SUMMON TIME
階段で二度踏んだ男は白目を向いてるし背中がズババーンと裂かれていた。拝まずにはいられなかった。そいつの血で方陣を描けと言われたときには嫌で仕方なかった。鴉の時とは違って。なのだがやたら小さい模様の指示をシルルに受けつつ完成すると達成感はあった。中心に男を置くと残るは詠唱だけらしい。
「今思ったけど、お前召喚した時なんで俺勝手に詠唱し始めたんだ?」
「詳しくは知らんが、勝手にそういうのを施してくれたんだろう。召喚にありつくまでは知人に任せていた。」
「ひゃー、今だとネットからでも操れんのか?ネットドラッグ?怖い怖い。」
詠唱は、どうやら意味が伝われば良いらしい。古文は使用しなくていい。『我』だの『求む』だの『汝』だのは唱えなくても『俺』『欲しい』『お前』とかでも代用可能。この並びは求愛か何かか。
俺は魔方陣を前に固まってしまった。現代の言葉で良いと言われると、むしろ恥ずかしさが増すのだ。中途半端なチュウニより振り切ったチュウニの方が見ていられるのと一緒だ。
ぐぬぬ、と唸っていると、はよせいとシルルに急かされ始めたので腹を決めた。詠唱で使われる意味を持った言葉はあらかじめシルルによって教えられていた。古文であった。
「お、わ、われ、俺、か、鹿追樫雄はこの者の血肉を礎にっ!人を喰らひし者グールをし、しょうか、サモンするっ!」
変に古文だったせいか、どっちつかずの言葉になってしまった。しんと静まり返った魔方陣を睨んでいると、光がパアッと魔方陣を中心にほの暗い部屋に広がる。シルルの時とは禍々しさが違うが、同種の光だ。光が収まると、黒ずんだ魔方陣の中心には事絶えた筈の男が立っていた。どこからどうみても、普通の人だ。強いて特徴をあげるなら顔色が悪いところだ。あとは金髪が少しけばけばしい。
その男はニタリといやらしく笑う。
ヤバイ。
そう直感し逃げようと背を向けるが、恐るべき速さで接近され両肩を掴まれる。男は鋭い犬歯をちらつかせるように笑みを浮かべる。己の眼球は犬歯に釘付けになり、体は硬直する。
すると、急に、男はバッと膝立ちになる。
「ありがとうございます!俺を指名、じゃなかった。召喚してくださって!一生ついていきます!二回踏んだことも忘れません!」
「………踏んだ…三回…。」
情けないことにこれしか言葉は絞り出せなかった。というか俺はこの二日間どれだけ恐怖し驚愕しただろう。おおよそこれまでの16年間のを足しても質、量共に上回る。普段はあまり感情を表に出さないようにはしているが恥ずかしいことに、この二日間、表情大開放セールしてしまっている。これではダメだ。これからは動じない男になろう。魅力的になるのだ。そう人知れず誰かに誓った。動じない系主人公の利便性に気付いたところで話を戻す。
「ええ、きっちりと二回です!」
眩しい笑顔をぶつけられ、対応に困り救済の念をシルルに送る。
「…ん?あ、ああ、そうだな…うるさいな…お前のように」
「そういうことじゃない。」
シルルという黒いケサランパサランを少しずつ理解し始めたが、こいつは独善的で自己中心的に話を進めるいわれがある。だから質問役を俺が買ってでているが、些か腹が立つことに、シルルはやれやれと言う。
「もうそいつは貴様の従者だ。カシオ。そして本当ならグールが召喚されるはずだった…いや、召喚は成功だが…」
「何か不便なことでもあるんですか?」
グールとしてリニューアルした金髪の男は不安そうに尋ねた。
「まあ、さほど重要じゃあない。今はな。」
その言葉を聞き金髪グールは、ほっと胸を撫で下ろした。『今はな』という部分はアウトオブ眼中らしい。このぐらいの適当さは寧ろ生きていくのに必要なんだろうか。まあ、僕、鹿追樫雄は、質問することを強いられているので、誠に不本意ながらシルルに解説を頼んだ。
「シルル、どういう事?」
「少しは自分で考えろ阿呆め。」
誠に不本意である。
男は本来はグールの器として使う予定だったが、男自身がグールになったらしい。こんなことはあるのか?と、問いただすとシルルはたじろぎ、何かをぼそりと呟きその後当然のように、事故だ、と弁解した。ちなみに俺の耳には呟いた部分は、屍を使う召喚は嫌いだ…と聞こえた気がするが空耳だろう。
男の背中の裂けた部分は召喚後はきれいさっぱり、ふさがっていた。俺の中にある魔力を使った、とシルルは言った。確かに召喚後ごっそり活力を抜かれた様に倦怠感がグッと強くなった。
「あのグールさんは二階に散らばってる肉片やらをですね…えー、食して下さい。」
「了解です!あと、クウヤと呼んで下さい。」
「クウヤさんよろしくお願いします。」
「『さん』はいらないです。あと、気を遣わなくていいです!」
このためにグールを呼び出した。処理が大変で、しかも不味く、見つかってもまずい人肉をグールに食べてもらおうという作戦だ。屍喰鬼と書くグールはこのためにあるのでは、と疑念を抱く程適任だと思う。そして、彼が名乗ったクウヤという名前もベストマッチだ。
クウヤが二階に作業しに行ったところで、隅で寝ているキリタニを起こす。
「帰るぞ」
「ああ、なんだ。カシオか。」
「お前、家は大丈夫なのか?」
「ん?ああ、言ってなかったけか。俺、妹と二人暮らしだって。」
全く聞いてない。そんな俺の表情をキリタニは読み取った。
「いやー、ホントは親も一緒に越してくる予定だったんだけど、なんか俺の親、変な仕事でな、今、何処にいるかもわかんねえ。」
「…まあ、良いわ。じゃ、帰るぞ」
「この剣どうしよう」
そういいプラプラと、重量はあるのに、容易く刀を振る。
「あー、適当に置いとけば。クウヤに任しとけば大丈夫だろ。」
「クウヤって?」
「後で説明する。」
キリタニは少し納得いかない様子で刀を鞘にしまい。床に置くと二人で扉に取り組んだ。
外に出て、腕時計を見ると針は九時半を少し過ぎていた。辺りは最低限の街灯が暗い家々を照らしている。緊張から脱しすっきりとした心に冷えた空気が入り込んだ。
男しかでてこないじゃないか…!!