相談
今日って水曜日ですよね?
「もう、訳が分からない…。で、シルルちゃんは無事なの?」
「そんな感じの言い方ではあった。」
「無事だといいんだけど…。」
「…。」
「…。」
「…。」
いつもうるさいキリタニが今日は静かなので妙な静寂が訪れる。 俺は学校に着くなり、すぐにキリタニと柿川にメガネ君のことを伝えた。二人とも驚き、その後、柿川は不安げな顔になり、キリタニは何故か、バツの悪そうな苦笑を浮かべた。そんなキリタニに何か隠していたのかと、遠回しに聞くと「いやー、つまりだなー、アハハ…この前の、な? ハハ…。」とやはりバツの悪そうな顔をした。俺としたことが、キリタニがメガネ君を殴ったことを忘れていた。それはそんな顔をするだろう。申し訳ないことをした。ま、この件に関していえば、如何なる理由があろうと殴ったキリタニが悪いと思うが。
「で、で、洋館に来るって言ったの?」
「確かに言った。今夜、訪れる、ってな。」
「まどろっこしいわね。こっちから殴り込んじゃダメなの?」
「殴り込む…。
メガネ君の教室覗いたけど、欠席扱いだったな。ここんところ来てないっぽい。」
「は!? なにそれ。学校来てないの? あのメガネ君が? ホントにどうなってんの?」
「インフルエンザでも来てたメガネ君が、だな。ほんと。まあ、そういうわけで素直に待つしかないってことだな。」
結局はそこに落ち着いた。もう少し情報を整理したかったが、したところで推測の幅を越えないだろうと止めた。
行動方針は落ち着けど気持ちは全く落ち着かない。なにせメガネ君の正体が見えてこない。情報を気持ち悪いほど掴んでいて、超常の存在を至極真っ当なモノとしている。一朝一夕で得られる価値観ではない。それは単純に昔から彼の日常に組み込まれていたのか、或いは…。と意識せず情報を整理しようとしてこんがらがり焦る。止めよう止めようと思っても思考は回り続けた。
授業も集中出来る訳がなく、気づけば放課後だった。キリタニ、柿川も似たような感じで、心此処に在らずといった様子だ。
我々は言わずと洋館へ向かっていた。
洋館についてからも、三人が三人そわそわとして忙しない。食堂は模様替えをして居間のようになっていて、深めの皮ソファーなどに腰を落ち着かせるが、じっとしていられず立ったり座ったりをしてしまう。
そんなことにはならないとは思ったが、キリタニは例の日本刀を装備し、柿川はイヤリングを持ち、俺はグールのクウヤと、図形ことスケルトンズを従え、光芒筆を握っていた。
日が暮れるまで時間があるが、誰も洋館から離れない。各々緊張した面持ちでどこかを見つめて、時の流れるのを待つ。途中会話もあったがフワフワとして霧散するばかりであった。
「なぁ、もし。もし、だぜ? もし、あいつ…メガネ君が友好的じゃ無かったら、どうするつもりだ?」
陽光に橙色が混じってきた頃合いキリタニが口を開く。飽くまで仮定だと強調するために『もし』を多用する様は、えも言われぬ我々の不安を表しているかのようだった。
「そうなっちゃったら、その時は…その時はやるしかないわよ。」
はっきりと抵抗の意を示す柿川。正直なところ俺はそんな覚悟出来てはいない。やられたら身は守る、けどそれ以上はしない、そんな甘えがまだ心の奥深くを巣食っている。
「と言っても、私なんて囮にしかならないだろうから、その囮になる程度の覚悟。傷つける覚悟なんてほぼゼロ。」
鼻で笑い、髪を指に絡ませながらなんてことのないようにそう言う。
囮になる程度の覚悟――そう評す彼女に尊敬の念を抱く。本来ならそれではいけないのだ、俺も同じ位置に立たなければならない。
「まあよ、俺も守るくらいはしねえ、とな。
そのためなら、殴るくらいならできるぜ。殴るくらいならな。」
キリタニはニヤケ顔で自嘲する。これには驚いた。
メガネ君事件に関してはキリタニ自身が一番引きずっていた。証拠にそこをつつくと、いつものニヤケ面を壊して少しムッとするのが常だった。他のことを馬鹿にしてもそんな表情は見せないことから、その引きずり具合は窺えるだろう。これまではそうであったはずだった。
だからキリタニの自虐は俺にとってはひどく不思議だった。
「ま、殴らないのが一番良いんだけどよ。」
「それ、あなたが一番言えないでしょ。」
「柿川先輩まじ容赦ねー…て、待て待て、そういうことを言いたいんじゃねえんだよ、俺は。
そうならねぇよう、カシオには期待してるって言いてぇんだよ。」
「それは賛成かな。」
「はぁ!? なんで俺!?」
「こう、あれだ。その三流参謀的な。な? 柿川。」
「そうね、やたら多機能だけど本来の切る能力が劣ったナイフ的な、ね。」
「遠回しに馬鹿にしてるな?」
「違うわよ、直球よ。ドストレートよ。」
「つまり期待してんぜってことだよ。頑張って話し合いで終わらせろよな。」
親指を立てた拳を俺に向けるキリタニ。窓から差し込む斜陽も相まって青春映画の様だ。それもとびっきりくさいヤツだ。
「任せた!」
キリタニの真似をした口調で親指を立てる柿川。橙色の陽で透かされた髪が赤みを増して煌めく。
「が、頑張るけどよ…」
たどたどしく俺の動悸が高鳴るのは何故か。
その浮わついた俺の臓器にシンと沈むような冷たい声が響く。
「少し早かったかと思ったが、むしろ待たせたか?」
柿川でもキリタニでもない声だった。振り返ると——いや振り返るまでも無かった。
「きたか——」
「来たよ、約束だもの。」
彼——メガネ君の到来とともに太陽は沈みきり闇が本格的に腰を据え始める。それが我々の未来を示していないことを祈るばかりだ。
ごめんなさい帰るなり寝てしまいました。情けない話です。