SHITUMON TIME
ヒロイン?あぁ、シルルだよ。
嘘です。もう少し待ってください。
刀が落ちる音が聞こえた。
ヘッドスライディングで擦り傷となったところが、再度痛む。埃っぽい絨毯が眼前にある。
最初は意味が分からなかった、と言うより、分かりたくなかった。ここでだけは転倒してはならないだろ。そう、もう一人の自分が言っている気がした。
上半身を起こし膝立ちの形になり、灰色のグールが幾人をも葬った濡れた爪を掲げているのを見る。
シルルの時とは違い分かりやすい死がそこに迫っていた。連日で命がこうも危なくなることも珍しい。
ヒュッン。刃を素早く振った音のみが抽出されて聞こえる。締まらない終わりだな、と思っていると、俺の頭ではなく、グールの頭がポロっと落ちた。灰色の怪物の躯は命令を失い地に臥した。
しばらく呆けていると、肩を叩かれた。
「あそこでこけるのは、ちょっと無いぜ。」
そう言うキリタニの手には刀が握られていた。彼に助けられたらしい。
立ち上がり制服に絡み付いたホコリを払う。キリタニは貧血からか座り込み深呼吸をしている。
「大丈夫か?病院つれていこうか?」
「あー、傷は全部浅いし、めんどくさいし薬局因を問われたり学校に伝わるとキリタニは前科付きなので面倒の『めんどくさい』だろう。
だが、かなり痛々しい様は見てるこっちも快いモノではない。
「ドラッグストア行ってくるわ。待ってろ。」
外に出ようとすると、立て付けの悪い扉の前で黒い塊がごそごそしているのを視認する。それはビクビクしながらこちらを振り返ると。
「あ」
「あ、じゃねえよ。シルル。途中で消えたと思ってたら、何をしていたんだ?」
「……ッフ、け、結界をといていたのだ…フハ…貴様らが逃げやすいようにな…フフ…決して一人で逃げようとなどしておらん。まさか、適当な作戦に乗せて、自分だけでに、逃げるなど…高潔な我がすることではない…することではない…することではない…」
「そんな訳があるか!明らか自分だけで逃げようとしてただろ!?こそこそしすぎだろ!?まともな作戦説明もしてないだろ!?嘘つくの下手だろ!?それから、えーと…えー、あー。」
「カシオ、ツッコミ下手だろ。」
「…!…な、慣れてないんだ…」
顔が赤くなるのが分かった。無言で扉を開こうとするが立て付けが悪いので扉の前で苦戦し余計に恥ずかしさが増した。開けてからは逃げるようにドラッグストアへ駆けた。
帰ってくるとシルルとキリタニは会話を弾ませていた。主に俺をバカにしたエピソードで。本人がいる前でも続けるのだから質が悪いったら。なんだ、元気じゃないか、と思いつつ床に座り込んだままのキリタニに包帯やら傷薬やらエナジードリンクやらが入ったビニール袋を渡した。
手慣れた様子で自分で治療を終えるとキリタニはふうっとやっと安息した様子だ。
「にしても、お前も災難だったな。」
「カシオもなかなか昨日苦労したそうじゃねえか。」
「我がいなかったら死んでたな。」
「お前がいたから死にそうになったの間違いだろ。てか、あのグール?はなんだったんだ?あと、結界とか。もう安全なのか?」
「安全は…もう魔のモノの気配は感じられんな、安心してよいだろう。まあ、この館はもともと魔を帯びている特殊な館だが、な。結界については掛けた者も分からんし時期も、条件も理由も謎だ。グールが討たれた瞬間に消えた。放っておけ、我に分からんことが貴様に分かる道理がない。グールについては…能力は人の身体能力を少し延長した程度の魔物だ。それにあのような醜いのは人の贄を必要としないタイプ。本当のグールは死人を媒体にした屍鬼だからな。姿も人のままだ。」
結界がかかっていたのは本当だったか。
「色々よく分からんがアレはグールなのか?」
「グールはグールだが正規ではない。消耗も早い。魔力を利用して作った模造品だ。罠などによく使われる。」
「んー、ふぁんたじぃ。まあ、良いか。それよりグールの死体は?」
「なんか、無くなった。霧みたいにふわぁとなって。あ、後、ここの血は目立つやつは拭いといたぜ首も二階に。にしても凄いな二階。地獄そのものだったな。血も半端ねえし。隠しきれたもんじゃねえよ。臭いも出てくるだろうし。」
確かにそうだ。肉塊を放置したいのは山々だが、多分俺達の出入りを目撃している者はいる、と思う。最悪の事態を想定して動くことが今は求められる。
はたから見れば、我々は肉塊が散乱した屋敷を平気で出入りする少年たちだ。俺なら、限りなくクロだと判断する。
あの赤一色をどうしようか。埋めるか…この手はないな、形がまとまってないのがほとんどだし、それに、手に取るほどに血肉に慣れちゃいない。
「良い手があるぞ」
シルルが口を開いた。それは意外な手だった。
「グールを召喚するのだ」
「いや、え?またあいつを呼ぶのか?危ないし。てか、召喚ってそんな簡単に…?」
「昨日からだが質問が多いぞカシオ。キリタニを見習え。静かに傍聴して…」
フッとキリタニをみ見たシルルの言葉が止まる。
「…」
「…寝てるだけじゃないか…」
腕を組み、部屋のはしっこで寝息をたてていた。
「大きな声を出すな。キリタニが起きるだろう。お前と違って働いたのだ。寝てる間に片付けるぞ。」
その通りだったので、こういうのは俺が担当することにしよう。脳筋は肉体労働を、そうじゃないなら頭脳労働を。しかしシルルはまだ信頼における存在とは言えない。
「騙したりしないか?今度こそ。」
「騙したりはしないさ。今度こそ。」
「サラッとさっきの作戦が罠と自白したな。」
「フッ、我の愛嬌だ。そもそも、一度とて我は嘘をはいてはいない。未だ、な。」
何が愛嬌だ。冗談は容姿だけにしとけ。