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グールがくる

女の子はもう少し待ってください。色気ないわー、と思ってる人も、もう少し待ってください。

 嘔吐感は無い。驚きが強い。なぜだとか、どうしてだとか、ではなくて、生首の存在自体の異質さが驚きの原因だ。とりあえず転げ落ちてから立てない状態のキリタニを起こす。生首は階段半ばで死んでいた男の頭ではないらしい。階段の男は髪の毛が金色だったが、生首のは茶髪だ。というか、この時点で二つある。では何故転がってきたのか?


 ビチャビチャと液体が跳ねる音が階段の奥から聞こえる。それは降りてきている様だった。

 距離をとって音に耳を澄ませていると、足音は止み、次はクチャクチャと肉を咀嚼する音が聞こえてくる。灰色の皮膚を持ったヒトらしき生物がいた。ボロボロになった衣服の隙間から肉質は見てとれない。ほとんど骨と皮だけの身体だ。

 ソレは階段の男の肉を貪っていたようだ。肉が裂け、血が飛び散る。肉食獣の食事の様だ。

 人ではない。それは確かだ。

 「あれはなんだ?」

 幸いこちらは眼中にないらしいので、小声でシルルに訊く。

 「屍食鬼(グール)だろうな。それも造られた、な。真のグールは知性がある。我と比べると下等だがクールなグールもいるからな。ククク…クールなグール…」

 引っ掛かる箇所や、問いただしたいところもあったが、今はそうもいかない。

 「危険か?」

 「愚問だろう」

 鼻で笑いながらシルルは答えた。

 「勝てるか?」

 「それも愚問だな。」

 だろうな、これで確定した。逃げるしか生き残る道はない。

 屍食鬼(グール)は食事の最中だ。上手く行けば逃げられる、と思う。

 口に人差し指をつけキリタニが頷くのをみたら、扉を目指した。床が軋み心臓の音がより強く速く鼓動を打つ。時折、後ろを振り返りグールの動向を確認。一歩一歩、慎重に足場を確かめて進む。薄氷の上を歩いているつもりで警戒に妥協はしない。気を張り詰めやっとの想いで扉の前に到着する。キリタニも無事たどり着き、安堵する。そして深呼吸を一回挟んだ後、ドアノブに手をかけひねり、押す時になって、ようやく思い出した。

 このドア立て付けが悪かった――――――――――

 派手な音だけを出しドアは開かなかった。

 希望をかかえながら後ろを振り返るが、希望は零れ落ちていった。

 グールは顔をこちらに向けていた。ここで初めて、まともにその姿を直視した。手には切り裂くためにあるような爪を持っていて、頭髪はなく耳も尖り、口には鋭利そうな歯が血を滴らせている。

 もうこうなったら、扉を壊してでも開き、全速力でこの場を離れるしかない。ガチャガチャと持てる力の全てを動員して、扉へタックルや蹴りを入れるがビクともしない。キリタニも手伝うがやはり結果は同じだった。

 「落ち着け!無駄だ!樫男!この建物は結界になっている!」

 シルルはキリタニの目を気にせず、俺の眼前へ飛び出し言った。キリタニは突然飛び出した黒ケサランパサランに驚いた様子だが、説明する暇もない。こいつは安全だ、とだけ伝えた。

 「そんなことを言ってもどうすればいい!?」

 つい語気が荒く攻撃的になってしまう。

 「安心しろ!この程度の結界なら解ける!だが時間があればの話だ。ここはグールと対峙するしかない!」

 「さっき勝てないって言ってたじゃないか!」

 「今はそれが一番生存率が高いのだ!覚悟を決め我のいう通りにせよ!ここは我の方が知識も経験も上だ!」

 「…っ!…分かった…命令してくれ」

 もうひとひらの可能性に掛けるしかない。心を鎮めて、グールと睨み合う。あちらも階段を降りきってこちらの一挙手一投足を窺っている。

 「ヤツは今、我のチカラの大きさを警戒しておる。故に手は出してこん。こちらが動かん限りな。しかし、それも限界がある。だが、チャンスにもなる。勝機は無いことはない。されど貴様らは闘いとは無縁の所で生まれた。無傷で帰れると思うな。腕の一本は勝利への贄だと思え。それでは作戦説明へ移る。武器が欲しい。どんなものでも良い、超人でも無い限り素手でやりあうのは死へ挑むようなものだ。だから武器を調達するため、一人が囮になって、もう一人が武器を探しに行く。作戦は以上だ。」

 「は?それだけ?」

 思わず場違いな声が出る。短すぎる。作戦と呼べるのかすら疑う。

 「もともと、勝てないものを勝てるようにするのだ。無理を言うのは当たり前であろう?全ては運任せだ。囮がどれだけ持つか、武器が見つかるか、そして武器の質はよいか、攻撃は当たるか、全て揃わないと勝利の二文字は永遠に届かぬぞ?」

 呆れて俺は開いた口が閉まらず、間抜けな表情をしてしまうのをキリタニは見て笑みを浮かべた。

 「フフッなかなか面白いヤツじゃんか。いいぜ、その作戦の囮になってやるよ。カシオ、頼むぞ。」

 それを聞きシルルは感心した声音でキリタニを脅すように確認する。

 「貴様の友は肝の据わった漢ではないか、カシオ。だが、囮になる覚悟はあるのか?下手をこけば真っ先に死ぬのはお前だぞ?」

 「カシオに囮が務まると思うか?」

 ヘラヘラと俺を小バカにしながら、キリタニは余裕の表情を崩さない。狂ってしまったのか。

 「フッ、それもそうだな。では我の合図で動き出せ。良いな」

 「万事OKだぜ!」

 そう言うとキリタニは制服のブレザーを脱ぎ、投げ捨てて軽装になる。

 「もういいさ、武器探しは俺に適任だしな」

 ええい、ままよ、とグッと口角を上げて、引き攣りはしたが負けじと笑顔をつくる。

 「心当たりでも?」

 キリタニが問う。

 「ちょっとな」

 「なら、尚更だな。俺が死ぬ前には来いよ」

 「最期の談笑は済んだか?そろそろいくぞ。」

 シルルが皮肉を飛ばす。

 「オーケーだぜ。」

 「いつでもどうぞ。」

 心臓の鼓動はやはり力強く速かった。恐怖は蛮勇へ、緊張は甘美な刺激へ、震えは興奮へ、忌々しい死は生を飾る金細工へ、絶望は希望へ、キリタニは生け贄へ。

 シルルの合図を粛々と待っていると、シルルの召喚のシーンがフラッシュバックされた、改めてみると俺は追い求めた非日常との邂逅を驚喜している。物語のプロローグを本でいえば最初の一ページをめくるとき、映画でいえば暗転が明けるとき、舞台でいえば幕が退くとき、音楽でいえば最初の一音を感じとるとき、そんな不安にも似たわくわくが心の奥底で燻っていたが、グールとの命懸けの戦いを前に勢いのある烈火となった。

 先刻のひきつった笑みとは違い、笑壺に入った悪人のような愉快で堪らない不気味な笑みが顔に張り付く。思考もぽーっと熱に浮かされたように、まとまらない。


 「いけ!」

 

 そんな状態で作戦は決行された。俺は急いで気を引き締めると、グールの方へというよりは階段へ駆け出す。

 グールは突然のことに刹那、動き止めたが、すぐ立て直し、腰を低く構え直している。

 キリタニはまさか、グールへ向かっていくとは思っていなかったらしく、バカヤロオオオ!そっちいくなら先言えヤアアアと猛々しい怒りをあらわにする。

 前門のグール、後門のキリタニとはこういうことだった。ちょっと違う。

 どうやら最初はグールらしい、あの爪の獲物になるのを想像すると少しチビりそうになったが、それだけは阻止したい。失禁と痛みを天秤にかけるなら俺はしっき、いや、いた、いやどちらも勘弁なので、グールに殴りかかるモーションをとり―ヘットスライディング、制服が摩擦を軽減してズサーといい感じに滑り、いい感じにグールの股をくぐり抜け、いい感じに階段の一段目へ直撃(ジャストミート)する。生首だけになった人と目が合う。

 頭を打ったが身悶えする時間もないので立ち上がる。

 キリタニは俺がグールを殴ろうと思ったらコケたと勘違いをし、大丈夫か!と俺の身を案じた。シルルは吹き出していた。この戦いが終わったら袋に入れて文字通り袋叩きにしてやろう。やっぱりこれも意味が違う。

 しかし、それは実行できない可能性が早くも浮上する。グールが腕を振り上げ今にも俺を切り刻まんとしていたのだ。反射で腕が頭を守る。が、その腕は意味をなさなかった。キリタニの拳がグールの後頭部に強打を浴びせていた。


 「ここは俺に任せろ!そういう作戦だろ!」


 ありがとう、の言葉を飲み込み階段をかけ上がる。一度は言いたい言葉を知らず知らず使うキリタニは頼りガイのある(ガイ)だった。決まった…!

 途中男の死体を踏んづけてしまうが、今は命ないものより命あるものが重要だ。ナムアミダブツ。

 実はこの洋館には来たことがあった。非日常求め隊の俺が“こんないかににもな廃墟”を見過ごすのもおかしな話で、深夜、家を抜け、お邪魔した。懐中電灯の灯りを頼りに探索をしていたのだが、二階のある部屋でとんでもない代物を発見したのだ。

 綺麗な日本刀だった。ベッドの下に隠すように置かれており、月日はそれほど経ってないのか鞘からはするすると抜け煌めく刀をあらわにした。大きさは半身ぐらい、重さは予想以上にあり、これを振り回すのか、と驚いたのが印象的だったのは覚えている。それを見つけた時は周りに人もいなかったので、にわかに半狂乱となりへっぴり腰で刀を振っていたが、重さからくる筋肉疲労と刃物を扱う気苦労で心身共に疲れ果て家へすぐ帰ったのは情けない話だ。


 二階はひどい有り様だった、人であった肉片やら臓物やらが散っていた。どこの部位かすらわからない物も、多少。吐き気が催すかと思われたが無限に溢れだすアドレナリンが勝り、リバースはなんとか避けた。

 記憶が確かであればベッドの下へ戻したはず。以前は気にしていなかったが、部屋数が多い、優先すべきは寝具がある部屋だろう。まず一部屋目勢い良く開け放つが、寝室ではなさそうだ。壁にきっちりはまった本棚に、ぎゅうぎゅうと背丈が違う本達並らべられている。

 二部屋目、ベッドを発見、すぐさま下を確認するが、お子様、主に18歳以下はお断りな本が鎮座しているのみであった。推測するにこの部屋にかつていた人物は第二次思春期だと思う。

 三部屋目、これは開けてすぐ閉めた。どうやら大半の人がここでグールに喰われたらしい。赤一色だと言えば惨劇は想像にた容易い。ただベッドは無かった。未だにベッドの下にあるかは謎だが、この部屋の探索は最後にしたい。

 冷や汗をかきながら四部屋目、大きめの寝具を発見。衣装箪笥も確認、見るからに寝室だ。寝具の下を覗き込むと簡素で美しい鞘に包まれた日本刀があった。すぐさ手に取り鞘から抜くと、鞘をその部屋を置き一階へ。階段ではもう一度男を踏んでしまだいった。ナムアミダブツ。

 転びそうな勢いで階段を降りると、キリタニは隅っこへ追いやられていた。全身が所々切られている。傷は幸い浅いが鮮血に濡れている様は見てるこっちも痛くなる。グールは爪から血をしたらせてキリタニとの距離をねっとり詰めていた。

 あらゆるところに血液の飛沫が飛び散っている事からキリタニはずっと逃げ回っていたに違いない。部屋に立て籠らなかったのは、こちらに来ることを危惧したからだろうか。それなら相等のバカだな、彼は。感謝を捧げよう。

 キリタニはこちらへ気付くと、得意顔ではえーよ、とだけ発した。頑なに情強(じょうごわ)なやつだ。だが、身体はボロボロで貧血なのか顔色も悪い。一刻を争いはしないが、痛ましい姿だ。

 グールは言語も理解できないらしく、目の前の獲物に夢中で俺に気付いてない。

 地を蹴り疾走する。手汗でベタベタになった柄を握りしめ、射程範囲につき刀を上から下に叩きつけるようにおろす――――――――――しかし、それは形を成さない。ビジョンだけが脳内で再生され肝心な行動は射程範囲につくまでは完璧だったがそこでグールが振り向き気色の悪い顔でこちらに吠えてきたものだから、不快さのあまり勢い余って、なにもないところで前のめりに転倒してしまったのだ。ついでに刀も前に落とす。

 ゴール寸前で二度も踏みつけた男のバチがあたった、そう思った。

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