憎かりしかど 2
後半R15注意です。ご不快な方は読み飛ばして頂いても、次以降話が通じるようにいたします。大きくスペースを開けてあるので、それを目印にしてください。
端的に言って、ユウコの立場は非常に複雑だ。
もはや誰がどこまで正しく把握しているのか分からないほど。それについてはユウコとしても、時の政府高官連中に罵詈雑言の限りを尽くして罵ってやりたい気もする。
しかしそんなこと、つまりは曲がり間違えばユウコの自己否定につながるような発言は一切許されないほど、ユウコには正体の分からない責任がついて回っている。
生まれはこれ以上なく高貴なもの。父は先代の帝であり母はその皇后。その母も最有力貴族である左大臣家の娘で、鳴り物入りで入内して見事双子をもうけた。
双子の片割れであるユウコの兄は、先代唯一の男子で当然に東宮となり、現在は若くして帝の位についている。
ここまで聞けば、蝶よ花よと育てられた内親王の幸せな様子が思い浮かぶかもしれない。しかし現実がそれに一致しないのは、足音荒々しく回廊を歩く様子を見れば一目瞭然だ。
ユウコの館は内裏に隣接して建っている。結婚したときに形式上別の家を持ったが、内裏の中にある神域へは壁が抜ける仕組みになっているので人目に触れることなく行き来することが出来、殆ど自分の家のような感覚だ。
「姫様、帝がお呼びですが……」
「後で参りますとお伝えして。とりあえず身体を清めます」
「ですがお急ぎであるとの仰せで」
「くどい!」
そう言って今まで本当に急ぎの用事であった例はない。それがユウコをより疲れさせた。本来なら何をおいても最優先すべき兄でもある帝の命に服することが出来ない。それではいけないと知りつつも、理想のようには動けない。
それはこの国で最高権力者であるはずの帝の権威が揺らぎ始めていることの証明でもある。それを食い止めようするには、直接帝に会うよりもそれを取り巻く人々との絆を強めていくほかない。
女性がこの国で政治に関わることは異例だ。しかしそれだけならばまだユウコの立場は簡単だった。多少の無理をすれば、皇位継承権第一位にある者として周囲にそれを認めさせることが出来ただろう。
だがユウコには皇族の女性として、斎宮の地位も与えられていた。
斎宮の勤めは心底性に合わない。それだけならまだしも、付随する行為は心身を疲弊させる。目に見えない、触れることさえ叶わない相手に、一体何を願えと言うのだろうか。そんなことよりも目の前の状況をどうにかするほうが余程有益ではないのだろうか。
年頃の娘らしい楽しみや無責任な若さを放棄したことに後悔はない。
それらにしがみつく事だって出来た。自分に命令を下すことの出来る人間など一握り、片手の指さえ余るほどしかいないのだから、「小雀」と嘲る類の人間にだってなれたに違いない。
しかしそれをしなかった。きっと何度時を遡っても、同じ選択をするだろう。
遥かに過酷な運命を背負って、海を渡った妹。絶望の色を瞳に浮かべそれでも最後に微笑んでみせた、最愛の妹。
妹に顔向けできないような行いだけはすまい。
それだけが己を支える誓い。
重々しい音と共に、ゆっくりと扉が開かれる。
神域として区切られた空間だがさして他と大きな違いがあるわけではなく、強いていうなら斎宮と帝以外の立ち入りが禁止されていることだろうか。
本来ならば斎宮は都を離れて山中の神殿で祈りを捧げるべき存在だ。そしてそれは未婚の皇女が勤める。
それをユウコが結婚しているという理由で内裏に仮の神殿を設けているのは、本末転倒も甚だしい。
それでもユウコはこの空間が嫌いではなかった。
誰の目に触れることもなく過ごせる場所は、もうここしか残っていなかった。
斎宮の勤めを終えて自室に着くなり打掛を荒々しく女官に放り、髪飾りを乱暴に外す。
「今日はもう休みます。下がっていいわ」
「はぁ、姫様。ですが…」
「……何か?」
部屋つきの女官が何か答えようとしたと同時に、部屋の奥から声が響いた。
「随分とご機嫌斜めだね?」
「貴方、まだいたの?主のいない部屋に居座るとは、どういう了見ですか」
そこの女官もさっさと追い出せばいいものを、己の職分を分かっているのか。
「ああ、彼女は悪くないよ。僕が君を待ってると言ったんだからね」
ユウコが斎宮の勤めに出てから、既に3時間が経過している。
「ずっと待っていたのですか?いいご身分ですね、余暇があるというのは」
「どうやら本当にご機嫌斜めだね。あぁ、君たちは下がっていいよ。このお姫様の相手は僕がするから」
その言葉に女官たちはあからさまににほっとした表情で退室していった。
「…主を誰と心得て……」
「理不尽に怒るのは良くないね。何があったの?」
御簾の内からの手招きに応じたわけではない。くつろぐにはそこに行かねばならないだけだ。何に言い訳をしているのか自分でも分からないまま、ユウコは御簾をくぐった。
「…何もない。斎宮の勤めは楽ではないだけです」
腰を下ろしながらそう答えるので精一杯だ。これ以上何と表現すればよいのか、ユウコにはわからない。
「それだけじゃないでしょう?顔を見れば分かるのに、どうして嘘をつくのかな」
言いながら腰を引き寄せられても、もはや抵抗する気力も体力もない。それに誰かに支えてもらうのは、身体だけでも楽だから。
「やけに素直だね。いつもそうなら嬉しいのに」
「馬鹿者が…」
「あぁ、やっぱりそのほうがユウコらしいか」
くすくすと笑いながら身体をなぞる手が目的を持って動いていることに気付いて、流石にユウコは抵抗した。
「おい、今日は…本当に疲れていて。やめて……!」
「見れば分かるよ。もう少し疲れたら、ぐっすり眠れるんじゃない?」
弱弱しい抵抗を気にすることもなく、どんどん衣装を緩めていく。
「ふざけるのも大概になさって、やめっ…んっ!」
むき出しの肩に口づけられ、声が跳ねる。
それでもなんとか抜け出そうと足掻く両手を片手で押さえつけ、ユウコを縫いとめた男は妖艶に微笑む。
「ねぇユウコ。元気な君が好きだけど」
首筋から順に口づけを落としながら、片手は快感を流し込もうと動き続ける。
「…い、やぁ!……あぁ」
「今日はもう、諦めて…」
言葉は強引で行為自体には容赦ないのに、琥珀の瞳はどこか優しい。
だからユウコはたまに錯覚しそうになる。そんなことはないと知りながら。
どう考えてもいがみ合う関係でしかないはずなのに、もしかしたらどこかに他の感情があるのではないかと探ってしまう。
腹部を彷徨っていた手が胸元に触れると、ユウコの身体が弓なりに跳ねた。緩やかに動く手は、それでも確実に快感を生じさせる。
「…はぁ、いや…ぁあ!」
「相変わらず感じやすい身体だね。素直に身体に従えばいいのに…」
もはや抵抗なんて出来ない、それがわかると拘束が外され更なる快感が送り込まれる。
「いやなの…に……」
すらりとした脚を這い回る手を、拒むことが出来ない。それどころか更なる快楽を望む自分は、なんて浅ましいのか。
脚を愛撫していた手が、目的の場所にたどり着くともはや何かを考えることなんて出来ない。ただ、波に飲み込まれるだけ。
「あぁぁ!…や、ぁぁん!」
故意にたてられる水音が、更なる羞恥と快楽を運んでくる。
「ユウコ」
虚ろな瞳が宙を彷徨い、男の顔で焦点を結ぶ。
「ユウコ。…絶頂を、見ておいで」
「あぁぁぁ…!……っ!」
もやがかかった頭がその言葉を理解するより早く、容赦なく身体を攻め立てられてユウコはそのまま意識を飛ばした。
だからユウコは知らない。そのときの男の表情を。
純潔が求められる斎宮でありながら、夫を持つ身。
矛盾をはらんだ女を抱きしめる、男の瞳を。
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