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白雪姫 1

 セシリーは鬱屈した心情からため息を零す。


 彼女の机は真っ二つに割れており、椅子だけが前を向いていても空しいだけであった。それを囲うように笑い声が聞こえる。まるで誇示するように。


 彼女は椅子を引こうと椅子の背に触れて、余りの高熱に手を離す。


「あつっ」


 そんな叫びに周囲は一層笑みを濃くした。


「普通触る前に気付くでしょ。馬鹿じゃねえ?」


 短髪の男が質の悪い笑みを浮かべて、近くセミロングの女へと語りかける。


 セシリーはその少年が熱の力を持つ事をしっかりと記憶していた。


 悲しみを覚えた。その悲しみも、もはや慣れていた。


 屹然とした態度で、教室を立ち去ろうとする。


 その背中に「逃げるんだ」と声がかかった。その笑みを、見ずとも頭で描く事が出来る。


 無視して、教室を立ち去る。


 心までは無視出来なくとも。




 学校は活気溢れる街に隣接している。


 だから、セシリーは学校から逃れても、その活気から逃れる事は出来ない。


 自らの気分に沿わない街に虚しい苛立ちを覚えつつ。人並を抜けていく。


「おい」


 そんな声が聞こえたが、セシリーは自分では無いだろうと考えて、歩き続ける。


 少年はその手首を掴んだ。


 セシリーはその手首を引かれ、止まらざるを得ない。


「ちょっと待ってくれって」


 セシリーは顔を上げ、少年の顔を確認する。


 手入れもしていないのであろう無造作な髪形に、明らかに制服ではないラフな服装、まるで見覚えが無い。


「何?」


 苛立たしく、答える。


 一方、少年はセシリーの顔に呆気を取られているようだった。


「お前、何かあったのか?」


 悲しみが顔にまで出ていたのだろうか、とセシリーは慌てて取り繕おうとしたが、先程まで完璧に取り繕う事が出来ていると考えていた為に、どうすれば普段に戻るのかが分からない。


「別に、関係無いでしょ!」


 どうしようもなく、走って人並を抜けていく。そうやって、少年からの逃走に成功した。


 公園まで走ると、振り返って少年がいない事を確認する。


 安堵し、噴水の近くに座る。


 ――何なの? あいつ。同い年に見えたけど……。


 そんな事を考えながら俯いていると、何か差し出されているようで、顔を上げる。


「ほら」


 先程の少年がいた。ポタージュを差し出している。恐らく何処かで買ってきたのだろう。


「何? あたし、熱いの無理だから!」


 この少年が悪くないのは分かっていたが、気遣い余裕は無かった。その癖、罪悪感だけは人一倍覚えている。


「そうか。わりぃ」


 少年はそう言うと、セシリーの傍にポタージュを置いて、走り去る。


「何なの? あいつ。別に、ここに置いていかれたってしょうがないんだけど」


 そんな風にぼやけながら、ポタージュを見つめている。そのうち、美味しいのか気になってくる。熱いものが苦手なのは嘘では無い。しかし持ち上げてみた所、そこまで熱くはなさそうだ。ご丁寧に、スプーンまでついている。


 セシリーはスプーンからスープを飲み、美味しいと思った所で、目の前に少年を見つける。


「ん!?」


 すぐにスプーンに離して、咽る。


「おい、大丈夫かよ」


 そんな声にセシリーはポタージュを傍に置いて、恥ずかしさをどうしようかと考えてみるが、しかし名案は浮かばなかった。


「うるさいわね。それで? 何なの?」


 すると、少年はアイスクリームをセシリーに差し出す。


「何これ?」


「冷たいのなら良いんじゃないのか?」


 セシリーはそんな言葉に困惑し、何処か嬉しくも思う。


「まあ、良いけど」


 そんな風に言って。アイスクリームを受け取る。


「でも、こんなに買って来ても食べれないわよ」


「あ、すまん……」


 少年が謝ると、セシリーは自己嫌悪に陥る。


「だから! このポタージュはあんたが飲みなさい」


 セシリーが勇気をもって顔を上げてみると、少年の笑顔が見えた。


「了解」


 少年はセシリーの隣に座り、ポタージュを飲んでいく。


 セシリーは少年を暫く見つめて、少年に見つめ返されるとアイスクリームへ視線を逃がす。


 そうして、口を付ける。


「……美味しい」


 そんな感想の傍で、少年はポタージュを飲み干し、空になった皿を置く。


「うん。美味い」


「ねえ、あんたはあたしに何の用なの?」


 セシリーはアイスクリームを食べ進めつつ、問う。


「ちょっと、な」


 少年は誤魔化すように笑う。


 ――ちょっとって、何よ。


「じゃあ、名前は?」


「ああ、名前はアマジ=シラヌイ。お前は?」


「あたしはセシリー=ユキバナ」


「へえ、良い名前だな」


「何処でもある名前でしょ。こんなの」


 セシリーがそんな事を言うと、少年は「あはは」と笑う。


「そういやお前、どうしてあんな悲しそうだったんだ?」


「聞く? そういうの。デリカシー無いんじゃない?」


 セシリーはアマジを横目で見て、予想外に真剣な顔に驚く。


「いや、そうも思ったけどさ。でも人に言えば楽になる事もあるだろ? だから……。つっても、言いたくなかったら良いけどな」


 セシリーは驚き、少し考える。


「まあ……なんていうか、あのさ……」


 アマジは黙って続きを待つ。その様子に、セシリーも話さざるを得ない。


「普通、みんな力があるでしょ? 物を切断したり、熱したり。何かしら、あるもんでしょ?」


「ああ」


 肯定。


 セシリーは少し、胸が痛い。


「けど、あたしにはそれがない。無能力者ってこと」


「…………」


「だから、まあ端的に言えば、いじめられてんのよ」


 セシリーはそう言って笑ってみる。途端に、惨めな思いがした。


 アマジは戸惑った様子だ。


「だからあんなに…………」


 何処か納得がいったようでもある。


「よくがんばった」


 声は優しい響きを持っていた。


「がんばったって、何がよ」


 セシリーの頬を涙が伝う。きっとアマジの言葉からでは無い。心からの哀しみからだ。


 セシリーは慌てて涙を拭くが、涙は絶え間なく流れていく。結局、泣き顔を見せない為には俯くしかなかった。


 白い長い髪が垂れる。


 彼女の頭を、アマジは優しく撫でる。


「大丈夫だ。もう、大丈夫」


 何の根拠も無い言葉だった。きっと、言葉の意味は重要では無かった。


 その声色から、行動から、溢れるような優しさが――。


 アイスクリームはもう溶けかけている。





 セシリーは前を見ては歩くばかりで、沈黙を消し去ろうと言葉を紡ぐことも無い。

 

 その数歩後ろをアマジがついて行く。

 

 アマジは何か話そうかと言葉を探す。しかし黙々と歩くセシリーの背を見て、笑みを浮かべると黙ったまま歩き出す事とした。

 

 セシリーは街が一望出来る見晴らしの良い場所で立ち止まる。


「おお、すげえな」


「でしょう? 落ち込んだりすると、ここに来るの」


 アマジはセシリーの笑顔に驚く。セシリーは視線をアマジから街へと戻し、少し遅れてアマジも街を見る。


「街に罪は無いもの」


「ああ。そうだな」


「ありがとう」


 セシリーはアマジの方を向かぬままで呟いた。


「正直、助かった。でも、どうして? あたしに何の用があったの?」


「ああ、それは――」


 アマジは言葉を切ると、慌てて空へ手を振う。それと連動するように炎が噴き出して、氷柱を融かし、蒸発させる。


「熱っ!?」


 セシリーは慌てて炎のあった場所を見る。アマジは氷柱の飛んできた方向にいる人間を見て、セシリーと敵の間に移動する。


 セシリーやアマジを見下ろすように、丘から三人の人間が下卑た笑みを浮かべている。


 セシリーはその三人全てに見覚えがあった。全て、セシリーをいじめていたクラスメイトである。


「惜しーい。あの男さえいなきゃあ一発だったのになぁ?」


 短髪の男の言葉にセミロングの女が頷く。


「炎とか面倒なんだけど。あんたの分野でしょ?」


「じゃあ、行ってくるわ」


 短髪の男は階段を下りていく。


 その間もセミロングの女は軽く人を殺せるほど鋭利な氷柱を飛ばしていくが、アマジはそれら全てを蒸発させる。


「なんで……」


 驚きの余りセシリーが呟くと、短髪の男は笑みを抑えきれず、零す。


「ふふふ。あははははは! なんで? だってさ、無能力者一人殺すだけで金が手に入るんだぜ? こんなに楽なことは無い!」


「お金……?」


「ああ、そう。それも、魔術結社からだ」


「うそでしょ……?」


「嘘な訳あるかよ。なぁ?」


 短髪の男の言葉に、セミロングの女も同調する。


「ええ。そうよ。あんた世界から嫌われてんのよ!」


 アマジは手をセミロングの女へ向ける。それと同時に、彼の手から炎が噴き出して、セミロングの女へと迫る。


「うああああああああああぁ」


 セミロングの女はどうする事も出来ずにその場で座り込み、彼女の手前で炎は消える。


「あんまりうるさいと、殺す」


 セミロングの女の目には恐怖しか映っていなかった。


 短髪の男は慌てて近付き、アマジの手首を掴む。


「へっ。死ねよ」


 アマジは短髪の男を睨むと、笑みを浮かべる。


焼殺ソレイユ


 言葉と共に、アマジの身体が炎に包まれる。短髪の男は手首を掴んでいた為に慌てて手を離すも、火傷は免れない。


「あっちぃ!」


 短髪の男は尻餅をついたまま下がっていく。


「どうなってんだよてめえ! てめえの身体を沸騰させてやったんだぞ! 何で生きてんだ!」


「沸騰? いやお前、俺の身体を見ろよ。沸騰どころじゃねえだろ?」


 正しく、炎に包まれた体や、頭から突き出す二本の赤黒い角は普通では無い。


「お前まさか……太陽の能力者か!?」


「ああ。そうだよ」


 アマジは短髪の男に手をかざす。


「陽炎」


 そして、短髪の男が炎で燃え尽きる――幻覚を見せた。


 短髪の男は気絶し、その場で倒れる。


 アマジは体に纏わりつく炎と角を消すと、セシリーへ振り返る。


 セシリーの顔には困惑が浮かんでいた。


「とりあえず、逃げよう」


「うん」


 状況も理解出来ないまま、セシリーは頷いた。


 



 そして、何故か駅へと辿り着いていた。


「え、いや、大丈夫なの!?」


「ああ。大丈夫、大丈夫」


 アマジはそれだけ言うと、汽車へ乗ろうとする。


 セシリーは慌ててアマジの手首を掴み、耳打ちする。


「あんた太陽の能力者なんでしょ!? それって魔術結社に狙われてるんでしょ!? 要は指名手配って事でしょ!?」


「それ言うならお前も狙われてるから」


 アマジの小声の返しに、セシリーは驚く。


「何でよ!?」


「色々あるんだって。話は後でする」


 アマジはそれだけ言うと、汽車に入る。セシリーはその後をついて行く。


 アマジは小柄な動きのある緑色のセミロングの女性がいる個室を見つけると、そこへ入っていき、小柄な女性の向かいへ座る。


「やっ、アマジ」


「おう」


 そんな挨拶の後、セシリーも個室に入り、迷った末にアマジの横へ座る。


「お、そっち座る? 相当仲良くなったみたいだね?」


 小柄な女性の言葉にセシリーは慌てて答える。


「いやだって、初めましてじゃないですか!?」


「そうだったね。私はエマ=クーゲン。『空』の能力者だ」

 

 エマは笑顔と共に、握手を求める。セシリーはその握手へ応じた。

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