白雪姫 2
「大丈夫でしょうか……」
セシリーの声が聞こえて、エマがそちらを見ると、不安そうなセシリーの顔が見えて、笑みを零す。
「ふふっ。大丈夫。彼が負けるとことか見た事無いし」
エマはそう言ってから、明確な殺意に気付き、後ろから突風を吹かせる事で身体を吹き飛ばす。そのままセシリーを掴むと、お姫様抱っこの体勢を抱え、足で踏ん張って着地する。刹那、元いた場所には雷撃が降っていた。
拍手が聞こえた。
雷撃の中には一人の男がいた。手入れもしていないであろうぼさぼさの黄色い髪に、鋭く突き刺さるような黄色い目、挑戦的な笑みを湛える顔には傷一つ無い。
「かわすか。やっぱり楔ってのは一味違えな。戦おうにも今の一撃で終わる奴が多くて、多くて……うんざりしてたんだが、今回は楽しめそうだ」
ダイオニシアスは嬉しそうに笑う。
エマはセシリーを下ろす。
「離れていて」
セシリーは頷くと走って離れる。
「あなたも一対一で良いでしょ?」
「構わねえ」
「行くよ、天空」
エマの言葉と共にエマの周囲に風が吹き荒れる。
「へえ。風か? まあ良い。行くぞ、落雷」
ダイオニシアスの言葉と共に落雷がエマの頭上に現れる。エマはその瞬間に水柱を出現させ、更に風で飛ぶ。落雷は水柱へと向かい、エマはその隙に移動する。
「へえ。素晴らしいじゃねえか」
「皮肉にしか聞こえないね」
神経を研ぎ澄まさなければ当たる一撃が、全て必殺級だ。エマは追い込まれている。
「何者なの?」
「俺か? イマイチ分からねえんだけどな。勇者の力を色褪せる事無く受け継いだ、らしいぜ。寓話再現なんて呼ばれてる。お前ら楔に対抗出来るんだとよ」
――対抗? 冗談じゃない。これは圧倒だよ。
エマの頬を冷や汗が伝う。
「ま、楽しもうぜ!」
エマの頭上から少し離れた位置に四つ、雷が出現する。まず間違いなく落ちてくる。エマは慌てて頭上に水の膜を作り出し、それを地面まで伸ばす。雷が水へ逸らされたのを見ると、ダイオニシアスへ走り出す。更に後ろからの突風により足が地面から離れ、ダイオニシアスへと飛んでいく。
ダイオニシアスは両手をエマへ向けると、雷を出現させ、エマへ向かわせる。エマは手を振ると共に水を出現させ、雷の方向を全て逸らしていく。更に右手に氷の剣を出現させる。この間にも後ろからの突風の後押しでダイオニシアスへと接近していた。更に、エマはダイオニシアスが雷を出すにはある程度の時間が必要だと見抜いていた。その隙に、肉薄する。
「ハハッ」
ダイオニシアスは嬉しそうに笑う。
エマは体を捻って氷の剣でダイオニシアスを切り裂こうとする。対して、ダイオニシアスは雷を右腕に落とす。更に雷を纏った右腕で氷の剣を融かし、消す。目論見が外れ死に体となったエマの首をダイオニシアスの左手が掴む。
「あっ……かはッ」
首を絞められて、エマは苦しそうに顔を歪ませる。
「やっぱり、戦いってのは楽しいよなぁ?」
ダイオニシアスは心底嬉しそうに笑う。空気を裂く音と共に、ダイオニシアスの左腕を伝って、雷がエマの身体へと流れ込む。
「ああああああああああああああああああああァッ」
絶叫が木霊する。
ダイオニシアスが左手を離すと、エマは力無く倒れる。
「何だ、仕舞かよ」
ダイオニシアスがつまらなさそうに零す。
近くにセシリーの姿は無い。
セシリーは走っていた。当然、逃げる為である。
しかし、彼女の走る先にも、男がいる。その男は確かにアマジに焼き殺されたはずだった。
「無駄だよ。お嬢さん。僕の能力は逃げれば何とかなる、とか、そういう類のでは無くてね」
セシリーは振り返る。が、そちらにも同じ男がいる。二人、同じ男がいる。そういう能力なのだろう。
「あなた……何なの?」
「ああ、僕はジュリアス。ジュリアス=サンダーさ。さっき雷を落としたのが、僕の兄。僕はそのおまけだ」
「おまけ?」
「うん。だってさ、君、能力が使えないんだろう? そんな奴に兄さんの手を煩わせる訳にはいかないじゃない。だから、僕が処理するんだ」
セシリーの瞳が恐怖で染まると、ジュリアスは心底嬉しそうに微笑む。
「安心しなよ。君もアマジと同じで、この世界の糧になるんだから」
「アマジ……? あんた何を……!」
突如肩を叩かれて、セシリーは慌ててそちらを向く。すると二人目のジュリアスは後ろを指差す。そちらに、アマジが倒れていた。顔は見えないが、身体の周囲に溢れ出る血痕は見て取れる。人の身体からこれほどの血が出るのかというほどの出血量。生きているとは思えない。
「うそ……」
「嘘じゃないよ。でもさ、君達、会ったばかりだろ? そんなに悲しむ必要は無いじゃないか。いや、悲しかったとしても、きっとまた会えるよ。僕がその協力をしてあげる」
ジュリアスの声はセシリーには届いていなかった。
ただただ、悲しい。その『悲しみ』は今までのセシリーには無かったものだ。いじめられも苛立ちが先行した。悲しみは全ての末にある結果だった。ここまで悲しみが先行するのは初めてと言っても良い。
セシリーの涙が頬を伝って落ちると、地面に当たる前に雫は凍り付いた。
突如、セシリーの周囲が凍り付く。二人目のジュリアスやアマジさえも凍り付いて、セシリーの中心に寒風が吹き荒れる。
「何だ……この寒さは」
ジュリアスの驚きを他所に、セシリーへと雪が集まっていき、それがドレスの形を成す。凍り付いた二人目のジュリアスやアマジは砕けて消える。
「砕けたって事は……幻? そっか、良かった。アマジは死んでいなかったんだ」
「あははははははははは!! 素晴らしい! これならきっと兄さんも満足してくれる!」
セシリーの瞳にもう恐怖は映っていない。
「あんたを倒して、エマさんを手伝いにいかなきゃ」
「それは駄目だな。兄さんの邪魔はさせられない。それに、君が能力に慣れるように協力しなきゃいけないしね」
セシリー手を上へ振ると、ジュリアスを氷柱が包む。瞬間、ジュリアスが消滅。
「外れ」
後ろから声が聞こえれば、セシリーが手を振り、後ろにいるジュリアスを氷柱が包み、またジュリアスが消える。そうして、ジュリアスが出現しては氷柱が包む事を繰り返し続けていた。
「ねえ、こんな事をして、意味があるの?」
ジュリアスの問いに、セシリーが手を止める。
「勿論。能力ってのは、結局体内にあるオーラにどういう力を持たせられるかって事でしょ。あんたは体内のオーラを周囲に散布して、オーラを自分やさっきのアマジのように形作る類。なら、そろそろ限界なんじゃない?」
「どうかな? 我慢比べなら覚醒したての君に分は無いんじゃない?」
「まさか。話す自分を作り出すのにどれほどのオーラを使うと思ってんのよ。オーラを氷に変える方が余程楽でしょ」
「ま、そうだね。それに君は楔だ。オーラ総量は僕の比じゃない。けどね?」
周囲、誰もいなかったはずの場所に多くの人間がいた。ジュリアスが誰もいないように見せていただけで、そこには多くの人間がいたのだ。
「このみんなのオーラを僕が使えるんだ。僕の仲間だからね」
「有り得ない……」
「有り得るさ。僕の能力はオーラさえあれば良い。だから他人のオーラも利用できるんだ」
周囲にいる有象無象は空中に手を掲げている。
「今、みんなは空中にオーラを散布し続けている。君が疲れ切った時に、僕が剣を作り出して君を殺せばそれで終わり。どうかな。それとも君は、みんなを殺せたりする?」
ジュリアスが嬉しそうに笑う。しかしセシリーの瞳には微塵の揺らぎも無い。
「まさか。そんな必要も無い」
セシリーが手を振うと、ダイヤモンドダストが太陽光に照らされて、煌く。
「まさか……お前」
「ええ。空気中のオーラ全てを凍らせておいた。アマジみたいに体内でオーラを炎に変化させるタイプじゃないのよ、あたし。あたしは空気中にオーラを出現させてから氷に変えるタイプだからさ。だから、他人のオーラを氷に変換させるのも訳無いってこと」
「それなら、君が氷に変える前のオーラを僕も利用できるって訳だ」
「やってみたら? オーラをどちらが早く変換出来るか。そういう勝負でしょ? きっとあなたじゃ勝ち目は無いけど」
セシリーが手を上へ振う。瞬間、ジュリアスが氷柱に包まれる。今度は消える事は無い。
セシリーは有象無象を見る。
「まだやるの?」
すると有象無象は逃げていく。セシリーにそれを追いかける気力は無かった。
セシリーはエマのいる方向へと歩いていくが、途中で雪のドレスが崩れていき、セシリーも倒れる。
「は……はは……これじゃ、結局……」
ダイオニシアスは地に伏すエマを見て、思い出す。
「ああ、殺さなきゃならねえんだっけ」
ダイオニシアスは自らの手に雷を落とす。同時に、炎がダイオニシアスに迫る。ダイオニシアスは慌ててかわすと、炎の中からアマジが出現し、ダイオニシアスの顔へ拳を叩き込む。同時に炎の後押しでダイオニシアスが吹き飛んでいく。
アマジがエマを抱える。
「エマ! エマ!」
「あ……アマジ……」
エマは薄く目を開け、小さくそう零した。アマジは安堵すると、エマを地面にそっと置く。
「あとは俺がやる。待っててくれ」
「うん……」
アマジの怒りに呼応するように、身体から炎が湧き出る。角は煌々と輝いている。
「焼殺」