6.ブックマーク数の格差が必要悪であることについて
【本話の要点】
・小説投稿サイトの盛り上がり具合と、ブックマークの格差とには、実は切ろうとしても切れない関係がある。小説投稿サイトを盛り上げたいのならば、格差にはある程度目をつぶらなくてはならない。格差を是正したいのならば、小説投稿サイトの盛り上がりは期待できなくなる。ところが小説投稿サイトが盛り上がりを欠いてしまえば、それはコンテンツとしてほとんど死刑宣告にひとしい。
・「小説家になろう」のウェブ戦略は正しいし、上手い。
話が膨らみすぎてしまったため、いったんこれまでの話を整理してみましょう。
項目2.においては、「『オレオ』という作品の意義は、カクヨムの仕様不良について問題提起したところにある」と指摘しました。
3.においては、「そのような『カクヨムの仕様不良』が是正されれば、ユーザーの期待に応えることになるのか」という点について問題提起しました。
続く項目4.、項目5.では「パレートの法則」について紹介し、「小説家になろうに見られるブックマーク数の格差も、各小説投稿サイト同士におけるアクセス数の格差も、実は共通のメカニズムに従っている」ということを示しました。
そしてこの6.の項目では、項目4.、項目5.の内容を踏まえた上で、項目3.において提起した2つの問題について答えを出してみたいと思います。
項目3.において提起した問題とは、「①カクヨムでは、ジャンルを横断してブックマークがつく、緩やかな多様性が生み出されるのではないか」と「②カクヨムでは、仮に一部のジャンルが主流になろうとも、そのジャンルは『小説家になろう』とは異なったものであり、かつブックマークの格差も『小説家になろう』よりは小さくなるのではないか」という2つ期待が、実現するか否か、ということを指しています。
まずは①について。結論から先に述べてしまうとするのならば、カクヨムにおいて多様性が生み出されることはありません。項目4.の記事で紹介した内容がそのまま当てはまりますが、よりウェブ小説投稿サイトにふさわしい形で話を整理するならば、個々の作品がプラットフォームであり、個々のユーザーがアクセス者になります。すると、「ブックマーク数が10000件を超えるような作品は2、3作品ある一方で、ブックマーク数が2、3件しかない作品は10000作品あるよ」というような状況が、カクヨムでも再現されることになります。
次に②について。上記の結論ゆえに、一部のジャンルが主流になる可能性は高いですし、そのジャンルが「小説家になろう」とは別のジャンルになる可能性は十分にありえます。
問題は「ブックマークの格差が『小説家になろう』の格差に比べて、どの程度著しいものになるのか」という点に絞られます。実はこの部分、小説投稿サイトにとっては、死活問題になりかねない重要な部分です。
この問題について考えるために、いったん小説投稿サイトのことから焦点を移し、別のことについて考えてみましょう。「パレートの法則」が成立しているのは、インターネットのコンテンツに限りません。コンビニエンスストアの品揃えも、この「パレートの法則」にちなんで戦略を立てています。
どういうことかというと、「コンビニエンスストアの売り上げの8割は、全体の商品の2割によってもたらされている」のです。つまり、全く売れない商品というものも、コンビニにはそれなりに存在しているわけです。
では、全く売れない商品はそのままにしておいて良いかというと、当然そういうわけにはいきません。そこでコンビニエンスストアは、売り上げの少ない商品を頻繁に入れ替えようとします。するとどういうことが起こるか? ――売り上げの少ない商品の中でも、相対的に売り上げの多い商品というのが出現するようになります。そうした商品はラインナップとして固定し、コンビニエンスストアは更なる利益の増大を図るのです。
このコンビニエンスストアの経営戦略において、大事なことは2点あります。1点目は、「『頻繁に入れ替える』ことができるくらい、多種多様な商品が供給される体制が整っている」ということ、2点目は「『売り上げの多い商品が新たに出現』する程度には、顧客が揃っていなくてはならない」ということです。供給できる商品に限界があるか、あるいはそもそも顧客が少ない場合、このような戦略を敷くことはできません。ある意味、コンビニエンスストアだからこそ可能な戦略と言えるわけです。
実はこの戦略、「小説家になろう」を取り巻く環境においても見事に合致しています。「コンビニエンスストアの売り上げの8割は、全体の商品の2割によってもたらされている」ように「『小説家になろう』のアクセスの8割は、全体のコンテンツの2割によってもたらされている」でしょうし、「全くアクセスのない」作品もそれなりに存在します。「売り上げの少ない商品を頻繁に入れ替え」ることについては、運営は手出しできませんが、「全くアクセスのない作品」は自然と更新が途絶え、「新着の作品」に埋もれていきます。「新着の作品」の中で、「相対的にアクセス数の多い作品」はブックマークが増え、「ランキング」にある程度固定されるわけです。
ある種の自転車操業に近い戦略ですが、少なくとも「小説家になろう」において、この戦略は一定の成果をあげています。そのような戦略をとることができる程度には、「小説家になろう」のユーザーが多いためです。
参加人数が多く、投稿作品が膨大であるがゆえに、「小説家になろう」では著しい格差が存在しているわけです。「小説家になろう」に人が集まることと、ブックマーク数の格差が広がることは、実は表裏一体の関係なのです。
では、カクヨムはどうでしょうか。コンビニの戦略を考えるかぎり、作品と読み手とが順調に増加しないかぎり、小説投稿サイトとしての命運は尽きたも同然です。「カクヨムのブックマーク格差は小さくなってほしい」と期待し、その期待が適うことがあるとすれば、それは「カクヨム自体の魅力が完全に損なわれたとき」と同じなのです。