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雪待ちの花  作者: Akka
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憎かりしかど

人のさざめきが近づいてくる。正確には、人々を騒がせるその元凶が。

今更それから逃れようとも思わないし、注意を払うことも無い。出来ることならこの部屋の前を通り過ぎて、どこか女官の部屋にでも篭っていればよいとさえ思う。

されどそんな願いは聞き届けられるはずも無く、いつものように足音は部屋の前で立ち止まり、断りも無く扉を開ける。

あまりに無礼な態度が咎められないのは、遠い異国の出身であるためか、その態度に慣れてしまったためか。

御簾の内からでも知ることが出来る、あまりに特徴的な容姿に思わずため息がこぼれる。感嘆のものではなく、負の思いをのせて。

「久しぶりだね、ユウコ」

遠慮なく御簾の内に踏み込んできた相手に、もはや非難する言葉も出てこない。

ユウコは脇息にもたれたまま、扇で顔を隠すことも無く相手を見据えた。

波打つ黄金の髪をまとめることも無く、着崩した衣装から覗く褐色の肌。

既に見慣れたものであるのに、いざ対面すると落ち着かない気分になるのは考えの読めない琥珀色の瞳のせい。

そんな自分の内面を覆い隠し、いつものように返答を。

「それ以上近づかれぬように。砂漠の王子」

表面だけを取り繕った言葉に本心で何を思ったのかは分からない。しかしその琥珀の瞳を僅かに細めて、口元には嫣然とした笑みを刷く。





たとえ二人の間に流れる空気が、他人の様に冷たかろうとも。

決して相容れぬ思いを抱えているとしても。

二人の間柄は「夫婦」と言われるものに相違ない。






「随分なご挨拶だね。僕は君の夫だよ?」

くすくすと笑いながら、いつもと変わらぬ言葉が返される。

それに対して申し訳なく思っていたのは、一体いつまでだろうか。おそらく互いが正体を現すまでのほんの短い間だろう。騙していたのはユウコだけでなく、相手も同様だった。

それを責める心算はまるでない。また、自責の念に駆られることも、決してない。

「ご冗談を。貴方の浮名は私の元にも届いています。最近は貴方に捨てられた泣き言を言いに来た者もいらっしゃった。どうせならもっと上手く立ち回ってくださいませ」

その事実だけでユウコが正妃としてどれほど軽んじられているかがわかる。

あるいはユウコがどれほど夫を軽んじているのか、だろうか。

「それは僕としたことが、面倒な女性に手を出していたみたいだね。で、ユウコはなんて言ったの?」

「私の知ったことではないと言う他に、何かありますか?文句は貴方に直接と」

「どうせならもっと打ち負かして欲しかったね。本当に僕のところに来たら厄介じゃないか」 

軽薄が過ぎるその言葉に、思わず眉根が寄る。全く悪びれた様子の無いこの男は、一体どんな精神構造をしているのだろうか。

「私は貴方がどれほど遊び歩こうとも一切関知しません。それは今後も一切変わりません。同様に貴方が散らした花がどうなろうと、私の知ったことではありません」

笑みはますます深くなるばかり。

何度も同じ会話をしても、何も変わらない現状に歯噛みするのも毎度のことだ。

しかしそれでも口に出さずにはいられないのは、ひとえにこの男の計り知れない価値のせい。

「それでも貴方が許容しきれない間違いを犯せば、両国の友好は消えることになりましょう。貴方の国に旅立った妹の存在まで無駄することは許せません、少しは自重を!」


にらみ合うこと、数秒。緊迫した空気を破るように、声がかかった。

「失礼いたします、姫様。お勤めのお時間でございます」

「わかりました。今いきます」

立ち上がろうとしたユウコの手が突然引かれ、体勢を崩して相手の腕の中に倒れこんだ。

腰が引き寄せられ、身体が密着する。染み付いた麝香の香りと、その中に仄かに香る自分のものではない女物の香。

「何を。御放しくださいませ!」

「行くの?君は僕と会話中でしょう」

「そんな台詞は会話が成り立ったときにどうぞ。私は貴方ほど暇を持て余してはおりません」

拘束から抜け出そうともがくユウコを片腕でやすやすと封じて、あいた片手で頤を捉える。

見つめるなんて生易しいものではなく間違いなく睨まれていることを意に介さず、薔薇色の唇のすぐ近くに、唇が寄せられた。

「……っ!いい加減になさって!」

幾重にも重ねた着物を脱いで、小袖と袴姿になったユウコは急ぎ距離をとった。

相手の腕には空蝉が残ったのみ。

「ふざけるのも大概になさって。何がしたいのですか」

そんなことは本当は聞かずとも分かっている。

「何って、ねぇ」

相変わらず笑みを浮かべ続ける顔に、脇息でも投げつければ気が晴れるだろうか。

「姫様、お時間が…」

中の様子に戸惑っていたらしい女官が声をかける。どうせなら中に踏み込んで、助太刀なりなんなりすればよい。

「今参ります」

背を向けたユウコに、笑いを含んだ声がかかった。

「いらないの?これ。そのまま出て行くつもり?」

この上なく軽装であることは間違いないが、腕の中に戻るつもりはさらさら無い。

今一度強く睨み、ショウコは外で控える者に叫んだ。

「衣装を用意して!」

ますます笑っているであろう男を想像すると、腸が煮えくり返る。これ以上ここにいるのは精神衛生上よろしくない。

そんなこちらの気を知ってか知らずか、追い討ちをかけるように声が届いた。

「神々によろしく、斎宮殿」

反応を返すことなく、ユウコは荒々しく戸を閉めた。

 

読んでくださる方に最大級の感謝を。

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