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髪イズ神

女の子だヤター。

 次の日は都合よく休日だったので、駅前?駅下?駅ナカ?とりあえず判別しづらい書店で待ち合わせをした。

 「館にいくぞ。」

 「カシオから誘ってくれるとは珍しいよな。ホント。」

 「どうでもいいこと言ってないで。」

 今回はいつもの暇潰しとは違って、いかなければならない義務のようなものだからだ。それに下手したら俺らは殺人鬼扱いだ。仕方なく、だ。と、何故か口に出さず心の中でツンデレの定型文をかましていると

 「フッ…我は仕方なくついていってやろう。」

 シルルが声に出してツンデレをかました。この毛玉は帰らない所をみるに、帰る術を持ってない。無力でもあるから、どうしようもなく、無害と判断したんであろう俺についてきている。

 「行くのは良いんだけど、その前にどっか寄ってもいいか?昼飯食べてなくてな。」

 一刻も早く行きたいが、無言で俺は頷く。けど、今から吐くかも知れないが大丈夫なのだろうか。その想いは飲み込んだ。

 ちなみに今日シルルはバッグに落ち着かせた。暴力をもってしてだ。黒いケサランパサランみたいなふわふわした見た目だが物理攻撃は効く。雷神トールに雷が効くくらいの驚きがあった。毛はさらさらで、触っても返ってくるのは、そよ風が当たる程度の抵抗だ。そして最後まで毛かと思いきや、毛玉の深淵は子どものほっぺたのようにぷにっとしている本体がある。シルル曰く、余りに膨大な魔力が凝り固まったモノらしい。煮こごりのようなモノだと思って相違ないだろう。猫の肉球と同種の中毒性があり、たちまちヤミツキになることまちがいない。





 書店を出ると、そこから距離がそんなにない行きつけの喫茶店に入り手頃な席に着く。この前この店にキリタニを連れていったおかげで、キリタニはここを気に入ってしまった。そのせいで最悪なことに暇な休日にフラッと訪れるとキリタニと遭遇してしまう案件が増加している。まあ、お互い会釈程度に終わるが、というより終わらせるが。

 定位置の店の奥、マホガニーの赤みがかった椅子に腰を降ろす。普段と変わらず茶色で溢れた店内を小洒落たジャズと客の静かな談笑が彩る中、俺はある一人の女性店員に目が止まった。先週には居なかった店員がいるからだ。

 二週間に一度のペースで約三年間通う俺は店員の顔程度は覚えている。そういえばアルバイト募集の張り紙を見かけたこともあるし、なんら不自然ではない。気には留めない存在であるはずだが、どこかで見た覚えがあるのだ。知ってそうで知らない、そんなもどかしさを抱えるが、あまりジロジロ眺めすぎて、店の出禁をくらっても悲しいので、大人しくジャズの名演に傾聴することにした。

 「ご注文はお決まりですか?」

 目を閉ざして、うたた寝のような状態になっているところを現実へ戻される。声の方を見ると先刻の店員だった。声には聞き覚えがあった。キリタニがやたらな数を注文している中、俺は女性店員の横顔を無意識に観察していた。

 黒縁メガネをかけていて、二重瞼でぱっちりとした眼。目尻には泣きぼくろ。若さを示すハリと艶のある肌。血色の良い頬と唇。総評すればフェミニンな顔立ちといったところだ。確かにどこかで見たことがあるが、これだけでは答えへは至らない。しかし、黒をベースにした赤系統の角度によって違いを見せる3dカラー、耳かけショートボブ、つまり、髪形は答えを導いた。

 「もしかしてお前、柿川結花(かきかわきっか)か?」

 笑顔で接客していた店員の動きは笑顔ごと固まった。しかし、すぐに動きを取り戻す。普通ならこのまま俺が謎の独り言を発すヤバイやつで満場一致のだが、残念だな柿川。今回はキリタニもいる。

 「………あ、ホントだ。良く良く見ると柿川さんだ。」

 「人違いじゃないですかね…?」

 「いや、誤魔化す必要…」

 「…はあるな。だって志久坂学園(うち)バイト禁止だし。」

 「へー、そうなんだ。」

 無知を晒すキリタニに呆れつつ、店員をみる。

 今では確信できる彼女は同クラスの女子生徒、柿川結花だ。彼女は中学校も同じであったものの、直接的な干渉はほとんどなかった。そう、直接的なものは。


 時は中学三年生の修学旅行に遡る。中学三年生と言えば、初めて人生の大きな岐路の受験を控え、思春期真っ只中ということもあり、中々難しいお年頃だ。人によっては鬱になったり、ハイになったり、因みに俺は経た今だから分かるが、軽い前者だった気がする。どうでもいい。

 ともあれ、修学旅行だ。

 修学旅行といえば、上記のような事情も合わさって最後の祭りの様なやっつけ感が生まれ、友人と昼夜を共にするので、新たなる一面を見つけることも多い。その一面が露出するイベントと言えば、枕投げ、コイバナ、風呂場で唐突に開催される超自由型競泳、はたまた女子の入浴を覗くという蛮行、いや、称賛されるべき武勇。と、様々だが俺の場合はちょっとだけ異なった。そして、露出する新たな一面の内容も。

 就寝時間になり消灯された後、ルームメイトのタブチ君が待ち構えていた様に「コイバナしよーぜ。」そう言った。

先生に散々早く寝ろと釘を刺されていたのに、コイバナを敢行したタブチ君はやはり宿泊行事に興奮していた。正直、人の色恋沙汰には興味はなかったが、言い出しっぺで、タブチ君が想い人を告げるとなった時、彼から出た言葉が「おっぱいがでかけゃりゃ誰でもいい!!」だったので、度肝を抜かれた。それから、当時、胸の大きかった女子をつらつらと並べていった。言い終えた彼に、最初は部屋の男共は感心したが、時間を置き冷静になると、引いた。これは女性に対する侮蔑以外の何でもない。憤りさえ感じたが、その大きな声は部屋の外で見張っていた社会の先生に筒抜けだったらしく、社会の授業時、タブチ君はこの言葉をカミングアウトされ、学年中の女生徒から距離を置かれたので良しとする。男子生徒も最初は彼を神格化する風潮さえあったが、すぐに止んだ。その後、卒業までイジられることとなるが、タブチ君曰く「おいしい」らしいので、もうよくわからなかった。

 話を戻そう。想い人の告白はタブチ君を終えてから滞りなく進み俺の番に回ってきたときだ。俺は「想い人はいない」と言った。が信じて貰えず、いるんだろ、いないよ、のシーソーゲームを繰り返す内、両者とも疲弊したので「可愛いと思う人をいう」で両者の妥協点とし解決した。その時、俺から出た言葉は


 「かわいい人かー。それはそうだな…柿川かなぁ。あー、待った。顔で判断したとか思われたくない。確かに一般に人気の出そうな顔と性格してるけど、って実際そうだけどそんなところはどうでもいい。彼女の最大の魅力はやっぱり髪型だよ。あの難易度の高い前上がりショートボブが似合う猛者はそういない。あれは俺の求めた理想のカタチだ。

 まずな、ボブっていう髪型は選ばれやすい。おおよそ誰でもある程度、サマになるし、手軽ってのも大きな理由だ。で、俺はそんなボブを愛しているんだが、そのボブの“選ばれやすさ”については良く思ってないんだ。まあ、何でかって言うと、賢いやつならもう分かってると思うけど、究極に似合ってる人が少ないんだ。髪形で冒険することを嫌った女子はおおよそ伸ばすだけか、ボブで固定してしまう。そう、自分に最も似合うカタチを模索せずして、手軽に選んでしまうんだ。選ばれ安さがあるボブを。いわば妥協点なんだ。それが似合う筈がないよな。まあ、たまたまベストマッチって可能性もあるが、ボブはその多様性も売りだ。しかし、そう言ったボブを妥協点としてか、扱ってない女子はたいてい、成すがままの一般的なボブにしてしまっている。

 そこで柿川だ。あいつは冒険を恐れていない。中学一年の時は確か…ロングだった。あの時は俺もそんなに髪形を見ていなかった。ロングはまあ、好きでも嫌いでもないが、ロングの人がポニーテールにするギャップ萌えが簡単に作れるのは、とても良いとこだよな。

 中学二年位の時だろうか、柿川がナチュラルボブにしたのを見て感動したんだ。あの出会いは俺を変えた。その日から俺はどんどんボブという髪形に傾倒していった。平日はネットを使って、休日は街行く女性の髪形を鑑賞して、どんどん見聞を深めていった。あれは楽しかった。けど、途中で俺は気づいてしまった。ボブの負の側面を。それはさっき言ったやつだ。そんなとき俺を救ってくれたのは、柿川だったんだ。厳密には柿川のボブだけど。

 あいつは毛先をカールさせたり、前髪をいじったり、スタイリングを変えていた。俺はそれをずっと楽しませてもらってた。ボブの多様性は彼女が示してくれた。そして同時に冒険を恐れることのないただ自分の美を求める女性の姿を!あいつがいるだけで俺は希望が持てたんだ!そして、柿川自身が俺の短い人生の中で出会ってきた中では一番ボブという髪形が似合う女性だったんだ!彼女はまだ試していないが耳かけが一番似合うと思う!

 …ごめん、熱くなりすぎた。

 そう言うわけで、俺は柿川が可愛いと思う。」


 最初は周りの男どもは黙ってポカーンとしていた。そして、一人がありがとう、とだけ言うと、違う一人がもう寝るかといい、就寝した。その時、俺はあまりの自分のレベルの高さに他の奴らはついてこれなかった、と思っていた。実際はついてこれない、のではなく、ついていきたくないのであった。

 因みに俺の熱演は社会の先生に筒抜けであったらしく、後日、呼び出され、変なことだけはするなよ、と何故か、何かの釘をさされた。そして、俺の語った内容は聞いていた男どもを中心に拡散され、かなりのイタズラ心が付与した結果、最終的には俺は「他人の髪を食していて、特に柿川のがお気に入りの変態」ということになり、柿川にそれが、届くときには、俺はもう、女性の髪形を鑑賞することを許されていなかった。男子生徒は俺を神格(変態)化する風潮を見せ、無論学年中の女生徒から、距離を置かれることとなった。その後、卒業までいじられ、柿川との交流はほとんどなく、距離を置いたまま中学校を卒業した。


 これは俺の隠したい歴史の一つだ。髪フェチではないと思う。性的興奮は覚えない。ラブではなくライクだ。

 そして勘違いされたまま、柿川との関係は変化を見せず、今へ戻る。

ちなみに関係は特に変わらなかったが、柿川への印象は変わった。彼女は俺の神格化が完了した辺りから、なんと、髪形を後ろでくくるだけに固定しまったのだ。九割九分俺のせいだが、その程度で美を捨てるのかと勝手に失望した。しかし、まあまあ似合っているので、許している。



 「いや…いやいやいや何で分かったの…知り合いすら気づかなかったのに…」

 「ま、別に誰にも言わねーし。」

 「あ、あぁ。まあ、言ってもな。得にならんしな。」

 「てか、許可はちゃんと貰ってるからね?」

 嘘だろうな。ここで本当のことを言っても互いに面倒くさいだけで、得がない。嘘をついた方がスマートに要領よく進む。

 中学校からの避けていた癖で、この場から立ち去りたい衝動にかられたが、あの屋敷に一人でいくのは憚られた。吐く自信がある。

 「けど、あんま知られてもイヤだし、口外はあまり。」

 「まあ、言わないよ。だから、もう戻れよ。店長さん、こっちの方しきりにチラチラ見てるぞ。」

 カウンターの奥で普段はニコニコしている白髪の店長が今は心配げにこちらを見ている。

 「絶対言わないって、約束できる?」

 「できる。喋るようなヤツも意味もない。」

 「ふーん、ま、ありがとう。よろしく頼むよ?」

 「あ、コーヒー頼む。」

 「はい、かしこまりました。」

 と言って戻っていった。ここはだいぶ心地よい場所だったが、行きたくても足が向かないことが多くなりそうだ。気づかぬうちに落胆の意思が表に出てしまい俺は険しい表情をしていた。


 その時、柿川にも接客に相応しくない、険しい表情が張りついていた。


 「キッカちゃん、眉間に皺が…伸ばして伸ばして!」

 そう、店長に言われるまで柿川は全く気づかなかった。

 「え、ホントですか?すいません。」

 この前は仲の良い先輩にもバレなかったために柿川には自信という奢りが有った。にしても同じクラスの二人か…柿川は腕を組み考える。桐谷は馬鹿そうで心配だ。つい口走ってしまいそうで、鹿追は無闇矢鱈に口外はしなさそうだけど、いや、だから不安だ。柿川はそう思った。

 我々の会話の内容もかなり柿川の不安をかき立てていた。『…隠す…』『むしろ…言っちゃう…』『…なんでだ!…利用…な…』そう、内密に話し合っている様は何かの秘密を利用するか、しないかの話をしている。そして、その秘密とはおそらく自分のここでのことであろう。しかし柿川はすぐにアクションを起こせないでいた。そうしている間に焦りが募りだんだんと静止するのが困難になってくる。

 「なにかあった?」

 眉間の皺が伸びず落ち着きをなくしていく様を、店長に心配される。穏やかで賢く優しい店長だ。ここはその優しさを利用させてもらう、柿川はそれほど我々に信頼の「し」の字も置いていなかった。桐谷、鹿追の面子なら仕方もないが。

 「あ、いえ…実は母親が風邪で…」

 「それなら早く言ってよ!休んでくれて良かったのに…!」

 「そんな…申し訳ないですよ。」

 「いや、居てあげるべきだよ?キッカちゃん。今日はもう、切り上げて帰っちゃいな?」

 「…では、お言葉に甘えて…」

 店長の優しさが身に染み、罪悪感に苛まれながら、柿川が着替え終わる頃には、野郎二人はもう勘定を済ませて店内のドアから、出ていくところだった。

 早い、と愚痴をこぼしつつ、店長へ深いお辞儀をしてから柿川は我々を尾行することにした。その時、店長は笑顔を浮かべていた。

僕はどれかを選べと言われたら、ボブを選ぶよ。


髪形に自然に目がいくカシオ君は人の覚え方もほとんど髪です。きも。

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