぬ行為を強要されると分かっていて」
「兄、上…っ。ん…ぁん!」
兄の理屈はいつも優しい。
帝である兄に強要されて、そむくことが出来ない妹。そういう構図を与えてくれる。
「私は結局お前を見ているわけではない。…それを十分分かっていって……!」
敏感になった身体を刺激され、か細いけれど確かに色に溺れた嬌声が上がる。
濡れたそこを探り当てられもっとも敏感な蕾を刺激されれば、白い背中が弓なりに反る。
身体を軋むほど強く抱きしめられた後に、初めて目が合えばそれが合図となる。快楽に白む頭の片隅で、しかし恐ろしく冷静に、ユウコはいつもタイミングを計るのだ。
兄が追い求める面影を思い起こして。それに近い表情を作って。
「タカ、オ……っ、あ、ふぅ…ん」
見開かれた兄の目は、もう自分を捉えていない。その遥か先、もはやこの世に存在しない人を求めている。
それが分かっているから自分の言葉を合図に激しく貫かれ身体が快楽を感じようとも、返す反応は緩慢なものになる。ここから先はユウコという個人は邪魔なものでしかない。
兄上。
私は自分の行動が、貴方の心を壊すと分かっています。
でもそれで貴方の目をあの子から逸らすことが出来るのなら。
それで貴方に多少なりとも満足していただけるのなら。
私は自分が被害者の顔でいられるこの状況が、一番楽で居心地がいいのです。
ただそれだけ。保身のために。
私は貴方を壊します。